祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第435話 

 祠へ近づくにつれ、海面に異様な動きが生まれた。衝突する水の轟音が周囲に響き渡る。海神の巨大な上半身が海中から押し寄せてきたのだ。両腕が水を切るように広がり、そのご尊顔がララクたちを捕らえようと海中へと伸びてくる。

 

「……っぐ! また神が相手か! ボクが相手できる存在じゃないっていうのに!」

 

 ララクはシーサーペントの背に身を預けながら思わず声を上げる。祠へ突き進む彼らに対して、海神は怒号を上げ、押し寄せる水流とともに全力でぶつかってきた。その水圧は単なる波ではなく、意思を持つかのように対象を押しつぶそうとしている。

 

 水中を直進する作戦も考えられた。水ゆえに通り抜けることはできる。しかし、耐久力の限界を超えた瞬間、シーサーペントは破壊されてしまう。泳ぎの能力を損なえば、ここから先の行動もままならない。直線は確かに近道だが、海神の巨大な腕を避けるため、迂回せざるを得なかった。

 

 押し寄せる腕は、通常の水の抵抗を超越している。尾や体を振って逃れようとしても、水そのものが意思を持つかのように迫る海神には通用しない。このままでは間違いなく追いつかれてしまう。ララクは必死に水流と地形を読みながら、迂回ルートを探す。

 

 ララクの声に呼応するように、シーサーペントが巨体をしならせる。海中が低く唸り、周囲の水が大きく震えた。起こされた波が轟音を立て、銀の鱗のようにきらめきながら押し寄せる。これは【ダイダルウェイブ】のように水を生み出すものではなく、既にある水を操り、流れを捻じ曲げる性質のスキル。【水操作】に近い性質を持ち、巨大な水生モンスターに共通する傾向がある。限定的だが、その分消費魔力は少なく制御に長けていた。

 

 シーサーペントは波に乗り、巨体をさらに加速させる。ララクは鱗にしがみつきながら次の指示を飛ばす。

 

 シーサーペントは尾を叩きつけ、水を切り裂きながら鋭角に右へ進路を変える。泡が白い弧を描き、海の奥に筋が走った。ララクは次々と波を重ねて起こし、進路を大きく修正しながらも速度を失わずに祠を目指す。

 

「シュロオオオオ!」

 

 水中に轟く大蛇の咆哮。その直後、それに対抗するように海神の上半身が迫り来た。

 

 ゴゴゴゴ……ドオオオンッ!

 

 海面を割り、海中へと突き立つ両腕が銀の光を放つ。巨大な柱のようにうねりながら押し寄せ、その顔は水の塊でありながら、銀の仮面のように輪郭を帯びていた。眼孔に似た空洞からは轟音めいた怒号が吐き出され、海を震わせる。

 

 祠を守護するためか、海そのものが押しつぶすように迫る。水の抵抗など意味を成さず、銀の輝きをまとった腕と顔がただ直進し、シーサーペントの行く手を覆い尽くす。

 

 怒涛の水流が背後を飲み込み、銀の顔が迫るその瞬間、シーサーペントはララクの導きに従って波を繋げ、急角度で軌道を変えた。紙一重の回避。後方で轟音と水圧が炸裂し、海底が揺れる。

 

 祠は目の前に迫る。白い大理石のような石板を中心に、海神の流体の体が絡みつき、そこへ数人の魚人の教徒が祈りを捧げていた。祈りを続ける彼らは槍もハンマーも持たず、ただ両手を合わせ、震えながらも目を閉じて祈りをやめない。その姿は、武器を取って戦うよりも、信仰に縋ることで己を支えているように見えた。

 

「祠に食らいつけ! 【デッドバイト】!」

 

 シーサーペントの牙が白から赤黒く染まり、祠へと突進する。

 

 その威容に祈祷者たちはついに耐え切れなかった。

「ひ、ひぃっ!」

「神よ! お守りください!」

 

 叫び声をあげながら散り散りに逃げ去る魚人たち。泳ぎながらも振り返る顔は恐怖に歪み、尾びれや腕を震わせて祈りの言葉を途切れ途切れに吐き出していた。

 

 ゴギギギ……ッ!

 

 海底を揺らす音とともに、シーサーペントの牙が祠に食らいつく。白い石板に牙が食い込み、砕けた破片が銀色の泡に紛れて舞い上がる。祠を覆う流水の一部が弾かれるように揺れ、海神の体が軋んだ。

 

 ララクはその背にしがみつきながら叫んだ。

 

「これぐらいじゃ壊れないよな! 取り戻すんだ! 地上を!」

 

 シーサーペントの牙は離さない。祠を噛み砕く勢いのまま、体をくねらせて上昇する。

 

 海中が轟き、祠を咥えた巨体が水流を巻き込みながら上へと突き進む。逃げ惑った教徒たちはその光景を遠目に震え、海神の巨大な顔が憤怒の表情を象ったように水を揺らす。銀の輝きが乱反射し、全てを飲み込もうと迫る。

 

 だがシーサーペントは怯まず、牙を突き立てたまま、海を切り裂いて海上へ駆け上がっていった。

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