祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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♯19 海神教 中編
第415話 


 海の国ル・マリネ、ロンドリネン激波海域。そこは名の通り、絶え間なく押し寄せる荒波に覆われた領域だった。水面から差し込む光は強く屈折し、すぐに白濁した泡と濁流にかき消される。視界は不良、音も波の衝撃で歪んで響き、大地そのものが震えているかのような錯覚を覚えるほどだった。強靭な鱗を持つ魚型のモンスターや、深海に適応した獰猛な種が群れを成して生息しているため、たとえ王都から距離的に近い場所であっても人が足を踏み入れることはなかった。

 

 そんな場所を、ララクは躊躇いなく進んでいた。正確に言えば、泳ぐというよりも水に干渉せず浮遊するように移動していた。【ファントム化】。幽体化したその身体は波の衝撃すら受けず、鋭い牙を剥くモンスターでさえ彼に気づかず通り過ぎていく。ただし、この状態を維持するためには常時大量の魔力を消費する。(はやく突破しないと)と、心中で焦りを抑えながら魔力の減りを計算していた。

 

 やがて荒波を越え、魚影の群れをすり抜けた先に、不思議な光景が広がる。珊瑚礁の森。だが、そこに群生しているのはただの珊瑚ではなかった。金と銀色に淡く輝き、触れることを拒むように冷たい光を放つ。岩場も複雑に入り組み、ちょうど天然の居住区のような地形を作り出していた。その奥は広大で、深く落ち込んだ海底にまで続いている。

 

 ララクは大岩の陰に身を寄せた。そこで小さく息を整えると、ゆるやかに【ファントム化】を解いた。水圧や冷たさが再び肌にまとわりつくが、その方が周囲の観察には都合がよかった。気配を抑え、岩陰からじっと視線を走らせる。

 

 そこでは魚人や人魚たちが円陣を組み、ひとつの集会を開いていた。深海特有の暗がりに、彼らの瞳と鰓が妖しく光る。

 

「ふっふっふ。今日は素晴らしい日でございます。海神様が私たちの手に、ようやく帰って来てくれたのです。最高ですね~」

 

 中心で声を張り上げるのは、一際目立つ存在だった。女性でありながら鮫の牙を覗かせ、タコの触手を腰に垂らし、エビの殻を纏ったような外殻をもつ複合的な特徴を有する魚人。その怪異な姿に、周囲を取り囲む教徒たちは静かに、だが激しい動きで頷き続けていた。声をあまり発しない代わりに、尾を打ち付けたり、鰭を震わせたりと熱狂の意思を示している。

 

(勘がさえているな。あれが蒼濤派閥アスビアヘルムか)

 

 彼女を囲む教徒たちは、紫と紺、そして白が混ざった不気味なローブを身に纏っていた。中には、シャークス族のように筋骨隆々とした大男も混じっている。彼らは衣服すら簡素にしており、厚い鱗と隆起した筋肉をそのまま晒している姿もあった。(あの時のシャークスも薄着だったな)と、ララクは脳裏にトライデントバトリアで乱入してきた鮫男の姿を思い出す。幸い、この場にあの人物はいないようだった。

 

 王都で会った神父の衣装は白を基調とした清廉なものだった。それに比べ、ここに集う信徒の制服は、深海に沈むような暗い色合いと、光を拒絶する不気味さを纏っていた。ララクは岩陰から目を細め、静かに彼らの動向を探り続けるのだった。

 

 海底の集会は、徐々に熱を帯びていた。

 

「まもなく、海神様の上に大地を作るなどと言う奇行をする王族を踏破することができますね。長年抱き続けていた静かな海が、私たちの、海神様の元に戻ってくるのです」

 

 中心に立つ雑種魚人の女性が高らかに声を響かせる。鋭い牙をのぞかせながら掲げた両腕に、熱狂の視線が集まった。拍手が起こり、静かだった集会の空気が一気に沸騰する。声を上げる者、尾を打ちつけて振動を響かせる者。普段は少数派として潜伏し、他の教徒に紛れて暮らす蒼濤派閥アスビアヘルム。その鬱屈とした怒りが、海底に解き放たれていくかのようだった。

 

 岩陰から覗くララクの目は冷静だった。(祠は見当たらないな……。もしかすると他にも拠点があるのか?)

