アンキングダム   作:ラクらる

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時を少しだけ巻き戻します。
三人称視点です。

2025/11/13
時系列が馬鹿になるため、一部修正しました。
長平なんぞまだ無かったんや……。


016:「あれは……少女の皮を被った化け物です!」

 兵士たちが前線で血を流すことによって、安寧を享受している大都市咸陽。

 計り知れない血によって成り立っているというのに、そこは煌びやかな空気を纏い、莫大な富が集約している。

 中華でも有数の大国である大秦国の中枢であり、一度も攻め入られたことのない伝説的な都市である。

 

 そんな咸陽の中央区に設けられた、大きな屋敷の一室で。

 煌びやかな外見とは異なり、内装はいたってシンプルであり、家主の性格を窺い知ることができるだろう。

 

 素朴な室内で、二人の男が机を挟んで対面していた。

 一人は手入れの行き届いた長い髭を生やした、泰然とした男。

 着物を着こなしているその姿は、文官のようにも思える。

 

 対するもう一人は、巨大な体が特徴的であり、衣服の上からでもわかるほど鍛えられた筋肉は、そこにあるだけで圧迫感を生じさせるほどだ。

 

「王騎、なぜお主を向かわせたか分かっておろうが」

 

 書簡をめくる手を止め、ゆっくりと顔を上げた男……胡傷(こしょう)が、大男を睨みながら口を開く。

 二人のそばで控えていた女官は緊張のせいで色白になっていたが、胡傷(こしょう)が睨んだ瞬間部屋の空気が数倍に張り詰めたことに、より一層顔色を悪くする。

 

 顔色の悪い女官を気にかけてか、胡傷(こしょう)は手振りで退出を指示する。

 静かに閉まる扉を傍目に、大男……王騎はにっこりと、口元で弧を描きながら口を開く。

 

「今回は相手が一枚上手だったというだけですねェ。ンフフフ」

「これは大きな失点だぞ、王騎」

「えェ。理解していますよォ」

 

 ふざけた口調でお茶をにごす王騎に胡傷(こしょう)はさらに語気を強めるが、王騎は何知らぬ顔でなおも軽く口を開く。

 このような王騎はいつものことであるのは胡傷(こしょう)は知っているが、流石に今回の事が事なため、ここで追及をやめるわけにはいかない。

 

 何せ、今回の陰晋攻略戦のために用意した軍のために、国庫を大きく開いた。

 つまり秦国が埋まることのない財布の紐を、わざわざ緩めたのだ。

 ここ数年は大規模に動けないことを覚悟して、軍勢を大々的に動かしたのだ。

 

 この世の中は戦国時代。弱肉強食が世の定めであり、敗者は泣き言を述べる権利すらない。

 負ければ国の全てが畜生以下に堕とされ、希望などというものは存在しない。

 

 そんな世の中だからこそ、一つの戦線を動かすために他の戦線を防御しなければ、いくら大国の秦国とはいえ、最悪の末路を辿る可能性すらある。

 

 そう、今回の戦争で動かした軍勢は、魏国に派遣した十数万の軍勢だけではない。

 陰晋攻略戦のために秦国が動かした兵数は、() ()() ()() ()() ()() ()() ()() ()() ()()

 

 韓の国境に張り付いていた軍勢や、虎視眈々と南から侵略する機会を窺っている超大国楚との国境沿いの軍勢も増員した。

 

 特に増員がなされたのが趙国との国境沿いだ。

 理由としては、趙国と秦国はただならぬ因縁が存在するためである。

 簡単に説明すると、秦軍が直近に戦争をしていたのが趙である。

 

 そのおかげで秦に対する趙国の印象は最悪。

 よって趙国に多くの軍を配置しなくてはならなかった。

 

「そもそも一局に戦力を集めればよかったんですよォ。軍を分けたせいで威力不足だったんですよォ?」

「ふん。南洋は防衛戦では有利だが、攻略するには多大な労力を割く。南安のようになるわけにもいかん」

 

