妖怪・カイザー好き好き黄金裔   作:カイザーの椅子

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第15話

 永劫回帰#900001

 

(……あれ、何処だ。ここ?)

 

 目が覚めると、灰色の空から雪が降り注いでいた。

 オンパロスの都市国家の一つ、ヒュペルボレイオスは北に位置する極寒の凍土である。

 世継ぎのいない君主の死後、空席となった王位を争い、帝都内部での争いが絶えない。その影響で増え続ける貧民層と、そんな彼らを見て見ぬ振りをする富裕層で二分されている。

 

 少年も貧民街の人間で、栄養失調が原因で倒れてそのまま雪に埋もれそうになっていた。

 

(……おきたけど、寒い……もっかい寝そう)

 

 ただでさえ栄養失調で死にかけだというのに、このままでは凍傷が深刻化して確実に死に至るだろう。

 貧民層の者は良くも悪くも自分の生活のことしか考えられない。

 身寄りもないただの子供を助けるだけの余裕がある者はいなかった。

 

「──! ──!?」

 

 最期に少年の目に映ったのは、空色の髪の少女が何かを叫びながら雪を掻き分ける姿だった。

 

(ああ……なんか、良いもの見た気がする)

 

 

 ■■

 

 

 それからしばらく、パチパチと火の粉が燃える音と人肌の体温を感じて目が覚め、怠そうに目を開けると、隣に空色の髪の少女が密着して眠っていた。

 

(天国……ではなさそうだな)

 

 崩れたレンガを重ねて火が消えないようにした簡易的な穴だらけの暖炉の温度など、たかが知れている。

 きっと隣の少女が介抱してくれたのだろう。

 

「……くぅー……」

 

 彼女を起こせば訳を聞くことはできるだろう。

 しかし、こうも無防備に安心した表情で眠られてしまっていると、起こすに起こせない。

 

(この子に助けてもらうようなこと、した覚えはないんだけどな)

 

 少年は別に記憶がないとかそういうことはなく、単純に没落した貴族が貧民に成り下がっただけの憐れな人間の一人でしかない。

 ヒュペルボレイオスには掃いて捨てるほどの悲劇未満とも言えるありふれた話である。

 

「……ん」

「あ、起きた。おはよう。よく眠れた?」

「…………!」

 

 目を覚ました少女は少年が生きていることに驚いて目を見開く。

 助けはしたものの、手遅れ同然の状態から回復するなどと思っていなかったのだろう。

 

「俺の名前はエラポス。元貴族で家は没落した。

 まずは助けてくれてありがとう。命の恩人に何かお返しをしたいところなんだけど……生憎、今は寝る場所すら無い没落貴族でね。君の名前は?」

 

 立ち上がり少し距離を取って、礼儀として名乗りと礼を口にしたエラポスは服のポケットの底を引っ張り出して無一文であることを少女に示す。

 今すぐに何かしてあげることはできないけれど、今後何か困っていることがあればその時に手助けくらいはしてあげたい。そのためにも少女の名前を尋ねる。

 

「教えない」

 

 ムスっとした表情で少女にそっぽを向かれてしまい、これは手厳しいとエラポスはやれやれと肩をすくめた。

 

「じゃあ、何で助けてくれたのか。それだけでも教えてくれないか?」

「……お腹空いた」

 

 エラポスの耳に届くほど大きな腹の虫が鳴った。

 顔は整っていても服はボロ同然の服装が、少女が物乞いであることを察するには十分であり、今のエラポスにはどうにかしてやれるだけの金も地位もない。

 

「助けるんじゃなかった」

 

 豪奢な服を着ているからエラポスを助けて貴族に恩を売ってたかる算段だったのが外れてしまい、ガッカリしたように文句をボソりと呟く。

 もう貴族じゃない癖に、それっぽい服を着てみせてどん底じゃないかのような振る舞いに腹が立つ。

 

「……はぁ、仕方ない」

 

 やれることは少ない。だが、やらないわけにも行かない。

 少々悩んだ末に彼はちょっと待ってて、とだけ少女に告げて次に戻ってきたのは、数時間も先のことだった。

 

(……いいや、どうせ期待はしてなかったし)

 

