ニチアサってどういうことさ
アングラ系主人公と出会ったのは、先日のことである。
汚染区域
最初期、ギドリックただ一人で超獣の進行を食い止めたと言われているが、それは大まかに正しい。
本当に正しくは、ギドリックとその他何人か、そして兵器が超獣の進行を食い止めたのである。後になり開発される対超獣用スーツやエクステンドを持っていない人間が大型超獣に敵うはずもなく、それへの対処に兵器を使った。
その兵器は生物を殺すことを目的としたガス状のもの。超獣の処理こそできたが、その後の時代に大きな課題を残した。汚染された土地である。
本来ならば小さな地区のみに収まるはずの汚染区域は超獣の死後爆発により広がり、都市区一つを汚染が包んだ。
現在でも立ち入ることもできず、その土地は今でも以前の街の形のままに残っている。超獣が現れることも少なく、現れても汚染に倒れてしまう、正しく誰も住んでいないゴーストタウン、汚染区域。
それが僕のいる場所だった。
空気に残る金属の匂いが通常ではないことを知らせて、ところどころ脆くなっているのか崩れやすい。生活感が残ったまま無人の都市はどことないディストピアを感じさせる。
しかし僕は何の装備も無しにその土地を歩いていた。なんせチート持ってるし。
わざわざ理由あって立ち入った訳はなく、ただの散策だったりしたのだが。
「…何者?」
どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
振り返りみれば、黒い髪をふわりと揺らしピンクと白を基調とした膝上丈のドレス——リボンやハートに彩られ所々に真紅のラインが入っている、しかし不自然に噛みちぎられたような傷がある——に身を包んだ正しく魔法少女と呼ぶような格好の少女が浮かんでこちらを見据えていた。
「…世界観どうなってるのさ。ニチアサだったのかなここ」
「いえ、あなた…尾陰いのり、ですね」
少し離れた地面に柔らかに降り立つ。揺れた髪先が赤黒く揺れていた。
名前がなぜか知られていることに驚きながらも、それを表に出さず質問する。
「そうだったら、どうなのかな。捕まえるのかい」
「それは肯定していると捉えられると思わない? それと、逮捕しにきた訳じゃない」
「…へえ?」
推定魔法少女は一呼吸おいて語り出した。
「私は処理班特務、マジカル・カニバル。あなたの力を貸して欲しい」
平坦な声で告げられる。申し出に興味もあったこともあり相手の顔を正面からみれば、目の下にくっきりとしたクマが目立つ、目に光がない少女だった。いまだ多くの時間を共にしたわけでもないが、その表情は動くことはなさそうに見える。
「…はは、僕が慈善事業に熱心な人間にでも見えたのかい?」
もしそうだというなら節穴もいいところだから、眼球をガラスボールにでも変えるべきだろう。
目線が一瞬合った。それだけだというのに、足が勝手に後退りしそうになる。喉も、いつもより乾いていた気がした。
力の差を測っただけじゃない。もっと得体の知れないものが、背骨を冷たく撫でた。
そのとき気づいたのだが、僕はこの瞬間。緊張していた。心臓が不快に跳ねる感覚は、転生後初めてのことだ。今まで多くの主人公候補者にちょっかいをかけて、戦場を横切りからかいを入れたときさえなかったような、そんな緊張感が僕を包んでいた。
「あなたには協力してもらう。これは強制よ」
「…流石に、何に協力するべきかは教えてくれるかい?」
僕の最大限の譲歩に、頷き変わることない声色で告げた。
「私が…終わるのを手伝いなさい。尾陰いのり」
▷
公園はのどかなものだなぁとぼんやりと思う。先日尾陰と少し話した公園のベンチに腰掛けて、復興していく街を眺めていた。
八川である。
先日、超獣と戦ったあと達成感と疲労感から報告書を提出することを忘れて、務めて一週間足らずで三回目の呼び出しを達成した八川である。
随分とナイーブな気持ちで街を眺めていた。学生のときならしっかりしていたのに…と過去の栄光に縋ろうと逃避するが、そういえばそこまで成績は良くなかった気もすると過去が追撃を始める。陰鬱な気持ちがいっぱいなときだというのに、いつも喧しい先輩たちは揃って上から呼び出されていた。レベル3と本来レベル3の二人と、レベル1の新人では行う業務も知る情報も違うからなのだけれど、どこか納得行かない気持ちでパトロールの昼休憩としてベンチに腰掛けている。