 南安は今でこそ秦国の領地だが、六年前は魏国が保有していた。

 元々は魏国の領地であったそこは、森と丘陵、そして平地が混在しており、旧晋国の要所でもあった場所である。

 ここを攻略するために秦軍は多大な出費と時間を費やしたことは記憶に新しいだろう。

 

 つまり南洋は南安と同じく防衛が有利である。

 そして南洋という土地は補給が劣悪であるため、大軍を送り込めば込むほど泥沼な戦場となる。

 それこそ攻略には十万の軍が適正条件の限界だ。

 

「魏火龍の霊凰程度、お主と摎の二人であれば三日でカタがつくと思っておったが、期待外れだったか」

「言うじゃないですかァ。本当にしぶとかったんですよォ?」

 

 ンフフフ、と湿り気のある声で笑う王騎。それを見て胡傷(こしょう)は疲れたようにため息をひとつして、話題を変える。

 

「はぁ。ところでだが王騎。あいつは何者だ」

「ンフフ。胡傷(こしょう)さんもあの子に目をつけられましたか」

「……奴は二千人将だが、ここ一年で異民族を取り込んでおる。そのくせ莫大な金を中央に送りつけるあやつの動きが不気味すぎる」

 

 風鈴の領地である槐村は、中華の田舎国家と揶揄される秦国の中でも辺境という扱いである。

 特別何かあるわけでもないそこは、ここ数年で驚異的な発展を遂げている。

 発展の原因は槐村の領主、風鈴であることはわかっている。

 

 数年で人口は十倍以上。

 周辺には新しい街道も多くつくられ、今後も増加が見込まれる。

 そして一番は中央に送られてくる金だ。

 以前と比べると数十倍にまで増加した貢物に、一時期王宮をざわつかせたほどである。

 

 すぐに騒ぎは落ち着きを見せたが、再び最近になって槐村は王宮をざわつかせる。

 曰く、蛮族の民を受け入れたと。

 

 蛮族を領地に招き入れるというのは、秦国ではあまり良いものとされていないが、特に違法というわけでもない。

 ただ、文化も価値観も違う蛮族を領地に招き入れるなど、正気の沙汰ではない。

 

 虎とワニが共生できるだろうか?

 つまるところは、そういうことである。

 中央の予測は不可能。

 

 そのため、何か大きな波乱が起こるに違いないと踏んでいた中央だったが、去年と変わらず……いや、去年よりも増加している莫大な金を税として中央に送金する風鈴は、そこらの領主の模範となるべき存在であり、このチグハグさがあまりにも不気味である。

 

 この頃になって風鈴は、周囲の領主及び咸陽に住まう貴族達と接触を図り始めた。

 もちろん大々的に金品を贈呈したりはしなかった。やったことと言えば賊滅程度。

 あくまで個人的な付き合いを出ない域ではあったものの、地方の、しかも莫大な資金を保有する領主が中央に独自の繋がりを作り始めたというのは、警戒するべきことである。

 

 何せ今の後宮では誰の子を後継者とするかの、内紛如き争いが起きている。

 そんな中で新しい派閥が乗り込んでくるとなれば、警戒してもおかしくないだろう。

 

 だが、その警戒はすぐに杞憂に終わる。

 なんと、ただ繋がりを持っただけだった。

 今各派閥は互いの殴り合いで必死であり、外部の攻撃に脆い状態であった。

 つまり、風鈴が派閥を作るには絶好の機会だったわけである。

 

 そんな機会を風鈴はドブに捨てるかのように放置し、そこから動きは全くなし。

 あまりにも不気味であり、奇怪であり、考えの全く読めぬ人間である。

 

「あの子は純粋なんですよォ」

「ほう?」

「あの子はただ戦争をしたい。そういう子なんですよォ。ンフフ。私たちと似ていますねェ」

「バカを言え」

 

 コココ、と手を口元に押し当て、上品に笑う王騎をギロリと睨む胡傷(こしょう)

 もちろん王騎が似ていると言ったのは冗談であり、それは胡傷(こしょう)も理解している。

 人物眼に優れており、大秦国の軍部の全てを握っている胡傷(こしょう)は、風鈴を”私たちと似ている”と冗談を口にした王騎に、苛立ちながら口を開く。

 

