祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第422話 

 海の神が暴れ狂う王都ミズクア。その教会前広場はすでに濁流が渦を巻き、泡立つ海水が石畳を覆い尽くしていた。砕け散った聖堂の破片が水面に浮かび、青や紅に光を弾く。その眩さの中で、セオリアとクラブス海賊団の戦いは激しさを増していた。

 

「【音爆弾・ドドド】!」

 

 彼女の前に黒い音符が集まり、真紅へと変色する。威力を増す“ド”を3つ合体させた爆弾が膨張し、轟音と共に炸裂。

 

「っげ、にぃ!」

 

 海賊団の部下の甲羅が粉砕され、水飛沫とともに転がる。すでに数人が水に突っ伏し、泡を吐きながら沈んでいた。

 

 セオリアは唇を噛み、揺れる海水に片足を踏み込んで睨み据える。

「ド、三連あれば倒せるな。大したことない」

 

 だが、敵の数は減らない。濁流の中から甲殻が現れる。

 

「ぼほほ……隠れていた間、ただ快眠していたわけではなさそうですなぁ」

 カニ甲爵が鋏を広げる。甲羅が濡れた光を放ち、その隙間から魔力が渦を巻く。

「ですがぁ……【アクアガン】!」

 

 鋭い水弾が音を裂き、矢のようにセオリアを襲う。彼女は跳んで避けたが、肩口に浅い切り傷が走った。血が滲む。

 

「……はぁ、弱いのは間違いないのが腹立つ」

 

 苦々しく吐き捨てながらも、彼女は悟る。部下たちはともかく、甲爵は格が違う。自分の未熟さを突きつける攻撃力。連発される水弾が、空気を震わせて雨のように広場を叩き始めた。

 

 だがセオリアは怯まない。深く息を吸い込み、指先を揃えて掲げた。

「【音爆弾・ドドミソ】! 連奏!」

 

 瞬間、赤きド、緑のミ、青きソが絡み合い、ひとつの音符へと融合する。三色の輝きが脈打ち、複合音爆弾が形を成す。それは単なる寄せ集めではなく、重なり合った旋律そのものが一つの力となったものだった。

 

【音爆弾・ミ】

効果……速度に優れた音爆弾を生成して射出する。

 

【音爆弾・ソ】

効果……爆風を巻き起こす音爆弾を生成して射出する。

 

 緑の加速と青の爆風、そこに赤の威力が重なり合い、三重の効果を持つ爆弾が生まれた。

 

 セオリアの周囲に同じ複合音符が次々と生み出される。赤・緑・青が混ざり合う光弾は一つ一つが渦を巻き、鼓動のように震えている。それを彼女は片手で弾き飛ばし、次々と前方へ送り出した。

 

 水鉄砲と音爆弾が交差する。水弾が複合爆弾に直撃すると同時に、赤の力が威力を増し、緑の加速が勢いを与え、青の爆風が周囲を吹き飛ばす。爆ぜた光が水柱を巻き上げ、広場を轟音で震わせた。

 

「ぐぉあっ!」「甲羅がぁ!」

 

 クラブスの部下たちは次々と衝撃波に吹き飛び、砕かれた甲羅の破片が海水に散った。

 

 だが、代償はセオリアにも及ぶ。爆弾を量産し、連奏で叩き込むごとに体力は削られ、肌にはかすり傷が増えていく。水で濡れた髪が頬に張り付き、息は荒い。

 

 それでも彼女は立ち止まらない。赤・緑・青の光を次々と重ね、王女の意思を宿した瞳で海賊たちを見据えていた。

 

 教会前広場に鳴り響く轟音と水音。その混沌の只中、背後の水路が泡を弾きながら大きく揺らいだ。

 そこから、甲羅に濡れ光をまとった2体のクラブス海賊が姿を現す。泡をまとい、水飛沫を散らしながら、巨大な蟹ばさみを振りかざす。

 

「美味しいとこを!」

「いただき申す!」

 

 鋭い声と同時に、セオリアの死角から一気に飛び掛かってくる。

 

「! 音爆……!」

 

 咄嗟に指先を立て、音符を紡ごうとした。だが間に合わない。鈍い衝撃が肩を直撃し、蟹ばさみの刃が皮膚を抉る。

 強烈な痛みが全身を走り、視界が白く染まる。息が詰まり、肺に入った空気が吐き出されるように喉を裂いた。

 

 怒号と水音を切り裂き、正面からカニ甲爵の号令が響いた。

「畳みかけるのだ! 集団の力を見せようぞ!」

 

 その声に呼応して、広場に散開していたクラブスの部下たちが一斉に跳躍する。甲羅が擦れ合い、鋏が風を切る音が四方から重なり、セオリアの周囲を取り囲んだ。

 視界を覆う無数の鋏と赤黒い甲羅。石畳に落ちる影がどんどん濃くなり、圧迫感が肺を押し潰していく。

 

「ぼほほほほ……王女の没落! 外国の冒険者ではなかったのは残念でしたが、これもまた良い血が見れそうだ」

 

 カニ甲爵は愉悦を隠さず、膨れ上がる優越感に顔を歪めていた。

 本来なら叩き潰すべきは、別の相手。タコ男爵やイカ箔爵を捕らえた異国の冒険者たち。彼らを見つけ出して報復するつもりだった。だが今、ここにいるのは王女セオリア。想定外ではあったが、それはそれで十分に愉しい“血の宴”だった。

 

 勝利を確信し、声高に嗤おうとしたその瞬間。

 

 ドドドドド……!

 

 地鳴りのような低音が石畳を震わせ、次の刹那、かん高い「ソ」の音が空を裂いた。

 赤と青の輝きが視界を焼き、光と爆風が重なり広場を呑み込む。

 

「なっ……!」

 

 セオリアを囲んでいたクラブスの海賊たちは、何が起きたのか理解する間もなく吹き飛ばされる。甲羅が砕け、鋏がもがれ、白目を剥いたまま海水に叩きつけられる。石畳には泡と血飛沫が広がり、呻き声すら続かない。

 

 その中心に残ったのは、焼け焦げた少女だった。

 

「……私は自爆が得意なんだ……!」

 

 裂けた服からは焦げ跡と血が滲み、肌は黒く焼けただれていた。それでもなお、彼女は両足で立ち続ける。口端に滲んだ赤を吐き捨て、その瞳は消えることなく燃え続けていた。

 

 セオリアが発動したのは【音爆弾・ドドドドドドソソソソソ】。

 ふざけたような響きとは裏腹に、ドによる威力強化とソによる爆風拡大を幾重にも重ねた連奏。爆弾の破壊力は単純な数値をはるかに凌駕し、周囲の蟹たちをまとめて吹き飛ばすほどの殺戮へと昇華していた。

 

 しかし、彼女がまだ立っていられるのは単なる奇跡ではない。

 

【爆破耐性】効果……爆破による被害を抑える。

 

 このパッシブスキルがなければ、セオリア自身が最初に灰になっていただろう。それでも身体は満身創痍。筋肉は悲鳴を上げ、骨の軋む感覚さえ伝わってくる。

 

 痛みに震える膝を必死に支えながら、セオリアは顔を上げる。

 血に濡れた瞳がただ一点、カニ甲爵を射抜いた。

 

「な、なんておぞましい戦いを……!」

 

 甲羅に守られたはずの心臓が、恐怖で高鳴る。勝者の顔を浮かべていたはずのカニ甲爵が、思わず後ずさった。広場を吹き荒れるのは海風ではない。セオリアが放つ、破滅と狂気の余韻だった。

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