地獄めいた取り調べの翌日。
超獣の現れる霧に包まれた都市、
なぜか呼び出しが多くてとても残念な気分になり、ため息を吐いた。新人として働き始めて5日で呼び出しが2回もあれば、そうかもしれないが。
本部の玄関口、タイル張りで天井の高い、受付口なども見えるような場所に呼び出された二人は並んでいた。その前には、きっちりとしたスーツに身を包む、背の高い目線のキツいオールバックの男が一人。
「本日付けで貴様らと行動を共にすることになった!
「…八川唯人っス」
「数引五六…」
「なんだ貴様ら元気がないな!」
指を刺してなぜ元気がないんだと尋ねてくる。二人としては朝っぱらから大声を張り上げられる方がどうかしてると思うのだが、先日の管理官でもないので伝わることはなく。
「まあいい。さっさと外出るぞ」
「あ、普通の声出るんすね」
安心したような、意外そうな。そんな気持ちで八川は声を置いた。新人の前だから気合いを入れたと返された。ドン引きしたよと思った。
「いやいやいや! 八川の面倒は私が見るって話じゃなかった!? なにアンタ! いらないんだけど!」
「数引、大型超獣に対応できない貴様の補助が俺の当てられた役割だ。俺も不本意なのだよ」
むしろ外されなかったことに感謝しろと吐き捨てるように告げる。両人の背景でそれを見る八川として頭が痛くなる思いだった。この先大丈夫かなと。
「おい八川後輩。今日も超獣処理の業務が入っている。さっさと出るぞ」
私がそれ言うやつ! 五六は納得いかないようでも、本部を後にした。苛立ちながら足早に歩く五六を追いかけるように八川も歩く。気になっていたことを聞こうと、八川は声をかけた。
「あの鉄朗先輩。仲良さげですけど五六先輩と知り合いなんすか?」
「ああ。忌々しい同期だ。あの数引だぞ。まったく面倒臭いものだ」
まるで数引という名前に何かあるような言い方が引っかかる。気になってその言葉の続きを待った。
「あれには姉がいてな。名を数引——」
「おどりゃ何言わんとしてんじゃぁああ!!」
鉄朗の顔目掛けた飛び蹴りを上体を逸らして躱す。チラリと見えた目は本当に面倒くさそうな目をしていた。
「後輩の疑問に答えるが先輩の務めだろうが。しっかり務めろ」
「ああん!? 煽ってんかおらぁ!」
売り言葉に買い言葉、白熱して殴り合いに発展しそうな先輩たちに、何を思ったのだろうか。八川の背中は哀愁が漂っているように見える。すこしして、スゥーッと息を吸って。
「いい加減にしろぉおお!!!」
後輩が爆発した。
「試験?」
「ああそうだ八川後輩」
現場に向かう道中、タブレットを撫でる鉄朗と並びながら説明を受ける。五六はいまだ怒っているようで、少し先をぷんすこしながら歩いていた。
「八川後輩の新人研修の終了、そして目の前のアレの弱点克服が俺の仕事だ」
「んで、今回の仕事が終了試験の一部ってことっすね」
そのとおりだと返事が返る。
今回の仕事をスマホで確認すると、超獣処理と言うわけでもなさそうだった。
「今回の仕事はパトロールだ。いくら超獣出現が予測できるからと言っても、精度は不安定なものだ。天気予報と同じくらいには外れる」
「まじすか」
天気予報と同じって結構外れないか。
「パトロールとはその外れた超獣どもの発見を目的としたものだ。できるのならその処理も。それに、外れるほど予兆が小さい超獣ならレベル2で対応可能だからな」
「ところで、鉄朗先輩のレベルは…?」
俺か。と前に置く。少し自信ありげにニヒルと笑い、胸を叩いて少し大きな声で告げた。
「レベル3だ」
「当てつけかこの野郎ぉおお!」
再び前方を進んでいた五六が拳を振るう。サッと避ける鉄朗などを横目に、どんどん先輩がポンコツになっていく…と八川は泣いた。
「いいか八川後輩。エクステンドを開花させたものは基本的にレベル3となる。しかし数引はレベル2。なぜかわかるか」
「私が大型超獣の対処できないからですぅう!」
「よく勉強できてるじゃないか数引!」
八川はすでに取り調べ室が恋しくなっていた。宝次郎さんならもっと静かなのに、喋れないけど、と。