「はぁぁ〜〜」
吐いたため息は落ち葉を揺らして飛ばすくらいには、デカいものだった。
お昼時だと言うのに、公園には子供がいくらかいる。新京は超獣が現れる街だけれどその分働き手にはリターンが大きい。子供たちも、稼ぎにきた家族の子供たち…だったりするのだろう。
子供が手に持っていた風船が、ふわりと風に揺られて攫われていく。
「ああっ!」
子供が悲痛な声をあげて。
た、助けるべきか? いやでも今の時代児ポとかやばいし…いや俺処理班だしあの高さは飛べるだろ…いやでもぉ…! と八川が葛藤している間に影が飛ぶ。
バルーンは相当な高さに飛んで行っていただろうに、それを一足飛びに捕らえてしまう。
それをみた彼は子供達と一緒に感嘆の声をあげた。
「…気をつけてね」
一言つけてバルーンを手渡す。キャーと嬉しそうに声をあげて子供たちは走り出した。気持ちはわかる。俺もサラッと親切されると内心興奮すると、はしゃぐ子供に同意する。
「あの。すみませんお姉さん」
気になって声をかけた。あんな高さを生身で飛ぶ人間なんていないだろうし、すぐに助けに入らなかった身として何か言いたかったから。
だけれど、顔を見た瞬間にそれも消えてしまう。
長い黒髪が揺れて目元を隠すけれど、そんなものでは隠れないほどにくっきりと濃いクマがついていて、それでいてどこか放っておかない空気があった。
そんな彼女をなぜか引き留めたい気持ちになり八川は口を開く。
「…お茶しませんか」
「…ふ、んふ」
どこかおかしく笑う彼女に八川も恥ずかしくなり赤くなる。しかし少女は無表情に小さく笑いを浮かべながら答えた。
「いいですよ」
答えに嬉しく舞い上がりそうになった気持ちの正体を掴めず、八川はともかくベンチへ誘った。
あれ俺お茶誘ったのになんで? と八川自身も思ったが、仕方がない訳もそこにある。
「…えーと、ですね。俺が別に金欠って訳じゃなくて今業務中だったのを思い出しまして…、お茶を誘った身ですけど、あコーヒーとかどうですか?」
「…じゃあ、缶コーヒーの甘いものを」
表情があまり変化がなく、お茶に誘いながら公園で缶コーヒーを勧める現場をどう思っているかは測ることができない。ともかくさっさと買って、八川はベンチは戻った。
あまり時間はかけていないだろうに、少女は眠そうに頭を揺らしている。
「…ありがとう。コーヒーって美味しい…よね」
受け取ってすぐに飲み始めた。
八川も気になったことを聞いてみる。
「…寝不足なんですか?」
「…ええ。あんまり寝つけてなくて」
「じゃあコーヒーとかやめた方が良かったんじゃ」
「いえ、これで、起きていられます」
容量を得ない問答だった。眠気に苦労していそうなのに、コーヒーを好んで飲んでいる。甘いコーヒーを選んだと言うのに、どこか嫌そうに口に運ぶ姿が変に思えた。
「初対面で聞いちゃダメだと思いますけど…どうして寝れないんです?」
缶コーヒーの蓋を見ていた瞳が、初めて八川を捉える。ワインレッドの深い赤色の瞳があたりを映していた。
「…超獣の被害は、いつからかわかりません。予測ができているって言っても、外れるし。対応だって、そこまで早くできるものじゃ、ない。明日のことも分からないし、いつか処理だって上手くいかないかも…それに………、…いえ」
処理班な方に言うことでもないと思うけど、と遠慮がちに言う彼女。なぜ処理班と知られているのだろうかと疑問もあるけど、その懸念を払拭したくて、拳を握り、声を出した。
「言っていいんですよ。もっと聞かせて下さい。俺たち処理班は市民の方の生活を守るのが仕事なんです。あなたの生活を守るのが、俺の仕事なんです。だから…」
決意めいた言葉をなぞり、目線を手から相手に移す。少女の目はすこしだけ見開いているように見えた。
「…寝ていい?」
「いいですとも! 俺の仕事です!」
ドンと胸を張り言う。すこし恥ずかしいが、格好つけるのも悪くないと八川は思っている。なにより、誰かの生活を守ることは、八川の憧れの原点でもあるのだから。
ふふんと自慢げにしていると、膝下にぽすんと頭が乗っかる。
「はい?」
一瞬意味が分からず声が出た。
先ほどの少女が、八川の膝を枕に寝始めたのである。
「あえ!? え! あっはっ!」
大声を出しそうになり咄嗟に口を塞ぐ。
そうだこの人は眠るって言ってたんだ。この人の安眠を守るのが今の俺の仕事…! 本当か…!?
