妖怪・カイザー好き好き黄金裔 作:カイザーの椅子
女魔王ちゃん可愛いですね。
「はい、今日の分」
エラポスは次の日も、その次の日も、一日分の食料を少女の元に届け続けた。
その度にあちこちに怪我をしてボロボロになっていて、少女からは理解はできないが便利な存在として重宝していた。
「で、いい加減名前くらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
「……教えない」
相変わらず名前は聞けず仕舞いで、呼び名に困ってしまいエラポスの眉を下がる。
名前を知らないのか、名前を捨てるほどのことがあったのか。少女は何も教えてはくれない。
「……」
少女が離れたところに座ったエラポスに警戒と困惑の感情が混ざった視線を向ける。
彼には何一つメリットなどないはずなのに、ただただ不可解で不気味である。
気になってどうしてと聞いてみれば──。
「内緒」
と、はぐらかされる。
食い扶持が確保されている分文句も言えず、そのまま触れることもせずに無言でカビが千切られたパンにかじりつく。
「それじゃあまた明日」
自分の分の手のひらより小さなパンを食べ終えたエラポスが腰を上げる。
その倍近くあったパンを既に食べ終わっていた少女はすぐに風を凌げる場所で彼が持ち込んだ破れて穴が空いた布切れに身を包んで丸くなってしまっていて、返事は返ってこなかった。
(毎日飯だけ食ってるだけにもいかないし、何とかしないとなあ)
物乞いにまで堕ちた人間が社会に復帰できる可能性は無いに等しい。
ここを出たところで、極寒の大地に放り出されて他の都市国家に辿り着くまで身体が保つか怪しい上に、辿り着いたところでその先がない。
所謂、袋小路の崖っぷちだった。
「おい、新入り」
頭を悩ませながら歩いていると、一人の物乞いが声を掛けてきた。
痩せ細った身体に、髭も生えっぱなしの延び放題。
絵に描いたような物乞いの格好をした男だった。
「何だ? 生憎だけど、今は何も持ち合わせてないぞ」
「そうじゃない。あの娘の事だ、アレはやめておけ。あんな血の色をしたやつと関わるとロクなことにならん」
どうやら物乞いではなく、忠告に来たらしい。
あの少女はあの血のせいで曰く付きの噂でも流れているのか、物乞いから疎まれていた。
ここ数日彼女の面倒を見ていても、誰と繋がりがある様子もないことを見るに、天涯孤独いうやつなのだろう。
「……そういう趣味なら止めはしないがな」
「んなわけあるか……あんな小さい娘」
エラポスの好みとしては等身が高めのスラッとしたフォルムが好みであって、あの少女のような体型は好みではない。
可愛いと思うことと、好みであることはまた別なのである。
「それだけだ。一応忠告はしてやったからな。恨むなよ」
「忠告痛み入るよ……あ、そうだ。一つだけ聞かせてくれ」
「……なんだ?」
踵を返した男を呼び止めるとムスっとした様子で振り返る。
なんだかんだで少女のことを忠告しに来たり、質問には答えようとしてくれる彼のことをエラポスは嫌いにはなれなかった。
「あの子の名前って知ってるか?」
「知らんな」
エラポスの質問に対して男が簡潔に答えると今度こそ何処かに行ってしまった。
誰一人として名前を知らないとなると、いよいよ諦めるしかないだろう。
(まぁ、その内聞けるだろ)
将来の具体的なビジョンなど何一つ見えていない。
けれども、どうにかなるような気だけしていた。
■■
覚める筈のない目が覚めると、見知らないけれど、かつて友から聞いた覚えがあるような黄金色の麦畑が目の前に広がっていた。
「……ここは一体? というか、死んだ筈じゃ……?」
一番の驚きは自分自身生きているということである。
主の帰らない玉座を破壊されて、死に絶えたはずの身体を思わず身体をべたべた触ってから周囲を見渡しても人の気配すらなく、環境音だけがエラポスの耳に届いていた。
『──そう、あなたは死んでしまった。でも、次の輪廻にあなたは存在しない』
人の声が聞こえる。
喉から発せられる声ではなく、空間に響くような音としてエラポスは知覚した。
人に説明するというより、物語を読み聞かせるような声音の口調が自分が物語の一部から切り抜かれたモノのように感じて虚しくさせる。
『九万近く繰り返され、今もまだ続く輪廻の中で生まれたたった一度の存在があなた』
「ここがその『輪廻』の中ではないとしたらここは何処なんだ?」
返事があるかどうかわからないが、とりあえず疑問を投げ掛ける。
自分の存在がなんであれ、やり残したことも心残りも消化しきれていない。
こんなところでのんびりとしている暇はエラポスにはない。
『ここは本の中から切り離されたページの一つみたいなもの。そのいくつかが合わさって出来たのがこの空間なの』
声と同時にエラポスの目の前にセピア色に染まった映像が流れる。
それはエラポスとケリュドラの出会いの時や蚤の市での一幕だったり、彼が関わってきた出来事ばかりでエラポスという存在を集めた空間だった。
きっと、声の主が言うことを信じるのであればここは──。
「オンパロスという物語から切り離されたページの
『あっさり受け入れるのね。もっと驚いたり聞いたりしないの?』
「驚いたところでやらされることは変わらなさそうだからな。それで、俺はどうしたらいい?」
自分一人だからということは、お茶らけたとしても生の反応があるわけでもない。
この天の声とでも言える存在も人間味が無いとは言わないが、ここはケリュドラの統治するオクヘイマでも無ければ、あの娘の居たヒュペルボレイオスでも無いのだから道化になる必要もない。
さっさとやるべきことを済ませてしまおうと、天の声を急かすと、再生されているフィルムのように瞬く光がエラポスの前に現れた。
『この光に触れて。そうしたら可能性の記憶の再生が始まるわ』
「それでどうなる?」
光に触れようと手を伸ばした直後、大事なことを思い出して、ピタリと動きが止まる。
どうなったところで選びたい未来は変わらないのだが、大事なことだった。
『……どうなるかは誰にもわからないわ。だって、未知の未来だもの。あなたが望む未来かはわからないけどね』
「なるほどな」
エラポスが望む未来があるとしたら一つしかない。
そこにエラポスが居るかどうかは二の次で自分自身がどうなろうが知ったことではない。というのは今も昔も変わらない。
「あと、もう一つ。名前は?」
人物なのか概念なのか今一わからない状態ではどうにもやりにくい。
これでまた何処かのちびっ子のようにだんまりだと困ってしまう。
『そういえば名乗ってなかったわね。あたしの名前はキュレネ』
「キュレネ。か、なんかどっかで聞いた気がするけど……気のせいか」
かつて、酒の席か何かで故郷自慢大会になった時に聞いたようなそんな気がしながら光に触れた。