王都ミズクアの教会前の広場。周囲には池のようにぽっかりと開いた水場があり、その縁を取り囲むようにぞろぞろと現れる影があった。カニの魚人、クラブスの集団である。
蒼濤派閥の連中とは雰囲気がやや異なり、彼らの格好は冒険者に近かった。鎧や武具を身に着け、戦いに備えている。
「いくぞぉ、同士たちよぉ! 王城を攻め落とすのだぁ!」
先頭に立つリーダー格のクラブスが声を張り上げる。頭には大きめの帽子を被り、その姿はいかにも海賊らしい。実際、彼らは海賊団だった。
「城攻めなんて、見過ごすことはできないね。海賊どもよ」
鋭い声が響いた。姿を現したのは離島の人魚、セオリアだった。濡れた黒髪を背に垂らし、その目はじっとりとした鋭さを帯びている。
「おー、これはこれは。行方不明だった王女様ではないですか。我輩、ネオ貴族のカニ甲爵と申します。今後会うことはないでしょうが」
「あなたたちも、この都市を海で満たすつもりなのね」
「……ぼっほほ。そんなことに興味はありませぬ。アスビアの教えも、正直よく分かりませぬので。協力関係なだけです。作戦が終われば、祠は我輩たちが頂きます」
クラブス海賊団は確かに海神教の信徒ではあった。だが蒼濤派閥に属するわけではなく、独自の思惑で動いているようだった。
「……祠を手に入れたのに、どうしてここに? 仲間割れして共倒れしてくれればいいのに」
セオリアは眉をひそめる。祠を海賊が独占することを、アスビアヘルムが許すはずがないのでは、と考えたのだ。
「ふん。あんな軟弱な教徒たちに負けるはずはありませぬ。それに、我々の狙いは同士の解放。切磋琢磨してきたタコ箔爵、イカ男爵、そしてそれらの団員たち。彼らに自由を与えるのです!」
海賊たちの仲間は王城のどこかに捕らえられていた。王城襲撃の際、本来の目的は祠であり、仲間を探す時間は足りなかった。そのため城内に残されていたのだ。今こそ警備が薄くなったこの時が、奪還の好機というわけだった。
「……貴族って言いながら、ただの海賊じゃない。野放しにはできないし、ここで私と戦ってもらおうかしら」
セオリアの声は低く、挑発的だった。
「ぶおっほっほ。あなたが? ぶふふふ」
カニ甲爵が腹を揺らして笑うと、部下たちもカチカチと鋏を鳴らして嘲笑する。
「あなたはこの国を捨てたのでしょう? いまさら戻って来て何ができるというのです。あなたは名ばかりの王女なのです。本物の高貴なる存在というものを教えてあげましょう」
カニ甲爵は巨大な蟹ばさみを振り上げ、カチカチと威嚇音を響かせた。広場の水場に波紋が広がり、海賊たちの殺気が空気を覆っていく。
「……捨てただと……? そんなはずないだろう……!」
セオリアの双眸がさらに鋭さを増し、怒気を孕んだ光を放つ。胸の奥で抑え込んでいた感情が一気に噴き出し、声の熱は周囲の空気すら震わせた。
「この国は……私がこのままの、煌びやかなまま保ってみせる。あなたたちはもう、害獣認定だ。……ぶちのめしてあげるよ……! 海賊たち」
白く整った指先が迷いなく組まれ、人差し指と中指が突き立つ。そこから揺らめく黒色の音符が浮かび、まだ輪郭の定まらない魔力の震えが空間を満たす。
煌めくガラス細工の王都を背に、王女としての覚悟を決めたセオリア。その姿は、幼さを脱ぎ捨てた戦士の気配を帯びていた。彼女の戦いが、ここから幕を開ける。