八川初任務の翌日。
掃除屋に処理班本部まで送られ、五六はスーツの自己治癒のみで対応できない負傷箇所について治療を受けて、八川は初任務完了に少し浮かれながらそれが終わるのを待っていた。ただ、二人ともこの後を思うとどこか気分が落ち込む。
掃除屋に連れられて本部まで来たのはいいものの、待っているのは今回発見した超獣の異様な死体について、派遣された処理班のレベルに合っていない退治のされ方に疑いを立てているから、その聞き取りといったところ。
これも全て尾陰ってヤツが悪いんだ。と先輩は歯軋りしていた。
コンクリート打ちっぱなしの寒々しい廊下を進む中、取り調べ室に近づくに連れて五六は顔を青くしながら言った。本部の連中マジヤバい、マジパナいと。語彙がバイバイしている説明に八川は冷たい目線を向けたが、詳しい話を聞く前にその部屋の前に着いてしまい、五六はそれ以上に語らなかった。そして現在、その取り調べ室の前で硬直中。
二人一緒に聞き取りするようで、こういう取り調べはカツ丼が出てくるような部屋で、一人一人、個人個人に伺い立てるのではと疑問に思ったが、意外にも怯えた様子の五六がノックを三回、慎重に金属製の重厚な扉を開けた。八川は失礼しますの一言も要らないのかと疑問に思う。
寒々しいほど何もない部屋の中央に長机が置いてあり、パイプ椅子に座りながらパソコンを打つ少年がいた。八川たちが座るべきであろう椅子は机から2メートルほど離されており、少年が一瞥して視線で座るように促している。
「失礼しま——」
「黙れ」
おそらく立場が上の人なので、座る前に一言置こうとした瞬間に言葉が飛ぶ。面食らって一瞬意味が分からず八川は前方の少年を見た。長袖のシャツに黒のベストを着用した、いかにもしっかり者のよな黒髪眼鏡の少年だ。
「…はあ、普通説明受けてこっちくるだろ。阿呆か?」
独り言か、よく分からないが再び声を出そうとすると膝下をキュッと掴まれる。五六の目線に、今は沈黙することにした。
「…うん。いいね。正しい判断だ」
よく分からずに座り、沈黙する。少年はパソコンを脇にのけてこちらを見ていた。一向に話出さないこともあり、再び口を開こうとすると。
「…口を開くな。二度同じことを言わせないでくれるかな。話す必要はないんだよ。君らの頭に報告するべきこととそれを見た記憶があるならそれ以外いらないんだ。質問も頭に思い浮かべるだけでいい。もう言わないからな」
苛立つ声で一気に言葉を並べて、一呼吸おいて再び。
「口を開くな」
キッと睨まれる。少年の姿もあってかあまり威圧感はなかったけれど、なぜか頭の奥がキリキリと痛んだ。
そして少年の言葉にも疑問が残る。まるで思考を読めるような言動じゃないかと、八川は思った。
「はぁ? お前基本的な説明も受けてねぇのかよ…ああ、新人研修中だったんだっけ」
八川の疑問に睨み、五六に一瞬目を向けて納得したように呟く。外からやり取りを見れば、少年の独り言だけがその場に回っていた。
「数引。説明してやれ。声を出すことをゆるす」
は、はい! と強張りながら大きく返事をし、八川に顔を向ける。大きな声に一瞬少年が青すじ浮かべていたが、気にせず続けた。
「…えーと、まず私たちのスーツって超獣たちの技術転用で作られてる。私たちって変身すれば身体能力が上がるよね」
それはわかる? と確認され流石にわかるが、と続きを促す。少年はパソコンを手元に寄せて、再び叩き始めていた。
「人によってスーツを使うと適応していって、身体能力だけじゃなくて第六感とか超能力とか異能とかが発現するんだ。上の人たちは
アニメっぽいよねと軽口を叩く。確かにと笑った。格好つけたルビだ。
「んで、管理官とかは読心? みたいな力を持ってるし、私はハンマーとか構築系。適応は特別だからそうそうできる人いないらしいケド」
「管理官って?」
質問に、五六は視線を動かす。目線の先には、先ほどの少年が忙しなくキーを叩く姿が。打ちながらこちらに目線を向ける……がめんどくさそうに立ち上がり、自己紹介をした。パソコンで顔が見えないと思ったのが伝わったのかもしれない。
「…紹介が遅れたな新人。俺は
この人が…? と考えると低く唸り睨まれる。先ほどからの頭痛が強くなった気がした。頭が痛い。
