アンキングダム   作:ラクらる

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020:「また無茶して……」

 摎軍一万三千対晶仙軍二万五千が対峙する戦場で。

 晶仙は魏火龍であり、知略に富んだ将軍である。

 そんな晶仙相手に摎は劣勢に陥ることなく、むしろ終始優勢にことを進めていた。

 

「摎将軍! 藍隊、美呉隊共に後退しました!」

「ならすぐにでも弓騎馬を動かして! それと有隊と臏隊を前線に復帰させて!」

「し、しかし両隊は先ほど下がったばかりでは……?」

「休息は取れたでしょ! いいから走らせて!」

「ハ、ハハァ!」

 

 摎軍優勢であることには変わりはない。

 先ほども摎軍は晶仙軍の部隊百を殲滅したばかりだ。

 左右へと移動した合計四万の軍とは違い、この中央の魏軍は全て晶仙が中央から引っ張り出してきた()()()()()()()である。

 たった百とはいえ、魏軍が失った力はそこらの民兵千人分以上だろう。

 

 だが、この優勢も摎の絶妙な差配によって成り立っている。

 本陣にて離れた最前線の流れを汲み取り、援軍と部隊の入れ替えの指示、そして魏軍のわずかな綻びを見つけ、浸透し殲滅する。そうして魏軍との前線に開いた穴を塞ぐように休めていた部隊を再び配置する。

 

 聞けば簡単なように思えるかもしれないが、これはとても難しいことである。

 何せ摎は前線から離れた後方で戦況を観察しており、そこから伝令が前線で戦っている部隊にまで伝わるのに十数分はかかる。

 戦乱の中を駆け抜けるのだ。むしろ十数分で伝令が届くだけでも驚くべきことなのだが。

 

 そんな十数分ものタイムラグがある中で、摎は絶妙なタイミングを掴み取っている。

 そのせいで魏軍は終始翻弄されており、より多くの兵士を死なせている。

 

 開戦から約三日ほど。

 他の戦場よりも()()早く始まったこの中央の戦場で、魏軍はすでに千を超える戦死者と数千人もの負傷者を抱え込んでいる。

 

 だが、魏軍は止まることなく攻勢を仕掛けている。

 ただ馬鹿の一つ覚えのようにも思えるが、これには大きな理由が二つほどある。

 

 まず一つ目に、魏軍も魏軍で短期的な勝利を求められているからである。

 その最たる理由は南で起こっている楚国との戦争と、それに伴う兵糧不足であった。

 

 摎軍によって周辺の城邑は攻め落とされており、付近から兵糧の徴収をすることができなかった晶仙は中央からの補給に頼るしかないが、昨年の凶作と大規模な戦費の消費により中央からもまともに兵糧が送られることがなかった。

 

 さらに運の悪いことに、魏国は楚国に侵略を受けている最中であり、摎軍が侵攻してきたことが予定外もいいところであった。

 そのためまともに用意ができておらず、先走って直下軍を引き摺って出陣した魏火龍があっけなく討ち取られてしまうという、大失態を侵してしまった。

 

 そのため魏国は大軍を起こしたはいいものの、頼みの綱であった周辺の城邑は攻め落とされており、兵糧を徴収することはできない。

 なけなしの備蓄を中央から掻っ払ってきた晶仙だったが、それも七万もの兵数を養うには心許ない。

 

 二つ目の理由に、晶仙が放った別働隊のためでもある。

 晶仙軍は大きく分けて四つの軍に分離していた。

 左翼軍二万、右翼軍二万、中央軍二万五千、そして遊軍一万である。

 右翼軍、左翼軍はそれぞれ徴収した兵士を多く配属させているため、いくら数は多かろうと摎軍の左翼と右翼を突破することはできないことは理解していた。

 

 何せ相手は秦国内でも最も六大将軍に近い出世頭と言われている、将来有望な将軍だ。

 そんな将軍の配下達が無能であろうか。

 いや、ありえないだろう。そう晶仙は確信を持って考えている。

 

 だからこそ、晶仙は遊軍一万を別働隊として動かしていた。

 目的はただ一つ。

 左翼軍、右翼軍に入ることなく摎軍中央へ急襲を仕掛けること。

 本来急襲部隊は速度が重視されるため、せいぜいが五千ほどというのが一般的な常識だ。

 しかし、あえて足が遅くなってでも晶仙は一万を別働隊として動かした。

 

