祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第412話 

「……っやっぱりあなたはリチャっ」

 

 ララクが口を開いた瞬間。

 広間の空気が揺れるほどの勢いで、レガヴァが踏み込んだ。背筋を走る鋭い気配。影が覆いかぶさったと思った時には、ララクの口は強引に押さえ込まれていた。

 

「ララク! ち、父上の前であの大会の事を口にするな」

 

 吐き捨てるような小声。それなのに震えを隠しきれない声音だった。王子としての威厳は消え、ただの青年の必死な切迫感だけが滲んでいた。

 その掌は熱く、湿り気を帯びている。緊張で汗ばみ、動揺が指先からも伝わってくる。

 

 ララクの脳裏に、過去の光景が鮮やかに蘇った。

 海の国の祭典トライデントバトリア。荒れ狂う水流の中、槍を構えて突き進んだ男の姿。勝利を求めて全身を研ぎ澄ませ、仲間を導いたリーダーの気迫。

 その人こそ、今まさに口を押さえている王子レガヴァ。

 あの時のリチャード。

 

 さらに脇に控えている兵士たちも、見慣れた顔だと気づく。

 勇敢な釣り師エマ、その姿はタンバリィに重なる。酒に酔ってもなお槍を振るったアレックスは、短髪のティノラに。

 全てが線で繋がり、ララクは確信を抱いた。

 

「……っもぉ、しわけ、ないですけどぉ」

 

 息苦しさに顔をゆがめながら、ララクは押さえつけられた手をそっと押し退ける。

 そして視線を合わせ、淡々と口にした。

 

「諸事情でボク、嘘をつけないので、質問されたら黙り込んじゃうことになりますよ。それはそれで不信でしょう」

 

 空気が変わった。

 淡々とした声色だが、刃のような正直さが場に突き刺さる。虚飾を纏えない人間の言葉ほど重いものはない。

 

「……な、なんだその脅しは。 っく、方針変更だ……!」

 

 レガヴァの顔色が変わった。眉間に深いしわを寄せ、焦りを誤魔化すように吐き出した。

 小声なのに必死さが溢れ、言葉に余裕がない。

 

「おいレガヴァ、客人に失礼ではないか。その手を離せ」

 

 玉座から響く低い声。

 ボセニア王の声は、深海の重圧を思わせるほどの威厳を帯びていた。室内にいた兵士たちの背筋が一斉に伸び、沈黙が支配する。

 

「っは、ご無礼を働き大変申し訳ございません」

 

 レガヴァは慌ててララクから手を離し、一歩後退した。頬がわずかに赤い。だが、すぐに畳みかけるように言葉を重ねる。

 

「ですが触れ合って理解しました! この者は信頼にあたいし、戦力としても申し分ありません。あの、かの有名なトライデントバトリアで優勝を果たしているのですから。この者に任せてみてもよろしいかと。姉君のことは残念で仕方ありませんが、長年探し続けて過ぎ去った時間に比べれば、きっと流星のごとく一瞬」

 

 必死の言葉。声は大きく響くのに、目は泳ぎ、汗がこめかみを伝っている。虚勢で塗り固めた説得にしか見えなかった。

 

「……レガヴァ、おまえ何かしでかしたな」

 

 王の一言。重い鎖のように響き、息子を縛る。

 玉座から射抜く視線は、鋭い刃のようだった。父としての直感が働いていた。核心は掴めない。それでも「何か隠している」という確信だけは揺らがない。

 

「しでかしなど……。ここからテロリストを成敗しにいくだけです。なぁ、ララク殿」

 

 その場を取り繕うように、レガヴァはララクへ振った。

 

「えぇ。……王様、先ほどの提案を受け入れていただけますか?」

 

 ララクは一切動じず、穏やかな声で返す。虚飾を排した答えが、そのまま信用となって響く。

 

「……はぁ、ララクよ君自体は信用できそうだ。行ってまいれ」

 

 王は大きく息を吐き、短くも力強く承諾を下した。

 

「それではさっそく情報交換と行こうじゃないか、ささ、アスビアヘルムを追跡しようぞ!」

 

 レガヴァは勢いよくララクの肩を抱き、ぐいぐいと出口へと引っ張る。過剰な笑顔、張りつけた明るさ。その裏に焦燥を隠そうと必死だった。

 

「もっと威厳を保てよな」

 

 ティノラが呆れ混じりにぼやきながら、仕方なくついていく。

 

「客人の方が信頼獲得して終わったね」

 

 タンバリィは小さくため息を吐きながら皮肉を漏らす。場に残された兵士たちも、互いに視線を交わし合い、奇妙な納得の空気が漂った。

 

