ブルアカ貞操逆転兄妹(姉弟)もの 作:アカシア9
昔から、俺は平凡な人間だった。
頭は普通、運動神経も人並み。夢や情熱といった眩しいものとは無縁で、毎日をなんとなく過ごす日本の男子大学生。強いて特徴を挙げるなら、漫画やアニメに詳しく、特に「妹もの」の作品に目がなかったことだろうか。妹のいる友人を羨ましく思う一方で、自分には縁がないと割り切っていた。
そんな俺の人生が、唐突に終わりを告げたのは、ありふれた交通事故が原因だった。トラックに跳ねられ、次に意識が浮上した時には、俺は赤ん坊になっていた。
まず驚いたのは、周囲の世界観だ。外を見れば奇妙な光輪をつけた人々がいて、道端で銃撃戦が繰り広げられている。これは一体どういうことだ?と混乱する俺をよそに、俺はすくすくと育っていく。
そして、俺には妹ができた。
俺の三つ年下で、名前は空崎ヒナ。
生まれたばかりのその子を初めて見た時、俺は思わず息をのんだ。長い銀髪に、吸い込まれそうなほど澄んだ紫色の瞳。生まれたばかりなのに、まるで彫刻のように整った顔立ち。
「……可愛い……」
思わず漏れたその声に、周りの大人が微笑ましく笑う。
その日から、俺の人生は一変した。荒廃した学園都市「キヴォトス」の治安の悪さに絶望し、いつ銃弾に倒れるかわからない恐怖に震えていた俺の心は、ヒナという存在によって救われた。
「ヒナ、お兄ちゃんと一緒に遊ぶか?」
「……うん」
まだ舌足らずな声でそう答え、小さな手を俺の指に絡ませてくるヒナ。その感触、体温、そしてふんわりと香るミルクの匂い。その一つ一つが、俺の心を温めてくれた。俺はヒナを抱き上げ、頬ずりをする。
「お兄ちゃん、くすぐったい」
小さな声で笑うヒナに、俺はもうメロメロだった。前世で抱いていた「妹」への憧れが、現実のヒナによって満たされていく。いや、満たされるどころか、俺のヒナへの愛は、留まるところを知らなかった。
ヒナが転んで泣けば、俺は駆けつけて抱きしめ、大丈夫だと安心させる。おもちゃの取り合いで負ければ、俺が相手に交渉して取り返してやる。
「ヒナは、お兄ちゃんが守ってあげるからな」
まだ幼いヒナの頭を撫でながら、そう誓った。この危険な世界で、唯一無二の存在であるヒナだけは、俺が絶対に守り抜く。そう心に決めていた。
しかし、そんな俺の決意は、ある日突然、打ち砕かれることになる。
キヴォトスは、貞操逆転世界だった。
それに気づいたきっかけは、些細なことだった。街を歩いていると、すれ違う女子生徒たちの視線が、やけに俺に集中している。最初は気のせいかと思ったが、日に日にその視線は熱を帯びていく。
「あら、素敵な男の子」
「ねぇ、どこかでお茶しない?」
露骨に声をかけてくる女子生徒たち。中には、俺の腕を掴もうとしてくる者までいた。そのたびに、俺は恐怖で体がすくんだ。
「お、おい! やめろよ!」
そう言って手を振り払うと、女子生徒たちはショックを受けたように顔を歪め、そして奇妙な目で俺を見る。
「……あら、奥手なのね」
「ふふ、可愛い」
まるで、俺の嫌がる姿を楽しんでいるかのようなその反応。ゾッとするような感覚に、俺は背筋が凍りついた。
そして、極めつけは、両親の会話だった。
「この街は、男の子には危険すぎるわ」
「ああ。ヒナにしっかり守ってもらわなければ」
その会話を聞いた瞬間、俺の頭の中に電撃が走った。そうだ、この世界の男性は、守られるべき存在なのだ。女性のほうが圧倒的に強く、男性は希少で、常にその身の安全を案じられている。
「……とんでもない世界に転生しちまった」
俺の顔は青ざめていた。前世の価値観を持ち込んでいる俺にとって、この貞操逆転世界は恐怖でしかなかった。
女性たちの積極性、そして銃火器が飛び交う日常。この世界で生き残るためには、誰かの庇護が必要だ。それも、ただの庇護じゃない。命を預けられるほどの、圧倒的な力を持った女性の庇護だ。
俺の心は、絶望から一転、生存への執着に塗り替わられた。
「よし。強い女性に媚を売って、なんとか守ってもらおう」
