妖怪・カイザー好き好き黄金裔 作:カイザーの椅子
「おい、何なんだこれは……」
大地獣パジャマを着させられ、目の前に五つ布団が並べられている光景を前にしたケリュドラは死んだ目で立ち尽くしていた。
「パジャマパーティー、だが?」
「そうではなくてだな……」
青紫色の大地獣パジャマを着たセイレンスは割と乗り気であるらしく、菓子盆とメーレを用意して自身の布団の周囲に並べていた。
一番の味方だと思っていた彼女がこうだと、最早止められる者も居ないのだとケリュドラは悟り、渋々布団の上に仰向けで寝転がる。
「という訳で、黄金裔女子パジャマパーティーを始めたいと思います」
全員が所定の位置に着くのを見た今回の発起人、もとい言い出しっぺのヒアンシーが中央におすわりカイザーぬいぐるみを数冊重ねた本の上に乗せる。
恐らくセイレンスが持ち出しを許可したのだろう。
そんなところにまでツッコミを入れているとこの後が持ちそうにないと、ケリュドラはスルーを決め込んだ。
「で、カイザーと例の想い人の件に進展はあったワケ?」
口火を切ったサフェルは命が惜しくないのか、ケリュドラに生暖かい目を向ける。
ケリュドラ、セイレンス、ヒアンシー、キャストリス、サフェルの五人全員が自身のイメージカラーの大地獣パジャマを着させられて参加するこのパジャマパーティーは、修学旅行の夜のノリで開催されたが、各々の恋ばななどする訳もなく、ターゲットはケリュドラ一人のみに絞られていた。
余談だが、アグライアとトリビー達は修学旅行ノリならばどちらかと言えば教師側っぽいことと、サフェルとの折り合いが悪い都合でヒアンシーが気を回して、今回は不参加となった。
「そういう感情はない。思い出せないのも鬱陶しいだけだ。仮に、想っている相手が居たとして、それを思い出せないほど僕は冷めてはないぞ」
薄々勘づいていたものの、ケリュドラの眉間がピクリと動いて反応してしまう。
火を追う旅と平行して探すほどの人物となれば、只者ではなく市井の間ではそういう話が出ていても、可笑しくはない。
「……どうでも良くないから、探しているのではないか?」
「剣旗卿」
「おや、失言だったな」
セイレンスの余計な一言に鋭い視線で返すと、彼女はメーレの瓶を一本空にして次の瓶に手を出していた。
「まぁ、どうでも良いかどうかはさておくとして、進捗くらい教えてほしいかな? 協力してる訳だし」
「最初に言ってはおくが、卿らが望むような話は出ないぞ。相変わらず違和感が強まる一方だ」
発言の通り、確かに自分の側に居たはずの誰かが居ないという感覚以上のことはなく、皆それらしき感覚が伝播して、朧気な印象を集めた結果『医者嫌いでケリュドラのぬいぐるみを作るほど手先が器用で彼女に対する忠誠心の高く、人には好かれていた男』という人物像が形成され、そんな人物は黄金裔には居ないという結論が出ていた。
(自覚がない。というのも、それはそれで……)
もし、仮に、ケリュドラが今まで隣に居ることが当たり前だった存在を無意識に求めてしまい、自覚もないその欲求に苛立ちを感じてしまうとしたら、それは物凄く乙女なことで、その様子を側近として見守ることのできるセイレンスが羨ましく見える。
『貴様も僕が征服したモノの一つだ。勝手に消えることなど許さないぞ』
口にすれば死刑を宣告されてしまうだろうとわかっているキャストリスは口には出さずに妄想する。
■■
キャストリスの脳内でフィルターの掛かったケリュドラが跪いて顔を下げた男の首に儀礼用の剣の先を当てる。
彼女の凍てつくように冷たい視線に殺気は乗っていなくとも、常人であればそれだけで心臓が止まってしまうほどの圧が彼を貫く。
『私が我が女皇の前から去るときがあるとすれば、それは──』
