ここずっと書きたかったんですよね。
頭上から降り注ぐ粉塵と瓦礫を振り払いながら、我々バアス旅団は崩れかけたカタコンベを疾走していた。
先陣を切るアティクとウマルが瓦礫を蹴散らし、スバルたち臨時学生がその後に続いて最短ルートを指し示す。私の頭の中は、一つの最悪の想像で埋め尽くされていた。巡航ミサイルの直撃。もしあそこに息子がいたのなら、無傷で済むはずがない。
「止まってくださいッ!」
突如、先頭のスバルが鋭く叫び、右手を高く掲げた。
全員が即座に足を止め、銃を構えて闇の奥に銃口を向ける。暗闇の先から、木の軋む音と、複数の足音が近づいてきていた。
「敵か?」
「…そのようです」
スバルの言葉通り、タクティカルライトの光芒が捉えたのは、ガスマスクを被ったアリウスの武装生徒たちの姿だった。彼女たちは何かを守るように陣を持って歩いている。
そして、その陣の中心には異形の木製のマネキンと一人の少女がいた。黒いマスクで口元を隠し、どこか浮世離れした雰囲気を纏う少女。
「……姫」
スバルが息を呑んだ。
「知っているのか、スバル君」
「はい……秤アツコ。私たちアリウスの、正当な血筋の……」
「別働隊というわけか」
相手もこちらに気が付いたのか、すぐさま銃を構える。しかし、我々の先頭にいるスバルに気が付いたのか銃をすぐさま撃つ様子はない。
「スバル先輩?!戻って来たんですか!」
アリウス生徒の一人が、暗闇の中に希望を見つけたように、叫ぶ。しかし無情かな。スバルは苦い顔をしてその言葉を飲み込む。その様子を見て、私は言葉を綴る。
「こちらバアス旅団!彼女は我々の捕虜であり、この先の道案内を任せているにすぎない!」
驚愕したのか、敵方に静かな、されどピリピリとした沈黙が流れる。一触即発。その時にその口を開いたのは、異形の姿の大人であった。
「…その白い異国の服。顔を覆ったその姿。そなたはもしやロレンス先生か?」
「如何にも。私はバアス旅団団長。ロレンスだ」
木の軋む音がカタコンベにこだまする。笑い、嗤いどちらとも聞こえるようなその音の主は、手を差し出し、礼をする形に体を動かす。
「私の名はマエストロ。『ゲマトリア』の一員にしてしがない『崇高』を志す芸術家だ」
「御託は良い。ここで何をしていた」
眉間に皺が夜を感じる。青筋が額に走るのを感じる。されど、ここは会話を続けるべきだ。
「いえ、私は単にマダムの要請に応じだけである。あの教義を見せてもらうという交換条件はあったが」
「…教義…?実に興味深い。私にも聞かせてくれないかな?」
「おお!やはり関心を持つか!やはりそなたは私の理解になりえる」
マエストロの気分が高揚し、さらに続けようとした時。アツコがマエストロの肩を叩いた。
「……申し訳ないロレンス先生。私はまだ仕事が終わっていない。話はまた後日になるだろう」
「それは、失礼した。しかし、ここから去るというのなら、私は君達を倒さなくてはならなくなる」
私はすぐさまアティクとアリーに手信号を送った。
「アティク、アリー、スンナ! アリウス生徒を無力化しろ! ただし、相手はスバルたちの元・同胞であり、マダムに操られているだけの子供だ!過度に攻めるんじゃないぞ」
「了解ッ! フラッシュバン、行くぞ!」
アティクが閃光手榴弾を闇に向かって放り投げる。強烈な閃光と轟音が狭い地下道で炸裂し、追っ手のアリウス生徒たちが悲鳴を上げて目を押さえた。
その隙を突き、ウマルとアリーが左右の壁を蹴って前線へ躍り出る。圧倒的な膂力と洗練された近接格闘術で、彼女たちの銃を次々と弾き飛ばし、後頭部への手刀や関節技で鮮やかに昏倒させていく。しかし、その間にアツコとマエストロは後退し、姿を眩ませる。
「…逃げられた」
「逃げ足の速いやつっス!」
「…追ってはいられんな。皆ゆくぞ、地上へ出る」
直後、地下道の空気が、文字通り氷のように冷たくなった。
カチャリ、カチャリ。
金属の擦れるような、無機質で不気味な足音が、前方から無数に響き始めた。
タクティカルライトが照らし出したのは、青い光を宿した如何わしい格好の修道服を纏った異形の集団だった。その数は、数十、いや、百は優に超えている。
「あれは……ユスティナ聖徒会です」
「教義によって生み出された複製体(ミメシス)……」
「……なるほど。マエストロという男が言っていた仕事、教義とはこれを指すのか」
私は銃のセーフティを解除し、冷酷に言い放った。
「情けをかける必要はない。全火力をもって、文字通り『撃滅』しろ」
「待ってましたァスッ!!」
ウマルが背負っていた重機関銃を構え、咆哮と共にトリガーを引き絞った。新調した武器の中でも、ウマルはとてつもないものを選んでいたが、その制圧力は本物である。
凄まじい発射音と共に、50口径の弾幕が暗闇を切り裂き、ユスティナ聖徒会を粉砕していく。だが、一定の攻撃を受ければ、彼女たちは沈黙したまままるで霧を撃つように青白い霞になって消えていく。
「チッ、ゾンビ映画かよ!」
