妖怪・カイザー好き好き黄金裔 作:カイザーの椅子
永劫回帰#900001
(ああ……僕は死ぬのか……)
ケリュドラは水底に落ちて行きながら口と腹から血が流れていくのが見える。
香を焚いて寝ても、あまり効果が無かったとヒアンシーに相談しに行く最中に、何となく海を見てから行こうと思い一人で行動しているところを反乱分子に襲われてしまった。
暴君と称されている自分に暗殺を企てる者が居ることなど、当たり前の話だと思っていたが、いざこうして遠退く水面と溶けていく黄金の血を見ると、思うことがないわけではない。
(……この煩いさえなければ──)
自覚のないまま、ずっと知らない振りをして、見ない振りをし続けてようやく答え合わせも終わろうとしていたところだというのに、ままならない話である。
(それも当然の帰結か……)
酷い女である。
アレだけ想いを口にされていたというのに手酷く振って、殺し続けて、今更になってそういう期待をするのは烏滸がましいとすら思える。
それでもあの決まり文句に応えてさえいれば、こうならずに済んだのだろうかと考えてしまう。
(そうか……これが死、か……)
走馬灯のように回想される日々と共に、自分の命が終わりが近づいてくる。
何度も死を見てきたが、自分が死ぬことになれるわけもない。それに慣れてしまっている彼のことを想うと、もう二度とそうなってほしくはないと願ってしまう。
誰にも手も声も想いも届かない海に沈みながらケリュドラはその命を終えた。
永劫回帰#900002
(どうにも、退屈だな)
乱世のオクヘイマを統治するケリュドラは退屈を持て余していた。
側近のセイレンス相手にチェスを指すのも良いが、そういう気分でない。
玉座に座っていれば勝手に何かが起きると漠然と思っていたが、そんな気配はまるでない。
「カイザー、何か気掛かりなことでもあるのか?」
「……いや、何も──」
ない。と言いかけた途端に、本当に何もないはずなのにそうではないと胸を締め付けられるような気がした。
この違和感は初めてのことではない。
黄金戦争より前から何かが欠けている感覚とそれと相反するように手の中に残った何かを殺したような感覚に悩まされている。
「何も?」
「──ない。少しだけ外に出る」
セイレンスはケリュドラが何を考えているのかわからなくなる時がある。
そういう時は決まって適当に散歩に付き合いながら、外の空気を吸わせると落ち着くのだが、今回はオクヘイマで一番大きい広場まで足を運ぶことになった。
「カイザー、ここに何かあるのか?」
「ないな」
年中何かしらの催し物が行われていて、市民の主催のものからケリュドラが発案したものまで色々あるが、直近で行われていたのは蚤の市だった。
現在はたまたま空白になっていてがらんどうとなっていて喧騒は何一つ聞こえてこない寂しさだけが残されている。
宴が好きなセイレンスとしてはわざわざこんな所に来る理由などわからないが、ケリュドラにとっては何かがあるのだろう。
しばらく何かを考え込むように顎に手を当てて硬直する彼女を見守る。
(最近、というわけでもないな。カイザーはワタシにすら話していない何かをずっと抱え込んでいる。それほどのことなのか……自覚もしていないことなのか……)
こういう時に自分のような口下手な者ではなく、頼りになりそうな側近がもう一人居ればとセイレンスは思ってしまう。
勿論、無い物ねだりをしても仕方のないことであるとはセイレンスも理解している。
「カイザー、前回の蚤の市に何か問題でもあったのか?」
「前々回に比べて低下傾向にある、が、興行としては何も問題はない」
ケリュドラがセイレンスの疑問に来る時に用意していたかのように即答する。
取り付く島もない。とはこのことだろうか。ケリュドラの暇潰しに付き合ったら今度は自分が暇になってしまった。
何か無いものかと辺りを見渡すと、荷台を引いた行商人の姿が見える。
警戒を怠らず、行商人に近づき声を掛ける。何か摘まむモノでも売っているかもしれない。
