私から見て奥の要所、王騎大将軍から見れば中央左の要所を録嗚未さんが攻略中らしいけど、かなり苦戦しているように見える。
要所といっても城塞などではなく、少し小高い丘みたいなものだ。
流石に城壁が並んでいたり、黒羊丘のような密林が広がっているわけではもない。
普通に高低差と戦力差で攻めあぐねている、って状態。もっと頑張りなよ録嗚未さん。
まあそもそも密林で大軍同士の戦いをしようものなら、双方ともにちょっとじゃ済まない被害を被るし、基本的に開けた場所でっていうのが一般的な戦争。
もちろん知将とかは森林とか複雑な戦場を好むけど、そんな広域で複雑な戦場を把握できる将が、そもそも中華にはほとんどいないため、互いに空気読んで平原で戦うってだけだけどね。
この陰晋地方にある陰晋丘群で、私たち秦軍は魏軍十一万と殺し合いをしている。
魏中央軍は四万五千、魏左翼軍は四万、魏右翼軍は二万五千。多分周辺の全ての兵士をかき集めたんだと思う。報告では魏の秦方面の城邑の兵士がほとんどいなくなってるって話だから、魏も相当焦って兵士をかき集めたことがわかるよね。
対する私たち秦は合計六万五千。
中央軍は三万、左翼軍は一万五千、右翼軍は二万。
彼我の差は約五万。
ぶっちゃけ魏軍の兵力は私たち秦軍の倍ですね! 対戦ありがとうございました!
そしてさらに悲報があります。
実は左翼軍、右翼軍の戦場には丘はないんだけど、中央軍の戦場には丘がある。
それがどうしたと言いたくなるよね。登るのが面倒なだけじゃん。
わかる。私もそれがどうしたって参謀ちゃんに聞いたんだよね。
そしたら、どうやら丘に陣を敷けば、すっごい守りやすいんだって。
具体的に言えば、その丘を取るためには最低でも相手と同数でなくては話にならない、らしい。
え、私たち秦軍って、数的劣勢だよね?
そしてさらに悲報を畳み掛けます!
思い出しましょう私たち秦軍の目的を!
私たち秦軍の目的……ズバリ短期決戦である。
けど相手はこちらを絶対に長期戦に引き摺り込ませるために、強固な防御網を築いてる。
いや、無理じゃね?
魏軍が中央の戦場で占拠している丘は全部で三つ。
右の丘、左の丘、奥の丘。
左右の丘は当然魏軍に占領されており、魏軍総大将であるレイオーさんも、奥の方にある丘で防衛陣地を築いているらしい。いやらしいね。
いや、相手ガッチガッチに防御固めてますやん。無理ですやん。
まあ私達は足止めの軍ってことにはなったよ? 助攻ではあるよ?
けどさ、せっかく戦争するなら負けよりも勝ちの方がいいじゃん。
だけど、これ勝てるのかなー……。
といった感じで始まった戦争の流れは、私が初手で魏の左翼軍をぶち破って中央軍に強襲したことで、流れがガラリと変わった。
まず、魏軍の強力な戦車隊を潰したし、その流れで一万の歩兵団の将も討ち取った。それによって鱗坊さんが敵の歩兵団から解放されたのが大きい。鱗坊さんの軍は七千ほど。左の丘は現時点で拮抗している状態だし、鱗坊さんの七千が加わればきっと丘を取ることができるだろう。
うん、結構いい感じに戦局は私たちに傾いてる。そんな中、私は魏軍の歩兵団の首狩りを行っていた。あ、別に部族の血が騒ぐとか、世紀末のヒャッハーな空気にあてられたせい、とかそういうわけではない。まあ、一割くらいはちょっと血が騒いだ部分もあるけど、結構理性的に首狩りを行ってる。
なんか嫌だな。けどここである程度千人将くらいの首を沢山刈り取っておかないと、この歩兵団は明日にでも復活するかもしれない。そしてそれは短期決戦を挑んでいる私たちにとって、都合の悪いことだ。なので将が討ち取られ、動揺している今こそ、有能そうな人間を殺しておかなければならない。
まーそれもほとんど終わったけど。
(じゃあ、この歩兵団はこのくらいでいいのかな?)
