アンキングダム   作:ラクらる

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023:「よーてーへーげんの戦い」

「死ねェェ!」

「回り込めッ! 推進力を削れェッ!」

「怯むなッ! 命を捨てうぐべッ」

 

 体の大きな大人達がまるで今にも死にそうな顔をしながら叫び回っている。

 あんなに立派な甲冑を着ているのに、なんて情けない姿なんだろう。

 

「あは、あははは、ふふふ」

「ひ、ひぃ」

「ひ、怯むなァッ!」

 

 ああ、尻餅をついたら危ないよ。

 この流動的な戦場では、尻餅なんかついてしまったら踏み潰されてしまうよ。

 それに、せっかくの煌びやかな甲冑を持ってるんだから、もっと自信を持てばいいのにね。

 

 まあ無理もない話ではあるけれど。

 彼らの実践経験はかなり少ない。

 もちろん野盗討伐などの戦闘経験は豊富だ。そうでなきゃ王都軍に志願することができないからね。

 

 けれど数万規模の塊となっての行動に慣れているのかといえば、全く慣れていない。

 まあ存在そのもので威圧することが主な王都軍に、熟練兵しかいない私たち相手にまともに戦えることを期待すること自体が間違いなのかもしれない。

 

「袁樹隊、あの女を殺せェェ! アレを殺せば勝ちだッ!」

「オオォォ!」

「進めェェ!」

 

 と思ってた時期が私にもありました。

 わーお!

 すっごいやる気のある部隊じゃん!

 まああれだけ誘えば突っ込んでくるだろうとは思っていたけど、しっかりと愚直に突っ込んでくるなんて最高!

 

 血眼で喚き散らしながら突撃してくる敵の騎馬武者に視線を向ける。

 彼は先ほどまでの雑兵とは違って、私を殺す気で、殺意を持って私に向かってきてくれる。

 

 そんな気に当てられて、思わずぞくりと体が震える。

 王都軍、骨のある奴がいるじゃん!

 

 まあ技量は足りてなかったから、スパンと首を切り飛ばす。

 だけれど、その殺気は本物だった。

 

 思わず()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の小さい頃はそこまで思い出したくもない。

 と言うより思い出せない。

 覚えていることとすれば、クズしかいなかった村人全員を殺して周辺の野盗を殺しながら放浪していたことくらい。

 

 なんでそんなことをしたのか。

 

 まあ理由の一つに、この世界に馴染むことができなかったから、と言うのがある。

 

 この世界の人間には、善悪の区別がつかない人間が多い。

 盗みを働いても、それがなぜ悪いことなのか本質的に理解できてない。

 自己のためであれば、平気で他者を生贄にする。

 

 まあ別にこのくらいならいい。

 

 だが決定的に違ったのは、やっぱり私が現代人であり、彼らが紀元前の人間であること。

 

 ただただ気持ちが悪かった。悍ましかった。吐き気すら催した。

 本当に、私は違う世界に来てしまったのだと、実感したから。

 虚無感、喪失感、孤独感。

 

 私はただ一人、世界で本当にただ一人なのだと強引に理解させられた。

 だから、私は自暴自棄になって手当たり次第殺していった。

 

 いやなんでそうなるんだよと思うかもしれない。

 けど落ち着いて考えて欲しい。

 

 見知らぬ世界にやってきて。

 肉親からも様々な暴力を受けて。

 村人からも暴力を受けて。

 親切を装って手を貸した商人からヤられそうになって。

 もう人間を人間として見れない、中身がドロリとした人間のような何かにしか見えないくらい病んでいって。

 自分以外の全てが敵という状態を十年以上過ごして欲しい。

 

 ぶっちゃけ全員敵なら、ヤられる前に殺る方がええやろがい!

 

 ということで戦いに没頭していったんだけど、ここでふと気づく。

 何かのクリーチャーにしか見えなかった彼らだけれど、唯一人間だと思う時がある。

 それが、戦闘時。

 

 私が殺意を持って殺そうとしている時、相手も殺意を持って私を殺しにくる。

 

 そりゃ当たり前やろって思うかもしれないけれど、私にとっては衝撃的な発見だった。

 

 だって、今まで化け物のような何かにしか見えなかった彼らが、いきなり人間になったんだよ?