ガヤガヤとうるさい先輩二人に挟まれながら歩いていた八川は、ふと気づいた。さっきまで遠くに聞こえていた街の喧騒が、急に薄れている。
「……あれ、静かっすね」
その呟きに騒いでいた二人も神妙な顔つきになる。
「ふむ。いささかちょうど良すぎる気もするが、超獣だろうな」
「…はあ、わかったよ、私は避難呼びかけてくるね」
二人の変わり身にすこし驚く八川。これでも経験を積んだ先輩達ということなのだろう。五六はしょうがないなと周辺の住宅地へ呼びかけを始めた。
鉄朗はぽんと八川の背中を叩き。
「すでに現れた後だろう。霧にまとまりがないからな」
そう指を指して説明してくれるがまったくわからない。っすね。とさも分かっているように答えた。
「では八川後輩。どうするべきかな」
「えーと、鉄朗先輩いるなら処理後報告でいいんじゃないでしょうか。そのあと被害と出現種類の特定、死体の処理をして…とか」
「ふむ、では俺はこの後寄る飯屋でも調べておこう」
「舐めてんすか先輩」
一瞬マジトーンでツッコむと冗談。と笑いながら両手とタブレットを上げた。なんだか一瞬でもテストかと緊張した自分が馬鹿みたいに思う。
その瞬間だった。
ゴスン。と何かが擦れる音がした。
咄嗟にベルトのバックルを叩き、スーツに変わる。電柱の裏から聞こえた音の主人が、姿を現した。
球体。
人の皮膚のような表面をした黒色の球体が、浮かんでいた。その姿に一瞬怯みそうになるが、構えて向かっていく。
ジャブとして素早く拳を入れると、ふよふよと浮かびながら離れ。
「っぶねぇえ!」
鋭い針がその球体から伸びるように飛び出してきた。そのまま伸びた針は壁に刺さり、戻っていく。刺さる直前に避けることができたが、相当な速さで伸縮するそれ。
「うげ」
刺さった壁はじわじわと黒ずみ、煙を上げて崩れていく。
八川は息を呑んだ。
「毒か、腐食性か」
呟く鉄朗にはふざけた様子はどこにもない。
球体はふよふよと漂いながら、壁にぶつかり方向を変える行動を続ける。目がないような個体なので視界など存在しないのかもしれない。
「八川後輩、種類の特定ができた」
黒ずんだ壁がぐずりと崩れる。
「球体状のときは休眠中らしく起きると俺が対処する必要が出てくる。そこまで耐久力があるわけじゃないらしい。殴ってどうにかしろ」
「どうにかしろって、マジ!?」
鉄朗が言葉を挟む前に再び攻撃していた八川は叫ぶ。思い切り殴ればと思い既に実行した後だったからだ。針が飛び出して周辺を壊していく。
「ここだろっ!」
伸びる針の側面を捉えて殴りつけた。鋭利に鋭い先端を持つ針の全体は細く、殴りつけたそれはパキリと容易く砕ける。
高い金切り声のようなものがこだまして、ウニのように全体から針が飛び出した。咄嗟に後ろに飛んで回避する。
針が伸びて縮むまで1秒か2秒か。再び球体に戻ったそれはスピードを出しながら向かってきて、周囲の建物にあたり反発しながら進む。さながらゴムボールのようだった。
しかしある程度予測できる動きで、八川はしっかりと目で捉えてそれを避ける。殴りつけて伸びたそれを折る。スーツで強化された身体は苦労なくそれを実現させていく。
「はは、ボクシング練習用ならちょうどいんじゃねーのウニ野郎」
その調子のままに、針を折っていく。金切り声が徐々に大きくなり、超獣も焦っているように思った。
伸ばしてきた針をそのまま掴み、横に振り回し壁に球体を思い切りぶつける。遠心力が入った衝撃に球体はぐちゃりと歪み、沈黙した。
いくらかの静寂。
八川は荒い呼吸のまま、その場に立ち尽くす。握った拳が熱を持っているのを感じた。崩れた壁からは黒い液体がじわりと滲み出しているが、もう動く気配はない。
「……俺が、倒した」
怖かった。死ぬかと思った。けど、それでも自分の手で乗り越えた。胸中を熱さが満たす。
「〜〜ッ! よっしゃぁあ!!」
「うんうん。お疲れ八川」
「あ! いたんだ先輩!」
「殴るぞ」
いつのまにか戻っていた五六と鉄朗が並んでいた。鉄朗は死体の処理を願うためにどこに電話をしており、到着を確認すれば討伐は終了だろう。
「…なんか、どっと疲れたぁ」
「ま、こういうの死んじゃうかもだもんね」
