正義とはどこにあるのだろうか?   作:アサシン・零

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第5話「秋の刃、交錯する心」

2025年10月、川口市の空は秋の冷たさを帯びていた。アリ・ヤシンは、工事現場の埃と汗にまみれた一日を終え、川口の外れにある小さな鍛冶屋に向かう。70歳の日本人、佐々木健次郎の鍛冶屋だ。アリは最近、弟子入りを許された。日本刀や包丁を鋳造・鍛造する技術に、アリは心を奪われていた。趣味の範疇だったが、内心では別の思いが渦巻く。刃は、知識と同じく武器だ。父の言葉が響く。「知識は武器だ、アリ。どんな爆弾よりも強い」刃もまた、クルディスタンの未来を切り開く力になるかもしれない。

 

佐々木は、70歳とは思えない筋骨隆々の老人だ。白髪を短く刈り、炉の火を前に目を細める。「アリ、刃は心を映す。乱暴に打てば、脆い刃になる」彼はアリにハンマーを握らせ、鉄を叩く。火花が散り、金属が赤く光る。アリは汗を拭い、考える。日本の少子高齢化。佐々木のような職人は減り、若者は都市で消耗する。工事現場の同僚、クルド人やベトナム人も同じだ。日本の未来は、老いていくだけなのか? アリは鉄を叩きながら、クルディスタンの内戦を思い出す。トルコはなぜクルド人を抑圧したのか? クルディスタンは、トルコから見れば単なる民族自治区。不満を抱えたクルド人が、独立を求めたから戦いになったのか? アリの胸に、疑問と怒りが交錯する。

 

工事現場に戻ると、監督の怒鳴り声が響く。「クルド人、さっさと動け!」アリは黙ってコンクリートを運ぶ。同僚のアフメドやトランはまだ戻らない。行方不明の理由は不明だ。アリは監督を睨むが、怒りを抑える。刃を打つように、心を鍛えるのだ。夜、川口のアパートに戻り、アリはパソコンを開く。『川口新報』のニュースが目に入る。「クルド人コミュニティの集会、過激化の懸念」。マヒルジャンの名前がまた現れる。アリの拳が震える。新しいクルディスタン。その夢が、刃のように鋭く胸を刺す。

 

神奈川県川崎市。美咲は、雑貨店「佐藤商店」の二階で鞄を手に取る。父・泰造の逮捕から2か月。殺人・詐欺の容疑は、商店街のヤクザとの揉め事が原因だったが、真実は闇の中だ。母は憔悴し、店は閉店の危機。美咲の大学進学の夢は、遠のくばかりだ。ニュースは、クルド人へのバッシングを繰り返す。「川口市で外国人による騒動。田中一郎議員、追放法案を再提案」。美咲はアリを思い出す。あの夜、路地裏で助けてくれたクルド人の少年。カタコトの日本語、力強い眼差し。彼は、ニュースの「脅威」ではない。

 

美咲は決意する。アリに会い、話したい。川口市へ向かう電車に揺られ、川崎のネオンを後にする。だが、川口駅前の裏通りで、運悪く不良たちに絡まれる。20代の男三人、刺青と煙草の匂い。「おい、嬢ちゃん、こんな時間に何だ? クルド人の仲間か?」美咲は鞄を握りしめ、逃げ道を探す。男の一人が腕を掴む。瞬間、怒鳴り声が響く。「やめろ!」アリとマヒルジャンだ。工事現場からの帰り道、偶然通りかかった二人。アリは不良に体当たりし、マヒルジャンが素早く腕をひねる。不良たちは怯み、捨て台詞を吐く。「サツよぶからな!」と逃げ去る。

 

美咲は震える声で言う。「ありがとう……アリさん、マヒルジャンさん」アリはカタコトで答える。「ダイジョウブデスカ?」マヒルジャンが続ける。「イタイトコロハナイデスカ?」美咲は笑顔で頷く。「アリさん! また会えた!」アリは一瞬驚き、苦笑する。「美咲さん、路地裏はダメ。日本もクルディスタンも同じ。危ない」美咲はアリの正論に黙り込む。確かに、川崎でも川口でも、夜の街は危険だ。彼女の無謀さを、アリは見抜いていた。

 

アリとマヒルジャンは美咲をコミュニティの集会所へ連れて行く。川口駅前の雑居ビル4階。クルド人の男女20~30人が集まり、クルディスタンの旗が壁に掲げられている。マヒルジャンが挨拶する。「同胞よ! 今日は特別な客だ。日本人の美咲だ!」ざわめきが起こる。レイラ、柑橘系の香水を漂わせる17歳のクルド人女性が、美咲を睨む。「日本人が何だ? 俺たちを監視しに来たのか?」他のクルド人も不満を漏らす。「日本は俺たちを犬扱いだ!」「仮放免で縛るくせに、労働力だけ搾取する!」

 

美咲は気まずく立ち尽くす。アリがクルド語で割って入る。「待て! 日本の現政権が悪いんだ。日本人も苦労してる。美咲は違う。彼女は……俺たちを助けたいと思ってる」美咲はクルド語を理解しないが、アリの口調と雰囲気に救われる。レイラは鼻を鳴らす。「日本人が? 信じられないね」マヒルジャンが笑う。「アリ、甘いな。だが、いい。日本人も味方にできるなら、俺たちの力になる」集会は、日本とトルコへの不満で熱を帯びる。アリは黙って聞く。美咲の存在が、胸の炎に新たな影を落とす。

 

集会が終わり、美咲を駅まで送る。アリは言う。「美咲さん、クルド人は戦ってきた。トルコで、日本で。でも、俺は……」言葉を切り、アリは空を見上げる。秋の夜空は冷たい。美咲は呟く。「アリさん、お父さんのこと、話してくれてありがとう。私も、父が逮捕されて……この国、おかしいよ」アリは頷く。「日本も、クルディスタンも、間違ってる。変えるには、力が必要だ」美咲は息を呑む。アリの目に、炎のような光を見る。

 

川口市、夜。アリはアパートに戻り、鍛冶屋で打った包丁を手に取る。刃は、佐々木の教え通り、鋭く光る。パソコンを開き、C++のコードを打ち込む。画面には、クルディスタンの地図と『川口新報』の記事。「外国人追放法案、衆議院で審議へ。玉木和男党首、強硬姿勢を崩さず」。アリは拳を握る。マヒルジャンの言葉、レイラの怒り、美咲の葛藤――すべてが、胸の炎を大きくする。佐々木の声が響く。「刃は心を映す」アリは刃を見つめる。それは、クルディスタンの未来か、それとも血の色か?

 

 

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