祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第416話

 王都ミズクア。

 陽射しは強く、石畳の街路には夏の熱気が溜まっていた。白い雲の切れ間から覗く青空は爽やかで、本来なら水浴びでもしたくなるような穏やかな午後のはずだった。

 

 しかし、その空気は突如として崩れ去る。

 

 教会の前で神父が汗を拭いながら歩き出す。

「私もアスビアの連中を追跡しなければ。あぁ、海はこんなにも近いのに、あなたさまはいずこへ」

 と、水路へ目を落とした瞬間だった。

 

 ごぼごぼと不気味な音を立てて水面が盛り上がる。泡が弾け、急激に水位が上がっていった。それはここだけではない。隣の通りでも別の区画でも、同じように水が噴き上がっていた。

 

「あ、あれは……?」

 

 複数の水柱が絡み合い、やがて王城をも覆い隠すほどの巨大な塊へと変貌していく。その姿は人の形を成し、怒れる顔が浮かび上がった。

 

「ウォオオオオオオオオオ!!」

 

 海そのものが叫ぶような咆哮が響き、窓ガラスが震え、石畳の地面が揺れる。巨神は巨大な拳を振り上げ、教会を殴りつけた。轟音と共に屋根が崩壊し、祈りの場は一瞬で粉々に砕け散る。

 

「か、海神様!? っは! アスビアの仕業か! 悪党の分際で、海神様を操るなど! 私も海神様も許すはずのない行為だ!」

 

 神父が絶叫するも、その声は届かない。海神はさらに咆哮し、暴力的に拳を振り下ろした。

 

 街は瞬時に混乱に包まれる。

「逃げろおおおっ!」

「子供が流される、助けてくれ!」

 人々が叫び、石畳を蹴って四方八方に走る。しかし水位は止まらない。足首から膝、腰へと瞬く間に上昇し、泳げぬ者は転び、もがき、飲み込まれた。

 

 だが、その混乱の中で別の姿もあった。魚人の青年が必死に腕を伸ばし、転んだ老人を抱え上げる。人魚の女性は尾をしならせ、流されそうな子供を掬い取って抱きしめ、必死に高台へと泳ぎ運んでいく。

 

「しっかり掴まって!」

「こっちに来い、人間も魚人も関係ない!」

 

 その声に人々は振り返り、一瞬だけ希望を見いだす。だが、次の瞬間には再び巨神の腕が振り下ろされ、石壁が砕け、瓦礫が波に飲まれていった。

 

 悲鳴と咆哮が混じり合い、街全体は冷たい絶望の渦に呑まれていく。

 それでも魚人や人魚たちは仲間を引き上げ、必死に人間を守ろうとしていた。

 

 それは暴れる“海神”の中で、かすかな海の慈悲だけが生き残ろうとしているようだった。

 

「ああいう奴ら、ぶん殴っても怒られないよねぇ!?」

 

 ゼマが声を張り上げた瞬間、手にしたクリスタルロッドが光を反射してきらめきを帯びる。次の瞬間、【伸縮自在】が発動し、透明な軌跡を残してしなやかに伸びた。振り抜かれたロッドは波のように軽快でありながら鋭く、蒼濤派閥アスビアヘルムの教徒たちを的確に薙ぎ払った。

 

 硬い石畳に叩きつけられた教徒たちが呻き声を上げる。砕けた石片が飛び散り、背後のガラス壁がわずかに震える。だが破壊までは至らず、衝撃の余波は最小限。ゼマの一撃は力任せではなく、あくまで狙い澄ました精度で放たれていた。

 

(人は襲わないんだな、こいつら。そこは一貫してる)

 

 ゼマは冷静に観察する。巨大な海神が都市ごと人を飲み込む一方で、教徒たちは人々を避け、石造りの地面やガラス細工の建物ばかりを壊していた。都市そのものを消すことに執念を燃やしているように。

 

「セオリーは、人と戦える?」

 

 ロッドを縮めながら、ゼマは隣にいる人魚をちらりと見やった。

 

「あまり経験ないけれど、都市を破壊する害獣だと思えば……。【音爆弾・ド】 連奏」

 

 潮騒のように澄んだ声。セオリアの指先から浮かび上がったのは、赤く光る音符の群れ。周囲のガラス細工に反射し、赤光が幾重にも重なり、街を巨大なシャンデリアのように照らす。

 

「おっしゃれなスキルだな~」

 

 ゼマが口角を上げる。音符は整然と並び、光の譜面を描く。その光景は装飾芸術のように美しいが、同時に破壊の刃を秘めていた。ゼマは油断せず、【刺突】でロッドを鋭く伸ばす。

 

 クリスタルの一撃が教徒の武器を弾き飛ばし、体勢を崩させる。その隙を狙って、赤い音符が教徒たちの懐へと飛び込んだ。

 

「そんな綺麗な物じゃないかな。相手をぶちのめす、確かな火力がある」

 

 セオリアの言葉と同時に、赤光が弾ける。

 

 ドンッ。

 

 低音の響きと共に爆ぜた音符は、狭い範囲に力を集中させ、直撃を受けた教徒だけを弾き飛ばした。周囲の石畳はほとんど傷つかず、ガラスの壁も揺れるだけ。破片が飛び散ることはなく、爆発は極めて制御されていた。

 

 音符は次々と教徒へと突き刺さり、爆破のたびに赤い閃光が煌めく。爆風こそ小さいが、教徒たちの武器や防具を砕き、体を叩き伏せるには十分な威力。連続して響く低音は、短銃の連射のように律動を刻み、やがて旋律を描いていく。

 

 ゼマのロッドが鮮烈な光跡を描き、セオリアの音爆弾が狙い澄まされて炸裂するたび、煌びやかな王都ミズクアのガラス街は、破壊されながらも派手な舞台装置のように光を散らした。赤、青、透明の輝きが入り乱れ、爆発は最小限の範囲に収まっていながら、戦場を鮮やかな演奏会場のように変えていった。

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