海底紀行~Pocket Knot Divers   作:お茶会おじさん

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紀行シリーズ第二弾。『海底紀行~Pocket Knot Divers』。
 前回に引き続き、文章力のない作者の戯言が並びます。


1.海に行ったら貝を拾って帰る

 

 今まで生きてきた中で最も長かった梅雨が終わってから約二ヶ月。阿波晶は気が狂うほどの暑さに耐えかね、壊れて開ききらない窓から太陽光に照らされた灼熱の砂浜を見ていた。思わず犬のように舌を出してしまいたくなるが、横に座っている奴の手前我慢しておく。

 

「暑いなぁ……なぁ、タバコ吸って良い?」

 

 横に座っていた男、高砂はそう言い、胸ポケットからタバコを取り出して咥える。

 

「……良いって言ってねえよ?」

 

 

 汗を拭きながら口を開く。季節は夏。夏というより真夏。八月の真っ只中にクーラーの壊れた、窓が半分しか開かない車内にいるのだから、十二分に暑い。体が液体になって溶けていきそうな感覚になりながら、辛うじて意識を保っているのだ。もしこんな状況でタバコなんて吸われたら、最悪な気分になるにちがいない。

 

 ……こんな暑いなら家から出なきゃ良かったな、と今更ながらに思う。後悔はいつだって後からやってくる、とはまさにこのことだ。

 

 ことの発端は、今朝の食卓からだ。親父が海水浴に行こうと言い出した。ニュース番組の左端にあった気温を確認して、父親の正気を疑う。わざわざ気温38℃の地獄に、クーラーという文明の利器が、十分に効いた部屋から抜け出していく必要性を全く感じなかったからだ。

 

 個人の意見としても家から出たくはなかったのだが、家族で出かけるのが久しぶりだったのと、夏休みに入って以降、どこにも出かけていなかったために運動不足を感じていたので、結局は一緒に行くことにした。

 

 

 準備が整い、「さぁ海に行こう」と親父が言ったとき、誰かがチャイムを鳴らしやがったのだ。俺はうすうす嫌な予感がしながら玄関を開けたのだが、ぴたっと当たってしまった。

 

「俺も海に行くから一緒に乗っていこう。」

 

 玄関を開けるなり、『面倒事のデパート』という異名をもつ高砂(実際は今思いついた)はそう言った。

 

 見ず知らずのサングラス男に息子を預けることに抵抗がなかったのか、同じところに行くから大丈夫だろうと思ったのか、親父は二つ返事でお願いした。

 

 勘弁してくれと思ったが、俺だけ高砂と一緒の車で行くことになってしまった。表情でかなり抵抗したが効果はなかったようだった。親父達の乗った車の後ろについて進みだした。

 

 で今ここ、海に着いて車内にいる。以上回想シーン終わり。

 

 

 高砂は、俺の返事を聞いてから答えた。

 

「別にいいだろ」

 

 じゃあ聞かなくてよかったじゃないか。そう反論しようと思うも、言ったところで前みたいに煙に巻かれるだけだろう。タバコだけに……。

 

 高砂はタバコを咥えてライターを探し始めた。が、ライターが見つからないらしい。少し探していたが、めんどくさくなったのかムスッとした顔でタバコをシガーソケットに突っ込んだ。

 ジジジジ、という音がなるなか、高砂が外を見る。腕を出して少しでもこの暑さから解放されようとしているのかは分からないが、すこししてここから逃げられないことを知り、諦めたように話し始めた。

 

「この間……と言っても、二ヶ月以上前だが、かなり雨が降ってたよな。飽咋の案件だ。覚えてるか? まぁ、俺達が止ませたわけだが。」

「まぁ、そうだな」

「で、だ。水たまりとかは二週間後にはなくなって、万事解決って思ってたわけだが……。」

 

 俺の頬を汗がつたった。喉はすっかりカラカラなのに。

 湿気はすっかりなくなって、過ごしやすいと思った矢先!

 そう、なんと!

