祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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♯19 海神教 前編
第410話 


 ここは観光町バラスキシ。小さな島を改良して作られた町で、隣国との交易や観光を担う窓口でもある。波止場には色鮮やかな帆を張った船が並び、露店からは潮風に混じって果物や焼き魚の匂いが漂ってくる。ここから船に乗れば、自然の国ファンシーマへ渡ることができた。

 

 ララクたちは、この町でトライデントバトリアという存在を知ることができた。

 

 ララクの【テレポート】は便利だが、万能ではない。一度訪れたことのある場所でなければ瞬間移動はできない。王都に戻るという選択肢もあったが、あそこには兵士が待ち構えている可能性が高い。咄嗟の判断で、彼はバラスキシを選んだのだった。

 

 魔力の光が一瞬弾け、3人の体が石畳の広場に姿を現す。昼下がりの陽光が乱反射し、周囲の人々が驚きに声を上げるが、すぐに観光客の多い町らしく「旅芸人か何かだろう」と視線を逸らす者もいた。

 

 ララクの隣に立つのは、仲間のゼマ、そして王女レーマと呼ばれたセオリア。急な転移に髪が乱れ、ゼマは額の汗を手の甲で拭う。驚きもせず淡々と呼吸を整えていたが、セオリアは先ほどまでの出来事の衝撃を引きずっており、深く眉間にしわを寄せていた。

 

「……っありがとう。あなた、多種なスキルをお持ちなのね。……助かりましたよ、あのまま連れていかれるのは、やっぱり嫌だったから」

 

 セオリアは、震える息を吐きながらララクに深く頭を下げた。その仕草には、王女としての威厳よりも、一人の人間としての安堵と礼がにじんでいた。

 

 ララクは肩を竦め、少し照れくさそうに首をかしげた。

 

「王女さん、レーマさんとお呼びした方がいいのでしょうか?」

 

「……今はセオリアでいい。いつか、いつの日にか王都に行かなければならないとは思っていたのだけれど」

 

「あんたも家出系女子だったとはね~」

 

 ゼマが口をはさみ、空気を軽くするように笑った。

 

 ララクは真剣な顔つきで、セオリアの瞳を見据えた。

「分かりましたセオリアさん。事情に難ありなのは把握しました。……勝手ながら推測しますけど、戻る意思はあるんですよね? ただ、今しばらく心と体を落ち着かせる時間が必要だと」

 

 セオリアはわずかに視線を落とし、唇をきゅっと結んでから静かに答えた。

「ララク、あなたは私よりも心の内を理解しているね。それが答えなのだと思う。それに……果樹園の今後も考えないといけないし。あの桃も、収穫が全て終わったわけではないから。人の勝手で腐らせたくない」

 

 彼女の声音には、王女という立場を思い出しながらも、それ以上に育ててきた土地や人々への責任感がにじんでいた。

 

 その言葉を聞き、ララクとゼマはようやく彼女の複雑な想いを理解し始める。王女として生きるためには、今の生活を手放さねばならない。その葛藤が彼女を縛っていたのだ。

 

「でもさ、どうしたもんかね。時間なら正直いくらでも稼げるでしょ? 3人でもっと遠い国に冒険しに行ったっていいわけだし。セシーの力なら冒険者でも全然問題なし」

 

 ゼマが軽く言って笑う。冗談めいた口調ではあったが、確かにララクの【テレポート】があれば、彼女たちを捕らえるのはほぼ不可能だった。旅の仲間としてなら、行く先を選び放題でもある。ただし──果樹園に戻るとなると話は違った。

 

「おそらくあの果樹園にも兵士が待ち構えているでしょうし……。ですが王女問題の他に祠の件もあります。そうですね、ボクがセシリアさんの代弁者になって交渉人にでもなりましょうか」

 

「……? 交渉の余白があるとは、あまり感じなかったけれど」

 

 セオリアは眉を寄せ、大臣たちの強引な姿勢を思い返していた。その疑念はもっともだったが、ララクは微笑みを崩さなかった。

 

「……あなたの思いを伝えきることができるのなら、時間を稼ぐことは可能かと。最近気づいたんですけど、ボクは気持ちを伝えるのに向いている。嘘がつけない体ですから」

 

 彼はそう言ってにっと笑みを浮かべる。その笑顔には、不思議と人を安心させる力があった。

 

 ララクは決意していた。海の国ル・マリネに立ち向かう。剣や魔法の戦いではなく、言葉と誠意で。彼はここから再び王都ミズクアへ訪れることとなる。目指すは王族の住むルチャティア城だった。

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