突然のことに八川の頭はずっと混乱している。
少し動くと、彼女の頬にかかっていた髪がサラリと落ちて横顔が見えた。可愛らしい顔に不自然にのこるくっきりとしたクマ。小さな呼吸音は規則的に聞こえている。少しの間それを見ていた。どれほど経ったか、気持ちが落ち着いていく。
よく分からないまま頭に手を乗せて、撫でた。小さな少女の安眠すら守れないことが、どうにもやるせない。
彼女が寝れるなら、まあこの状況でもいいかと八川は思った。
ただ、春風も気持ち良い今の時期にベンチに座っていると、どんな人もそうなるのだろう。
八川もベンチに背を預けて眠った。
「おはよう八川後輩。パトロール中居眠りとはいいご身分ではないか」
「おはよう八川。その膝下の女の子だれ? ねえ誰?」
すやすやと寝ていた八川は先輩たちのデコピンで起こされ、膝下に少女がいる状態で尋問を受けていた。鉄朗は面白そうに口元を歪め、五六の目は笑っていない。
動けない状況を利用して尋問に活用していく悪どさに感心せざるおえない八川は泣きそうにもなった。
「知らない子ですよっ、なんだか困ってそうだから相談に乗って…」
「はぁん? つまりナンパ? どしたん話聞こか〜ってことじゃんね?」
五六は変なイントネーションで言葉を繋ぎ、苛立ったようにコツコツと指を叩きながら責めるような目線で詰めてくる。
「つまり市民の助けをしているだけで業務を放棄していないと。本当に通ると思うか八川後輩?」
「すんませんっ、ほんとすんませんッ」
流石に四回目の呼び出しはされたくないと、上半身のみ動く状態で頭をぐわんぐわんと下げる。
心なしか責めてくる二人が楽しそうに見えて仕方がない。なんてクズな先輩たちなんだと八川は戦慄した。
「…ん。はよ」
ぽやぽやとした様子で膝下から少女が起き上がる。
起きたことを確認した瞬間に脇に手を入れて五六が少女を立たせた。
「よーし。大丈夫ですか? 私も処理班なのでどうぞ私もお話し伺いますよ〜?」
五六が面白くなさそうにしているように思えたのはなぜだろう。それを知ってか知らずか、少女は拘束を抜けて八川の元へ。
「久しぶりに寝れた。ありがとう」
「あ、ども」
真っ直ぐ見つめられて返す言葉が分からず、八川はしどろもどろといったように返す。五六は面白くなさそうにそれを見ていた。
「八川唯人っす。あなたは?」
「…
その後お礼の言葉を受け取って別れた。少し残念だなと思えば、五六から蹴りが飛んできた。
▷
「それで、どうだったかな。八川くん」
「悪くない、子だった」
歯切れが悪いなぁと尾陰。
現在いるのは汚染地区の一角。尾陰は廃墟の机の上に寝転がり、会うように勧めた人物との感想を聞いていた。呟きがこだまして大きく聞こえてしまう廃墟はなんともいえない空気を作り出す。
魔法少女は呟く。
「…でも、あなたに協力して欲しいのは変わらない」
「ごめん被るから彼を紹介したんだけど」
「唯人はまだ弱い」
「唯人ね。はは」
ぴくりと揺れる。馬鹿にしたような尾陰の言い方にどこか触れたのだろうか。
雰囲気には押されるが力では勝っているわけじゃないと知ってからか、尾陰は普段の態度に戻っている。と言うより目的を知ってから、か。
自殺が目的だと言うのなら、どんな主人公の行く末よりも退屈しないだろう。
「なにか計画とかあるなら聞いておきたいけど」
「ない」
おいおい。と尾陰はこぼす。強制と言われながら楽しみ始めている尾陰としては、どうでも良いところだったりしたが。
「私はあの超獣を倒して、そして——」
工場の隙間から光が差し込み彼女を照らした。天使の梯子の如く照らす光は幻想的に見えて。ほんの一瞬だけ、笑ったように見えた。その笑みが震えて、次の瞬間には冷たく消えて。
「死ぬんだから」