祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第418話 

 市街地は白い塀に囲まれ、背の高い建物は少なく、通りには人々の生活感があふれていた。窓辺には洗濯物がかけられ、風に揺れる布が青空の下で舞う。煌びやかなガラス細工の家々が光を反射し、どこか幻想的な景色を作り出していたが、その美しさはアスビアの教徒たちの破壊行為によって無惨に崩れていった。

 

「住宅破壊するんじゃないよ! あんたら!」

 

 ゼマは逃げ惑う人々を背に庇い、クリスタルロッドを振るって教徒の頭を叩き落とす。スキルを使えば致命傷を与えてしまうかもしれないから、あえて通常攻撃で手加減をしていた。しかしそれでも一撃は重く、命中した教徒は目を白黒させて次々に意識を失っていく。まさにモグラ叩きのように、一人、また一人と崩れ落ちていった。

 

 その最中、市街地を覆うほどの大波が押し寄せ、白い塀を打ち付けながら通りを呑み込む。

「ぐべっ。はぁ、塩味効きすぎだぁ!」

 

 ゼマの体は一気にびしょ濡れになり、赤紫の髪が潮にまみれて張り付く。住宅に干してあった洗濯物も、濡れるどころか容赦なく流されていく。そんな中、横の家屋の壁が轟音を立てて破壊され、瓦礫が飛び散った。

 

 そこから現れたのは、筋骨隆々としたシャークス族の男だった。隆起した筋肉は海の鍛錬を受けた鋼鉄のように固く、腕から肩にかけては丸太のような太さを誇っている。濡れた肌には青黒い光沢が走り、鰓が大きく開閉しながら水気を吐き出していた。何よりも、ギラギラと並んだ鋭い歯が太陽光を反射し、野生の脅威そのものを示していた。

 

「っぐ!」

 

 鋭いツメが一閃。ゼマは咄嗟にロッドを横に構えて受け止める。だが衝撃は重すぎて、足元の石畳がひび割れ、膝ががくりと沈む。全身に伝わる圧力だけで、これまでの雑兵とは格が違うと悟らされた。

 

 シャークス族の男は泡を吐きながら咆哮する。

「貴様が破壊を、正義を阻む者だな。っが、ここで俺が惨殺してみせよう。血流も、死刑も、俺には抵抗感はない……! あるのは海への尊敬のみだぁ!」

 

 その声はまさに獣の雄叫び。建物の壁を爪で引き裂き、筋肉が波打つたびに瓦礫が飛び散る。周囲の空気が暴力の気配で満ちていく。

 

「そういやぁ、あんたら自然保護団体みたいな感じなんだっけぇぇ? 志は立派だけどね」

 

 ゼマは軽口を叩きながらもロッドを縦横に操り、辛うじて攻撃をいなしていく。だがそれでも肩や腕に浅い爪痕が残り、肌が赤く擦りむけていく。血がにじみ、潮と混ざって流れ落ちた。しかし彼女は治療を施さない。これぐらいは「傷」とすら思わないのだ。

 

 筋肉の鎧をまとった鮫男と、クリスタルロッドを操る女戦闘医の対峙。街路の中央で、生活感に満ちた市街地が戦場へと変わっていく。

 

 市街地の白壁の住宅が崩れ、煌びやかな装飾が無惨に砕け散っていく中、シャークス族の男が咆哮をあげた。

 

「っが、多くの者は反発する。っが、こうして実現する日が来たのだ! その栄光の瞬間を邪魔をするなぁ、外人がぁ! 【シャークバイター】牙咬の陣……!」

 

 瞬間、地面と空気が泡立つように震え、青白くざらついた肌をした鮫の幻影が次々と浮かび上がった。鋭い三角歯を並べた口がカチカチと音を立て、空中に並んで開閉を繰り返す。地上にも現れた鮫たちは石畳を削りながら突進し、合計8体の鮫が隊列を組んでゼマを包囲する。その配置は巨大な顎そのもので、今にも閉じて彼女を丸ごと噛み砕こうとしていた。

