妖怪・カイザー好き好き黄金裔 作:カイザーの椅子
(休暇明けってこんな滅入るものなんだな)
休暇を終えたエラポスは自身の執務室で書類の山に囲まれていた。
一日分溜めるだけでもここまで膨れ上がる仕事の量を思うと、転職も視野である。
(いんや、カイザーが見れなくなるからナシだ)
エラポスの身体の原動力の九割九分九厘はケリュドラと言っても良い。
というより、それ以外あり得ない。
それなのに転職などしてしまっては、ケリュドラに殺してもらう(実際に殺しているのはほぼセイレンス)ことすらできなくなる。
それは困る。文字通り死活問題であるため、気合いを入れ直して作業に入る。
「はー……つっかれた……」
数時間後に仕事を全て片付けると、伝言の石板にメッセージが入っている。
内容を確認すると、ケリュドラから恐らく何かしらの座標と思わしき数字の羅列が送られてきていた。
『カイザー?』
返事を送っても、メッセージの送信に失敗したという通知が返されるだけだった。
意図はわからないにしても、送られてきた座標を頼りに動くしかないと判断した。
一先ず、セイレンスにも連絡を入れてケリュドラから送られてきた座標の近くまで移動する。
「来たか。カイザーからの追加の伝言はあったか?」
「いや、無い。そっちにも?」
ああ、と短く返事をするセイレンスは件の場所に目を向ける。
「カイザー本人の姿は?」
「こちらからも確認できなかった。近くに居た者に聞いてみたが目撃情報はあっても、それ以上の情報は引き出せなかった」
先に到着した彼女が既に人払いは済ませてくれたため、これ以上何か起こる前に何が起きたかを解決する必要があるのだが、情報が足りなさすぎて何をどうすれば良いのかすら見当もつかない。
「カニよ、お前がこの座標に入れ」
「え、俺?」
「お前なら例え何があっても死ぬだけだ。それも『カイザーのため』ならば問題ないだろう?」
言葉だけ抜きとればとんでもない発言ではあるのだが、なんだかんだでエラポスとセイレンスも臣下の中では古株同士だからこその信頼の意も籠った言葉である。
セイレンスが真顔でさらっと言うせいもあり、いつものやり取りであってもエラポスは困惑の表情を浮かべる。
「そうだけどさ……とりあえず、その場に立って──」
みようと口を動かしながら指定の座標に立つとその場からエラポスの姿が一瞬で消えた。
その際に足元で魔法陣のような何かが光を放ったことをセイレンスは見逃さなかった。
■■
「うおっととと……」
一瞬だけ足の付かない無重力のような感覚に襲われながらも、床から近い高さから落ちたエラポスはしっかりと着地する。
周りを見渡すと壁も天井で真っ白で、真ん中置かれた瓶が置かれたテーブル以外は何もない殺風景な部屋だった。
「なんだこの部屋……」
「来たか。遅いぞ」
「この声はカイザー!? 一体どこに!?」
エラポスのぼそりとした呟きにケリュドラの声で返事が返ってきたため、左右に視線を振っても、やはり誰も居らず困惑していると何かに足を踏まれて激痛が走り、その場に跪く。
「いっ──!!!」
「うつけ者。僕の声を聞いた瞬間に跪け」
「カイザー! どうしてこんなところに?」
その場で見上げれば、呆れた表情でも威光を示すかのように輝く空色の髪。エメラルドでさえ霞んで見える碧眼。少女のままの身体でも威厳を際立たせる服装。
間違いなくケリュドラの姿がそこにあった。
「僕にもわからん。だから、貴様を呼び出した」
いきなりこの謎の白い部屋に転移させられる咄嗟に座標の数字だけをエラポスに送りつけて、この部屋から出る術を探していた。
「何より、剣旗卿でなくて貴様で安心したぞ。でなければ意味がないからな」
「えっ、それって寂しくて俺のことずっと待ってたって……コト!?」
「たわけ。アレを見ろ」
忌々しげにケリュドラが指を差した先を見るとそこには『毒を飲み干さなければ出られない部屋』と書かれた看板があった。
すぐに脱出の術を発見したのだが、転移させられた後では伝言の石板を使おうにも圏外で届かず、この場から脱出するには、死んでも問題の無いエラポスが来る他解決の術がなかった。
「あー……あのテーブルの上にある瓶がと……なるほど……カイザー、俺はいくら死んでも良いと?」
「何か違うか?」
「はぁ……まぁ、そうでしたね。わかりましたよ」