「似てなどおらんだろうが。むしろ真逆だ」

「コココ。……胡傷(こしょう)さんはそう思われるのですねェ。あの子の絶望は深い」

「違う。それは違うぞ王騎」

「?」

 

 ここで初めて王騎は、首を傾げる。

 王騎の目から見た風鈴は、まさしく絶望を体現するかのような少女であった。

 犠牲を気にしないその戦い方も、絶望からくるものであるという認識だ。

 しかし、胡傷(こしょう)はそれを否定する。

 

「絶望するには初めに希望を抱かねばならぬ。だからこそ、我らは全ての人間の根源は光であると考えていた」

 

 だが、と胡傷(こしょう)は言葉を続ける。

 

「だが、あやつは希望を抱いておらぬ。あやつの本質は無だ」

「無?」

「あやつは全てに対して価値を感じておらぬ。だから絶望もせぬし希望も抱かぬ」

「そうは見えませんけどねェ」

「いいか王騎。あやつがもし執着するものがあれば……()()()()()()()()()()()()

 

 たった一言。最後の一言。

 一言だというのに、王騎には戦争での雄叫びよりも、なぜか大きく聞こえた。

 

 

 ♢

 

 

 そこから時は流れて、場所は雲原。

 魏火龍馬雲が率いる魏軍四万四千と摎将軍率いる秦軍二万八千が衝突していた。

 槍を突き刺し、腹が切り裂かれ、液体を撒き散らしながら、苦痛の呻き声と共に地面へと沈み込んでゆく。

 そして疼痛の地獄であるここは、それが永遠に続いている。

 

「……軽装歩兵を斜めから仕掛けろ。それと騎兵を下がらせ重装歩兵を間に割り込ませろ。弓兵は騎兵の援護だ」

「ハハァ!」

「想定以上、か」

 

 特に激しいのが秦軍の将軍である、摎将軍が率いている中央だ。

 彼女の攻勢は凄まじく、前衛であった盾兵を難なく吹き飛ばしてしまった。

 そのせいですぐ後ろに控えていた、柔らかい軽装歩兵団を抉り取られてしまっている。

 すでに摎は第二陣を突破。第三陣も半ばあたりにまで迫っている。

 

 もちろん馬雲は推進力を削る算段を立てていた。

 摎の後方を追従する部隊を挟撃しようと、精鋭騎兵を突撃させ、摎を孤立化。

 あとはそのまま囲ってしまえさえすれば、数で勝る馬雲の勝利は揺らぐことはない。

 

 そう思っていた馬雲は魏火龍というプライドのせいで、慢心していたのだろう。

 事前にあれほど霊凰から注意されていたというのに、だ。

 

 いくら予定通りとはいえ、今の現状はとても宜しいものではない。

 何せ第三陣を突破されてしまえば、馬雲を守のは第四陣のみである。

 このままいけば、中央の軍は崩壊。そのまま魏軍の敗北となってしまうだろう。

 

 だが、馬雲は慌てない。

 なぜなら、これは予期できていたことであるからだ。

 

「挟撃に回していたせいで摎の勢いはむしろ増していたか……まあいい。予定を繰り上げるぞ」

「かしこまりました。おい、旗を掲げろッ!」

「オオォ!」

 

 本陣に掲げられた旗を視認した精鋭の騎兵はすぐさま反転。

 摎軍を追うように後退を開始する。

 それに呼応するように盾兵が魏軍後方に移動し、進撃中の摎軍を押し留めるために集結を開始する。

 

 そして魏軍の動きは、先頭にて爆進中の摎もしっかりと捉えていた。

 

「摎様。魏軍の連中、なかなかに脆いですなァ!」

「そろそろこっちも仕掛けるよ。……錐型の陣形を維持したまま、各部隊右へ旋回ッ!」

「え? ハ、ハハァ!」

 

 摎も今回の突撃だけで魏火龍馬雲を破ることができるとは思っていない。

 相手は魏火龍でもさほど名前の聞いたことのない将軍ではあるが、腐っても魏火龍である。

 そのため、あまり不覚に入り込みすぎるのは危険であることは摎自身も理解している。

 

