――監獄城。
竜の魔女が根城としている城。
その最奥にて。
「ハッ、ざまあないわね」
黒い甲冑に身を包んだ女が、邪竜の旗を担ぎ嘲笑う。
眼前には、所狭しと並ぶ影の群れ。
ただの影ではない。
剣、弓、槍――
黒い影一つ一つが、並みの武器とは一線を画した業物を手にしている。
「やああああ――!」
マシュが盾を振るい、影を粉砕する。
それに続き、トネリコは杖を、ジャンヌは旗を構え、応戦する。
しかし、どれも決定打には至らない。
一体を倒しても、また一体。竜の魔女は旗を振るい、新たな影を召喚する。
「救国の聖女、恐れるに足らず。
サーヴァントを召喚する魔力はありませんでしたが――シャドウサーヴァントならば、いくらでも量産できます。
戦いとは、数がモノを言う。弱い人間を庇い続けた結果がこれってワケ。
――では、終わりにしましょうか。念入りに、頭と胴を分けましょう」
魔女が剣を抜き放つ。
同時に、彼女を中心に嵐が巻き起こった。
肌を叩きつける重圧と風……これが、魔力というものか。
「っ……ジャンヌ・オルタ、戦闘態勢に移行しました! マスター、もう一歩下がってください!」
マシュは盾を構え、声を張り上げる。
……感じたのは、恐怖と勇気。
明確な殺意を真正面から受けながらも、マシュは、戦えない俺を気遣っていた。
――まただ。
また俺は、何もできないのか。
このまま、死力を尽くして戦う彼女達を、見ていることしか――
――ふと。
赤い模様が、視界に入った。
自分の右手。刻まれた三つの刻印。
――令呪。
サーヴァントへの絶対命令権。
マスターの証明。
そして……膨大な、魔力の塊。
「――まだだ。まだ、終わらない」
想いは、いつの間にか言葉になっていた。
両手を握り締める。
藤丸立香は人間だ。サーヴァントを倒す力なんてない。
だったら、俺に出来ることはただ一つ。
「現実が見えていないようですね。貴方を取り囲むは英霊の影。
旗手、盾、魔術師。たった三騎で打開できるとでも?」
竜の魔女が嘲笑う。
「分からない。でも……俺は、諦めていない」
その視線を受け止め、真っ直ぐに睨み返した。
「勘違いしていた。マスターである俺の役割は、サーヴァントを倒すことじゃない。
こうして、立ち続けることだったんだ」
立ち続ける。
胸を張り続ける。
戦えない人間に許されたのは、たったそれだけだった。
「一騎当千の武力も、万の軍勢を操る知略も、俺には必要ない。
ジャンヌ・ダルクが旗手ならば、俺は旗印そのものだ」
生まれも時代も異なる英雄達をまとめるには、拠り所が必要だ。
即ち、旗。
カルデアのシンボルとして、最前線で立ち続ける。
それが藤丸立香の目指す、マスターとしてのカタチだ。
「マシュ・キリエライト。
ジャンヌ・ダルク。
雨の魔女トネリコ。
――敢えて問う。俺達は、負けたのか?」
「いいえ……いいえ! まだ終わっていません!
貴方が折れない限り、私は戦えます!」
「ええ、その通りです。実に胸のすく啖呵でした。
このジャンヌ・ダルク、旗手としての役割を果たしましょう」
「――ええ。それでこそ、異邦の魔術師。
過去であれ、未来であれ、異聞であれ――貴方は、そうでなくては」
三人が、それぞれの武器を構え直す。
「――令呪を持って命ずる。
“勝つぞ”」
右手を掲げた瞬間、刻まれた一画が赤い光を放ち、消滅した。
光はマシュを、ジャンヌを、トネリコを包み込む。
――三つの嵐が、渦を巻く。
本来、令呪とは強制命令権。
だが――サーヴァントの意思と合致した場合、純粋な魔力となって能力を底上げする。
「――うん。いい感じ」
トネリコが一歩、前へ出た。
「では、早く済ませましょう。
何を語るにしろ、勝利しないことには始まらないのですから」
杖に宿った魔力は、さっきまでの比じゃない。
触れる者全てを焼き尽くさんばかりの熱量。
そして……彼女の瞳は、真っ直ぐにジャンヌ・オルタを射抜いていた。
いつも穏やかに笑う彼女からは想像もできない、鋭い視線。
「トネリコ?」
「……うあっ。
すいません、気が緩んでました。少しズレたようです」
こちらの呼び掛けに、トネリコははっと振り返る。
彼女の雰囲気は、元に戻っていた。
「大丈夫か?」
「はい、もちろん」
トネリコはそこで言葉を区切り、目を閉じて深呼吸した。
同時に、熱を帯びた杖を掲げる。
「宝具を、使います」
「……いけるのか?」
「誰にものを言っているのですか?