〈はい、十分です。ただ、こちらはすでに六割程度になっているのが想定外でした〉
(んー確かに、少し被害が大きいよね)
〈はい。想定よりも戦車隊で体力が削られました〉
そう。元々八割位に済ます予定だったんだけど、想像以上に被害が大きかったみたいで、私も驚いてる。まあ戦車隊の相手をしていたし、その後に一万の歩兵団に突っ込んだし、そりゃちょっと疲れは蓄積しちゃうか。
まあだからと言ってここで休むわけにはいかない。今から左の丘を攻略中の録嗚未さんを援護しに向かわないといけないしね。今は少しでも魏軍の本営の指揮能力を麻痺させたいから、なるべく無茶をしてでも動くべき、って参謀ちゃんが言ってたからね。
ゴォォォォォンンンンンンン
ゴォォォォォォォォンンンンンンン
びっくりした!
急にドラが鳴るから何事かと思ったけど、どうやら魏軍が立て直しのために退却のドラを鳴らしたみたい。
まあ今建て直したところで、右の丘の陥落は止められないだろうし、余った兵力で左の丘も取れる。
〈……マスター予定変更です〉
(うん。私もびっくりだよ。左右の丘からも魏兵が撤退してるね)
〈これでは数百の私たちがここでできることはありません〉
(じゃあ戻る?)
〈はい。そろそろ魏の左翼軍は息を吹き返し始める頃でしょうし〉
おっけー。
けど残念。初めの予定では魏火龍の、レイオーって人の首取ろうと思ってたのに。
まあこれは私の部隊力が足りなかった、ってだけだと思うけどね。
新造の千人隊だったから、どこまで行けるか未知数だったけど、想定よりもだいぶ脆いことがわかった。やっぱり訓練期間が短かったからかな。
「
「ハッ! 右に旋回! 離脱するぞ!」
「オオッ!」
「ひぃぃ、く、くるなあ」
比較的負傷者の多い右側へと旋回して、そのまま歩兵団の塊から抜け出す。
チラリと後ろを見れば、離脱せずついてきたのは大体六割半ってところ。それに、離脱しなかった連中も二割くらいが重症を負ってる。うーん、これじゃあちょっと撤退中の敵を突くのすら危険かな。
一部見所のある人は何人かいるけど、総じてまだまだ質が低い気がする。いや一般的な水準と比べればそりゃ当然熟練度は高いと思ってるよ?
けど、それでも私が満足できる戦場まで辿り着く事ができてない。ぶっちゃけるとつまらないのだ。
「……申し訳ありません。我々の力不足でこのようなことに」
「ん。謝ることない」
表情に出てたかな?
移動中
今回結構消耗が大きかった要因の一つとして、やっぱり人員が足りなかったのと、集団戦闘の技術が甘かったように感じる。
まあそれでも途中までは結構ついてこれていたし、新造としては及第点だとは感じる。
私もあの時は嬉しかったしね。ちょっと前まで悪い意味で士族らしい士族だった部下達が、あの時ばかりは兵士になってた。成長を感じたから
〈そうですね。どうにも一人一人が個の力で突破しているように感じました。今まではそれでも良かったのですが、連携不足で危うい仲間を援護できずにいました〉
(あーそりゃ消耗も激しくなるよね。うーんとりあえず五人一組の訓練の比重を増やそうかな)
〈はい。まずはそれでよろしいかと。あと根本的に疲労耐性がなさすぎるかと。途中でばてていた者もいましたし〉
うーん確かに。私もそれは感じていたし、途中でいきなり脱落者も増えてた印象があったから、疲労が一気に来た感じなのかな。
さっき後ろを見た時も、古参の部下達は比較的まだ涼しい顔をしているけど、新しく入隊した部下達は少し顔色が悪い気もした。
え、ならどうしよっか。まあ訓練メニューは参謀ちゃんがいつも考えているし、私が考えても意味はないけど。
(あ、参謀ちゃん。そういえば私たち持ち場を勝手に離れてるわけだよね?)