 

「まさか、海が干上がっちまうなんてな。想像したことなかったよ」

 

 俺のセリフを取っていった高砂は、タバコの煙を窓から吹き出しながら言った。してやったり。という顔をしているのが余計に腹立たしい。仕方がないので、無視だ。

 ……いや、やっぱり無視できない。車から降りたら蹴ってやる。

 

 だが、このままではナレーション係になってしまう気がする。それはまずい。俺だって会話をしなければ、存在が忘れられてしまうだろう。そんなことになったらこの暑い中、ここまで出かけてきた意味がない。

 それにしても、本当に海が干上がるなんて。今まで読んできた大量のラノベのなかにもそんな話は見たことがなかった。昔話では聞いたことがある気がするけど、古すぎてよく覚えていない。実際、こんなことはあり得るのだろうか。幻でも見ていると思ったほうが納得はしやすいのだが。

 

 

 そんなことを考えていると、

 

「う〜ん。海に着いたの?」

 

 誰もいないはずの、後ろのトランクから声が聞こえ、俺と高砂は思わず顔を見合わせた。高砂なんて、タバコを落としてるぐらいだ。膝の上に。

 

 セミの鳴き声とズボンが焦げる音が交じり、ジーッと、時間がすぎる。人間本当にパニックになった時は黙ってしまうのだと、振り返れば思う。

 

 ただ、

 

「それにしても、今の何だ……?」

「分からん……。」

「いっせーの、で見ますか……?」

「あ、ああ……。」

 

 少しして高砂は言う。

 

「よし、いっせーので行くぞ……。いっs」

「まどろっこしい。おはよ」

 

 振り向く前に、その人物は身を乗り出してきた。

 

 

 彼女は、「アナスタシア·イープノス」。ヒュプノス共和国という遥か西方の国から長い間、眠りながら旅していて、将来は図書館を作るのが夢だという。眠りの魔法ヒュプノシヒアを使う魔法使いであり、年齢は……聞いたことないから分からないがかなり上だろう。こないだの雨のときにそういうのは慣れた。(年の位が高いって言う意味)

 アナスタシアと呼ぶのはめんどくさいので、シアと呼んでいる。シア曰く、アナスタシアという名前の本当の略称はアナと言うそうなのだが、自分が魔法使いであると自負するためにわざとそう名乗っているそうだ。

 

 

 こんなふうに、優雅な感じで上品に紹介しているが、実際は俺たちはかなり焦っている。

 

 俺たちは、二人して、あわあわ、あぷあぷ、としていた。

 

「はぁ、何してるの。海に着いたんでしょ? 早く行きましょ?」

「「あぷあぷあぷあぷ」」

「何よ、うるさいわね。ほら、二人とも早く準備して!」

 

 正気を取り戻し、後部座席から身を乗り出すシアに目をやると、シアは服の下にピンクの水着を着ていた。うーむ。思春期の少年には刺激がキツイっす。

 

「そう? 悪かったわ。あまり慣れてないもので」

「おいおいぃ晶〜。お前こんなんで恥ずかしがってんのかよ~! 笑っちまうぜ!」

「高砂はガン見していた。」

「ナレーション風に言ってんじゃねえ。」

「⋯…きも」

 

「はぁ、ちょっとびっくりしたぜ。ちょっとだけな。」

「強がりはやめなさい。みっともないわ。それよりそのズボン、なんで煙が出てるの?」

「へ? あ、熱ッ!」

 

 ようやく気づいたか。

 

 

 ***

 

 そんなこんなで俺達は浜辺に一度行ってみた。近づいて見た時と、さっき見たときと変わらず、海は干上がったままだ。幻覚であることを期待していたけれど、現実はそう上手くはいかないということだね。

 

「モーセがここに来てたのかしら?」

「ドラ〇もんのひみつ道具かもよ。」

「でもこれはなかなか面白いな。池の水を抜いてるのは見たことあるけど、海の水抜いてるのは見たことないぜ。」

 

 

 そんな会話をしながら波打ち際であったであろう場所を歩く。一晩でこんなことができるのは暴走した飽咋のような、強大な力を持った神々だけだろう。何が目的かはさっぱり分からないが、せっかくなのでこの干上がった海を楽しむことにする。

 

 

「いや、無理だろ。どうやって楽しめって言うんだよ。すいか割りしかできないぞ。波打ち際が遠すぎて砂のお城すら作れない。」

「あら、案外作れるものだけれどね。」

 

 シアは魔法で出したと思われる瓶から、光る液体を振りまいて万里の長城を作っていた。謎の器用さだな。

 

「それじゃ、次はパンテオン神殿でも作ってあげようかしら。」

「ご自由に。その次はエッフェル塔でも作ってくれよ。」

「任されたわ。」

 

