祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第428話

 押し寄せる縦波を身をひねって避けながら、ララクは手にしていた弓を消滅させる。狙うべきは、操り人形ではなく操り手。標的はただ一人、人魚ワネットだ。

 

「 【ロックブラスト】 ! (物量で勝負だ!)」

 

 空中で魔力を収束させ、ララクの前に巨大な岩塊が生じる。圧縮された石が轟音を立てて姿を現し、次の瞬間、前方へと射出された。大弓の矢と比べれば速度は鈍い。だが質量の重さは段違いで、海をも押し潰すかのような圧を伴っていた。

 

「……あんな岩、お砕きになられてください!」

 

 ワネットの声は甘く湿り気を帯び、瞳は恍惚に濡れている。その声と共に、海神の巨腕がうねるように動いた。海を纏い、鉄塊のような拳がララクの放った岩塊を迎え撃つ。

 

 衝突は一瞬。巨腕が岩を捕えたかと思えば、力の差を見せつけるように粉砕。ロックブラストは木端微塵に砕け散り、飛び散った破片は波間に呑み込まれた。

 

「っく、この程度じゃ対抗手段にならないか……!」

 

 ララクは悔しさを噛み殺し、唇を引き結んだ。威力が足りなかったのではない。単純に、力の次元が違いすぎるのだ。攻撃を弾かれたその瞬間にも、海は休むことなく蠢いている。ララクへ迫る波はさらに速度を増し、全方位から叩き潰そうと渦を巻いていた。

 

(操作系のスキルは、複雑な動きが苦手……。だけどそれはボクの感覚であって、この人の腕は熟練者だ)

 

 ララクは冷静に観察する。通常、対象を操作するスキルは、精密さや同時進行の複雑さを苦手とする。だが、目の前のワネットは違った。実際には「人型の海神」と「海そのもの」は別々に存在しているはずなのに、彼女にとっては区別など存在しない。海も神も同一の存在として扱われ、境目なく自在に操られていた。

 

 それは信仰と陶酔が極限まで混じり合った異常な感覚。彼女にとって海を動かすことは、すなわち神を動かすことと同義だった。

 

「威力で勝てないなら……! 【雷蛇魔操撃】 ! 流進せよ!」

 

 ララクの手から迸った稲光は、瞬時に蛇の姿を形作った。雷系統の魔力が編み込まれ、細長く、しなやかにうねるその姿は生き物そのもの。鋭い牙を持ち、体表には紫電が絶え間なく走り続けている。唸りを上げながら、雷蛇は下方からせり上がる波に突っ込んでいく。

 

「か、海神様! お痺れしませんように!!」

 

 ワネットは思わず声を上げ、雷光が海を裂く光景に陶酔すら浮かべた。その声色には恐怖ではなく、昂ぶった歓喜が混ざっていた。驚きはしたものの、ララクが雷を扱うこと自体には一切目を向けない。彼女にとって眼中にあるのは常に海神だけだった。標的を見据えながらも、心は全て海に捧げられている。

 

「あの人にまで、襲撃するんだ!」

 

 ララクは歯を食いしばり、眼下を走る波に沿って雷蛇を誘導する。魔獣型の魔操撃は、それぞれの生物的特徴を反映していた。蛇型は操作性に優れ、多少複雑な軌道でも自動で追尾してくれる。だからこそ、この状況に最適だった。

 

【雷獅子魔操撃】なら爆発的な力で押し切れたかもしれない。虎型なら安定感があるだろう。だが、今必要なのは精密な追尾性。ララクは即断で雷蛇を選んでいた。

 

 蛇は海を割り、雷光を尾に残しながら水中へ潜り込む。そこから海流に乗って進み、波の上を素足で駆けるワネットのもとへ迫っていく。

 

「逆流、お願いいたします! あ──────! すんばらしい躍動感!」

 

 ワネットは身を反らし、手を掲げる。声と共に海そのものが蠢いた。水面が急激に逆流を始め、波は雷蛇の進行を狂わせる。ワネットの【水操作】が細かく介入し、蛇の軌道を強制的にねじ曲げた。

 

 雷蛇は方向を失い、進むはずだった矛先をぐるりと返す。振り返るように跳ね上がり、立ち上る波に巻き込まれると、今度はその勢いのままララクの方へ向かって突撃してくる。

 

「解除……!」

 

 ララクは冷や汗を垂らしながら、迫る雷蛇を即座に解除した。自分が操った魔力の獣が牙をむいて逆流してくる、その異様な光景に背筋が粟立つ。抵抗して命令を出したが、海そのものに流れを奪われた以上、術者の指示は無意味だった。

 

 電光の残滓が空気を焦がしながら散り、雷蛇は掻き消える。ララクは荒く息をつき、圧倒的な海の支配力を前に舌を噛んだ。

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