 しかし今この現状は摎自身も予測外のことだったのだ。

 もう少し手前で勢いが落ちると思っていた摎だったが、蓋を開けてみれば今ですら勢いがほとんど落ちていない。

 

 流石にこのままの勢いに乗って突撃をして仕舞えば、致命的なことになりかねない。

 何事も勢いがあれば良いというものではない。

 昔の魏の話ではあるが、勢いに乗って追撃をかけ過ぎ、伏兵に遭遇して壊滅した。

 なんて話があるくらいである。

 

 今魏軍が動いてくれた今だからこそ、動くことができる。

 世間では攻めの武将であると勘違いされている摎であるが、本来摎は()()()()()だ。

 相手が焦れて動いた時、摎は苛烈な反撃を行うだけであり、本来摎から過激に攻めることなどほとんどない。

 

 ただ、その反撃があまりにも苛烈すぎるため、攻めの武将であると勘違いされているだけである。

 そんな摎は、しっかりと魏軍がなにかしらの動きを始めたのは理解していた。

 

 馬雲は摎を罠にはめ、窮地に立たせようとしているが、であるからこそ、相手の予想を上回る攻撃を摎が行えば窮地に立たされるのは馬雲である。

 

 馬雲の作戦は大雑把に述べてしまえば以下の通りである。

 盾兵を中心とした重装歩兵部隊で摎の足止めをし、弓兵で叩き潰すように見せかけて騎馬隊で急襲。

 以上だ。

 

 もちろん騎馬隊の急襲を最大限活かすために、助攻を波状的に仕掛けるのはもちろんのこと、摎以外の戦線でも大きく攻勢をかける予定だ。

 

 これにより摎は自身の持ち場でも、自身の持ち場以外でも窮地に陥ることになり、指揮系統の混乱をある程度は引き起こすことができる。

 

 奥まで入り込んでしまった摎はすぐには他の戦線に救援を出すこともできない。それ以前に摎自身も放っておけば詰む状況にある。

 

 どう動くか判断に悩む状況だ。その一瞬の思考の麻痺を精鋭の騎馬隊でとどめをさす。

 それが馬雲の作戦である。

 序盤の脆い民兵も、中央だというのに妙に入り込みやすい防御陣も全て馬雲が仕込んだことだ。

 

 ああ、机上の演習では綺麗にハマった形と言えるだろう。

 机上の演習では……だ。

 何事もイレギュラーというものが存在する。

 

 そう、たとえば窮地を摎が早々に突破し、各戦線の攻勢に耐え切れる兵数を派遣できてしまったということ。

 これに馬雲は驚きを隠せない。

 奥深くにまで入り込んでしまったせいで、気づいた時にはすでに身動きを取れる状況ではなくなっているはずだ。

 

 しかしそれを摎はやってのけた。

 物量で包囲された擬似的な囲地から。

 

 理由は本陣からではわからない。

 とにかく今は、攻勢に失敗したことによって劣勢となってしまった魏軍を建て直さなければない。

 

 そう判断した馬雲はすぐに指示を出そうと席を立ち上がる。

 

 だが、よく考えればわかることである。

 元々馬雲の予定では摎の後続をある程度叩けている予定だった。

 摎が対応することができたのは、後続が完璧に追従することができていたからである。

 

 ではそれをなしたのは誰か?

 摎か? もちろん違う。摎は先頭で突撃をしていた。

 では誰が?

 

 霊凰ならばすぐに警戒をし、作戦を立て直すだろう。

 なぜなら、自身の予定とは違うことが起きたのだから。

 一つの誤差は結果を大きく左右する。それを霊凰は理解しているからこそ、練り直しをする。

 

 しかし、馬雲は摎の実力を認めていたからこそ、摎を直視し過ぎていたのだ。

 それこそ、足元の騒動にすら気が付かぬほどに。

 

「きゅ、急報ッ! 秦軍の騎馬隊が、本陣左側にまでッ!」

「バカなッ!」

「摎は右におるのだぞ!」

「どこだッ! ……なんだ、あれは?」

 

 目を向けた先には。

 人ではない、人を喰らう、獣達がいた。

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