 驚きもするでしょ。

 

 ああ、私と同じなんだってことに気づいた時の感動と言ったら、ものすごいものがあった。

 なんだろ、陽キャなギャルだと思ってたら実はオタクでした的な?

 もうすごい、ギャップ萌え的な?

 

 まあそこから私は戦闘が大好きになった。

 私でも笑ってしまうくらいには、バトルジャンキーになった。

 

 ずっと殺して回った。

 ずっと、ずーっと、ず──っと。

 いろんな殺し方もした。

 

 ただ、やっぱり都市で無差別に殺し回るのはよくないから、相手が手を出してくるまで待ってはいた。

 一応私は人間だからね。

 そこから合法的に殺し合いをするため、戦場に向かったのはうろ覚え的に覚えている。

 

 そうしていつの間にか部下を手に入れていた頃。

 そんな時に出会ったのだ。素敵な摎サマに!

 

 あの人はすごく良心的で、人間的だった。

 殺し合い以外で人間に見えた初めての人。

 怪物達が、化け物達が屯している中で唯一、人間に見えたのが彼女だった。

 

 衝撃的だったね! (二回目)

 

 恋狂いであり、そのためだけに人を殺している彼女だけど、そんな彼女に私はすごくゾッコンだった。

 

 もちろん、殺し合いも摎サマと同じくらいに好き。

 だって、ぜーんぶが平等なんだもの。

 価値観も何もない。

 地位も性格もぜーんぶ小事。

 殺し、殺されるかの二つに一つ!

 互いに殺意を持って、命を抉り取る。

 

 それでいて初めて、私はこの世界で生きているのだと実感できる。

 だから、うん。もっとかかってきなよ。

 

「仕留めろッ! ここで仕留めねばッ!」

「前列、何してるッ!」

 

 私にとって戦争だけが、殺し合いだけが私を安心させてくれる。

 だから、ぶっちゃけそれ以外基本的にはどうでもいい。

 誰が殺した、誰が殺された。政治的に、領地が。

 どうだっていい。殺し合いをできるのなら、なんでもいい。

 

 今更お金や宝石なんか並べられても特に何も感じない。

 気がつけば私は殺し合いという原始的な行いでしか、私という自己を確立することができなかった。

 皮肉だよね。心は現代人なのにね。

 

「死ねェェ!」

「ふふ」

 

 横から突き出された槍を逸らして避けると同時に、刀の先で相手の喉を切り裂く。

 信じられないような表情をしながら地面に崩れ落ちる騎兵。

 もうかれこれ七時間ほど刀を振り続けた気がする。

 

 太陽はいい具合に熟れてきていて、まさにこれぞ夕焼けという綺麗なオレンジ色だ。

 私が殺した人数は多分千人くらいかな?

 一年位前に行った、対多数戦闘の練習が役に立った気がする。

 

 備えあれば憂いなしってやつだね!

 

 さて、それだけ殺せば流石に敵も怖気付き始める。

 まあこれがお昼とかなら彼らも心を震わせて突撃をしてきたのかもしれないけど、もう夕方だ。

 少し時間が経てば日は沈み夜となる。

 

 夜になれば敵味方が全くわからなくなるのはもちろん、各部隊同士の連携もおぼつかなくなる。

 何せ司令塔たる軍の指揮官が暗闇では戦況を完全に把握することができないからだ。

 

 だからこそ、部隊がバラバラになっている私たちを見て、彼らはもうそろそろ私たちが撤退をするだろうって思ってるんだろうね。

 

 もうそろそろ引くと分かっている敵に無闇に突っ込んで死ぬのは流石に馬鹿らしいと思ってるのかな?

 

 うーん、つまらない。それでも正規軍なの?

 今君たちの旧王都が攻められているんだよ?

 そんな状態で本当に救援に向かうことができるのか、私はすごく気になるけれど。

 というかさっきまですごい殺気で殺しに来てたじゃん。

 

 もう萎えちゃったの?

 ……じゃあその指揮官っぽい人殺せば、もう少しマシになるかな?