俺は決意した。そして、その日から、俺は自分の「男性」という性別を最大限に利用し、街で強いと噂される女性たちに話しかけ、自分をアピールするようになった。
「すみません、落とし物ですよ!」
公園で拾ったハンカチを、通りかかった女子生徒に差し出す。彼女はゲヘナ学園の生徒で、どうやら強いと噂の部活に所属しているらしい。
「ああ、ありがとう。助かったわ」
そう言って微笑む彼女に、俺はとびきりの笑顔で答える。
「いえいえ! 俺、こういうことに慣れてるんで!」
慣れてなんかない。むしろ、こんなこと、前世では絶対にしなかった。だが、生きるためには仕方ない。俺は彼女の瞳をじっと見つめる。
「あの、もしかして、ゲヘナ学園の生徒さんですか?」
そう尋ねると、彼女は少し驚いたように目を丸くし、そして嬉しそうに笑った。
「ええ。よくわかるわね。何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてちょうだい」
その言葉に、俺は心の中でガッツポーズをした。作戦成功だ。
そして、俺は別の日のこと。
「お嬢さん、そこの段差、気をつけてくださいね」
そう言って、商店街で重い荷物を持って歩く女子生徒の腕をそっと支える。彼女もまた、この街で名の知れた生徒だ。
「え、あ、ありがとうございます!」
「当然です! 女性は優しく守るのが、俺の信条なんで!」
信条でもなんでもない。ただの生存戦略だ。
俺は満面の笑みで彼女にアピールする。彼女は少し照れたようにうつむき、そして俺に連絡先を尋ねてきた。
俺は、自分の行動に手応えを感じていた。このままいけば、この街で生き残れる。この街の常識に染まりきれない俺は、自分の価値を最大限に利用して、この世界を生き抜く。
だが、そんな俺の行動を、じっと見つめる存在がいた。
俺の家に帰ると、ヒナが不機嫌そうにソファーに座っていた。いつもなら、俺が帰ってきたらすぐに駆け寄ってきてくれるのに、今日は違う。
「ただいま、ヒナ」
そう声をかけると、ヒナは顔を上げ、俺をじっと見つめる。その瞳は、いつもは甘えと愛情に満ちているのに、今日はまるで氷のように冷たかった。
「……お兄ちゃん、誰かと会ってたの?」
その声は、いつもより少し低く、そして冷たい。俺は一瞬、言葉に詰まる。
「えっと……ちょっと、街を歩いてたら、知り合いに会ってさ」
「知り合い……? お兄ちゃんの、知らない人?」
ヒナはソファーから立ち上がり、ゆっくりと俺に近づいてくる。その一歩一歩が、俺の心を締め付けていくようだった。ヒナからふわりと香る、甘い花の匂い。いつもは安心できるその香りが、今は俺を不安にさせた。
「……うん、まあ、そんな感じかな」
俺は曖昧に答える。ヒナは、俺の目の前まで来ると、俺の胸に顔を埋める。
「…………」
ヒナの吐息が、俺の胸元にかかる。そして、ヒナの小さな手が、俺の服をぎゅっと掴む。
「お兄ちゃんから、知らない人の匂いがする」
ヒナはそう言って、俺の服を強く握りしめる。その言葉の響きは、まるで俺を責めているようだった。
「……ごめん、ヒナ。でも、別に変なことじゃないんだ。この街で生きていくためには、色々な人と仲良くしないと……」
「……お兄ちゃんは、私のものだよ」
ヒナは俺の胸に顔を埋めたまま、小さな声でそう呟く。その言葉に、俺は心臓が跳ね上がった。
「ヒナ……?」
「お兄ちゃんは、ヒナが守ってあげるから。他の人なんか、いらないよ」
ヒナの言葉は、まるで子供の駄々っ子のように聞こえる。だが、その声の奥底には、まるで鋼のような固い意志が隠されているようだった。
「……ヒナ、お兄ちゃんももう大人だし、自分のことは自分で……」
俺がそう言いかけた瞬間、ヒナは顔を上げ、俺の瞳をまっすぐに見つめた。その瞳は、先ほどよりもさらに冷たく、そして鋭くなっていた。
「お兄ちゃん、知らない子に媚売ってたでしょ」
その言葉に、俺は息をのんだ。どうして、ヒナがそれを知っているんだ?
