祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第413話

 ここは海神を祭る教会である。水色と紺色を主体にした外観は、波打つ海そのものを意匠として取り込んでおり、正面の壁面には貝殻や珊瑚を模した装飾が散りばめられていた。建物の周囲には海風に揺れる旗がはためき、港町特有の塩の匂いが漂っている。

 

 外国の少年ララクは、その扉を押して中へと足を踏み入れた。過激派の足取りを掴むために事情聴取を試みようとしたのだ。内部にはすでに多くの人々が集まっていた。農民風の老人もいれば、身なりの整った商人らしき者、さらに肌や耳の形が異なる他種族の姿も混じっている。年齢層も幅広く、老若男女を問わず、この海神の教会に惹かれて集まっていることが分かった。

 

 奥の壇上、十字架の前には神父と思われる人間の男性が立っていた。まだ20代にも見えるほど若々しい顔立ちで、その表情には確固たる信念が宿っている。

 

「断じて許すことはできない所業だ! 祠を奪取しようなどと思考するだけでも罰を受けるべき行為だ。海神様は人がそうやすやすと触れてはいけない存在なのだ。さぁ、悪しき教徒から海神様を取り戻そうぞ!」

 

 声が響くと、集まった信徒たちは一斉に身を乗り出し、激しく頷いて賛同した。中には鎧や武器を身につけた冒険者らしき人物も数名混ざっており、熱気はさらに強まっていく。

 

(これはこれで過激だな)

 

 ララクは心の中でそう思った。ここは本来、一般の海神教徒が祈りを捧げるだけの穏やかな場所だ。普段なら子供たちも遊ぶように立ち寄り、波や貝殻を象った彩りを楽しめる空間である。しかし、事件の影響で空気は一変し、今は怒気と熱狂が混じり合った不穏な熱に包まれていた。

 

 神父は十字架に目を向け、両手を合わせて深く祈る。

 

「海神様、すぐに取り戻しますのでご安心ください」

 

 その言葉には曇りがなく、彼自身が使命に燃えていることが伝わってくる。海神という、実際に存在すると語られる超越的な力に心酔しきっているのだ。

 

 祈りを終えた信徒たちは、決意に満ちた顔でそれぞれ教会を後にしていく。熱気を背に残しながら、ララクは群衆に逆行し、壇上の神父のもとへと歩み寄った。

 

「おやおや、迷える小魚よどうしましたか?」

 

 童顔のララクを見て、神父は幼子に接するような柔らかな声音を向けてきた。

 

「ボクもえっと、アスビアヘルムを追っていまして。拠点があるならば教えていただこうかと」

 

「なんと、その若さでもしや冒険者をやっているのかい? そうか、非常にありがたい! 一刻も早く、祠を探し出さなければいけないのだから」

 

 神父は胸に手を当て、己が使命を誇らしげに高らかに宣言する。その眼差しはまっすぐで揺らぎがない。

 

 そして声を落とし、ララクに情報を与えた。

 

「だけれど、いくつか目星があるのだが、どれも海中だ。あやつらは海の上で暮らすことを毛嫌いしているからな」

 

「確か、海上での生活を認めてないんですよね」

 

「いかにも。確かにこの場所も、海の上に建造されている。しかしそれは海神様が、我ら海では生活できない人間も認めてくださるということ。海は、神は、私たちが図れない広大な心を面持ちなのだ。居住区を暴力で破壊しようとする蒼濤派のほうこそ、海神様の教えに反する……!」

 

「……なるほど、そういう解釈なんですね」

 

 ララクは短く相槌を打ちながらも、心の奥で冷静に考えていた。今語られたのは、教会側が人々に説いている解釈にすぎない。実際に海神という存在があるとしても、彼らが本当に意思を伝えてきたのかは分からない。神父の言葉は信仰の熱で強化されたものだろう。

 

 それでも、現代社会においてアスビアヘルムが王城襲撃を行ったことは、明らかなテロ行為だ。信仰の解釈はともかく、その暴力に賛同する理由はどこにもない。だからこそララクも、過激派を支持するつもりは一切なかった。

 

「それじゃあ、一番奥まった場所というか、行くのが困難な場所はありますか? 身を隠すのに適切な場所があれば、ボクが偵察してきます」

 

 ララクの声は落ち着いていた。自分の力を誇示するためではない。これまでの冒険で、水中でも問題なく活動できると確信しているからだ。潜水競技で優勝を果たした過去は、ただの記録にとどまらず、実際に水中で動く力を証明するものでもあった。自惚れではなく、困難に挑むのは使命だと心から信じていた。

 

 神父は一瞬だけ目を細め、幼子のように見えていたララクを改めて見直す。

 

「ほほう、そなたの勇気を言葉にする行為に感服する。それに答えよう。波が荒く視界が悪いエリアが、ミズクアを北西に抜けた先にあるのだ。そこを抜ければ人が定住できるような静かな海原が続いているとされている。魚族でも、行きなれているか相当な手練れではないと、突破が難しい場所なのだ」

 

 神父の声は重々しくも、確信に満ちていた。海を知る者ならば、この情報の価値が分かる。人の目を避けるなら、容易には踏み込めない場所が最適だ。だからこそ、過激派の拠点である可能性も高い。

 

 最初は童顔で背の低い少年を、ただの迷える子供と見ていた神父だった。しかしその迷いのない言葉、恐れを感じさせない瞳を前にして、彼の中でララクの存在が変わっていくのを自覚した。

 

「ありがとうございます。皆さんの祠を取り戻せるよう激務に励みます」

 

 ララクが一礼すると、神父は力強く頷いた。

 

「あぁ、そなたは救世主の素質があるのかもしれないね。海神様の加護を取り戻そうぞ」

 

 そう言って、神父は胸元に下げていた十字架を掲げ、ララクへと向ける。その仕草には、祝福と期待が込められていた。

 

 青と紺のステンドグラスから差し込む光が、ララクの頬を照らす。少年は静かにその光を受け止め、決意を胸に教会を後にした。

 

 次に向かうのは、大海原。荒れる波を越え、視界を閉ざす水の闇を突破しなければならない。だがララクの足取りは迷いなく、軽やかだった。

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