 ***

 

 

「うむ……。何というか、今回も面倒ごとの予感がするな。今日は普通に休暇を貰えたと思っていたんだけどな。残念だ。」

「そういえば、なんでうちらが海に行くって分かったんだ?」

「ああ、お前の親父さんから連絡があってな。俺がBBQの道具を持っていったら、肉を一緒に食べさせてくれると聞いてやってきたわけだ。肉のために。」

 

 まさかそこに連絡網があったなんて。中々珍しい組み合わせだな。いや、考えれば二か月前のあの日に家まで来ていたな。となると、名刺だけでなくメールも交換したことになる。

 

 うちの親父、スタンプとビックリマークばかり使うのだが、大丈夫なのだろうか。高砂のことだから読むたびにキレているんじゃ……

 

「これがそのメール内容だな。ほら。」

 

 高砂はこちらにスマホの画面を向けてきた。青の背景にメッセージが映っている。

 

 

『こんにちは! 晶の父です。(キラキラ)』

『うす』

『この度、海岸に行ってBBQをしようと考えました。(パチパチ)』

『り』

『という訳で、調理道具を用意していただくことが出来るなら、肉をあなたにもおすそ分けします!(キョロキョロ)』

『い』

『では、一週間後に!(よろしくお願いします)(パチパチ)(やったー!)』

『い』

 

 

 ……なんだこの会話もどきは。

 

「な、なぁ高砂さん。これってホントに会話なのかい……? あ、あっしにはどう見ても小学生が作文をほっぽりだしたようにしか見えないよ。」

「あ? どっからどう見てもメールでの会話だろ。目、大丈夫か?」

「じゃあ『い』って何なんだよ!?」

「そりゃ、『いいですね』って意味に決まってんだろ。」

「意味わかんねぇよ……」

「そんなこと言ってたら、俺の同僚の、『全部の伝言を圧縮したカタカナだけで送ってくるやつ』はどういう扱いになるんだよ。」

「あんたの組織って変人しかいないのか……?」

 

 常人とは異なる能力を持つ者は、それ相応の非常識かつ意味不明な行動をするものだ。隣にいる考えの読めないグラサン男と、早くもエッフェル塔を作り上げた魔法使いを横目に見つつ、思わず声が漏れる。

 

「ああ、俺の周りに変人しかいないんだな……。」

 

 ⋯⋯っていうかシアさん、作るの早すぎるだろ。魔法使いというのは手先も器用なモノなのだろうか。

 

 

 ***

 

 浜辺でそんなことを話していると、一人の青年が近づいてきた。ベージュの日よけ防止をかぶり、長袖の白シャツに青のジーンズ、山歩きにも使えそうなしっかりとしたサンダルを履いていた。身なりはしっかりしており、怪しい人物には全く見えなかった。

 だから話しかけてくるとは全く思っていなかったし、背後にいた時も何も思わなかった。

 

 

「こんにちは。調子はどうですか?」

 

 彼は晶たちに声をかけた。晶は突然の挨拶に少し驚きながら返事を返す。

 

「え、ああ。こんにちは。調子……、まぁいいですね。ちょっと暑いですけど。」

「ええ。こんなに暑いのに、海に入れませんもんね。大変です。」

「ええと、すみません。あなたは? どこかで会いましたっけ?」

「ああ、失礼。私はアトラス。一応、初対面だと思いますよ。私も海でひと泳ぎしようかと思っていたんですが、いきなりこんなことになっていて驚きましたよ。」

 

 彼の名前を聞き、顔を見てみると確かにヨーロッパ風の顔をしている。ただ、日本人であると言われても信じれる顔をしていた。例えるなら、ホームページがやたら軽いと噂のあの人みたいな。アトラスはあんなに顔は濃くないが。

 

 

 そこから十分ほど木陰に入って、アトラスの今回の旅の話を聞いていた。聞くにアトラスは、普段は雑誌へ紀行文を掲載することで食っているフリーライターらしく、今回の旅は久しぶりの、編集部が費用を出してくれるものだそう。そして、現在はこの近くの民宿に宿泊していて、明日にはここを離れまた別の町へ行くのだと言う。

 

「この町には一週間ほど滞在していましてね。記事もだいぶ書けたんです。ここはいい町ですよ。私が保証します。なんて言ったって、それで食っている者ですから。ははは」

 