「……お兄ちゃんは、そんなに、私が嫌い?」
ヒナの瞳から、涙がこぼれ落ちる。その涙は、俺の頬を伝い、そして俺の心に深く刺さった。
「……違う、ヒナ。そんなわけないだろ。お兄ちゃんは、ヒナのことが大好きだよ」
俺は慌ててヒナを抱きしめる。ヒナの体温が、俺の体に伝わってくる。その温かさが、俺の心を締め付ける。
「……嘘。お兄ちゃんは、他の子に構ってばかりだった。ヒナのことなんて、どうでもいいんでしょ」
「そんなことない! ヒナは、お兄ちゃんにとって一番大切な妹だ!」
俺は必死にヒナに訴えかける。ヒナの背中を優しく撫でながら、俺は心の中で誓った。もう、他の子に媚を売ったりしない。ヒナがいる。この世界で、俺を守ってくれる、最強の妹がいるじゃないか。
その時、ヒナの体が、俺の腕の中で小さく震えた。
「……本当に? お兄ちゃんは、ヒナだけのもの?」
その声は、震えていた。俺はヒナの髪を優しく撫でながら、力強く頷く。
「ああ、そうだ。お兄ちゃんは、ヒナだけのものだ。ヒナ以外の子なんて、興味ないよ」
その言葉を聞いた瞬間、ヒナは俺の胸に顔を埋め、静かに泣き始めた。
「……よかった……」
ヒナのその言葉は、俺の心に深く刻まれた。
この日から、俺はもう誰にも媚を売らなくなった。ヒナがいれば、俺は大丈夫だ。そう、確信していた。
しかし、ヒナの俺への執着は、日に日にエスカレートしていく。
食事の時、ヒナは必ず俺の隣に座り、俺の皿から料理をフォークで刺し、俺の口元まで運んでくる。
「はい、お兄ちゃん。あーん」
「いや、ヒナ、俺もう大人だから、自分で食べられるよ」
「……だめ。私が食べさせてあげたいの」
そう言って、ヒナは俺の口元にフォークを突きつけてくる。その瞳は、まるで俺を閉じ込めるかのような強い光を放っていた。
「わ、わかった。食べるよ」
俺は降参し、ヒナの差し出す料理を口にする。ヒナは満足そうに微笑み、そしてもう一口、と俺に勧めてくる。
夜になると、ヒナは必ず俺の部屋にやってくる。
「お兄ちゃん、一緒に寝よ?」
「ヒナ、もう大きくなったんだから、自分の部屋で寝なさい」
「……嫌。お兄ちゃんの匂いがしないと、眠れない」
そう言って、ヒナは俺のベッドに潜り込んでくる。ヒナから香る、甘い花の匂い。その匂いに包まれながら、仕方なく俺はヒナを抱きしめ、眠りにつく。
俺は、ヒナの過剰な愛情に戸惑いながらも、どこかで安堵していた。ヒナがいれば、この危険な世界でも、きっと生きていける。そう思っていた。
だが、ヒナは、俺を他の誰にも渡そうとはしなかった。
ある日、俺が街を歩いていると、偶然にも、以前話しかけたゲヘナ学園の女子生徒と再会した。
「あら、あなた。久しぶりね」
彼女は笑顔で俺に話しかけてきた。
「あ、どうも。お久しぶりです」
俺は、ヒナのことが頭をよぎり、少しぎこちなく答える。
その時、俺の隣に立っていたヒナが、彼女をじっと見つめた。その瞳は、先日の冷たい瞳とは比べ物にならないほど、鋭く、そして狂気を帯びていた。
「……お兄ちゃんに、用事ですか?」
ヒナの声は、先日の低く冷たい声よりも、さらに深く、そしてゾッとするほどに静かだった。
「え、ええ。ちょっと挨拶を……」
彼女は戸惑ったように答える。
「……お兄ちゃんは、私の家族です。他の誰にも、渡しません」
ヒナはそう言って、俺の腕を掴み、俺を彼女から引き離す。その力は、俺の想像をはるかに超えていた。
「ヒナ……?」
俺はヒナのその行動に驚き、ヒナの顔を見つめる。ヒナの瞳は、もう先日のような涙を浮かべてはいなかった。ただ、俺への強い執着と、他人への強い嫉妬が、その瞳に宿っているだけだった。
「お兄ちゃん、行きましょう。あんな人たちと話しても、意味ないから」
ヒナは俺の腕を強く掴み、そのまま俺を家まで連れて帰った。
家に着くと、ヒナは俺をソファーに座らせ、そして俺の膝の上に座った。
「お兄ちゃん、……私だけを見ていてね」
ヒナはそう言って、俺の顔を両手で挟み、俺の瞳をじっと見つめる。
「ヒナ……」
俺は、ヒナのその行動に、そしてその瞳に宿る狂気じみた愛情に、言葉を失った。
この日から、俺の命は、そして俺の人生は、ヒナという名の檻の中に閉じ込められることになった。
俺は、この檻から逃げ出すことはできない。
いや、むしろ、もう逃げ出したいとも思わない。
この暖かく、甘い檻の中で、俺はヒナに守られながら、この危険な世界を生き抜いていく。
「ヒナ、お兄ちゃんは、ヒナのことだけを愛してるよ」
そう呟くと、ヒナは満足そうに微笑み、俺の首に腕を回し、俺の胸に顔を埋める。
その瞬間、俺は、この人生が、意外と悪くないものかもしれないと、そう思った。
たとえ、それが監獄だとしても。