 

「突撃態勢。一気に突き破る」

「! 御意ッ!」

「なッ! まだやる気かッ!」

「言わせておけッ! 奴らの体力も無限ではないはずだ! ここを凌ぎきるぞッ!」

「袁樹様、お下がりをッ!」

 

 うーんなんかハッタリと思われちゃってるかな。

 確かに朝から戦っているしそろそろ限界とか思われるかもしれないけど、全然そんなことないよ?

 私は元から寝ずに戦うことができるし、部下達は一週間程度なら問題なく活動できる。

 限界を超えているってやつだね。

 だから、どんどん行くよ?

 

 

 ♢第三者視点♢

 

 

「報告ッ! この先の洋呈平原に秦軍と思われる軍勢約五千が布陣していますッ!」

「何、もう気づかれたかッ!」

「いやしかし……なぜ五千だけなのだ?」

「もしやこの五千に注意を向けさせるためなのでは?」

「であるならば奇襲に注意するべきか」

「いや、一体どこに奇襲する部隊がいる? 陽城は未だ包囲されているのだぞ?」

「ではあの五千は一体なんのためだというのだ!」

「……」

 

 参謀達がこの報告を聞いて思い浮かべたのは、疑問だった。

 偵察隊からもたらされた報告は、中華の常識的に考えてすぐには納得できる内容ではなかった。

 まず、洋呈平原に布陣しているということは、この韓王都軍が五万であることは事前にわかっているはずである。

 だというのに、五千で布陣した秦軍の真意を見抜くことができないでいた。

 

 一応この五千に気を取られている隙に奇襲を仕掛けるというのも考えられるが、とはいえその作戦は相手に気づかれなければの話であり、その考えに至っている韓軍には脅威となり得ない。

 

 それ以前に、陽城は未だ摎軍が包囲しており、その包囲が緩んだという報告は届いていない。

 つまり、普通にこの五千が五万の王都軍とぶつかるために布陣している以外に考えれない。

 しかし、それこそ自殺行為である。いくら精鋭五千がいたとしても、こちらは韓軍の最精鋭が集まった王都軍である。自殺願望にも程があるだろう。

 

 参謀達はこの五千が一体何を狙っているのかわからず、動揺を見せる。

 騒がしくなる本営の中で、韓国の王都軍総大将である袁典は偵察隊の報告に一人眉を顰めた。

 ……だが、それだけだ。

 

「落ち着け諸将達よ。相手は目の前におり、我らはそれを粉砕できるだけの力を持っている。それ以上でもそれ以下でもあるまい」

「ハッ!」

「おっしゃる通りかと」

「うむ。では前進を再開せよ」

「ハハッ!」

 

 袁典は良くも悪くも普通の将軍だった。

 それもそうだろう。

 この王都軍のそもそもの役割は、王都軍としての威圧を他もし続けることである。

 そこにあるだけで抑止力となり得る王都軍は、国にとっても存在そのものが重要だ。

 

 であるから、トップには堅実な判断を下せる人間が就任するのは正しい判断だったのだろう。

 だが、今回だけを見ればそれは悪手であったという他ない。

 

 彼らは大きく事実を読み間違えている。

 なぜ五千なのか。それは五千で十分であると判断されたからである。

 

 だが、決して王都軍は気づくことはない。

 彼らの実践経験の少なさゆえに気づくことがないのだ。

 自分たちは過小評価されていることに。相手には圧倒的な力の自信があるということに。

 

 そしてそれはすぐに結果としてあらわれる。

 

「な、なんなのだあ奴らは……」

「い、いかん。あれは本当に()()()()()()()()()()()!」

 

 大きく揺れ動く大地。

 まるで百万もの軍勢が迫り来るかのような重厚感。

 圧倒的な存在力の差。

 今まで自分たちが相手にしてきたものはなんなのか、そんなことを思わせるほどの恐ろしさが目の前の秦軍にはあった。

 

 定石通り盾を構え、弓を放つが……全く勢いが落ちることなく、突撃を防いでくれるはずの盾兵は一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 

 ありえない。そんな言葉を思わず吐き出してしまうほどの、理不尽さがそこにはあった。

 いくら士気が高いとはいえ、盾を構えていたのは日々防御の修練を積んでいる王都軍兵士である。

 それをこうも易々と突破されると思っていなかった将校達は唖然としてしまう。

 