「いいね。気ままな旅人っていうかさ。ちょっと憧れるよな。俺も仕事が終わったら、ゆっくりと休みを取ってそんな旅行をしてみたいもんだ。」

 

 話を聞いて高砂はそう言った。晶も同じ気分だった。何物にも縛られない、こころの赴くままの旅。理想的ではあるが、なかなか実現しないものだ。

 正直、他人の旅行話を聞くのはつまらなくて、自慢話ばかりだと思っていたけれど、彼の話し方には引き込まれるものがあった。話し方によって印象が全然変わるのだと、改めて気づかされる。

 

 

 一方シアは完成したエッフェル塔に満足したようで、むふーっとにやけていた。アトラスには微塵も興味がないようだった。彼女は今までに十分な旅をしているからそこまで惹かれないのかもしれない。百八十年間眠って、一年間ずっと起き続けて、また百八十年の眠りにつく。そんな旅は寂しくなかったのだろうか。……それが旅と言えるかは分からないけれど。

 

 

 ***

 

 その後アトラスは、少し待っててください、と言って駐車場に向かっていった。そしてそれと入れ違いになる形で親父たちがやってきた。

 

「お、いい場所を取っててくれてるじゃないか。ありがとう。」

「親父、なんで高砂をBBQに誘おうと思ったんだよ。勘弁してくれよ。」

「別にいいじゃないか。お前はほとんど肉食べないんだし。」

「親父が買ってくる肉が硬すぎるだけだろ。」

「いや、お前の歯が弱いからだな。現に雫と照華は普通に食べてるぞ。」

「雫と姉ちゃんのことは異次元だと思ったほうがいい。この間なんて、瓦そばの下に敷いてある瓦まで食べてたんだぜ。」

「流石にそれはだってはっきり分かる。」

「くっ!」

「案外二人とも仲がいいんだな。」

 

 晶が硬い食べ物を苦手としていることは事実である。以前虫歯になったとき、どうせなら食べないでいいや、と言い出し、それ以降柔らかいものしか食べなくなったのだ。なんて不健康な。

 

 

 そんな風に口喧嘩をしているうちに雫が海があった場所を指さして尋ねる。

 

「ねえ、なんで海に水がないの?」

「ああ、それを今俺たちも考えていたんだよ。あまりにもおかしいよなって。」

「あはは、おかしいで済まなそうなくらい干上がってるよね。」

「どれどれ、おお!本当だ! これじゃ今日は泳げそうにないな。せっかくお父さんの肉体美を見せてやろうと思っていたのに。」

「ビール腹のどこに肉体美の要素があるのよ。」

「そりゃ、愛され中年ボディだよ。」

「けっ。中年ボディは愛されじゃなくて許されてるだけだよ。」

 

 

 親父と姉のいつも通りの言い合いを聞きつつ、少し安堵する。後から来た雫たちから見てもこの光景は事実のようだった。あまりにも現実離れしていたために、自分の脳を疑っていた晶は、ひとまず心の中でこの光景が本物であると決めておく。

 

「んー、このままじゃ暑いまんまだな。プールでも行くか?」

「いや~、プールも混んでるでしょ。とりあえず肉焼いて食べようよ。私、今日は朝ごはん少な目だったからさ。」

「そうだな。よし。それじゃあ高砂さん、網と木炭をセッティングしてくれないか?」

「ああ、了解。晶、すこし手伝ってくれ。」

「はいよ。」

「ほいほい。」

 

 

 そうして道具を取り出していると、アトラスが中くらいのクーラーボックスと折りたたみ椅子を抱えて砂浜を歩いてきた。ついでに取ってきたのか、肩にタオルをかけ、よくある麦わら帽子の形をした、つばの大きな帽子をかぶっていた。簡単に親父たちにも挨拶をしてクーラーボックスと椅子を地面に置く。

 

「やぁ。こんにちは。少しだけど、お酒とジュースを取ってきたよ。もしよければご自由にどうぞ。」

「おお! ありがとう。じゃ、一緒に食おうぜ。」

「ああ、アトラスさん。じゃあお言葉に甘えて。」

 

 道具を組み立てて火をおこし、肉と野菜を焼き始める。まずは豚肉を焼いて金網に油を付けた後、ピーマンやトウモロコシを置いて少しずつ焦がしていく。その次に鶏肉と牛肉を置いて、持ってきた炭酸ジュース、おにぎりと共に焼き肉を楽しむ。