 祠を直接見たことはないが、厳重に警備されていると思ったので一目で分かると考えていた。しかし、この場に見えるのは熱狂する信徒たちと、不気味に光る金と銀の珊瑚ばかり。明らかな祠の影はない。

 

(手荒だけど、捕らえて聞きだせばいいだろ)

 自分が王から直接託された任務だという事実を思い返す。王命の下で行う戦闘ならば、正当な行為として許されるはず。そう自分を鼓舞するように、ララクは胸の内で決意を固めた。

 

 彼は岩陰に身を伏せたまま、静かにスキルを解放する。

 

【マッドウェイブ】

 効果……大量の泥を含んだ大波を創り出し、広範囲に発射する。

 

 次の瞬間、海底の珊瑚群を泥混じりの大波が駆け抜けた。水流に乗せられた泥が黒く渦巻き、熱狂の最中にいた教徒たちを一気に飲み込む。

 

「ぬな、ななな!? こ、これは、何の災害ですか!?」

 

 驚愕の声を上げたのは、中心に立っていた雑種魚人の女性。泥にまみれたローブが重く沈み、白と紺の模様はたちまち汚れていく。

 

 さらに波は信徒たちの列を次々となぎ払い、鰭も鱗も汚泥に覆われていった。水の抵抗には慣れた彼らでも、泥の粘着質な重さは想定外だった。動きが鈍り、尾を振るたびに濁った泡が広がる。波の衝撃自体は魚人に耐えられる範囲だったが、体をまとわりつく泥が重荷となり、動作を阻害していく。

 

 海底の広間は一瞬にして混乱の渦に変わった。

 

 海底の騒乱の中、ララクは泥にまみれた雑種魚人の女性に近づいていった。波に押され、身をよじるその身体の正面に立ち、口から泡を漏らしながら穏やかな声をかける。

 

「どうも初めまして。ボク、祠を探していまして」

 

 道端で知人に声をかけるような調子。しかし実際は問い詰める響きに近い。

 

「なな、なんですか、あなたは!? もしや蛮王の手のもの……?」

 怯えを隠しきれずに身を震わせながらも、女性は瞳を吊り上げてララクを睨みつける。

 

「ええ。盗んだものをそのままお返しいただきたい。どこに保管しているんですか?」

 

 ララクは表情を崩さない。できれば無用な暴力は避けたい。自分が拷問をするなど似合うはずがない。だからこそ、わざと肩の力を抜いた態度で、相手の答えを待った。

 

「……ふ、ふっふふ。私たちの事を何も理解していないじゃない。目的の第1歩は、悪しき王族たちの消滅。1人増えたのは予想外だったけど、関係ない。これからみな処罰されるのだから……!」

 

 雑種魚人の女は突然、甲高い笑い声を放った。タコのような目玉がぎょろりと動き、周囲を舐めるように見回す。

 

「……!? ……もしや、最初から祠はあそこに……!」

 

 ララクの脳裏に閃きが走る。しかし女性はその答えを肯定するように、なおも笑みを浮かべた。

 

「今頃、兵士たちはあちらこちらちまなこに探しているのでは? きっと彼らが帰るころには、そこにはまっさらな海が広がっている事でしょうね。ふふふ」

 

 捕らえられてなお、その声は勝ち誇っていた。彼女にとって個人の命など瑣末なもの。望むべきは、海の本来の姿が取り戻されることだけ。蒼濤派閥アスビアヘルムの信念が、その態度に凝縮されていた。

 

「……だがありがたいことにボクは、こういう時も対処できるので。【テレポート】!」

 

 ララクの姿が、泡を残して掻き消える。

 

「!! ……あなたがどれだけの力を持っていようが、私たちの信仰は止める事ができないよ。なんだって、こっちには海神様がついているのだから」

 

 泥に縛られ、身動きが取れなくても女は笑い続ける。その笑みは周囲に伝染し、他の教徒たちも絶望するどころか、どこか希望を宿した表情を浮かべていた。

 

 彼らにとって重要なのは自分の身ではない。信仰を果たすこと、その先にある変革の実現こそがすべてだった。

 

 彼らの狙いはただの祠の防衛では終わらない。王都、王城、ひいては国家そのものを揺るがす。蒼濤派閥アスビアヘルムの目的は、徹底した転覆だった。

 

 そして海は荒れ始めていた。波は高く、光は濁り、躍動する戦いの予兆が海底全体を覆い始めている。

 

 戦いは、すでに始まっていた。

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