 バカな、ありえない。

 そんな呟きだけが本営に溢れかえる。

 どうすればいいのか全くわからないのだ。

 韓軍は実戦経験があまりにも少ない弊害が今ここに出ていた。

 

 もちろん秦や楚と矛を交えたことはあるが、それも最低限。

 いつもは趙や魏といった隣国が援軍を送ることで、韓は国を維持してきた。

 

 そのおかげで国土は小さいながら、戦国七雄の一国であることができていたのだ。

 だが、今回は違った。

 趙も魏も今では飛地となってしまった韓北部である長平にて軍が釘付け状態である。

 

 自国のみの大規模な戦争。

 浮き足立つなと言われても無理な話である。

 とはいえ、これは酷い光景だろう。

 

 突撃してきた秦軍相手に韓軍は陣形をあっさり崩してしまっている。

 五千の秦軍を警戒するあまり、流動的な戦況に耐えることができるよう軽装歩兵を前方に配置した韓軍の落ち度である。

 

 もちろん軽装歩兵を前方に配置するのは間違いではない。

 相手が騎馬部隊である以上、その機動力に対処できる速力が欲しいのもわかる。

 だが、まず韓軍が考えるべきは、いかに騎馬部隊の速力を鈍らせるかだ。

 それを第一に考えなければならなかった。いくら軽装歩兵とはいえ、人間である。

 人間と馬で速さ勝負をして人間が勝てるはずがないのだ。

 

 本営には、韓軍の実戦経験の無さが顕著にあらわれている。

 

「袁典様、如何なさいますか!」

「袁典様!」

「袁典様、指示を!」

「……」

 

 袁典は声を少し荒げながら指示を請う参謀達に一瞬視線を送るも、すぐに戦場へと目を向ける。

 もちろん袁典は諦めているわけではない。

 そもそも相手はせいぜいが五千から六千。

 いかに精鋭兵とはいえ、王都軍は五万を超えている。

 彼我の戦力差は十倍である。

 

 であるならば、やることは一つだけである。

 

「あの本隊を丸裸にせよ。隊が薄くなったところで将を討ち取れいッ!」

「ハッ!」

 

 まず相手の体力をより削るために、敵をなるべく分散させる。

 そうすることにより、敵将が丸裸になるのはもちろんのこと、敵の兵士が後ろに下がり休むこともできない。つまり、疲労が大きく溜まるということである。

 

 相手はたかだか五千という少ない数である。

 いくら腕に自信のある部隊とはいえ、相手は人間である以上、()()()()()()()()()

 

 そうなれば、あとは数に物を言わせての圧殺をすれば良いだけである。

 

 その考えは正しい。普通の敵であればそれだけで一日も持たないだろう。

 当然である。突撃するだけで数に勝る敵を倒すことができるのならば、この世に戦術など生まれるはずもない。

 

 だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 異常を感じたのは指示を出してから少しした頃。

 袁典は、秦軍五千の部隊が薄くなるどころか、個別に行動し始めたことに。

 

 もしや誘導が成功したのかと始めは考えた袁典であったが、すぐに改める。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()

 あの数千もの兵士で構成された防衛陣をあっという間に突破した部隊がこうも簡単に部隊を離散させるだろうか、と。

 

「まさか自ら部隊を離散させている……?」

 

 恐怖。

 この五万の軍勢を前にして一体どこからその自信が湧いてくるのか全く理解できないことへの恐怖。

 無策で突っ込むだけではなく、自ら不利になるような立ち回りをするなどあり得ない。

 

 ……とはいえ袁典にここから何かできることなど、ない。

 自ら体を崩してようが、部隊が薄くなったのは事実である。

 であるならば休むことなく攻め続け、数の力で窒息させるのみである。

 

「敵は離散した塵となった。確かに強いがその慢心が仇となったな。……全部隊に伝達。一気に叩き潰せ!」

「ハハッ!」

「重装盾兵隊前に出ろォ! 弓隊も前に出せェ!」

 