――穢れを祓う、贖いの雨。ちゃんとその目に焼き付けて」
轟、と。
トネリコを中心に風が渦巻く。
台風じみた無差別な魔力は、術者によって方向性を持ち、研ぎ澄まされていく。
「! この、魔力反応……!」
その変化に、竜の魔女が身構えた。
シャドウサーヴァントもまた、警戒して動きを止める。
たとえ影に過ぎなくとも、英霊は英霊。戦士としての危機察知能力は活きているらしい。
「――理想の国、理想の王。
白亜の城に集いしは、清廉なりし無双の騎士――」
言霊が響く。
世界が書き換わる。
シャドウサーヴァントで埋め尽くされた、城の一室。
その天上が、水面のように波を打つ。
広がるは波紋。
透き通る水鏡。
湖面に映るは、数多の武器たち。
「胸躍る幻想を、鳥は綴らん!
――『
ぽつり、と。
黄金の刃が、影を穿つ。
一つ。
一つ。
また、一つ。
輝ける武器は、雨の如く降り注ぐ。
地上を覆う暗黒の影は、黄金の雨により浄化される。
回避に努める影。
だが、瞬きの間に消滅する。
術者を狙う影。
それもまた、一滴で霧散した。
竜の魔女は言った。シャドウサーヴァントならばいくらでも量産できると。
だが、それこそ無駄というもの。
通常の英霊ならいざ知らず、意思すら持たぬ影風情。
雨の魔女トネリコにとっては、障害にすらならない……!
――雨が止んだ。
地上を埋める影は、跡形もなく消滅した。
残されていたのは、墓標の如く突き刺さる剣の群れ。
「凄い……シャドウサーヴァント、全滅しました……! これで後は、竜の魔女だけです……!」
勝利を確信するマシュの声。
同感だ。
シャドウサーヴァントさえいなくなれば、後はジャンヌ・オルタのみ。
つまり、三体一だ。
いくら聖杯を持っていようと、この数なら押し切れる。
「っ……いや、違う!」
トネリコの声。
ジャンヌが、旗を構えた。
「合わせて!
――“ここから”です!」
フロア全域に突き刺さった聖剣が、光となって霧散する。
宝具の効力が消えたのだろう。
しかし――その、直後。
世界は、再び書き換えられた。
光の残滓を呑み込むように、煉獄の波が荒れ狂う。
「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!」
視界は、一瞬にして赤く染まった。
吹き荒れる熱波と、その中に潜む無数の杭。
それらの切っ先は、一つの例外もなく、藤丸立香に向いている。
「――『
竜の魔女の、号令が下された。
全方位から襲い来る杭の群れ。
そのどれもが必殺。
僅かでも掠れば、傷口から炎が広がり、何もかもを燃やし尽くす。
「アハハハ! ざまあないわね!
旗印そのもの、だっけ? それって要は、アンタ一人殺せば勝ちってことじゃない! 自分から弱点曝け出してご愁傷様!」
「――そう。その通りだ。だからこそ、読みやすい」
「――は?」
全てを燃やす煉獄の波。
全てを貫く無数の杭。
確かに恐ろしい。地獄のような光景だ。
だが、それは――対岸の火事だった。
炎は、堰き止められていた。
杭は、停止していた。
「な――!」
炎が晴れる。
阻むのは、一人の聖女。
「――『
我らが旗は、ここに健在です。旗手としての役割、果たさせていただきました」
「っ……! ジャンヌ・ダルク……!」
「やああああっ!」
炎が割れる。
巨大な盾が爆走する。
それはさながら、一発の砲弾のようだった。
シャドウサーヴァントの殲滅。
宝具による迎撃。
いくつもの応酬を乗り越えて、ジャンヌ・オルタはようやく隙を見せた。
盾の一撃が繰り出される。
圧倒的な質量。強力、それゆえに直線的。
「っ……あた、るか! そんな、猪じみた攻撃――!」
躱される。
砲弾を思わせるマシュの突進を、ジャンヌ・オルタは真横に跳躍し、回避した。
無理もない。
藤丸立香がマスターになって間もないように、マシュもまたデミ・サーヴァントとしては未熟。戦いの中での駆け引きなど、俺達にはまだ早すぎる。
だが、それでいい。
駆け引きができないのなら、何も考えずに突き進む。
愚直ではあるが、決して無視できない。それだけの威力が、あの突進に込められている。
――そして。
それを補うために、“彼女”がいる。
「がッ――!?」
何かが、ジャンヌ・オルタを貫いた。
「は――あ、れ。そん、な――」
視線が移る。
黒い甲冑を砕き、彼女の腹部を貫いていたのは、透き通った水色。
魔力で生成された、仮初めの刃だった。
「――雨の後、炎。所により、刃。
奇襲とはこういうものです。魔術師とて、剣を振るうこともあるのですよ」