「…はあ、人の身体はばかにするなって学校で習わないのかよ」
やれやれだぜと肩をすくめて、再びパソコンを脇に退けた。顔を見合わせる形になる。
「…まあ聞き取りってか、もう確認したかった事は確認できた。超獣対処と不審人物と接触、色々あったぽいな。まずお疲れ」
その言葉に二人は何を言うこともなく黙る。わかってんじゃんと宝次郎は生意気に笑った。
「もう帰っていいぞ。報告は俺が仕上げてやるからもういいぞ」
えっいいんスカと八川が思うと、宝次郎は答える。相変わらず、部屋には宝次郎の声のみだ。
「お前らの給料から天引きで、俺が読心で報告書を仕上げてやる。そしたら俺の給金が増えるんだ。結構利用者が多くてな。うはうはだぜ」
汚く笑う少年に、一瞬抱いた感謝が消え失せてなんとも言えない気持ちになった。
退室を許されたので立ち上がる。ドアに手をかけたあたりで、宝次郎が再び声をかけた。
「数引。一つ間違いを正しておくが、あの超獣はレベル3じゃねぇ。区分的にレベル2だ。お前はそろそろ自分よりでかい超獣とも戦えるようになれ。先輩なんだろ」
うぐっと弱ったように唸る。
「八川。ギドリックに憧れてたな。今レベル4の大型超獣の発生に備えてるだろうから、本部の南側なら見えるだろう。憧れの天井を見てこい」
与えられた情報に歓喜する八川。ありがとうございますと大声を出しかけて、頭をガツンと殴られたような衝撃が襲った。
「黙れ。俺の前で声を出すな」
倒れた後輩を小脇に抱えて、お辞儀をして五六は急いで退室した。宝次郎が少し、笑っていたような気がした。
数分後に目を覚ました八川は教えられた通り、本部の窓辺で該当地区を眺めていた。該当地区は避難勧告により人が払われて、昼時だと言うのに違和感の残る光景だ。
そう言えば、どうやって超獣の出現場所やら出てくるレベルやらを予測するのだろうか。
五六がこぼす。
「…っぱ怖かった〜。ほんと管理官はさ、マジでさ」
「…俺まだ頭がいてぇ。…でもいい人でしたよ宝次郎さん」
気絶させられたのに!? とその言に驚く。憧れの人物の情報に、簡単に八川は買収されていた。
「んなわけ! 取調室に入っただけで頭痛くなったでしょ! あれ力使って脅されてるようなもんだよだからパナいじゃん!」
「先輩キャラ大丈夫?」
「うるせえ!」
窓に手を当てながらまだかなまだかなと、ショーの開始を待つような後輩と、一歩引いた場所で覚めた様子に眺める先輩。一瞬沈黙したのちに、悔しげに口を開く。
「いい人なのは分かってるんだけど、ね」
「なんか、あったんすか」
あははと、力なく笑う。遠くに向けていた視線を五六に向けた。大したことじゃ無いよ、と前置いてすこし身震いしながら話し出す。
「突っ張ってた時期があってさ…逆らったらボコボコにされてトラウマなんだよね…」
「クソくだらな!!!」
「な、くだらないってなに!? すごい恐怖体験だったんだけど!」
「今の出だしだと回想入って先輩の新たな一面知る場面じゃん! 何突っ張ってたって! そのまんますぎるよ、本当に大したことない無いじゃん! 期待はずれ!」
「な、アンタとうとう殺すぞお前!」
互いに取っ組みながら言い合いになる。本部の窓辺は少し広場になっていたこともあり、そして周辺に人もおらずその噛み合いは長く続いた。それもお互い息を切らして治った頃に再び口を開く。
「…エクステンドで……脳みそ納豆混ぜるみたくにぐちゃぐちゃ混ぜられてさ…あの人の前に立つと、思い出ちゃ、……おえぇ」
「よくそんな気持ち悪いこと言えますね…」
五六は膝を地面に突きながら口元を押さえ、八川は吐かないで下さいよと告げて再び窓辺に手をやった。
やがて目線の先に積乱雲のように高々とした霧から遠くの土地だということも感じさせないほど巨大な超獣が現れる。その全長は50メートルほどだろうか。地に着いた足が、建物を平らに慣らし壊していく。それと同時に、白く輝く超獣には劣るが大きなエネルギー状の大剣が一本。
処理班はレベル3になるとコードネームが決められる。それは自分で名づけたり、市民からの呼び名だったり、上から与えられたり。その人物を象徴できる名前をコードネームとする者が多い。
ギドリック。