 その時、低く重い声が再び広間に落ちる。

 

「事が全て終わった時、真相を話してもらうぞ。私が騒動でこの事を忘れると思うなよ。レーマもレガヴァも、子のことは全て把握させて貰う。……安心しろ、言葉で怒りを示すぐらいだ」

 

 水面に石を落としたように、言葉が場の空気を揺らした。

 ララクは一瞬呼吸を止めた。背中に冷たいものが走る。

 レガヴァの笑顔は引きつり、タンバリィとティノラも目を伏せる。

 

 父としての眼差しと、王としての威厳。両方を兼ね備えた言葉が、4人の背に重くのしかかる。

 謁見の間を去るその背後に、なおも王の影が張り付いて離れなかった。

 

 

 城を出ると、閉ざされていた重い扉の音が背中で響き、そこから先は別世界だった。王都ミズクアの外は、海を抱く街らしく光が反射してきらめき、青と白が交互に揺れていた。高い城壁に囲まれながらも、視線を上げれば広大な空と水面の輝きが一面に広がり、潮の香りが鼻をくすぐる。石畳の道の両脇にはガラス細工を飾った街灯が並び、昼の陽光を受けて虹色の粒を散らしていた。

 

 城門の兵士たちに深々と見送られた一行は、その光景の中へと足を進める。途端に、リチャードことレガヴァ王子が大げさに頭を掻きむしった。

 

「……うぅうう、今日は目まぐるしすぎる一日だ! 姉君はご健在だというのにお会いできないし、城は襲撃されるし、そして何故か優勝者であるララクが関与しているし……!」

 

 嘆きの声には、王子としての威厳はほとんど残っていなかった。乱れた髪を抑えながら、街の光景よりも自分の混乱のほうに意識を取られている。

 

 ララクはそんな彼を横目にしながら、淡々と口を開いた。

 

「ボクも同意見です。リチャード、いえ、レガヴァ王子ですか。まさかボクが、王族と縁がある運命なんて思いませんでした」

 

 離島で出会った人魚の姫君、そして大会で共に戦った男。その両方が王族に繋がっていたことは、偶然と呼ぶには出来すぎていた。数奇な運命に驚きつつ、ララクの胸の奥には、目に見えない糸で引き寄せられているような疑念も芽生えていた。

 

「ありゃあ、説教1日コースかもな。……減給されそうだしよぉ。あー、王子の遊びに付き合うんじゃんなかった!」

 

 そうぼやいたのは、短髪の兵士ティノラだった。額に手を当て、心底後悔している様子がにじみ出ている。王子の「大会に出たい」という無茶を聞き入れてしまったことが、いまや胃を痛める原因になっていた。もし王子の正体が大会中に露見していたら、国を揺るがす混乱に発展していただろう。

 

「……私はじぃの大会に参加するの夢だったし、処罰は受け入れますよ」

 

 釣りを得意とする女性兵士タンバリィは、怖がりながらもどこか飄々とした声音で答えた。瞳に浮かぶ光は、釣り竿を握って海に挑むときと変わらない真剣さが混じっていた。

 

 レガヴァは彼女らの言葉を聞きながら、空を仰いで大きく息を吸い込んだ。

 

「……父上の事は恐ろしくて仕方がないが……もう切り替えるしかない! 我は祠を盗んだアスビアの連中を捕縛しなければ! ララク、君も尽力したまえ」

 

 その声音には、王子としての気概がようやく戻っていた。

 

「はい、過激派組織とも少し因縁もありますし」

 

 ララクが答えると、王子は一瞬だけ表情を曇らせ、真剣な眼差しを向けてきた。

 

「……だが今一度と問おう。姉君は私たちに会う意思はあるのだな?」

 

「……はい。こちらに帰還しようしまいか思い悩んでおられました。祠を取り戻しましたら、今度はセオリアさん……王女様を説得して見ようと思います」

 

 ララクの声には確信よりも慎重さが滲んでいた。彼にできるのは時間を稼ぐこと。そして彼女に寄り添い、戻る気持ちを芽生えさせることくらいだ。

 

「……姉君は、我が想像しえない人生を歩んでこられたのだろう。……了解した。王子として弟として、役目を果たすだけだな」

 

 言葉を重ねるうちに、レガヴァの中に残っていた迷いが少しずつ薄れていく。彼の背筋はまっすぐ伸び、潮風に揺れる金髪が光を返した。

 

 側近の兵士たちもまた、同じ決意を固めた表情を浮かべていた。

 

 こうして、海神教過激派組織アスビアヘルムを捕らえるために。国の命を受け、そしてララク自身の因縁をも抱えて、一行は新たな行動を開始するのだった。

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