 絶対絶命という言葉がこの時ほどに合う場面はないだろう。

 秦軍は勇猛果敢なれども慢心を宿し、韓軍は力に勝る敵に対して果敢に攻め立てている。

 秦軍は多勢に包囲されており、疲弊もしている。

 

「……勝てる。勝てるはずである。ここから奴らにできることなどない、はずだ」

 

 はずである。

 韓軍が圧倒的に優位な立場にあるというのに、なぜか総大将である袁典は断言できずにいた。

 この秦軍五千と戦い始めてから、いや、この五千が目の前に布陣してから漂う何か漠然とした不吉な予感のせいだろうか。

 

 予感というものは最悪を想定したものであり、基本的に外れることが多い。

 しかし、時たまに当たることがある。それも特別に大きなやつが、だ。

 

「報告ッ! 秦軍の本隊を急襲した袁樹隊が壊滅ッ! 袁樹様は討ち死にとのことですッ!」

「報告ッ! 左翼の馬召将軍が重症ッ! 秦軍の進撃が止められませんッ!」

「急報ッ! 第四陣で指揮をとっていた忠克様が敵の急襲に合い討ち取られましたッ!」

 

 相次ぐ悲報。

 敵の勢いは減るどころか増している。

 

 おかしい。おかしい。こんなのは間違っている。

 

 本営の参謀達は皆、引き攣った笑みを浮かべることしかできない。

 弓をいかけても、重装歩兵で勢いを殺そうとしても、横腹をついても全く勢いの落ちない相手。

 もう太陽が落ちかけていて、あたりも暗くなり始めているというのに止まる気配のない。

 

 一体どうすればいいのかわからないのだ。というよりも自分達が何と戦っているのかもわからない。

 

「は、はは。なぜ、なぜ、なぜ! 敵は、退かぬッ!」

「もう夜になるぞッ!? 退けよ、退いてくれよッ!」

「ああ、第四陣も突破されるぞ……」

「ここに到達するではないかッ! 何か、何か手立てをッ!」

「手立ても何も、あ奴らが止まらぬではないかッ! むしろ勢いを増してるぞあの怪物共はァッ!」

 

 阿鼻叫喚。

 普段冷静さを欠くことなく物事に対処しなくてはならない参謀達が、全員顔面をぐしゃぐしゃにしながら盤上のコマを動かし部隊を再配置しようとする。

 

 だが、どこを動かそうにも、もう動かせる部隊が存在しない。

 

 もちろん第四陣よりも前に撃破された部隊はあるが、いずれも指揮系統が崩壊しており、軍隊行動を行うことのできない烏合の衆と化している。

 

 そうなると使えるのは一万で構成された第五陣、それと予備部隊五千の計一万五千。

 そこまで状態を理解して参謀達の手がふと止まる。

 

 そもそも三万五千もの防衛陣を突破してきた秦軍相手に、一万五千で防衛し切れるのか?

 参謀が考えて良いことではない。それに、彼らは韓国の正規軍の中でも精鋭の王都軍である。

 そんな彼らがこのような思考は許されない。許されないが、思ってしまう。

 

 無理だ、と。

 

 とはいえ撤退の指示など出せるはずがない。

 なぜなら精鋭と謳っている王都軍が、たかだか五千の部隊相手に退いてしまったとなっては、それこそ国辱レベルである。

 

 相手が六大将軍であるならいざ知らず、実質的に無名の相手にいいようにしてやられる韓軍の精鋭軍。なんと情けないことであろうか。

 

 そのため、参謀達はいくら兵士が数百数千死のうが決して撤退の二文字だけは口が裂けても言えない。

 しかし皆わかっている。ここは撤退し、一度立て直すべきであるということを。

 

 だからこそ参謀達は示し合わせたかのようにゆっくりと韓軍総大将である袁典へ視線を送る。

 参謀達の視線を向けられた袁典もまた、一度退かなければならないことは百も承知である。

 いくら歴戦の将軍でないとは言え、退き時は心得ている。

 

 ……だが退けば、たとえ戦いに勝ったとしても自身は必ず責任を追及される。

 それほど撤退の決断というものは重いものなのだ。

 

 そして悩みに悩んだ結果、袁典は決断を下す。

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