超獣や霧が蔓延る街の外だろうと、その名前が示す人物は世界にたった一人。超獣発生初期から力がなくともその身一つで進行を食い止め、現在も生きる現代の英雄である。
八川は今までその剣を何か超機械的なものだとか勘違いをしていたが、今日の五六の言葉でやっと理解した。
白飛びするようなエネルギー状の大剣の顕現。そしてその操作が彼のエクステンドなのだろう。
現れた超獣は、熊のような体躯に頭が錆びついたトラバサミのような構造体がついた姿。生物として成り立たないような構造をしていた。大剣の発光が異形を照らし、トラバサミの底板の奥に眼球のような器官が転がっているのが見える。
大剣はその大きな見た目を裏切るように素早く振るわれた。瞬きすら遅いほどに早く、光が描いた起道は複数本あるように見えるほどだった。
そして、超獣は弾けた。音を超えた速度の剣戟は粉々になった超獣の体を吹き飛ばしたのだ。流星の如く散るそれらは地面にあたり建物を壊して落ちて行く。被害を出したが、避難義務の範囲内であった。
「…一瞬だね」
いつのまにか隣で見ていた五六は呟く。その言葉に八川は頷き。
「やっぱり、ギドリックはすごいや」
少年のような横顔で呟く後輩に、先輩は穏やかに笑った。
「レベル4の大型超獣だから生まれ落ちるだけで被害が出るしもし暴れてしまう時があったなら人的喪失は避けられない。実際最近じゃ発生から30秒で地区一つ壊滅させた超獣もいたし市民の避難先も安全ってわけじゃ無い。生まれ落ちた個体が初めて見られる個体ならどんな被害を出すかどんな特性かもわからない。でも安全を取るなら速殺が大事だと思うし、実際それで被害が出てないからすごいよね。しかもそれを可能にしてしまう力…すごい憧れる。やっと処理班入れたけどやっぱまだ遠いなまだまだ頑張んないとね先輩」
「…うん。そうだね…」
先輩はどこか遠い目をしている。先輩も遠くを見ているんだ…! 俺も頑張らないと! 八川は勝手に共感し勝手に決意した。
▷
キーボードを忙しなく叩き、その音のみが部屋にある。そこは取調室。仕事を始めてしまったら立ち上がれないタチの人間である興宮宝次郎は報告書をまとめていた。
本人の言っていた通り、読心を用いて報告書の代筆をしてあげる業務は頻繁に利用されている。多くの処理班員がレベルなど気にせずに利用することもあり、彼の元には情報が集まりやすかった。
そんな立場もあり離反されれば被害がでかいので彼のポストは高い位置にいる。耳ざとい立場を利用した異変の報告も仕事の一つ。
「…尾陰いのり、ね……名前がやっと知れたな」
眉間に皺を寄せて腕を組みながら考える。最近になり読み取った記憶によく出てくる人物だ。処理班にも勝らずとも劣らないような力を不正に所持し、よくわからないことを言ったり手助けをしたりしている。超獣の対処を間違えば街が半壊する環境ではこのような不安因子は排除するべきものだ。
その人物の情報源となる班員の多くはレベルの高い者ばかり。だった。
「…てっきりレベル区分の高い連中にちょっかいかけてるのかと思ったが…数引五六と八川唯人…」
先ほどの二人の名前をあげた。両人ともの情報を見るが特に変わった経歴はない。
「二人は別にレベルが高いわけじゃ無い。数引はともかく、八川なんて新人だぞ…?」
とにかく、高いレベルの者ばかりが報告していた異変が今度は低いレベルから。規則性を読もうとしていた側からこうされたなら、その発端が怪しく思えてしまう。
「…せっかく捉えられると思ったが…掃除屋も腕が鈍ったか…?」
レベル4の掃除屋を仕向けたのは彼だ。神出鬼没の妖怪の出現場所をとらえたのも、彼だった。
エクステンドが読心と思われているが、違う。宝次郎のエクステンドの本懐は感知。読心はその応用で行われる技術である。超獣の出現場所もある程度絞り込むことができ、超獣予測を行ううえでの予備人員が彼だ。
応援要請の際に感知により件の人物を察知して、掃除屋を仕向けていた。
「ともかく、この二人は目の届く範囲に置くか」
管理官の手元の画面、要観察と書かれた二人が映っていた。
興宮宝次郎
読心により本音が聞こえるから、表に出る言葉と本音のズレが嫌い。すごく嫌いなので声が嫌い。何人もいるようなときはヘッドフォンを付けているかまず複数人で会わない。だけど根っこからの人嫌いなわけじゃない。