祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第431話

 波に取り込まれながらも、ララクは必死に釣竿を握りしめ、喉を振り絞るように叫んだ。

 

「こんなに戦いで無視されたのは初めてでしたよ! 【ライトニングランス】!!」

 

 海中に鋭い閃光が走った。濃密な魔力が凝縮し、雷が一本の槍へと形を成す。先端は矢じりのように尖り、周囲の水流を蒸発させながら、轟音とともに突き進んだ。その輝きは水を切り裂く白い光の矢であり、海流を逆流させるワネットの魔力に押し流されるどころか、むしろそれを利用して加速を重ねていく。

 

 奔流に乗せられた雷槍は、うねる水柱を一直線に突き抜け、稲妻の尾を引きながら標的へ迫った。

 

 次の瞬間、閃光はワネットの背を貫いた。

 

「がぁ────────!」

 

 衝撃と同時に、雷撃が彼女の全身を襲った。肌に沿って稲妻が奔り、内側から肉を焼き、筋肉を容赦なく痙攣させる。鮮烈な光が水中を白く染め上げ、周囲の水は一瞬で泡立ち、蒸気が爆ぜた。

 

 ワネットの身体は弓のように大きく反り返り、髪が宙に散り、口からは泡が弾ける。白目をむきながらも、わずかに瞳の奥が揺れ、意識が辛うじて残っているのが見て取れた。常人ならとっくに絶命していてもおかしくない。その執念だけで、生にしがみついているのだ。

 

 ララクはその姿を見て息を荒げた。ようやく大ダメージを与えることができた。けれど、彼の表情に浮かんだのは安堵ではなかった。

 

「!? どんな精神力してるんですか!」

 

 叫んだ次の瞬間、海が大きく揺れ動く。水面を突き破るように、海神の腕が伸びてきたのだ。しかもそれは1本や2本ではない。数え切れぬほどの水の腕が広がり、指のような無数の枝分かれが一斉にララクを掴もうとする。

 

 ワネットは電撃に焼かれながらも、なおも海神を操ることをやめていなかった。拘束を解くことではなく、ただ海神を動かすためだけに命を賭している。その異様な執念が、ララクを戦慄させた。

 

 雷が消え、再び海が支配権を取り戻す。ララクの視界に広がるのは、怒涛の波と無数の手。彼は本能的に理解した。

 この人魚は戦っているのではない。ただ、海神を操ることそのものに取り憑かれているのだ。

 

「そんなに神を愛するならば、これで満足してください……!! 【フィッシングインパクト】 !!」

 

 波を振り切り、空中に飛び出したララクの手には釣竿が握られていた。肩から背中にかけて筋肉が悲鳴をあげるほど全力で引き絞られ、その糸の先から、雷に焼かれ焦げ付いたワネットの体が海面を突き破って引きずり出される。水飛沫が弾け、抵抗もなく宙を舞うその姿は、すでに抜け殻のようだった。

 

 眼下では、海神の巨大な掌が迫りくる。幾重にも重なった指の壁が空を覆い、街を丸ごと押し潰すかのように閉じようとしていた。湿った轟音が重圧となって迫り、ララクの全身を震わせる。

 

「今だっ!」

 

 ララクは両腕を振り抜く。釣竿は弓のようにしなり、引き絞られた力が一気に解放された。ワネットの体は重りのように放たれ、轟音を切り裂いて一直線に落下する。その軌道は寸分違わず、閉じかけた掌の中心。

 

「がばぁあ!!」

 

 瞬間、海神の五指が容赦なく閉じた。大地をも震わせる衝撃音。巨岩同士がぶつかるような鈍い響きとともに、海水が爆ぜ、白い飛沫が空を覆い尽くす。ワネットの小さな体は、その掌に完全に呑み込まれた。

 

 圧迫と衝撃に押し潰されながら、彼女の心は歓喜に浸されていた。

(あぁああ……。大海の抱擁……。あぁ、母の腹の中よりも温かい)

 

 全身が震え、痙攣し、やがて彼女は静かに瞼を閉じて意識を手放す。

 

 その瞬間、海神の巨腕がぐらつき、力を失った指がほどけるように解け落ちた。王都の方へと退きながらも、海神そのものはなお、そこに在り続ける。

 

「随分と遠ざかってしまったっけど、ここから海中戦だ……!」

 

 ララクは釣竿を解き放ち、防具と武器を消滅させた。海面を割り、迷いなくその深みへと身を沈めていく。

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