当たり前のことを聞かれたような疑問符を浮かべたケリュドラの反応から、自身が使い捨て札として扱われていることにエラポスはショックを受けるが、大体いつもと変わらないことだと切り替えて
「今更確認するまでもない。さぁ、僕のために死んでくれたまえ」
「その前に、一つ──」
「答えは変わらぬが……さっさと死ね」
いつものやり取りとして死ぬ前に一言想いを告げようとしたが、急かされてしまったため、無言で瓶を開けて毒を飲み干す。
次第に毒が回って脂汗を全ての汗腺から吹き出して口から泡を吹いてエラポスは息絶えた。
「やはり、そういうことか」
ケリュドラがうつ伏せのエラポスを蹴り転がして脈を測って死亡を確認すると、看板の下に扉が現れる。
看板に書かれたルール通りであるならば、その扉を通れば戻れるはずなのだが、万が一のことを考えて、エラポスの蘇生を待つ。
「──っは……!? 今までで一番キツかった……」
「よく戻った。『次』に行くぞ」
「『次』?」
「あの扉を通ればわかる」
寝起き、もとい蘇生起き直後でも容赦なくケリュドラの指示で現れた扉を二人で通ると、また看板のある白い部屋に出てしまい、そこには『三十分引き回ししないと出れない部屋』と書かれていて、彼女の読みが大方的中した。
「カイザー」
「変わらん。逝け」
流石のエラポスも縄のついた機械の馬と、その足元にある鋭利な針の生えた床を見て抗議の声をあげようとしても、ケリュドラに一蹴されてしまった。
この奇妙な空間から出るにはエラポスが無限に死ぬしか方法はなかった。
こうして、次の部屋も似たような部屋に通され、その度にエラポスが身体を張り続けて、突破した部屋の数が九に到達した。
「次だ。行くぞ」
「容赦なさすぎる……いろんな意味で」
身体に傷一つないが満身創痍になっているエラポスを連れて、ケリュドラが次に着いたのは『口移しで毒を飲まないと出れない部屋』と書かれた看板の部屋だった。
エラポスは最早どう死ぬのかを見ないために看板を見ないようにしていた。
ここに来て複数人いる前提の指示が来るあたり、そうまでして殺したいらしい。
とはいえ、ケリュドラのやることは変わらない。
「ナイフを貸せ」
「はいはい、また死ねばいいんでしょう」
「その通りだ。そして跪け」
言われた通りにエラポスが服に忍ばせたナイフをケリュドラに渡して跪く。
どうせナイフで心臓を刺せとか、そういう方向なのだろうとたかをくくって居ると、両目に痛みが走る。
「っ──」
「静かにしろ。僕の声が聞こえるな?」
ケリュドラはエラポスの両目を切った直後に顎を掴んで耳元で囁くと、ぴたりと彼の動きが止まる。
ここまで忠実だと、少しくらい褒美をくれてやってもいいかという気持ちにもさせられる。
「褒美だ。喜んで受け取りたまえ──」
最初の部屋と同じようにテーブルに置かれた瓶を開けて毒を口に含んだケリュドラが、口移しでエラポスに毒を飲ませる。
幸い、口に含んだ程度ではケリュドラに影響はなく、そのまま毒を一滴残らずエラポスに移した。
「ぺっ……」
口を離した直後に万が一でも毒を飲み込んでしまわないように唾を吐き捨てる。
(え、何!? 何された!? 眼開きたくても切られて失明してるからなんも見えない! なんかめっちゃ柔かったことしかわから──やべ、毒回ってきた……)
何が起きたかわからないままエラポスは本日十回目の死を迎えると、二人は見慣れたオクヘイマに転移していた。
転移した場所と同じ場所に戻ったおかげか、待機していたセイレンスが気付き、すぐにケリュドラの元へ駆け寄った。
「カイザー、戻られたか。今までどこに?」
「謎の空間に閉じ込められていた。恐らく僕を暗殺するのが目的だろうが……まぁ、これを見ればわかるだろう?」
ケリュドラが足元の既に眼の傷が治りかけているエラポスの死体に視線を送り、それを追ったセイレンスは大体のことを察した。
「詳しい話は後だ。一先ず──」
脳裏に余計な思考が流れそうになったケリュドラはセイレンスを含め、その場に居る者に指示を出した。
(……目を潰す必要はなかったが……またこのモヤモヤとした気持ちはなんだ?)
手と口と思考を動かしながらもほんの少しの空白にモヤモヤとした感情が湧いてくる。
以前も感じたこの感情の正体を早急に突き止める必要については、また今度考えることにした。