妖怪・カイザー好き好き黄金裔   作:カイザーの椅子

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第9話

(……朝、か)

 

 いつも通りに時間に起きて、腰を上げたエラポスは最近の日課であるおすわりケリュドラぬいぐるみの前に正座した。

 試作段階から毎日やっていることでそうしようと思う前に身体が動いてしまう。が、どうにも言葉が出ない。

 

「……誰のぬいぐるみ?」

 

 その言葉を聞けばエラポスの知り合いは皆が目を見開いて、肩を揺さぶって心配の言葉を投げかけるだろう。

 しかし、当のエラポス本人はそのことにすら気付けない。

 

 そう、彼は記憶喪失になってしまったのである。

 

「困ったな……」

 

 何も覚えていないのだから、解決方法もわかる筈もない。家族はおろか頼れる友人すら居るのかがわからない。

 

「というか、この子? のぬいぐるみとか綴布とか多過ぎだろ」

 

 部屋をぐるりと見渡すと、以前に作製したカイザーグッズに囲まれていることに困惑が隠せない。

 少なくともこんな異常成人男性のような部屋に住んでいる以上は、家族も居なければ恋人も居ないのだろうと自分自身を推察すると、我ながらに悲しくなってくる。

 

「死ぬほど野菜しかない! 何日分作り溜めてんだよ……!」

 

 目覚めてから時間が経ち、胃が動き始めたのか身体が空腹を訴え始めた。

 何か食料は無いかと家の中を探し回ると何日か分のサラダが作られた痕跡がある。

 カイザーの名を冠したサラダであることすら知らなければ、ケリュドラのことを忘れているエラポスからしたら何一つ理解できないことばかりである。

 

 それから仕方なく謎のサラダを食した後に、着替えて外に出たエラポスは行く当てもなく、ふらふらと街の中を歩いて自分探しに勤しんでいた。

 運よく知り合いに会えればその人物から話を聞こうという算段だったが、そこまで上手く行くはずもなく、結局一人で途方に暮れるしかなかった。

 

「貴様、こんなところに居たか。海流に流された。というのは無しだぞ」

「えーと、どなた?」

 

 今朝から姿も見えず、連絡もつかないエラポスを探していたセイレンスと出くわすが、もちろん記憶が無ければ相手のことなどわかる訳もなく、単純に誰かと訊ねたとしても彼女からしたら、いつもの調子でふざけているようにも見える。

 

「……ふざけているのであれば、カイザーの命なく首を切るぞ」

 

 エラポスが一番嫌がることは、ケリュドラの命令以外で死ぬことである。それを付き合いの長さから理解しているセイレンスは剣を彼の首元に突きつける。

 反射的に両手を上げて降参の意を示すが、彼女の視線に震えてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待った! 何も覚えてなくて何もわかんないんだ! だからその物騒な物を降ろしてくれないか!?」 

「話くらいは聞こう。少し移動するぞ」

 

 意味のない嘘をついたり、ケリュドラからの招集を無視するような人間ではない。

 一度冷静に話を聞くにしても、発見したことを伝えるためにも、一度ケリュドラの元へ連れて行く事にした。

 

「……それで、朝起きたら記憶が無かった。と?」

「その通り……なんですけど」

 

 ケリュドラの元で事情を二人に説明すると、ケリュドラは呆れた表情を浮かべて一応はエラポスのことを信じておく。

 自分に対する忠誠心と能力だけは信用しているため、最悪使えれば何も問題ない。

 しかし、一つだけ気になることがあった。

 

「ならば、一つだけ問おう」

「何でしょうか?」

「……貴様は──」

 

 正直、この問いにはNOと答えてほしい気持ちが無いとは、ケリュドラは否定できなかった。

 最近エラポスが死ぬ回数が少なくなったのは、蘇生されるとはいえ、何度も同じ人間の死を見るのは避けたいという感情と、何度でも死ねといえば本当に死んでしまうほどの忠誠心を持つ、不死の駒を手放したくないという理性がケリュドラの中で発生する。

 一番の問題はどうしてそんな感情が生まれているのかということで、ケリュドラ本人にも理解できていないところにある。

 

「貴様は、僕のために死ねるか?」

「……それは、わからない。わからないけど、死んでも良いって思えるように貴方を知りたい」

 

 一目見た時から、ケリュドラが自分の部屋にあったぬいぐるみのモデルになった人物であるということに察しは付いていた。

 それほど大事にしているか、彼女に惚れ込んでいるのか。どちらにせよ。それなりの何かがあった相手のことは知りたいと、エラポスは自分の思ったことをそのまま口にした。

 

「──」

 

 あの時のことがフラッシュバックする。

 初めてエラポスが死ぬ直前の状態とは程遠いものの、今の彼はいつかまた同じ場所に辿り着いてしまうだろう。

 それがわかった途端に、落胆と安心が同時に湧いてきて、ケリュドラは言葉が出なかった。

 

「……カイザー、横から少し良いか?」

「どうした? 剣旗卿」

 

 ふと、何かに気付いたセイレンスが口を挟み、エラポスの背後に回る。

 

「え、な、何です?」

「良いから。前を向いていろ」

 

 不可解な行動を取るセイレンスにエラポスは困惑しながらも正面を向きながら不安な気持ちで一杯になっていく。

 そうして、エラポスの後頭部に刺さっていた棘をセイレンスが引っこ抜くと、夥しい量の血が噴き出してくる。

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

 急激な痛みと共にエラポスの脳裏に存在している記憶と存在しない記憶が溢れ出す。

 告白したらセイレンスに即座に首を切られた記憶。神悟の樹庭で授業を受けた帰りに喫茶店に寄って同じパフェを突いた記憶。カイザーちびぐるみを試作している時にふと気に食わないことが出てきて切れながら針で指を刺した時の記憶。ファイノンの故郷エリュシオンにやってきて、穏やかな一日を過ごした後、夕日を眺めながら黄昏ていると、隣に座ったケリュドラの手が不意に重なった記憶。

 

 全て痛みと共に思い出した。

 

「──っはぁ……! はぁ……俺は一体?」

「この棘が頭に刺さっていた。どこでこんなものを刺してきたんだか」

 

 血が抜けきり、少しだけ貧血気味になってふらつきながらもエラポスは今の状況を飲み込もうとすると、セイレンスが呆れながら抜いた棘を彼に渡す。

 

「いや、覚えがまるでない……」

「そんなことはどうでもいいが……」

 

 記憶を取り戻したのであれば、ケリュドラとしては記憶喪失の原因など、どうでも良いのだが、もう一度問うことにしておく。

 

「永死卿。この僕のために死ぬ覚悟はあるか?」

「はい。もちろん……それくらい愛しています。結婚してください」

 

 先程溢れてきた幻覚のせいでエラポスは勢いで求婚してしまい、その様子を見たケリュドラは一応でも心配したことがアホらしくなりつつも、安堵の溜息を吐きながら、セイレンスに目配せをする。

 

「死刑だ」

 

 その瞬間、エラポスの首が落ちた。

 




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