祝・追放100回記念 9巻   作:高見南純平

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第411話

 硝子細工が名産の王都ミズクア。その中心にそびえるのが巨大なルチャティア城である。外壁は光を反射して虹のように輝き、周辺を囲む水路は深く静かに流れていた。城へ近づくだけで威圧感と幻想性が同居したような雰囲気をまとっている。

 

 舞台はその内部、王の謁見の間。広大な空間の中に整然と並ぶ兵士たちが鋭い眼差しで立ち並び、冷たい金属音を纏わせた武器を構えていた。奥には玉座があり、そこに腰かけるのはこの国の支配者、ボセニア王。長身で首が太く長い。背筋は伸びきり、玉座に深くは座らず堂々とした姿勢を保っている。その視線は人を射抜くように冷静でありながら、どこかに威厳と余裕を感じさせた。

 

 その近くに控えているのは若い男の人魚、王子レヴァガ。艶やかな青髪が光を受けて揺れ、表情には自信と熱がにじんでいる。さらに王子の両隣には、紫髪の女と黄緑髪の男、二人の側近が静かに待機していた。

 

 そして、今まさに彼らの前に進み出ているのが異国から来た冒険者、ララク・ストリーンだった。高い天井、反響する足音、無数の兵士の視線。そのどれもが緊張を煽る。ララクは息を整え、片膝をついて頭を下げた。心臓がうるさく鳴り響いていたが、表情は努めて平静を装う。王国という場も王という存在も初めて尽くしで、勝手が分からないことだらけだった。

 

「改めて、名から聞かせて貰おうか」

 

「……っは。パーリア国から旅をしてまいりました冒険者のララク・ストリーンと申します」

 

 声を出した瞬間、喉が乾いていることに気づいた。だが練習を重ねた台詞は淀みなく口をついた。

 

「ではララク、我が娘レーマはどこにいる?」

 

「……レーマ王女は現在、港にて待機しておられます。……こちらに戻る意思は確かにあります。ですが、今まで過ごした生活の処理など、彼女にはまだ時間が必要です。ですのでどうかしばらく、彼女に果樹園に立ち寄る時間を与えてほしいのです」

 

 何度も繰り返し頭に叩き込んだ言葉を、慎重に吐き出す。言葉が宙に漂い、謁見の間の空気がわずかに動いたように感じた。

 

「レーマは、記憶に混乱が生じている、そうだな。今は生存が確認されただけでも充分。っと、私はおおらかに、余裕をもって事に当たりたいのだが……」

 

 意外にもボセニア王の反応は柔らかく、好感触に思えた。だがその態度を示すように、隣に控えていた王子が一歩前に出る。彼の眼差しは燃え立つようで、止まることを知らなかった。

 

「我は即お会いしたい! 愛しき我が姉君、思い返せるほどの想い出は少なくとも、気品に溢れるお方だった。活気あふれるその姿、今すぐにでもこの目で確かめたい」

 

「……我が強い王子なのだ。だが確かに、ほんの僅かでもいいから、ふれあいという気持ちは私にも当然あふれている」

 

 王子の熱気に押され、ボセニア王の声も一瞬柔らいだ。ララクは内心で冷や汗を流す。王の方は理屈で押せそうだが、王子は激情に突き動かされる人間。簡単には制御できないと直感した。

 

「っは。お気持ちは十分ご理解しているつもりでございます。ですがお言葉ですが、今は国の緊急事態とお聞きしました。王家もその対応に追われているかと」

 

「……まさにその通りだ。海神の祠。これは祈りをささげることで、海神を召喚できてしまうありがたくも危険な代物なのだ。それが過激派の教徒の手に。一刻も早く見つけ出し処罰しなければならない」

 

 謁見の間に低く重い空気が広がる。主犯の名が口にされ、兵士たちの背筋が一斉に伸びた。

 

「ですので失礼を承知で提案させてもらいます。私をその捜索の手の中に、入れてはもらえないでしょうか」

 

「? そなたを? まさか、その代わりに王女との面会を先延ばしにしろと申すか?」

 

「……大それた事を申しているのは重々承知しております。……私はこの国で行われたトライデントバトリアにて、総合優勝を果たしております。人間ではございますが、潜水競技でもトップを獲りました。その他にも捜索に向いたスキルをいくつも所持しています。そちらがよろしければ、私のスキル画面もお見せします」

 

 緊張の中に自信を滲ませるララク。その姿を見て、王は目を細めた。

 

「……ほう、あの大会で優勝を。それは確かな実績だ。それに随分と腕に自信があるようだな。王の私相手にそこまでいうとは」

 

 王は悩ましげに唇へ指を添え、考え込む。初対面のララクに対して強い不信感を抱いている様子はなかった。問題は隣の存在だった。

 

「それならば父上、我の力だけで十分です。王子として、この国を脅かす思想犯を、早急に逮捕してみせます」

 

 王子レヴァガの声は鋭く、兵士たちの士気をも煽るほど力強かった。王族はただ指揮を執るだけではない。時に兵を率い、自ら戦場へ出る存在でもある。王子の決意はまぎれもなく本気だった。

 

「この少年の言っていることは真実かもしれませんが、そんなことは関係ないのです。家族が家族に会う。それは自然摂理以上にまっとうな事です!」

 

 激情に満ちた言葉で父を説得しようとする王子。ララクは心の中で焦燥を募らせる。

 

(まずいな。王様の方は理論で押し通せそうだけど、王子様の方は……)

 

 幾ら言葉を尽くしても、理屈ではなく心で動く相手は厄介だ。と王子の様子を観察していたララクは、ふと違和感を覚えた。

 

(あれ……そういえばこの声、それにこのメンツ……)

 

 王子と両隣の兵士の姿を凝視する。どこかで見覚えのある立ち姿、雰囲気。そしてその答えはつい先ほど自分の耳に届いた言葉の中にあった。

 

(人魚のトリオ 背格好に男女比……見た目は少し違うけど……)

 

 思い返せば、大会に出場していたあの三人組。田舎出身と名乗りながらも詳細は曖昧で、結果は同率3位。帽子のせいで顔の輪郭までは掴めなかったが、黒髪で揃えた姿は確かに脳裏に残っていた。

 

 今目の前にいる王子は青髪、側近は紫と黄緑。それでも似ている。動作の癖、顔立ちの輪郭、声の響き。全てがララクの中で重なっていく。

 

「っあ、もしかしてあなた方は、チーム・シー……」

 

 思わず口をついて出た瞬間。

 

「あ──────! ラ、ララクっ!」

 

 王子が突如大声を上げた。その声は場を切り裂き、ララクの言葉を掻き消す。先ほどまでの堂々とした態度は跡形もなく、王子の顔には焦りが滲んでいた。

 

 謁見の間にざわめきが広がる。兵士たちが互いに視線を交わし、不信の色を露わにした。王の視線も険しさを増し、王子へと注がれる。焦燥を隠せぬ態度は、余計に疑念を深めるだけだった。

 

「ごまかすの下手か」と黄緑髪の男が小声で呟き、紫髪の女が「欺き方は王子は習わないから」とフォローを入れる。だがその場に漂う空気は重く、決定的に流れは変わってしまっていた。

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