「すまない。そこのイワシ、売っているものを見せてもらってもいいか?」
「き、騎士団長様……? あ、いえ、好きに見て頂いて結構です」
行商人はまさかこんなところにセイレンスが居ると思わず、一瞬動揺してしまいながらも箱の中を開けると、大量の氷で冷やされたアイスキャンディーがぎっしりと詰め込まれていた。
ケリュドラが好んでいた記憶もないが、嫌っていた記憶もない。
「二つ、いただこう」
「はい、お二つですね。お代は結構ですので……」
「良いのか?」
考え事をしているなら、適度に甘い物を摂取させるのも悪くないと思い。アイスキャンディーを二本購入しようと硬貨を出そうとすると行商人がセイレンスの手を止めるようなジェスチャーを取る。
「カイザー様と一緒に来られているのでしょう? 流石に金銭をいただくわけにはいきません」
行商を行っている者が、品を売るのに金銭を求めないということは自身の身をそぎ落とすに等しい行為とも言える。
しかし、この広場にぽつんと立っていて目立つケリュドラが目に入ってしまったらしく怖気づいたらしい。
暴君と名高い彼女を下手に刺激してしまえば、明日の命が危うい。それならばということで二本のアイスキャンディーをセイレンスに手渡した。
「なるほど……ならば、これをカイザーアイスと呼ぶことを許そう。それくらいのことをしても気付かないだろうからな」
完全に無償というのも、ケリュドラの面子に関わってくる。
代わりにカイザーの名を冠するアイスを販売することを許可するくらいならば、セイレンスの権限と今の心ここに非ずなケリュドラなら上手く言いくるめられるだろう。
「ありがとうございます。では……」
行商人が深くお辞儀をしてからその場を去り。セイレンスがケリュドラの元に戻る。
未だにポーズが変わっていない彼女にそこまでのことなら、力になれずとも聞くくらいのことはしてやるのにと、心の中で武力と暇潰し以外で頼られない自分が不甲斐なく感じる。
「カイザー。いつまで立っているつもりだ?」
「む、すまないな……」
セイレンスが離れていたことにすら気付いていなかったケリュドラはぼんやりとした感じが抜けないまま、彼女から手渡されたアイスキャンディーを一本受け取る。
そのままアイスキャンディーを一口舐めると、甘しょっぱい味と冷たさが舌を刺激する。そんな味がケリュドラは不思議と嫌いではなかった。
「ワタシのお気に入りの場所に行こう。そこで休まないか?」
「珍しいな。構わん、どうせ暇なのだからな」
唐突なセイレンスの誘いで、アイスキャンディーを舐めながら、数分歩くと海の見える丘までやってきた。
セイレンスは海の底にあった国で生まれたこともあって海が好きである。服を着て陸に居るより、服を脱いでルトロに入っている方が好みなセイレーン族な彼女は、海が良く見えるこの場所を好んでいた。
「このカイザーアイス。悪くない」
「待て、いつの間にこれにそんな名前が付いた?」
適当な場所に二人で腰を下ろして、アイスキャンディーを舐めていると、海のような青と、潮を感じる味に満足したセイレンスがカイザーアイスの名を呼ぶと、知らない間にカイザーサラダと同じノリの名前が付けられていたことに困惑する。
「そんなことはどうでもいい。カイザー、ワタシにすら話せないようなことがあってそれで悩んでいるのなら、こういうことしかできない。それでも良ければ、またワタシを頼ってくれないか?」
ケリュドラの抱えているものはわからない。本人が話さない以上は触れることもしない。
だけど、いつか彼女が話してくれるまで待つことくらい、例え千年の時が経とうとも永遠の宴を見せてくれると信じた彼女のためならば、セイレンスは苦ではなかった。
「流石は僕の臣下だ。頼りにさせてもらおう」
話そうにもモヤモヤする以上のことがケリュドラ本人にもわかっていない。
それでもそう言ってくれるセイレンスのおかげか、胸に巣食っていた寂寥感は少しだけ薄らいでいた。
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