 

 

 肉が少なくなり、みんなのお腹がいっぱいになったころ、高砂がこう言い出した。

 

「なぁ、ちょっとだけさ、あの海の底に行ってみないか? こういうのってなかなか見られない現象だろ。ちょっとだけだからさ。お前も気になるだろ?」

 

 正直言うと、食べたばかりだったので行きたくはなかったのだけれど、まぁ気になっていたのは事実だ。横の雫を見てみると、お腹いっぱいになってうとうとしていた目がぱっちりと開き、わくわくとした目に変わっていた。

 

「そうだね! 私も行きたい!」

「よし。ちびっこは乗り気みたいだな。晶、お前は?」

「え、ああ、じゃ、行こうかな? シアは行かないだろ?」

「行く。面白そうだしね。」

 

 おや、珍しい。まぁ、砂遊びに飽きたのかもしれない。それにせっかくシアは水着を着ているのだ。それを拝めるのだと考えれば、なかなか素晴らしいものだ。そんな下心を持ちながら晶は上着を脱ごうとする。すると高砂がそれを止めた。

 

「あ、晶と雫、一つ言っておくと二人とも水着の上になにかシャツを着ておいたほうが良いぞ。」

「ああ、日焼け対策? 大丈夫。俺ら、あんま日焼けしないタイプだから。」

「そうじゃない。……まぁ、岩場とかフジツボで怪我したりするかもしれないだろ。それに、底に行くと言っても、泳げるわけじゃないしな。」

「ふーん……。まぁ、よく分かんねぇけど、とりあえずこのままにしておくか。」

 

 

 ***

 

 全員の準備がそろったところで、親父が全員に一粒の黄色い薬を渡す。ビタミン剤くらいの大きさだった。

 

「これがあれば海の中でも呼吸ができるからな。海があったらこれで泳いでくるといいさ。」

「へぇ。ありがとう。」

 

「あと、海の底にしかなさそうな貝殻とか、面白そうなものがあったら取ってきてくれよ~。お父さんの希望としては、現金の詰まったアタッシュケースだな。」

「そんなの落ちてるわけないでしょ。むしろ落ちてたら怖いよ。」

「それじゃ、僕には綺麗な石でも取ってきてもらおうかな。緑色か青色が良いな。」

「私が貝殻と石の担当をする! お兄ちゃんは『あたっしゅけーす』ね!」

「だからそんなの落ちてねぇよ。姉ちゃんがさっき言ってただろ。偽札なら落ちてるかもな。」

「まぁ、海の底だ。言ってるもの全部落ちてるかもしれないぜ。」

「それって最高だね!」

「失礼、お肉ってまだ残ってる? あと一切れ食べたいんだけど。」

 

 はぁ。なぜ雫はこんなにも元気で、なぜ高砂はこんなにも自己中心的で、なぜシアはマイペースで、なぜ俺は他人に流されるのか。今更変えられない性なのだろうが、すこし悔しい。

 

 

 ふと隣にいるシアを見ると、俺の手を普通に握っている。急に手が冷えたと思ったら、そういうことだったのか。見かけ通り、体温が低いんだな。

 

 ……それにしても、二か月前に出会ったばかりだというのに、この距離の詰め方には、いつも驚かされる。出会った初日、ゲームセンターに逃げ込んだところをシアに捕まり、突如として『あなたのことが好き』と言ってきたが、それは恋人としてなのか、それとも観察対象なのか。

 

「もうすこし分かりやすく言ってほしいもんだ。俺にはまだそういうのは分かんねえよ。」

「どうしたの?何の話?」

「いや、なんでもないよ。行こうか。」

「ええ。ちょっと楽しみね。アキラ、そう思わない?」

「かもな。」

 

 

 言動から察するにおそらく後者なのだが、いや、彼女のいなかった俺は、前者こそが正解だと信じたいのだが、いささか確信が持てない。本来ならば、高校一年目にして女の子と一緒に海に来ている状況というのは、嬉しがるべき状況なのだろうが。

 

 そうして各々必要だと思うものを持って海底散歩に繰り出す。

 

 

 兎にも角にも、こうして今年の夏の海物語は幕を開けたのだった。

 




 わぁ、楽しい夏の冒険だぁ~(棒読み)

 完結まで何年かかるか分かりません。
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