祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第429話 

 ララクが【雷蛇魔操撃】を振り払うと同時に、視界が陰に閉ざされ、全身が巨大な影の圧に飲み込まれていく感覚に襲われた。冷たく湿った圧迫感。水の気配と、神の意思が凝縮した何かが迫ってきているのを、皮膚の毛穴ひとつひとつが告げていた。

 

「追撃が早いっ!!」

 

 叫ぶ声よりも早く、ララクの瞳は空を捉えていた。そこにあったのは、巨大な海神の拳。無数の水滴を纏い、半透明で透き通った海水が形を成し、鉄の塊のように拳の形を取っていた。拳が動くたび、海そのものが悲鳴を上げるように揺れ、轟き、海風を巻き込んで落ちてくる。その圧倒的な質量感に、心臓が一瞬止まりそうになる。

 

 理屈でなく、本能が告げた。これは防御などできない。受けた瞬間、潰される。そう理解したときには、ララクの身体は反射的に動き、自然と次のスキルを発動させていた。

 

【ウィンボルトライド】

 獲得条件……獲得可能な紋章物の一定レベルの到達。または、【ウィンドライド】 【ライトニングライド】を所持。

 効果……雷系統と風系統の推進力で移動する。

 

 足元に稲妻が走り、つま先から踵へ突風が生じる。稲妻と風はねじれるように絡み合い、渦を巻いて一体化し、螺旋の推進力へと変わった。脚そのものが雷と嵐に置き換わったかのようだった。

 

 次の瞬間、爆ぜるような衝撃が脚を突き抜け、ララクの身体を真上へと弾き飛ばす。

 

 だが、その先には振り下ろされる神の鉄拳。彼はあえてそこへ突っ込んだ。拳の正体は水。だがそれは柔らかさではなく、重さと圧力、そして不可避の圧搾力を伴った凶器だった。

 

 ララクは腕をクロスさせて頭を庇い、真正面から突っ込む。次の瞬間、滝に全身を叩きつけられるどころか、その何倍もの水圧に身体が押し潰される。骨が軋み、呼吸が奪われ、鼓膜を突き破るような水鳴りが頭蓋を揺さぶる。

 

 それでも止まらない。【ウィンボルトライド】の稲妻と風が、潰されかける身体を螺旋状に引き上げ、拳の中をこじ開けるように突き抜けていった。

 

「ようやく飲み込みましたな!!」

 

 海面から覗き込むワネットが歓喜の声を上げる。彼女にとって海は神そのもの。人が海に呑まれることは敗北でも屈辱でもない。自然に従った当然の理。大海に生きるものは大海に還る、蒼濤派閥アスビアヘルム、海神教の信条が、彼女の胸に強く根付いていた。

 

「っぐぅ! (海を、乗り越えろ……!!)」

 

 水に押し潰されながら、ララクは奥歯を噛み締め、全身を突き破る痛みにもがきながらも自らを鼓舞する。波に込められたのはただの水圧ではない。神の意思そのものが宿った特殊な衝撃で、肉体だけでなく魂すら抉る感覚。視界が暗転しかけ、意識が揺らぐ。

 

 だが、稲妻と突風の複合スキルがまだ背中を押していた。拳を裂くように、稲妻の光が暗い水を切り裂き、風が泡を巻き上げる。

 

 ララクの身体はついに海の拳を突き破り、海中から空中へと跳ね上がった。飛沫が太陽に照らされ、無数の光の粒となって彼の周囲に散った。

 

「あ──────、申し訳ありません! 私の操作が甘いばかりに……!」

 

 ワネットは慌てて両手を胸に当て、海神に向かって謝罪した。敵を取り逃がすことは、神の意志を託された自分の過失。強大な海神の力をもってして敵を仕留めきれなかったのは、操る自分が至らぬせいだと信じて疑わなかった。

 

「はぁ。ふぅ。つけ入る隙はきっとある。もう何でもやるしかない! 【ライトニングショット】 オーバーズ!!」

 

 息を荒げながらララクは両手を広げ、魔力を限界まで解放した。空気が焦げる匂いとともに、無数の雷光が生まれ、瞬きの間に前方180度を覆い尽くす。ひとつひとつの閃光は鋭い矢のように空間を貫き、白熱した光線となって放射された。

 

 その雷撃は神をも、海をも区別せずに狙う。標的はただ一人。人魚ワネット。海神の影に隠れ、海を自在に操る彼女を撃ち抜くためだった。

 

 眩い閃光が広場を染め上げる。目を焼く光。耳を裂く轟音。水面が蒸発する音と共に、無数の雷弾が怒涛のように前進した。

 

 しかし、その全てを海が呑み込む。波が巻き上がり、奔流がせり上がり、海神の腕や脚のように変化して雷撃を抱きとめた。青白い稲妻が水面を駆け巡り、泡と蒸気を立ち昇らせる。

 

「全海全能の神よ! 拙い雷など、全てお返ししましょう!! あ────ー、従順な神様、大好きだ!」

 

 ワネットの声が海鳴りと共に響いた。両腕を大きく広げた彼女の動きに呼応するかのように、海神の身体がうねりを増す。海全体に魔力が伝播し、雷撃が逆流を始めた。

 

 ワネットは陶酔した笑みを浮かべ、海神を抱くように胸の前で手を組む。彼女にとって雷は脅威ではない。操り従わせられる存在。自分の言葉ひとつで、どんな力も「神の働き」として返せるのだと信じていた。

 

 水流が回転し、奔流の渦が雷の軌道を曲げる。見えない掌に掴まれたかのように、雷光は進行を反転させ、ララクのいる方向へ押し返される。

 

 ララクの目に、自ら放った閃光が迫るのが映った。複数の雷弾が海水を伝って網のように広がり、巨大な電流の壁となって迫る。稲妻の網は逃げ場を奪い、轟音と熱気で空気すら歪めていた。

 

「この規模でも、操作性は落ちないかっ!」

 

 驚きの声を漏らすララク。その直後、雷をまとった奔流が牙を剥くように押し寄せた。髪が逆立ち、肌を刺す電流が全身を駆け巡る。波が稲妻を抱えたまま襲いかかり、轟音と熱気をまとって彼を呑み込もうとしていた。

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