 簡易暖炉の火も消えてしまって寒さを凌げなくなり、そろそろ待てなくなった少女は場所を移そうとすると、不規則で大きい足跡が聞こえてきて、思わず肩が跳ねてしまう。

 

「良かったぁ……まだ居た」

「なんで……?」

 

 手にはパン数切れしか持っていないにもかかわらず、顔のあちこちに大きな青あざを作り、出発した時とは変わり果てた姿のエラポスが少女の姿を見て安堵の表情を浮かべながら戻って来た。

 パン数切れを命を助けたとはいえただの物乞いに対して、そこまでするだけの理由がわからず、少女は得体の知れなさすら感じる。

 

「なんでって……恩返しかな」

 

 助けてくれた理由も名前も知らないけれど、命の恩人が困っているのなら、これくらいの傷は必要経費として割り切れる。

 

「変なやつ……」

「君も十分……って、うーん、やっぱり名前を呼べないのは不便だな」

 

 呼び名に困りながらもパンを少女に差し出すと引ったくるように取って、一瞬悩んだ素振りを見せてからかぶりついた。

 どうやらそれほどに空腹だったらしい。

 

「はぐっ、はぐ……」

 

 呼び名に困っているエラポスに興味は無いらしく、パンの方に夢中だった。

 

「……」

 

 さっきまで喉が詰まらないようにしながらもパンにがっついていた少女が半分くらい食べ進めたところで、ピタッと食べるのを止めてしまう。

 

「急にどうかした?」

「明日の分にする」

 

 今日の飢えを凌いだところで、また明日はやってくる。

 その時に飢えてしまえば意味はなく、凌ぐためにまた物乞いをしなければならない。

 その次の日のことも考えれば、休んでいる暇などない。

 

「お腹は鳴ってるみたいだけど?」

「うるさい……」

 

 が、理性より本能は正直でまたしても腹の虫が鳴ってしまう。

 仕方無さそうに笑うエラポスも、鳴ってしまった腹の音も一際鬱陶しく思えた。

 

「帰る……あぅっ……!」

 

 帰る場所など、とっくのとうに失っているというのにエラポスの居ない何処かへと急いで去ろうとすると、雪で滑った足が縺れて転んでしまう。

 

「大丈、夫……は?」

 

 荒れた地面の上で転んで怪我をしてないかと心配して少女の傍に駆け寄ると、すりむいて傷ついた膝から黄金の血が流れているのを見てしまう。

 それが何を意味することを知っていると、すっとんきょうな声を出してしまうが、こんな環境で怪我なんてしてしまったら、それこそ命に関わる。

 

「……見るな」

 

 少女はこの血のせいで物乞い達の間で気味悪がられている。

 これを知れば流石のエラポスも近寄らなくなるだろう。だから、これでいい。

 名前すら教えず、数時間隣で寝ていて、怪我をしてでも食べ物をくれただけの存在など、元より居なかったのだから居なくなったとしても元に戻るだけである。

 

「いや、流石に怪我してるのにほっとけないだろ」

 

 しかし、彼は少女の身体を起こし、傷口に緊急用として隠し持っていた水をかけて消毒を行う。

 

(こんなの、貴族連中にバレたら騒ぎだぞ)

 

 内心面倒なものを見てしまったと思いつつも、自身の服の端を破って傷口を隠すように巻く。比較的黒い生地の部分を使っているため、黄金の血も目立ちにくくなったはずである。

 

「これでよし」

「手当てしてほしいなんて言ってない」

「俺も助けてとは言ってなかったけど、君は助けてくれただろう?」

 

 相変わらず目を合わせてくれない少女に可愛げが無いないけれど、見た目はもちもちしていて素直じゃないところが可愛らしいなとエラポスは顔に出さず苦笑いする。

 

「これも何かの縁だし、また明日もパンを持ってくるよ。君はしばらく物乞いをするのをやめた方がいい」

「……なんで?」

「内緒」

 

 生きるために必要な物乞いをやめろと言われ、少女は怪訝な表情を浮かべるが、エラポスは意趣返しとして理由を教えなかった。

 

「変なやつ……」

 

 何はともあれ、物乞いをせずとも食べ物に困らないのなら何でも良かった。ありがたく利用させてもらうことにする。

 

 これから永い永い付き合いになる二人は出会いの話。

 この時、本当の名前さえ教えていれば、あるいは。




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