祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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#18 人魚の離島
403話


 海の国ル・マリネ。王都ミズクアは、元は存在しなかった土地に生まれた都市だった。島でもなく、大陸でもない。人魚や魚人たちが、他の人種と共に暮らすために海を埋め立て、地上を形作ったのだ。すべて平地ではなく、透き通った水路があちこちを縫うように走っている。その上に架かる小さな橋や道には、湿った空気が漂い、わずかに肌にまとわりつく。少し曇った空の下でも、気温は高く、額に薄く汗がにじむ。

 

「わ~お、アートだね」

「硝子細工、この王都の名産ですね」

 

 冒険者パーティー・ハンドレッドのララクとゼマは、王都の外観に目を奪われていた。建物の壁面は青や紫を基調に、緑や金色が混ざり合う硝子で覆われており、光を受けて微かに煌めく。日差しは雲に遮られて柔らかいが、硝子が反射して複雑な光の模様を地面に落としている。ステンドグラスは商業施設や宮殿、塔の壁に巧みに組み込まれ、人魚や魚人の姿が生きているかのように見える。硝子の表面は平滑で光沢があり、近くで触れるとひんやりとした感触が肌に伝わった。

 

「えーと、ブックによると、あの並んだ2人が王と王妃で、あの槍を持った人魚が王子のようですね」

 

 ララクはガイドブックを手に、壁に描かれた人物像と見比べていた。大型の人魚の絵、煌びやかな衣装の女性像、この二つが王夫妻。そして少し離れた場所には、逞しい男の人魚。三つの矛があるトライデントを手にしている。太陽の光を反射した矛先は、硝子越しでも鋭く輝き、周囲の色彩を微かに歪ませる。この人物が王子レガヴァだ。

 

「んじゃあ、あの女の子は?」

 

 ゼマは目を輝かせ、ピンク色のガラスで髪が表現された小柄な人魚を指さした。透けるような色合いの中に、光の角度で金色の線が細かく揺らめく。

 

「あれは、レーマ王女のようです。……例の、海難事故で失踪中の」

 

「うん、本当の王女様ね」

 

 ゼマの脳裏には、ここへ来る前に参加していた大会トライデントバトリアの光景が蘇った。海のプリンセスとして活躍していたアイドル、観客席で歓声を上げるファンたち。光を受けて煌めく衣装や道具の色、熱気で湿った観客の空気。あの感覚が今も胸に残っていた。

 

 ララクは額の汗を拭いながら、硝子に映る水路の光と影をじっと見つめる。街全体が、人工の地でありながら生き物のように息づいている。湿った空気に混ざる硝子の冷たさと光の反射が、王都の独特な雰囲気をさらに際立たせていた。

 

 ララクとゼマは王都ミズクアの舗道を歩き、目的地である冒険者ギルドへ向かっていた。歩みながら、無意識に通り過ぎる人々を目で追う。水面のように滑らかな肌をした人魚、鋭い顎と筋肉質な体のシャークス、甲殻を光らせるクラブス、柔軟な体をくねらせるスクイーディ。その間を縫うように、猫人や犬人、人間の姿も多く見られた。海の国というイメージから、人魚や魚人の方が目立つと思っていたが、実際には人間もかなりの割合を占めている。4割、3割ほどは人間で、様々な土地から渡ってきた者たちとの交流によって、このル・マリネという国は成り立っているのだ。昔は人魚や魚人たちが海上で暮らしていたが、人間族との接触が文化を拡げ、こうした華麗な硝子細工も生まれたのだろう。

 

「クエストするなら、この国ならではがいいですよね」

 

 ララクは言うと、冒険者ギルドの扉を押し開けた。扉は冷たく、硝子特有のひんやりした感触が手に伝わる。中に入ると、光を反射する硝子の装飾が視界いっぱいに広がった。淡い曇り空の下で揺れる光が、建物内部の壁や天井に複雑な模様を描き、初めて目にする者には刺激が強く、少し目を細めるほどだった。湿った空気が肌にまとわりつき、微かに汗ばむ感覚とともに、煌めく光が心を弾ませる。

 

 王都のどこを見ても観光スポットと呼べるほどの美しさだ。ララクとゼマは、酒場と同じ建物に設置されたギルドのクエストボードに向かった。光を反射して輝く紙や硝子の装飾が、依頼の文字をさらに鮮やかに見せる。

 

「ねぇ、じゃあこんなのはどう? 報酬が果物だって」

 

 ゼマが指を伸ばすと、ボードから1枚のクエスト用紙が滑り落ちるように手元に収まった。

 

【野良猿どもを駆逐して】

 離れの小島に住んでて、果樹園を営んでいるものだ。今回ぶちのめしてほしいのは、私が育てた果実を狙う猿ども。被害が大きく、果樹園の周辺に住処でも作ってるんだと思う。駆除するとなると敷地内になるだろうから、安全かつ迅速に対応できる冒険者を探しているよ。

 報酬は少ないけれど、食べごろの桃を用意しているので良かったら。結構売れてる一級品。あっ宣伝じゃないので。本気で困ってます。

 

                         依頼主・果樹園農家セオリア

 

 ララクは紙を手に取り、文字を追いながら短く頷いた。ゼマは微笑み、桃の香りや果実の柔らかさを思い浮かべるように目を細めた。ギルド内に差し込む硝子越しの光が二人を包み、王都特有の華やかさと温かみが静かに広がっていた。

 

 ララクの声には、好奇心とわずかな楽しみの色が混じっていた。額の汗を拭いながら、硝子越しに差し込む光が揺れるギルド内を見渡す。色とりどりの紙や装飾が、二人を祝福しているかのように煌めいていた。

 

「よっし、果物守りに行くぞ~!」

 

 ゼマが勢いよく拳を突き上げると、ララクも小さく笑って頷いた。王都ミズクアで受注したクエスト。街の喧騒や華やかな硝子細工の光景を背に、二人の足取りは軽かった。難易度も、ララクからすればそこまで高いものではなかった。だが、この単純な依頼が、やがて王都を含む海の国全体を巻き込む大事件への序章となることを、まだ誰も知らなかった。

 

 風に混ざる海の匂い、硝子が反射する光、湿った空気に微かに汗ばむ感覚。王都の華やかさと穏やかさの中で、ララクとゼマは知らぬ間に、次なる運命へと歩みを進めていた。

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