「アティク、右翼が薄い! アリーとスンナは壁面を利用して立体的に叩け! アーファ、次弾装填!」
バアス旅団の面々が、見事な連携で弾幕を張り続ける。そこに、スバルたち臨時学生のゲリラ戦術が加わった。
「先生! この区画の天井は脆いです! 柱の根元に爆薬を!」
「よし、ウマル、指定の柱を吹き飛ばせ!」
轟音と共に天井が崩落し、ユスティナの複製体たちを大量の瓦礫の下敷きにしていく。スバルたちの的確な地形把握と、バアス旅団の圧倒的な制圧力。二つの力が噛み合った我々の進軍は、もはや何者にも止められなかった。
血路を切り開き、ついに我々は古聖堂の真下、最後の隔壁へと辿り着いた。
「先生、この真上が古聖堂の祭壇付近です。仕掛けますか?」
アティクが天井にC-4爆薬を設置し終え、起爆装置を掲げる。
「駄目だ。もしかすれば爆破された後の生徒が倒れてるかもしれない。階段はどこかね?」
――――――――――――
【シャーレの先生(息子)視点】
耳鳴りが止まらない。
口の中に、鉄の味が広がっていた。
周りを見渡せば、ステンドグラスで美しく彩られていたはずの古聖堂の天井は吹き飛び、空虚な空が広がっている。周囲には瓦礫が散乱し、炎が上がり、トリニティやゲヘナの生徒たち…そしてヒナが倒れていた。
「…だがその前に、貴様を処理しておくとしようか」
銃口が向けられる。
「シャーレの先生…貴様が計画の一番の障害になりそうだと、彼女は言っていたからな」
刹那、銃声。
ヒナの叫ぶ声が聞こえる。
私の腹部からは、止めどなく血が流れ出している。視界が明滅し、立っていることすら困難な状態だった。それでも、私は倒れるわけにはいかなかった。生徒たちを、傷つけさせるわけにはいかない。
銃声がする。ヒナが撃ったのだろうか。少し遠くからした気もする。もはや、限界だった。意識が遠のく。ごめん、みんな。
その時。
父さんの顔が、ふと脳裏を過った。
『大人の落とし前ってやつは、高くつくんだぞ、××よ』
……あんな破天荒な父さんに、私はまだ、何も親孝行らしいこと、できてないな。
その時であった。叫び声がした。
「アリウススクワッドォォォ!!」
「なっ……何事だ!?」
サオリが咄嗟に銃を構え直し、後方へ跳躍する。
朦朧とする意識の中、私は目を疑った。
重なり積もった瓦礫から何者かの集団がせり上がってきたのだ。
先頭に立つのは、見間違えるはずもない。
砂漠の民が纏うシュマグを首に巻き、真っ白な装束を砂埃で汚した、長身の男。あの日アビドスであったあの男であった。
「……とう、さん……?」
掠れた私の声が、戦場に落ちた。
男は、血まみれの私を一瞥した。
その瞬間、私は背筋が凍るのを感じた。
冷徹な怒りと、一切の容赦を捨てた「指揮官」の顔。周囲の空気が、男の放つ圧倒的な殺気によって、物理的に重くなったようにすら錯覚する。
「…!どこの誰かは知らないけど…セナっ!こっち!!」
突然現れた男と救急車によって、場は一瞬の硬直をする。私はすぐさまセナの手を取り、救急車の中へと入った。
私が父さんを
――――――――――――
「お前が、俺の息子を撃ったのか?」
先生が救急車に乗せられ逃走したすぐ。
ロレンスの低く、地獄の底から響くような声が、サオリへと向けられた。
サオリは戦慄したように銃をロレンスに向ける。
「貴様ら……何者だ。どこから湧いた」
「答える義理はない。だが、一つだけ教えてやる。貴様らは今、最も怒らせてはならない男の逆鱗に触れた」
ロレンスが指を鳴らすと同時に、大穴の中から次々と武装したバアス旅団の面々が飛び出しスクワッドに銃口を向ける。
そしてその背後から、さらに数名の少女たちが姿を現した。
「……なっ!?」
それを見たサオリが、今日初めて、明らかな動揺を見せて声を荒らげた。
「スバル……!? なぜ、お前たちがそこにいる!?」
スバルと呼ばれた少女は、アリウスの制服に、アリウスの腕章と共に見慣れぬ腕章を巻いていた。彼女は緊張しながらも冷静に銃を構え、サオリへと真っ直ぐに銃口を向けたのだ。スクワッドの誰もがその姿に驚く。
「……サオリ。私たちは、もう、マダムの言いなりにはなりません」
スバルの声は、恐怖を乗り越えた確かな決意に満ちていた。
「馬鹿な……アリウスを裏切るのか…!」
サオリの目が危険な光を帯び、彼女の背後からアリウススクワッドの他の面々が銃口を向ける。
「分かっていないのは君の方だ、小娘」
ロレンスはゆっくりと懐から拳銃を抜き、サオリへと向けた。
「自分の人生を放棄し、誰かの用意した絶望のレールを歩いているだけの子供に、うちの『学生』たちは負けん」
激怒する父親としてのロレンス。
血を流しながらも生徒を守り抜いた息子。
そして、己の意志で新たな居場所を勝ち取ったアリウスの「臨時学生」たち。
瓦礫の山となったトリニティの街中で、本来あり得ない勢力が、真正面から激突しようとしていた。
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