「っく、運命はなぜこうも重なるのだ……!」
白い肌の大臣の体は、激情に押されるように赤く沸騰し始めていた。胸の奥から熱が突き上げてくるかのようで、荒い息が漏れ、手に力が入る。彼の瞳は焦燥と切実さに満ち、まるでその感情だけで部屋の空気を揺らすかのようだった。
「レーマ王女、急いで王都へ参りましょう……! 敵に襲われたばかりで申し訳ありませんが」
大臣は焦燥のあまり、セオリアの手を掴もうと差し出す。その動きは必死で、しかしその瞬間──
「……っあ」
セオリアは反射的に手を引き、無意識に身をかわす。声が漏れたのは驚きのせいだけではない。心底、今の行為を拒絶せざるを得なかったからだ。
「ど、どうしたのですか? 記憶は、お戻りになったのでしょう? 早急に城へ舞い戻らねば」
大臣の声には、任務の重みと焦りが入り混じり、鋭く響いた。足音を踏みしめながら一歩、また一歩と距離を詰めるその姿は、逃げ場を失わせる圧力に満ちていた。
セオリアの肩はわずかに震え、視線は揺れる。そんなとき、部屋の外から兵士たちの足音がせわしなく迫り、扉が押し開かれた。甲冑がぶつかる音、金属の擦れる音が重なり、狭い空間に重苦しい威圧感が立ち込める。
「ちょいちょい、連行じゃんこんなの。許さないよ、私が」
ゼマが間を割って飛び出し、腹元の開いたシャツ姿のまま仁王立ちで胸を張る。光を受けた金属の鎧をまとった兵士たちの威圧も、彼女の軽快な身のこなしの前には届かない。堂々と立つその姿に、目の前の兵士たちは思わず一瞬躊躇した。
「さっきから感じていましたが、あなたたちは誰なのですか? この方は国の宝である王女なのです。来てもらわなければ困ります」
大臣の声は硬く、任務の重みを帯びている。ゼマは鼻で笑い、振り返ってセオリアに問いかける。
「ってほざいてるけど、あんた的にどうなのよ? さっきからローテンションになっちゃってさ」
暗い影を落としたままのセオリアが答える。
「私は……いつかそうしなければいけないと、何度も覚悟していたのだけれど。まだ、心が追いついていなかったようで……」
彼女の表情は、ステンドグラスに描かれた麗らかなレーマ王女の微笑みとは正反対だった。色鮮やかに彩られた王女の像とは違い、今の顔は沈痛に歪み、目の奥には迷いと葛藤がうずまいている。
「……だそうですよ? 日を改めたらどうですか?」
ララクも横から口を挟む。王都が襲撃を受けている状況は承知している。だが目の前の、怯えながらも必死に自分の意思を守ろうとする彼女を見れば、立場よりも気持ちを優先させるべきだと考えた。
「あなたたちは、もしや外国の者では? だからわかりえないのです。これが、この時がどれほど待ち望まれたことか……!」
大臣は激情に駆られ、声を張り上げる。兵士たちに合図を送り、制圧にかかる。その姿は、忠誠の念が暴走したようで、恐怖すら感じさせた。
「国家に襲われてるんですけど~」
ゼマは軽口を叩き、体をしなやかに揺らしながら兵士たちの腕をかわす。重装の鎧に身を包んだ兵士たちが大振りに攻撃を仕掛けても、ゼマの素早い動きに翻弄され、次々とその手を掻い潜られる。
「……故に敵に回すわけにはいきませんから……」
ララクは低く呟き、慎重に後ずさる。眼前の兵士たちは、国を守るために立つ正規の力を持っている。触れるだけでも罪を背負いかねない。だからこそ、彼は最も確実で平和的な手段を選ぶ。
「犯罪者じゃないんでボクらは。逃げることは当然の権利ですよね。誘拐じゃないですから、彼女の意思を尊重するだけ。それではさようなら。【テレポート】」
長ったらしく述べたララクの言葉は、相手への言い訳も兼ねたものだった。後腐れを避けるために、理由を添えておいた。
瞬間、部屋中に渦を巻くような魔力が広がる。泡の粒のように3人の体がほどけ、淡い光に包まれて消えていった。兵士たちは慌てて手を伸ばすが、掴もうとする指の間をすり抜け、光の粒は霧散してしまう。
「これは希少なスキルである【テレポート】!? な、何者なのだ……あれらは」
兵士たちの間に驚愕の声が響く。大臣も即座に表情を引き締め、命令を続ける。
「っく、皆の者、とんぼ返りですまないが、急いで王都へ!」
その声に応じるように兵士たちは動き出す。
「そして状況を確認しつつ、王女の足取りを追うのだ。……長距離移動は膨大な魔力が必要なはず。国内で移動した可能性は高い。愛する王女を、我らの元へ取り戻すのだ!」
緊迫した命令の空気が部屋を震わせる。兵士たちは深く頷き、次々と散開しながら城へと走り去った。
こうして、ララクたちはただの害獣駆除に赴いたはずが、いつの間にか国から逃亡者扱いとなり、国の大事件に巻き込まれていったのだった。