アビドスのロレンス   作:チチメカ

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デカグラマトン編終わりましたね。
はい。泣いたよね。


第十六話:悪魔

戦闘の合図はロレンスを見つけた少女による一発の銃声であった。

 

「敵です!囲まれてます!」

 

岩陰から隠れていた友軍が突然の敵からの攻撃に驚きながらも、撃ち返す。刹那、キャンプ地は戦場と化した。

 

これは両者において想定外の事であった。襲撃者である少女達にとっては、今回はカイザーによる陽動に乗じて必要物品を秘密裏に奪う事が目的であり、戦闘は最低限の用意しかしていなかった。

また、ロレンスも相手がそこまで勘が鋭いとは思っておらず、包囲も完全でなかったため、数人を逃してしまう隙を与えている。

 

「まずいですね…!」

 

始まりはマダムに呼び出されたあの日であった。

聖堂とは思えぬほどに重々しい雰囲気を漂わせる一室に彼女はいた。赤い皮膚をした人の形をしたそれは、少女達からマダムと呼ばれる。真名をベアトリーチェ、ダンテも裸足で逃げ出すそれは、少女に向かって告げた。

 

「貴女達にはとある仕事をしてもらいます」

 

して欲しい、ではなく、してもらう。そこには有無を言わさない、命令としての文脈が確かにあった。少女は、体に滲む恐怖からの汗を確かに感じながら声に応える。

 

「…承知しました」

 

「忌々しいですが、私にとっても利益のある話です。絶対に成功させなさい」

 

大人の圧力。今まで積み上げられた恐怖によって、胸が張り裂けそうになる。正面に立つそれに逆らっては行けない。ベタベタとする背筋に一寸の意識を感じながら。

 

少女……梯スバルはそう思った。

負けて逃げればどうなるかわからない。もしかすれば、いやもしかしなくても、失敗すれば''処分''されることは自明の理だ。

 

しかし。

 

「圧力が凄い…このままでは!」

 

目まぐるしく動く戦場の中で、スバルは何を優先すべきかを考える。最優先は任務だ。しかし、絶対に全員は帰れない。不完全な包囲とはいえ、相手の技量は自分たちアリウスにも近しい、さらに地の利も向こうにあるときた。

 

アリウスに戻れたとしても、一人か二人…!

 

では、誰が行くべきか。誰を逃すべきか。

スバルの脳裏には、既に自分が逃げるという選択肢は存在しなかった。責任を感じているからであろう。

 

指揮官として、先輩として、スバルは逃げるわけにはいかなかった。

 

「…マイアとナナキ、それとマグナはアリウスに物品を持って逃げて下さい」

 

「「「え?!」」」

 

「いいから、早く!」

 

多くは語らない。語ることなどできない。

アリウスは一瞬、攻撃を一点に集中して、包囲に穴をあけ三人を逃す。

銃声と閃光は、夜闇に消えていく少女達に勘づくことは出来ない。

 

硝煙の間を潜って、三人は戦場から逃げていく。

石に足を取られ、砂に足を取られ、何もないところに気を取られ、三人は逃げていく。獣から逃げる野うさぎの様に。

振り返ることなどできずに。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

それからして、2時間ほど。

銃声は止んだ。

 

やって来た敵を抑え、捕虜とした頃には空が暁月色に輝き、1日の始まりを告げていた。その時、前線の方から声を聞いた。

歓声だ。

カイザーが撤退したのだ。

 

ロレンスはその後の処理を咲田に任せ、前線に戻る。そこでは、負傷者の傷を癒す傍らで、歓声を上げ勝利を祝福している皆の姿があった。

 

「諸君!無事であったか!」

 

「「「「「ロレンス先生!!!」」」」」

 

まるで親に集まる雛鳥の様に、ロレンスの身に生徒が集まる。皆、安心しての事であった。

 

「センセ、そっちは大丈夫だったか?」

 

「おおアティク君、無事だったか」

 

「おう!センセと勉強した事も使ってやったんだ、負けるはずがねぇよ!」

 

アティクはそう言って力こぶを見せる。

誰にでもわかる様な強がりだ。足元を見れば、膝が笑いそうになっているのを必死に隠そうとしている。

 

「そうか。流石は生徒会長だな」

 

ロレンスはそう言って、アティクの頭を撫でる。強がりには気づいていたが、気づかないふりをするべきだ。しかし、人の目を気にして、顔を赤くして、やめてくれと言うアティクの声も気づかないふりをするのはいかがであろうか。

 

そんな二人を、皆が温かに見ていた。

 

 

ーーーーー

 

 

体が重い。私は何をしていた…?

 

思考がまとまらない。

 

私は…私は…

 

「任務に失敗したみたいですね」

 

頭の先で声がする。いつの間にか、私の視界は聖堂のカーペットを指していた。視界がまとまらない中、頭を上げる。

目の前にマダムがいる。

 

「待ってください、マダム!それは」

 

「言い訳は必要ありません」

 

言われてしまった。言われてしまった。

どうなるんだろう、どうすればいいんだろう。

マダムの一言に、スバルの脳は信じられないものを見た時の様に固まる。ニューロンは動作せず、まるで体が石の様に固まる。

 

まるで永遠の様な時が過ぎた気がする。

 

視界が暗転する。

ぬらぬらとした空気に、悪寒がしてまた上を見上げる。

 

目の前には銃口があった。

一つや二つじゃない。沢山だ。沢山こちらを向いている。

 

銃を持っているのはどれも見知った顔で、でも顔色は窺えない。まるで深い影があるみたいに、その顔を見ることは出来ない。

 

横を見ると、一緒に任務を行っていた後輩が手足を縛られて壁に立たされている。

 

暗い。くらい。絶望の顔だ。

 

今までに見たどんな顔よりも暗い。

 

その時、スバルは思った。

 

あ、私は今からころされ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目を覚ませ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言で、世界に光が戻る。

瞼を急速に開いて、世界を見る。

そこは静かなテントの中であった。扉代わりの布は開かれていて、外から眩しい光がする。風が吹いている様だ。

 

涼しい風がスバルの傷だらけの頬を優しく触る。

 

生きている事に、心臓が鼓動している事に、体が痛い事に、傷が痛む事に、スバルは安心した。

 

落ち着いて、辺りを見渡すと同じ様に横になっている人達がいる。見知った顔と、知らない人、どちらもいる。

 

ふと、外がどうなっているのか知りたくて、体を動かそうとした。その時、扉の方から足音がした。

 

そこには大人がいた。

 

あの時の大人だ。

 

「さぁ、話をしよう。お嬢さん」

 

逆光の影の中、大人の表情はすこし微笑んでいる気がした。




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