 

「対鮫は、知らないな」

 

 ゼマは軽口を叩きながらロッドを振り回し、数体を粉砕する。しかし残りは彼女の防御を抜け、鋭い歯を突き立てた。

 

 がぶり、と腕や脚に噛みつかれる。皮膚を貫き、骨へ食い込む圧力。筋肉が裂ける感覚が全身に走り、息が詰まった。

 

「ぎぃがぁ!! 殺る気ぃ、しかないなこいつらぁ!」

 

 彼女の悲鳴に混じって、鮫の顎が軋む音が響く。赤い血が勢いよく飛び散り、白い石畳を赤黒く染め上げた。

 

 本体のシャークス族はさらに追い打ちをかけるように、濡れた石畳を爆ぜる勢いで踏み込み、巨体を投げ出す。隆起した肩や胸の筋肉は岩塊のようで、その全体重をのせた突進は獣を超えて戦艦の突貫に等しい。

 

「人肉に興味はない。っが、これも海神様のためだぁ!」

 

 巨大な顎を開き、彼女に喰らいつこうと迫る。

 

 だがゼマは、血に濡れた顔をしかめながらもロッドを振り上げた。

 

「主人のところに帰れおらぁ!!」

 

 噛みつかれた腕を無理やり動かし、ロッドを石畳に叩きつける。その反動で四肢に絡みつく鮫を振り回し、足に食らいついた鮫をそのまま本体にぶつけた。

 

 どんっと重い衝突音。召喚された鮫は本能のままにシャークス族の胸に噛みついた。筋肉に歯を食い込ませる様子は、主であることを忘れた獣の本能そのものだった。

 

「っが! 貴様も、同士討ち狙いかっ!!」

 

 怒声をあげ、シャークス族の男は自身の召喚鮫を引き裂く。鮫の肉体は泡となって弾け消えるが、わずかな時間で勢いは削がれていた。

 

 ゼマはその隙を逃さず、後方へ飛び退く。呼吸は荒いが、瞳はまだ燃えていた。彼女は腕に噛みついた鮫を塀に叩きつけ、砕けた鮫が魔力の泡となって消えていくのを確認する。

 

「あーあ、私も破壊しちゃった」

 

 塀の表面に刻まれたひびを見て、軽く反省を口にする。だが腕には深々と歯形が刻まれ、鮮血が流れ続けていた。骨まで達している感触がありながらも、ゼマは痛みを受け入れるように平然としていた。息を吸うように自然な動作で【クイックヒーリング】を発動し、出血を止めていく。

 

 一方のシャークス族は、濡れた肌から水滴を滴らせながら怒りを込めた視線をゼマへ向けた。

 

「っが。速く終わらせたいというのに。地上はただでさえ、吐き気がするというのに。っが、なぜおまえたちは平然とこの地を踏みしめられる。もともとここには、広大な海が存在したんだぞ! 在るべき姿を望んでいるだけというのに、何故俺たちを間違っていると言える!!」

 

「……明確な言葉もあるし、素敵なポリシーもお持ちだと思うよ? けどさぁ、どんな主張だって、暴力が先じゃ胸に響かないって。……ま、私は過激なのは大歓迎だけど」

 

 ゼマは濡れた髪をかき上げ、海水に腕を浸して血を洗い流す。冷たさが皮膚を刺し、痺れるような痛みが逆に集中力を高めていく。

 

「皆の変わりに、身で受け止めてあげるよ。来いよ、自然主義の鮫野郎」

 

 挑発を口にすると、彼女は背を向けて市街地の路地を駆け出した。

 

「いいだろう。っが、説法を解く前に殺すがな……!」

 

 怒りに震える声をあげながら、シャークス族の男は巨体を揺らし、破壊の足音を響かせてその背を追っていった。

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