祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第407話

 果樹園のすぐ傍にある硝子細工が施された家は、昼下がりの陽を反射して柔らかく輝いていた。窓枠や照明のカバーには細かな彫り込みがあり、手仕事の丁寧さがうかがえる。主人のセオリアが、客人を迎え入れる準備を整えていた。

 

 彼女は先ほど「1人で住んでいる」と話していたが、リビングに置かれたテーブルは家族用の大きさで、椅子も揃いのものが6脚。食器棚の中には揃いの皿やグラスが整然と並んでいる。家の造り自体は1人で暮らすには少し広く、部屋はリビングを含めて3つ。必要以上の空間が、どこか空席の多い食卓と相まって、微かな寂しさを漂わせていた。

 

「かた。けど、うんま」

 

 ゼマががりっと音を立てながら桃にかぶりつく。その歯ごたえに眉を上げつつ、次のひとかじりへ迷いなく移る。

 

「桃の概念が覆りますね」

 

 ララクは研究者のようなまなざしで果肉を観察しながらも、その甘味を堪能していた。中がほんのり黄色みを帯びたこの桃は、硬さと香りの両方を兼ね備えている。

 

「鎧桃という品種だよ。収穫時期の見極めが大切なんだよ。前はまだ柔らかいし、後は硬くなりすぎる。現在最高の状態です」

 

 机に肘をつき、2人の食べる様子を見守るセオリア。言葉や態度はもてなしそのものだが、真っすぐな視線に宿る目力が強すぎて、少し圧迫感すらある。ゼマは気にも留めず、「この硬さ、つまみにもいいな」と言いながらバクバクと食べ進める。

 

 先ほど捕獲した小猿ランブータンたちは、近くのモンスター処理場へ引き渡された。研究対象になるのか、適切な場所に戻されるのか、あるいは処分されるのかは、国の判断次第だ。

 

 食後の一息をつきながら、ララクはふと疑問を口にした。

 

「ちょっとお聞きしたいんですが、毎回あのようなモンスターに作物を荒らされているのですか? そのたびに冒険者に依頼を?」

 

「いや、頼んだのは随分久しいよ。前に虫が異常発生したときに頼んだぐらい。この辺は自然は多いけど、害獣は少ない生態系らしいから。だから、この場所に果樹園を選んだんだろうけど」

 

「っガリ。 じゃあ、あのお調子猿たちは外来種?」

 

 ゼマががりがりと桃をかじる音は、猿たちが果実を荒らすよりも勢いがあった。

 

「海を泳いで遥々侵入してきたのか、または船にでも潜伏してきたのか。困ったものでしたよ」

 

 セオリアはそう言いながら、冷やしておいたオレンジジュースをコップに注ぎ、ララクとゼマの前へ置いた。果汁100%のフレッシュな香りがふわりと漂い、ララクの頬が自然と緩む。

 

 桃を食べ終え、しばし穏やかな団らんが続いた。硝子細工の壁を透ける光が柔らかく揺れ、果樹園の香りが部屋に満ちている。だがその最中、ララクの全身に鋭い気配が突き刺さった。足音ではなく、地面を踏み鳴らすような圧力。外の空気が変わり、強い意志を持つ存在が近づいてくる。

 

「? 別のお客さん……?」

 

 ララクが首をかしげた直後、扉がドンドンと強く叩かれた。

 

「失礼いたします。海の国ル・マリネの大臣を務めているものです」

 

 年配の男性の声が響く。ララクとゼマはぽかんと目を合わせる。しかしセオリアの手は止まり、表情が硬直した。喉がひくつき、冷や汗が光る。

 

「……こんな日か。久々の客人だったんだけれど、それがまぬかれるべき客も呼ぶなんてね」

 

「……あの、いったい何が……?」

 

 ララクは事態を掴みきれずに問いかける。ゼマは爪楊枝をくわえたまま、桃の繊維を気にもせず取っていた。

 

「ごほん。入らせてもらいます」

 

 扉が開き、鮮やかな正装を纏ったスクイーディ族の大臣が入ってきた。立派な髭をたくわえ、目は強く燃えている。その後ろには、ずらりと鎧姿の兵士たち。外まで隙間なく人が並び、ただならぬ緊張感が漂った。

 

 大臣が踏み出すと、セオリアはわずかに背筋を伸ばした。その姿を見た瞬間、大臣の全身が震えた。

 

 桃色の髪。長く伸ばした後ろ髪を二つに結んだ輪郭。光に照らされる横顔は、王都の大聖堂に掲げられたステンドグラスの少女が、そのまま大人になったかのように見えた。

 

「レ、レーマ王女! ここに、こんな近くにいらっしゃたのですね……!! じぃでございます。お、覚えておられますか……!?」

 

 声は裏返り、感極まった涙が目尻に光る。

 

「……どうでしょうかねぇ……」

 

 セオリアは淡々と答えを濁した。それでも大臣の確信は揺るがない。

 

 兵士たちもまた動揺を隠せず、ざわめきが広がった。鎧が小さく鳴り、誰もが目を見開き、胸を押さえるようにして見つめている。彼らにとって、失われた王女は神聖な存在。目の前に立つその姿を疑う余地はなかった。

 

 ララクとゼマは呆然としたまま,、珍しく声を揃えた。

 

『お、王女様!?』

 

 ル・マリネの王女レーマ。幼き日に海難事故で行方を絶ち、国民の心に今も深く刻まれている象徴。その姿が、成長を遂げた形で目の前に在った。

 

 確信に満ちた大臣と兵士たちの視線が、セオリアへと突き刺さり続けた。

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