祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第427話

ララクは空中を移動しながら、心中で冷静に狙いを定める。

 

(こういう時は本体を狙ってみるか)

 

掌に魔力を込めると、光の粒子が集まり、白銀の羽を象った大弓がその手に形を成した。

 

「ボウクリエイト・バーディスの弓矢」

 

現れたのは、かつての仲間・強弓使いサンゼットが誇った武具だった。強翼鳥バーディスの羽根と骨から作られた大弓は、力強さとしなやかさを兼ね備え、放たれる矢は風を纏って飛ぶ特性を持つ。白銀の羽がきらめき、ララクの指先で弦が張り詰めた音を響かせる。

 

矢を番えるや否や、次々と放つ。風を纏った矢は弧を描くように飛び出し、翼のように空を切り裂いて、連続で標的へ迫った。

 

「【ウィンドシュート】! 即連射!」

 

勢いを増した矢は、風の力で加速し、空気を押し分けながらワネットに向かう。狙いを外すことなく、正確に突き刺さんと迫る。

 

「あーーーーーーー! 異物を飲み込むことをご許し下さい……!」

 

ワネットが狂気に染まった声を上げた瞬間、周囲の海が異様な動きを見せた。本来ならば重力に従って下へ落ちるはずの波が、真上へと逆流する。海の壁が立ち上がり、彼女の前に不自然な防壁を築く。

 

白銀の矢が次々と突き刺さるが、水の壁は厚く、しなやかに形を変えて衝撃を吸収していく。矢は勢いを削がれ、弾かれるように力を失い、やがて霧散した。

 

「海神様に守られるこの感覚……! 教徒をしていて良かったーーーーー!」

 

ワネットの瞳は陶酔に濡れていた。彼女は元々、自然保護を掲げてアスビアヘルムに身を投じたひとりに過ぎなかった。だがその信仰はやがて、海そのものへ、そして海を超えて神そのものへの狂気的な傾倒へと変質していったのだ。

 

彼女には特異な【水操作】のスキルがあった。その力に溺れ、海を自らの腕で操れることこそが喜びだと錯覚するようになった。海神という圧倒的な存在を前にすれば、なおさらその欲望は増し、誰よりも深く神と海に酔心していったのである。

 

ワネットは飲み込んだ矢をも呑み砕くように、海を隆起させて逆巻かせ、そのままララクを包み込もうとした。水塊は壁のように聳え立ち、次の瞬間には牙を剥いた獣のように襲いかかる。

 

「海に勝つことなんて、可能なのか……!?」

 

ララクの胸中に苦い疑問が浮かぶ。これまで数え切れない戦いを潜り抜けてきた。レベルの高いモンスター、巧妙にスキルを操り仲間を討ち滅ぼす冒険者殺し、そして炎の大精霊イフリート。そのいずれもが強敵だったが、命を削り、戦術を研ぎ澄ませば打ち勝つことができた。

 

今、目の前の敵、ワネット個人だけを見れば、勝算はあるように思える。彼女の力はあくまでひとり分。対して自分は、数百人分の力を寄せ集めた存在だ。肉体的にも、スキル的にも、優位に立っているはずだった。

 

だが問題は彼女ではない。背後に広がるのは、神の加護を帯びた大海そのもの。ワネットはその海を操り、己の意志で荒れ狂わせている。その光景を見れば見るほど、ララクの中にわずかな不安が芽を広げていった。

 

【ウィンドライド】!

 

足裏から生じる突風がララクの体を押し上げる。旋回する風を蹴り、さらに高度を稼ぐ。だが、空へ逃れたとしても安心はできない。海のエネルギーは尽きることなく、追いすがる波は空へも伸びてくる。

 

このままでは埒が明かない、とララクは歯を食いしばる。【テレポート】や【ファントム化】といった切り札はある。空間を飛び越えたり、実体を薄くして攻撃を避けることも可能だ。しかし、それらは魔力の消耗が激しいうえに、ただの回避手段にすぎない。根本的な解決にはならないのだ。

 

逃げる術なら、いくらでもある。だが、それでは意味がない。この場には、倒さなければならない相手がいる。王都を護り、神の暴威を鎮めるためには、立ち向かうしかない。

 

胸の奥で呟く。

 

(神に挑もう……。ほんの僅かでも、勝利の糸を手繰り寄せるなら……!)

 

その瞳には、怯えよりも燃える意志が宿っていた。大海が敵であろうとも、揺るがぬ覚悟がそこにある。

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