これなら宝次郎が儲けている理由もわかる気がする。こんな疲れの後に報告書など書きたがる変人などそうそういないだろう。
霧が晴れていく。超獣の発生原因たる霧も普段は薄いもので、ここにいた超獣がいなくなったことで晴れたのだろう。霧を纏う超獣と稀に纏わない超獣もいるので判断基準としては薄いが、安心できるものだった。
八川は深く息を吸い込み、握った拳の熱が少しずつ冷めていくのを感じた。ふと、鉄朗や五六の視線が自分に向けられているのに気づき、目が合った。互いに小さく頷き合うだけで、言葉は要らなかった。
その後、少しパトロールをして、鉄朗先輩の調べたらお店で昼食をとり、うつらうつらとしながら午後も務めて帰路に着いた。
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「おぉ〜。この世界、いやこの街はすごいね」
先日、レベル4の大型超獣の降り立った土地の付近を通る。どんなに大きな被害が襲おうと、一ヶ月後には何事もなかったように復興されると聞き及んでいたけど嘘ではなさそうに思う。
現に超獣の死体や瓦礫などはすでにどかされ、地面もならされて建物を建て直すための足場や鉄骨などが組まれている。超獣の死体は幾らか経てば霧に戻り循環するので一箇所にまとめられて放置されている。
仮説テナントなども素早く作られて、住民はそこに暮らすか避難所で暮らすかなどされているらしい。復興があまりに早いのは超獣発生原因たる研究の成果によるものだとか。
「エクステンドね…知らなかったなあ、外には情報制限とかされてるのかな」
最近、主人公らしい奴らにちょっかいを掛けて気づいたことだった。僕の持つチートと同列とは言わずとも、人ができなさそうなことばかりを行う処理班やその他たち。
直近ならアングラ主人公探しに行ったときは驚いたなとか思いながら、住宅街を歩いていた。
しばらくどこに行くか決めずに歩いていると、見覚えのある姿が。
「あっ! 尾陰さんですか!?」
「…えぇ〜と」
誰だっけ。見た気がするんだけど。
所在なさげにしていると、相手が気づいて名乗ってくれる。
「ああ、名乗ってなかったですね。俺八川唯人です。先日はどうも、ほんとに俺も先輩も助かりました」
「別にいいよ。当然のことをしたまでさ」
わざとらしい言い分に、自分でもおかしく思いニヤけてしまう。僕に正義感ありそうなセリフ合わないな。
その後、八川の提案で近くの公園に寄ることにした。ベンチに腰掛けて、奢ってもらった缶コーヒーを煽る。
僕は別にコーヒーとか好きじゃないんだけど、コーヒーの方がカッコいいかなとコーヒーを選んだ。
「…先輩も言ってましたけど、エクステンドの不正所持って大丈夫なんスか。ダメなら俺、逮捕義務あるんです」
遠慮がちに缶ジュースの端をなぞりながら尋ねてくる。
「あっはっは、大丈夫申請はすでにしたし許可もされてる。証拠に、特に特に指名手配もされちゃいないだろ?」
「…確かにそうっぽいですね」
スマホを何度か叩きながら納得した様子の八川。実際は尾陰が適当にカマをかけただけなのだが。
実際は現れてから日が浅く、スーツを持っているようにも見えないことから指名手配の決め手がなく、情報共有も力を保有している脅威から上層でしか行われていないというのが真実だった。
「ともかく、助かりました尾陰さん」
「ああ。そうだ八川くん。君って目標とかあるのかい」
頭を下げる八川に突拍子もないような問い。だけれど尾陰は真剣な様子で尋ねた。
僕としては、主人公かそうでないかはある程度分けたいところだ。いろんなとこに顔を出すのも面白そうだけど、時間も限られているしね。
「ギドリックみたくなります!」
空になった缶ジュースを握り潰し掲げて言う。
主人公らしい大きな目標なのかなと、適当に思った。
その後幾らか会話をして、そこで別れた。
確かに主人公らしい動機だけれど、あっちの方が楽しそうだなと、最近関わりを持ったアングラ主人公のもとへ、足を向けて歩き出した。
相田鉄朗
真面目風に見せた馬鹿野郎。煽るし仕事中に飯を調べるししょっちゅうおかしな行動をする。好きなものは激辛ラーメン。前回があって今回なのでそういう役割。