「っが、んなぁ!? 沈船だとぉ!?」
シャークスの男は泡を吹きだし、慌てた表情で後ずさる。海の中で揺れる光の隙間から、巨大な影が蠢いた。沈船シーサーペント、船を狙い沈没させる習性を持つ海の怪物だ。
その体躯は、港に浮かぶ大型船と比肩するほどの規模を誇る。長大な蛇体は白銀の鱗に覆われ、青黒い海水を映して光を反射していた。頭部には鋭い牙が並び、口を大きく開ければ、数人の冒険者なら一瞬で呑み込まれそうなほど。体側には波を切るためのひれが複数伸び、尾鰭は船体を叩き潰せるほどの強度と威力を持っている。
「ジュロォオオオ!」
甲高い咆哮が水中に響き渡り、泡と水流を巻き上げる。背中に沿って隆起した筋肉がうねり、蛇体全体が波を割りながら前進する。海中の暗がりに溶け込むその姿は、海の支配者と呼ぶにふさわしい圧倒的存在感を放っていた。
冒険者や釣り人にとっても、この沈船シーサーペントは警戒すべき高レベル個体。港町や漁港でその名を知らぬ者はいない。それほどまでに、この巨大モンスターの存在は海の恐怖の象徴だった。
海中に巻き上がる水流と泡が、シーサーペントの全身の動きを際立たせる。蛇体が波を押し裂き、ララクの視界にその巨体が迫る。
「……力を貸して欲しいと願うなんて。ボクを連れて行ってくれ」
ララクは水中で呟きながら、改めて【ヒストリーサモン】の不思議さを実感していた。かつて漁船を沈め、人々の生活を脅かした巨大なモンスター。倒したはずのその存在を呼び出し、今度は自らの力として使役する。矛盾をはらんだ在り方だが、それも冒険者として歩む自分の宿命なのだと受け止める。
目の前に広がるシーサーペントの巨体は、水圧すら味方にして進むような迫力を放っていた。ララクはその首根っこをがっしりと掴み、全身を蛇体に預ける。ひやりとした鱗の感触、力強くしなる筋肉。その背に乗る感覚は、戦った時には決して感じられなかったほどの圧倒的な安定感と奔流を伴っていた。
戦った相手。奪った命。けれど、その血を無駄にするわけにはいかない。糧にして、新たな平和を掴み取る。それこそが冒険者の生き方なのだと、ララクは強く心に刻む。
「行けっ!」
シーサーペントが雄叫びを上げる。
「ジュロォオオオ!!」
その叫びと共に水を割り、海流を巻き起こして突進する。巨大な尾が一振りされるたび、周囲の海は津波のようなうねりに飲まれ、迫っていた魚人たちの隊列はあっさりと崩されていった。波と泡が渦巻き、ララクの体に水圧が叩きつけられる。だがシーサーペントの背に身をゆだねていれば、その激流の中すら走路に変わっていく。
遊泳形態の人魚たちが牙を剥いて近づく。しかし蛇体が一閃するだけで水ごと弾き飛ばされ、鱗の硬さに刃も爪も届かない。甲殻の雑種たちも迫るが、蛇体の巻き込みに逆らえず渦の中に吸い込まれていく。
ララクは水流の轟きを耳に感じながら、ただ前方を見据えた。シーサーペントが生み出す巨大なウェイブは、道を切り開くように海を揺らし、王都へと突き進んでいくのだった。
「っが! 海の大蛇にも、鮫族は負けはしない! 【シャークバイター】 魚群!!」
シャークスの男が叫ぶと、その背後から魔力で形作られた無数の鮫が現れる。黒い影が一斉に水を切り、ララクとシーサーペントに襲いかかってきた。血の匂いすらしない幻影の群れだが、その牙は鋭く、実体のある脅威として迫る。
「 【テイルウィップ】!」
ララクは、モンスターを使役する者・テイマーにでもなったような気分で叫んだ。
直後、シーサーペントの巨大な尾が水を切り裂き、濁流を伴って大きく旋回する。海全体がうねり、鮫の群れは巻き込まれるようにして散り散りに吹き飛ばされ、その存在ごと霧散した。
だが、シャークスの男だけは違った。渦に揉まれながらも、がっしりとした体躯を泳がせ、狂気にも似た執念で追ってくる。
(あの人は理解不能なほどタフだから……!)
ララクの脳裏に、過去の戦いがよみがえる。全力で叩き込んだはずの大打撃。しかし、あの男はすぐに態勢を立て直し、その場を去っていったという事実がある。人離れした生命力と、底の知れない闘志。それが今、再び目の前に現れている。
ララクは冷静さを取り戻し、シーサーペントの能力を探る。
名前 不明
種族 シーサーペント
レベル 58
アクションスキル 一覧
【ウォーターボール】【ウォーターカッター】【波起こし】【渦巻】【デッドバイト】【テイルウィップ】【ウォーターレーザー】
パッシブスキル 一覧
【遊泳力上昇】【水系統効果上昇】【俊敏性上昇】【攻撃力上昇】【水感知】
召喚者となったララクはこれらのアクションスキルを、使用するようにモンスターへ指示をすることができる。
ララクはその中で、最大の火力を誇るスキルを選び出す。
水を裂きながら進むシーサーペントの喉奥に、圧縮された膨大な魔力が集まっていく。水圧と振動で周囲の海流がざわめき、空気の泡すら震えるように揺れていた。
ララクはシーサーペントの背で魔力を練り上げた。周囲の海水が強烈に吸い寄せられ、ひとつの線に収束していく。巨大な大蛇の体が震え、喉奥から低い咆哮が漏れた。
「 水流集約【ウォーターレーザー】!!」
放たれた瞬間、轟音とともに海を切り裂く奔流が走る。濃縮された水の矢は光を帯び、波や渦を無視して一直線に突き進んだ。
「っが、が、ががが! 外人風情がぁああああ!!」
直撃を受けたシャークス族の男が絶叫した。脳裏をかすめるのは、己を弾き飛ばした赤髪の女の姿だった。
彼はアスビアヘルム以外の地上に住む海神教徒たちも、そして都を管理している王族たちも、海の上で暮らすのが理解不能で嫌悪していた。だが、最も腹が立つのは、この国の海を知らぬ異国の人間に道を阻まれることだ。アスビアヘルムの理念も、海神への信奉も、自らの誇りも。全てを踏みにじるのが、国の外から来た者であることが許せなかった。
必死に抗おうとしたが、濃縮された奔流は容赦なく肉体を裂き、鱗を吹き飛ばす。血が水中に散り、泡と混じって白濁する。怒号も憎悪も、すべて激流に呑まれて砕けていった。
やがてシャークスの男の身体は力を失い、深海の闇へと引きずり込まれていく。
ララクは荒れ狂う波間でその姿を見届け、すぐに海神の存在が漂う方へと目を向けるのだった。