ケリュドラの視線に怯えることもなく、首筋が切れることにも恐れずに顔を上げた男が彼女の剣を持つ手に触れた──。
■■
「……言いたいことは山ほどあるが、仮に臣下が一人増えたとしても、それはないな」
「──っ!?」
「引きこもり姫、案外そういうとこあんのね……まぁ、案外良い手かもしれないけどね」
ところで、思わずキャストリスの妄想が口から漏れ出ていたらしく、それをしっかりと聞いていたケリュドラがジト目で冷静な言葉を掛けられ現実に引き戻される。
色んな意味で血の気が引いて滝のような汗を掻きはじめたキャストリスをサフェル呆れつつも、妙案だと思い人差し指をピンと伸ばす。
「一応聞いておくが、くだらないことではないだろうな?」
サフェルの口角が上がっている時はおよそ碌な目にあった試しがない。メインターゲットにされるであろうケリュドラは眉をひそめ、メーレに夢中になっているセイレンス以外も巻き込まれる可能性を感じて身構えてしまう。
「いやいや、これもカイザーの人探しの手伝いの一環として……そう、カイザーにどんな相手が似合うか発表黄金裔。なんてね」
「くだらん」
サフェル渾身の企画はくだらんの一言で片づけられた。
呆れて溜息しか出ないケリュドラはいつの間にか自分の枕元に置かれていたグラスを手に取って中に入っていた液体を数口飲みこむ。
「あたしは意外とカイザーは私生活はだらしない甘えん坊だと思ってるよ」
「最早例の者の話ですらなくなっているが……本人を目の前に随分と言ってくれるな」
この程度で死刑にしていてはこのパジャマパーティーの生存者はケリュドラのみになってしまうため、好きにさせておく。
■■
その日の朝はパンが焼ける匂いに鼻腔を刺激されてケリュドラは目を覚ます。
『ふわぁあ……こんな早く起きる必要は無いと思うのだがな……』
寝惚け眼のまま、テーブルについたケリュドラの目の前には彼女の好みの焼き加減のトーストとスープとサラダが並んでいた。
『カイザー。シャキッとしてください。今日は演説もあるのですから……あぁ、もう、寝間着を脱ぎっぱなしにしないで籠に入れてほしいと何度言ったら……』
『不敬罪だ……』
朝食用意した男はエプロンの紐を解きながらケリュドラのだらしなさに説教を始めるが、彼女の方はいつものこととして耳の中に入ってそのまま反対の耳へすり抜けていく。
■■
「なるほど……」
普段のケリュドラとはギャップのある姿を引き出させるほどに信頼を置かれている。と考えれば彼女の苛つきにも説明がつくような気がしてヒアンシーも納得してしまう。
「カイザー様はどう思われます?」
「……んぅ……」
「どうやら、ワタシのメーレを飲んでしまったらしい」
ケリュドラが口を付けたグラスの中にはセイレンスが飲んでいた度数の高いメーレが入っていた。
下戸であるケリュドラにとって数口分だとしても酔うには十分過ぎる量で、決して身長を伸ばすためという無駄な抵抗ではないが、規則正しい生活を心掛けていつも寝る時間が近づいていたことも手伝って眠りについていた。
「折角だ。映写ストーンに記録しておこう」
「あ、わたしも写りたいです!」
「じゃ、あたしも」
「……わたくしも」
酔いつぶれたとはいえ、彼女がこんなに無防備な寝顔を人前に晒す機会はこれを逃せばもう無いだろう。
「こっちのカイザーも入れるとしよう」
三人がセイレンスが構えた映写ストーンの画角に入ると、ここで入らないのも違うと思い、ケリュドラのぬいぐるみを本人の胸元に置いてから彼女自身も画角に入り込み、全員の集合写真を一枚撮影した。
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