 その理由はただ一つ。

 万が一摎軍に別動隊が襲われたとしても問題のないようにするためである。

 摎軍は二万五千ほどであるという情報はすでに晶仙の耳にも入っていた。

 

 そのため、摎軍が別動隊を襲うとしてもせいぜいが千いればいい方である。

 ここで別働隊が五千であれば、精鋭たる摎軍の襲撃にもしかしたら破れたかもしれない。

 しかし、今回は一万である。一万であればたとえ襲撃を受けたとしても跳ね返し、摎軍の後ろを必ず取ることができるだろう。

 

 そのためには、晶仙はなるべく摎軍が大きく後退せぬよう拘束しておかなけねばならない。

 結果がこの強引な攻勢である。

 しかし、この無理な攻勢をしなければ秦軍の有能な将軍を殺すという、せっかくの機会を失ってしまうかもしれない。

 

 そう思えば、一万程度の損失なぞ安いものであると晶仙は考える。

 率いるものさえ潰して仕舞えば、あとは烏合の衆である。

 晶仙は摎軍が摎一人の存在によって成り立っていることが多いことを、しっかりと見抜いていた。

 

 伊達に魏火龍に名を連ねていない男である。

 ……が、それでも彼の考えは甘かったと言わざるをえないだろう。

 なぜなら別働隊はすでに敗戦しており、逆に摎軍の別働隊が自身の背後に現れてしまったからだ。

 

「猛順殿が討たれた、だと!? では猛禽兵団はどうなった!」

「はッ! そのほとんどが敵の別働隊によって討たれ、か、壊滅いたしましたッ!」

「バカな……それほどの事を成す将が他にもまだいたというのか!?」

「猛順殿が討たれるはずがなかろうが! あの方は乱美迫にならぶ猛将だぞ!?」

 

 晶仙軍本陣では動揺が空気を支配していた。

 特に顕著なのが煌びやかな鎧を身に纏った参謀達だ。

 彼らは基本的に中央の屋敷にて政治の世界を中心に生息する類の人間達だ。

 

 もちろん戦の参謀をこなすことができるが、やはり一番は政治的な取引によって出世してきた連中である。

 そんな彼らがどうしてこのような事態を素直に飲み込めることができるだろうか。

 

 全員が顔面を真っ青にさせており、明らかに浮き足立っている。

 たかが数百程度の別働隊が後方に出現しただけで、である。

 あまりにも脆すぎる。晶仙は今更ながらこの付属品達を連れてきたことに後悔をし始めていた。

 

「晶仙様。いくら数百とはいえあの猛禽兵団を破った連中です。万が一を考えて本陣を前に移動させるべきではないでしょうか」

「……そうだな。予備隊三千を後ろの秦軍別働隊にぶつけろ。本陣は前に出るぞ」

「は、ハハッ!」

 

 この浮き足だった空気を収めるためにも、晶仙は本陣を前に出すことを決断する。

 これにより正体不明の別働隊から物理的な距離ができたため、脅威度はグッと落ちただろう。

 それ自体は間違いではない。

 

 いくら猛禽兵団を破った別働隊とはいえ、ここまで来るのに体力を大きく消耗しているだろうと晶仙は考えている。

 となると三千で十分殲滅可能であろう。

 

 問題は摎軍の後方を脅かす予定だった別働隊一万の消滅である。

 晶仙軍きっての(まさかり)である猛禽兵団を差し向けたというのに、結果は将を討ち取られるほどの壊滅だ。

 こうなっては今目の前で展開している晶仙中央軍のみで摎軍を撃破しなければならない。

 

 つまり、攻勢を一時中断しすぐに軍を建て直さなければならない。

 これは時間との勝負であるため、晶仙は本陣を前に動かしたのだ。

 

 そう、間違いではない。

 しかし得てして立て直しというのは、相手側にとって大きなスキとなるのもまた事実である。

 

「摎将軍! 風鈴隊が晶仙軍の背面を強襲した模様です!」

「全くあの子は……。少し予定が早まるけど、全面攻勢を仕掛ける! 行くぞ!」

「ハハァ!」

 

 摎の判断は即決であった。

 予備隊全てを動員した大攻勢である。

 摎自身も剣を振るいながら突撃を開始する。

 これには前線で戦う兵士たちを大きく鼓舞し、よりさらに戦況は苛烈になっていく。

 

「晶仙様! 中央が大きく押されております!」

「……第六、第九で側面をつきながら、弓隊を左に叩き込め。それと両翼を大きく秦軍後方に回せ。推進力を削るぞ」

「ハハッ!」

 

