2025年8月16日、朝。東京の国会議事堂は、重苦しい空気に包まれていた。衆議院本会議場では、議員たちが議題に追われる。議題は多岐にわたる。就職氷河期世代の貧困、地球温暖化による異常気象、米の不作、秋刀魚や鯵の漁獲量の急減――日本の閉塞感を象徴する問題が並ぶ。だが、最も熱を帯びた議論は、外国人避難民政策だった。川口市でのクルド人コミュニティと地元住民の衝突が全国ニュースを騒がせ、保守派の声が高まる中、議場は火薬庫のようだった。
日本第一党(保守派政党)の党首、玉木和男(62歳)が立ち上がる。白髪交じりの髪、鋭い目つき。彼の声は議場に響く。「議長! 漁獲量の減少は深刻だ。米の不作もだ! 日本の食卓が危機に瀕している。外国人労働者に頼る前に、日本人の雇用を優先すべきだ!」彼の言葉は、保守派の議員たちから拍手を受ける。玉木の質問は、避難民問題を避け、経済的ナショナリズムに焦点を当てた。だが、誰もが知っていた。玉木の真の標的は、クルド人を含む外国人だ。
保守民主党(保守派の政党)の党首、神永彰(37歳)が手を挙げる。若く精悍な顔立ち、冷静な声で反論する。「議長、外国人避難民政策について伺いたい。仮放免者の就労制限は非人道的だ。彼らは日本経済に貢献している。川口市のクルド人コミュニティは、建設業や物流で不可欠な労働力だ。排外主義は日本の未来を閉ざす!」議場はざわめく。革新派の自由共生党や市民連帯の議員が頷く一方、日本第一党や伝統維新会の議員が野次を飛ばす。「外国人優遇か!」「日本を売る気か!」議長は曖昧に答える。「政府は、治安と経済のバランスを考慮し、適切に対応する……」神永は眉をひそめ、反論を重ねる。「曖昧な答弁では、国民の分断を深めるだけだ!」
その時、議場の空気が凍った。上座に、静かに現れた人物――天皇陛下。50代、就職氷河期世代の苦難を背負ったような、穏やかだが重い眼差し。議場は一瞬で静まり返る。陛下が呟く。「朕の国は平和で中道を望む。だが、最初からこの大日本帝国があったわけではない。諸君の祖先が築いた国だ。朕の代で、ここまでかもしれぬ」その言葉は、議場に衝撃を与えた。神永は息を呑み、恐縮しながら進み出る。「恐れ多いことでございます。恐悦至極に存じ上げます」陛下は静かに頷き、異例の発言を許す。「申せ」
神永は一礼し、声を整える。「臣は神永彰、保守民主党党首でございます。避難民政策は、日本の人間性を示す試金石です。我々がおりますゆえ、ご安心ください」陛下は、渋々頷く。「人間性か……それが試される時だな」議場は再びざわめく。玉木和男は唇を噛み、革新派の議員たちは神永に視線を送る。だが、誰もが感じていた。日本の分断は、修復不能なほど深まっている。
一方、川口市。朝6:30。アリ・ヤシンはアパートの狭いキッチンで朝食を取る。母が作ったピタパンとヨーグルト。妹のサラは、まだ眠そうな目でスプーンを動かす。「アリ、今日も現場?」サラの声は小さく、不安げだ。アリは頷く。「ああ。だが、今日は何か違う気がする」母が心配そうに言う。「マヒルジャンと会ったんだろ? あいつは危険だ。気をつけなさい」アリは黙って立ち上がり、京浜東北線と京葉線を乗り継ぎ、工事現場へ向かう。
現場に着くと、いつもと様子が違う。同僚のアフメドやベトナム人のトラン、ドイツ人のハンスが見当たらない。アリは胸騒ぎを覚え、監督に尋ねる。「アフメドたちはどこだ?」監督は苛立った声で返す。「知らねえ! クルド人だろうがベトナム人だろうが、仕事しろ!」アリは怒りを抑え、コンクリートを運ぶ。監督の侮蔑的な視線、行方不明の同僚――胸の炎が燃え上がる。アリは怒りを糧に、仕事を早々に終わらせる。汗と埃にまみれながら、頭の中はマヒルジャンの言葉で渦巻く。「新しいクルディスタン」「力で」
夕方、川口市のカフェへ向かう。ネオンの光が、薄暗い店内を照らす。店長のアブドゥルが笑顔で迎える。「アリ! いいものがあるぞ」カウンターの奥から、彼は中古のノートパソコンを取り出す。「お前にやる。勉強に使え」アリは目を輝かせる。クルド語で「ありがとう、シャカール!」と叫ぶ。アブドゥルも笑う。「クルド人の誇りを忘れるなよ。だが、無茶はするな」アリは頷き、胸に熱いものを感じる。
アパートに戻り、アリは早速パソコンを起動する。昨日買った『C++プログラミング入門』を広げ、コードを打ち始める。画面に映る変数と関数は、まるで新しい世界の鍵だ。だが、ニュースサイトが目に入る。「川口市でクルド人による騒動。田中一郎議員、外国人追放を主張」アリの指が止まる。日本第一党。田中一郎。そして、玉木和男。クルド人を「脅威」と呼ぶ者たち。アリは拳を握り、パソコンの画面を睨む。マヒルジャンの声が響く。「力で、クルディスタンを築くんだ」
神奈川県川崎市。美咲は自宅の雑貨店「佐藤商店」の二階、狭い部屋で進路の書類を眺める。大学進学を夢見るが、店の借金と父・泰造の反対で、希望は薄い。泰造は階下で帳簿を睨む。「美咲、店を手伝え! 大学なんて無駄だ」バブル崩壊とパンデミックの傷が、商店街を衰退させた。川崎の繁華街は、外国人労働者と地元住民の軋轢でざわめく。泰造はクルド人を「トラブルメーカー」と呼び、美咲に「関わるな」と釘を刺す。
美咲は窓の外を見る。ネオンの光が、川崎の街を冷たく照らす。ふと、アリの顔が浮かぶ。路地裏で彼女を助けたクルド人の少年。カタコトの日本語、力強い眼差し。ニュースでは「クルド人の暴動」が繰り返されるが、美咲は知っている。アリは違う。だが、父に話せば怒られる。彼女は進路の書類を閉じ、ため息をつく。「アリさん、今どこにいるんだろう……」
テレビがニュースを流す。「国会の議論、外国人避難民政策で紛糾。保守民主党の神永彰議員が改革を訴えるも、玉木和男党首が強硬姿勢を崩さず……」美咲は画面を見つめる。日本の分断は、彼女の小さな世界にも影を落とす。アリと再会できたら、何を話したい? 彼女は自分の心に問う。だが、答えは見つからない。
川口市、夜。アリはアパートの窓辺で、パソコンを閉じる。川の水面が、街の灯りを映す。父の声が聞こえる。「知識は武器だ」マヒルジャンの声も響く。「力で、クルディスタンを築く」アリはカディールの名刺を手に取る。永住権を持つクルド人。彼の言葉――「頭を使え」――が、頭を離れない。だが、ニュースの声が耳に残る。「外国人追放」「クルド人の脅威」。アリの拳が震える。川口の川が、まるで血のように赤く光る幻を見た。