〈はい。その言い訳もしっかりとあります〉
(どんなの?)
〈はい。後方ってことは必殺の部隊として動けという、指示なのかと思い独断専行を行いました。これで完璧です〉
(……無理じゃね?)
参謀ちゃん、流石に軍規ナメすぎじゃない?
え、紀元前の原始人の考える軍規は大したことないから大丈夫?
いや、え、本当に大丈夫なの? 私首チョンパされての晒しにされたりとかしないよね?
〈大丈夫です。魏左翼軍の将を討ち取ってますし、中央の戦場でもそこそこ活躍をしましたし〉
(本当に、大丈夫なんだよね?)
〈ええ。……多分〉
すっごい自信のない多分きた。
……まあ流石に首チョンパはないか! 流石にね!
……すっごい怒られました。持ち場を離れたこともそうだし、部下に無茶をかけすぎだって、摎サマに怒られちゃった。いやけど聞いてください摎サマ! 部下達は我らの力不足まじごめんって言ってました!
つまり私が悪いわけじゃなくて、私の部下の力不足的なー?
「風鈴。あなたはもう一人で戦うわけじゃない。あなたは千人将。千人の命を率いる責任があるんだよ」
「……はい」
いや、まあ、確かに。それは正しいです摎サマ。
けどそれ、二千年後の現代の価値観ですよ。
なんか紀元前の人に道徳を教えられる中身現代人とかいう、チグハグな光景。
「死んだのは当人の努力不足。その考えは理解できるよ。けど、兵が多く消耗することを前提とした作戦は、必ずいつか大きな失敗を招くよ」
「……はい」
「もちろん損耗させることが前提となる時もある。けどそれは諸刃の剣だからね。それだけは覚えておいて」
「……はい」
私と同じく小さい頃から戦場で兵士を率いてた摎サマがいうのだ。それは正しいのだろう。確かに摎サマは苛烈な戦いをするけど、兵士の損耗は想像よりも少ない時が多々あった気がする。それによってどんなメリットがあるのかは、私は知らない。
参謀ちゃんに聞いても、少しはマスターも考えてみてくださいって言われちゃったし。悲しい。
「ふぅ……。よし、お説教はこのくらいにしておいて……おいで」
「!」
さっきまですごい怖い雰囲気を出していた摎サマだけど、ふと微笑んだ表情に変わり、両手を広げてくれる。わーい!
勢いよく飛び込む。ここは天幕内であり、周囲に警備兵がたくさんいるため、私たちは今甲冑を着込んでいない。
そのため、ダイレクトに摎サマの温もりを肌で感じる。
あったかい! 柔らかい! 安心する!
いや本当に摎サマのハグしか勝たん!
なんだろう。胸にじんわりとくる暖かさだよね。
匂いは血の匂い。まるで戦場にいるように感じる。だけど体は温もりに包まれて、安心したようにダランと弛緩している。
このギャップな感覚が私は大好きだ。
私もぎゅっと摎サマを抱きしめると、摎サマは右手でゆっくり私の頭を撫でてくれる。
まるで猫を撫でるように、ゆっくりと私の頭を撫でる摎サマ。
ピリピリとしたものが脳を刺激して、思わず目がトロンとなっちゃいますよ!
「摎サマ……」
「んー? どうしたのー?」
「……なんでも、ない」
「そっかー。今日はお疲れ様。よく頑張ったね」
嬉しい。
私は戦争が好き。戦うのが好き。命のやり取りをするのが好き。
けどその次に、この時間が好き。
ずーっとこの時間が続けばいいのにね……摎姉サマ。
一日目終了
風鈴、部下の強さに驚きつつも、実は全然満足してないらしい
口では驚いた感じでも、心は正直だね///