 晶仙は腐っても魏火龍七師に名を連ねる名将である。

 知略は常人のそれを超えており、思考速度も判断能力にも優れている。

 

 ……だが。

 だがである。

 摎はそれをさらに超える。

 

 摎とその直下部隊は開戦からずっと()()()()()()をしていた。

 たかが三日前線に出ていないだけである。

 しかし、されど三日と言えるだろう。

 特に魏軍はこの三日間、無理な攻勢作戦によって大きく体力を消耗してしまっている。

 さらに今陣形は乱れており、十全の効果を発揮できていない。

 

 そんな状況で牙を研いでいた摎の直下部隊の威力は凄まじいものだった。

 魏兵が弱体化しているための相対的な強力さではあったものの、それでも魏兵を吹き飛ばしながら進撃する摎の直下部隊の威力は脅威の一言だ。

 

 そしてその脅威は、文字通り本当に晶仙にとって命を脅かすものであった。

 なぜなら、本陣が前に出してしまったせいで、軍が突破されればすぐにでも本陣にまでその刃が届いてしまうからだ。

 

「……動かすべきではなかったか。アレは止められん。一度引いて立て直すぞ」

 

 だが、所詮は突破されてしまった時、本陣が動くことなく前にいた場合である。

 晶仙は早々に自軍は立て直しが効かないということを理解し、後退を開始する。

 目指すは予備隊三千がいる場所だ。

 

 ここでもう一つ、晶仙にとって不幸なことが舞い降りる。

 

「晶仙様! 秦軍別働隊がよ、予備隊を突破! こちらに向かってきているとのことです!」

「……何?」

 

 これには晶仙も思わず馬の足を止めてしまう。

 本陣の兵士は千ほどである。

 そんな数で三千を突破した別働隊とやり合う?

 

 普通に考えれば問題ないだろう。

 何せ突破なのだ。

 せいぜいが数十騎。多くて百騎ほどであろう。

 であるならば千ほどの本陣でも殲滅できる。

 

 だが、ここで晶仙は先ほどからのおかしな状況を考える。

 そもそもなぜこのような事態に陥ったのかを。

 なぜ本陣を前に出さざるをえなかった? なぜ攻勢を停止させ立て直しをはかった?

 

 答えは簡単である。

 猛禽兵団を打ち破った別働隊が原因である。

 秦軍の別働隊は、風鈴は、晶仙の予想を超える動きをしている。

 であるならば、ここで別働隊とぶつかるのは晶仙にとってリスクであることはすぐに理解できる。

 

 そのため、晶仙は本陣の足を止めて迷ってしまった。

 一瞬の迷いが命取りとなるとも知らずに。

 

「晶仙様! う、後より秦軍が攻めってきております!」

「ええい、右に旋回! 比較的残っている軍の左と合流する!」

「ハッ!」

 

 摎は中央を突破しており、実のところ左右の兵の消耗は比較的少ない。

 万が一を考えて左を多めにしておいた晶仙は、すぐに左と合流するために右に旋回しながら自軍に戻ろうとする。

 

 が、判断が遅かった。

 中央を突破した摎は右に旋回しながらこちらに戻ろうとする晶仙本陣をしっかりと捉えていた。

 こちらに向かってきているのだ。

 

「ま、まずいッ!」

「くそ、間に合わんッ!」

「み、右を厚くせよッ! 衝撃に備えろッ!」

 

 両者の距離はすぐに近まり……、激突する。

 晶仙本陣一千は、摎率いる三千にあっという間に飲み込まれてしまい、大きくたなびいていた魏火龍の旗は、地面へと沈んでいった。

 

 

 ♢

 

 

 その日、中華に激震が走った。

 中華ですら衝撃的な内容であったというのに、魏国が受けた衝撃は推して測るべきだろう。

 なんと短期間のうちに魏火龍七師が二席も空席となったからである。

 しかも同じ人物によってなされたという報告に、魏王は思わず玉座から立ち上がってしまったほどだ。

 

 魏軍は合計で十万弱もの兵士を動員しておきながらも、三万にも満たない秦軍に敗れたという最悪のレッテルを貼られてしまった。

 

 これは、魏が最強であった時代は本当の意味で終焉してしまったことを、世界に広めるきっかけとなった。

 

 それにより各国の王達は魏国へと軍勢を進めるとともに、秦国に新たな大将軍が一人誕生してしまったことに、言いようのない不安を感じるのだった。

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