善意で助けてるけど、場違いな気がする。 作:しん
「お兄さん、ありがとう~!!」
煤まみれの顔に、ぱっと笑顔が咲いた。少年は大きく手を振りながら、両隣の男女と手を繋ぎ、焼けた路地から去っていく。
一見すれば、家族の光景。どこにでもある――いや、あの少年にとっては“もう失われたはず”のモノだった。
だが、男はそれをただ静かに見送った。微かな微笑みを残しながら。
闇派閥だった者。最初の者も、次の者もこねくり回して、今では、少年の“父”と“母”へと形を変えられたそれ。
「“君の想い出”にぴったり合わせたつもりだけど……うまく馴染んでくれるといいな」
男はふと、指先を見つめた。まだ温かさが残っている。生きていた証。いや――再利用された証。
「次は、どうしようか」
空に立ち上る煙の向こうで、悲鳴がひとつ上がった。街の奥。まだ燃えている家。血の匂いが風に運ばれてくる。
「ああ、
微笑んでいるかのように、そう口にした男はゆっくりと歩を進めた。
有り得ない光景を目にしてしまった者達が、未だに動けずにいるこの場を置き去りにして。
「ぁああ……あああ゛あ゛あ゛ぁ゛ッッ!!!」
少女の叫びは、ただの悲鳴ではなかった。声が掠れていても、怒りが混ざっていても、確かに“祈り”だった。
崩れた家屋の影で、膝を抱えたまま震えていた。両腕も顔も血と灰に汚れていて、視界が曇っていた。
「なんで……どうして……!」
拳を地面に叩きつける。指の皮が裂け、血が滲んでも構わなかった。心が先に壊れていた。
家族を殺された少女は、あまりに小さすぎた。
「殺してやる……ッ、ぜん、ぶ、全部……!」
涙はもう出なかった。あまりに強い悲しみは、やがて“怒り”を孕んで姿を変える。やり場のないそれが、彼女の身体を焼いていた。だが、恩恵ももらっていない身で、それを成し遂げるのは不可能も当然。
そんな現実を突きつけられたのもあって、尚更であった。
そんな少女に――ひとりの男が、音もなく近づいていた。
「どうしようもなく、辛いんだね」
聞き慣れない声に、少女は反射的に顔を上げた。
男が、微笑んでいた。煤けた路地に不釣り合いなほど、整った顔。感情を湛えているはずなのに、どこか“冷たい”。
でも、なぜか――怖くはなかった。
「あ、なたは……何?」
「うん、通りすがりだよ。君を見かけてさ、気になっただけ。あんまり強い光を放ってたから」
「光……」
「魂の光だよ。とっても綺麗だった。……でも、今は、苦しそうだ」
男は静かに膝を折り、少女の目線に合わせる。ひどくゆっくりと、まるでガラス細工に触れるような慎重さで、手を差し伸べた。
「怒ってるんだね。奪われたことが、許せないんだね」
「ッ……うるさいッ!!」
バシッ、と男の手を振り払う少女。抱えている“怒り”は、周囲にぶつけたくなるほどに燃え盛っていた。それをギリギリの理性で引き留めていた。
「分かったような顔して……っ!!」
震える声。目の奥には涙がにじむが、決して流そうとはしない。
「何も知らないくせに!! 私がどんなに……どれだけ……ッ!」
感情の蓋が、ゆっくりと外れていく。
「私、お父さんの手……掴んでたのに……離れたの。火の中で! 私をかばって……燃えて、目の前で……!」
「お母さんは……あんな奴らに、ッ……私に逃げろって……!」
声が裏返る。拳が震え、足がふらつく。
「それなのに……なんで、あんな奴らが、生きてるの……!!」
震える唇。怒りと悔しさで歪んだ瞳。
けれど、男はそれすら美しいものを見るように目を細めた。
「それなら、君が全部壊してしまえばいい」
ピタリ、と少女は動きを止める。先ほどまであった激情が、水をかけられたように萎んでいく。
「君は、君のままでいられなくなってる。でも――それは、悪いことじゃない」
少女は動けなかった。言葉の意味が分からなくても、なぜか心が引き寄せられる。
「安心していいよ。君のその気持ちは――“力”に変わる」
男の手が、そっと少女の頭へと触れた。
「名前、なんていうの?」
少女は、不安げに男を見上げた。でも、声は震えていなかった。
「……リネ」
「リネ、か。いい名前だね」
男が、ふわりと微笑む。
「お父さんと、お母さんがくれたの。“強くて優しい子に”って……そう言ってた」
その言葉に、男はほんの少しだけ目を細めた。
「優しさって、いろんな形があるよ。誰かを憎むのも、失った人を想う“優しさ”から来るんじゃないかな」
「優しくなんか、ないよ。ただ、許せないだけ」
「それでいい。だって――君が“壊されないこと”が、一番の優しさになるからね」
男はそう言って微かに微笑む。
「無為転変」
何かが、少女の中で“ほどけた”。
骨が軋み、筋肉が震え、内側から“別の形”が現れてくる。だが、不思議と恐怖はなかった。それどころか――心の奥に、微かな“安堵”すらあった。
「……っ、これ……なに……?」
視界が、ほんの少し霞む。けれど、それは痛みからではなく、心の緊張が緩む感覚に近かった。
皮膚が熱を帯び、脈動がリズムを変えていく。手のひらがじんわりと膨れ、血管の流れすら新しい形に組み替えられていく。
(怖くない……私、どうして……?)
恐怖は、なかった。あれだけ叫んで、震えて、泣いていたはずなのに――
今はただ、“これで、何かが変えられる”。その確信だけが胸を満たしていた。
(そうだ……あんな奴らを許しちゃいけない……)
背筋に走る電流のような衝撃。骨が“軋む”のではなく、“再配置”されるような音。肉体が、魂に合わせて最適化されていく。
男の手はもう離れていた。それでも、何かが少女の中でまだ進行している。
「……どう?」
彼の声がした。
少女は、リネはゆっくりと目を開けた。
世界の色が、変わっていた。
あまりにも鮮やかに。まるで、絶望で灰色だった現実が、敵と復讐だけを色濃く映すようにも。
自分の手を見る。少しだけ大きく、少しだけ硬く。だが、それが“私の手だ”という確信があった。
「すごい……」
呟いた声は、震えていなかった。
「これが、私……」
涙は、もう出なかった。代わりに、心の奥で、何かが確かに燃えていた。
怒りでもない。悲しみでもない。
それは――決意だった。
「――うん、問題ないみたいだね。それが誰にも奪わせない力だよ。君が君でいられるように、ちゃんと作ったから」
その言葉が、リネの胸にじんわりと広がる。
震えていた心が、少しだけ落ち着いていた。男はふと、周囲に転がる者たちを見やる。
「でも……ひとりじゃ、寂しいよね」
男は笑った。
「だから、仲間も作ってあげる。君と同じ“痛み”を知ってる、
言うが早いか、次々と転がっている身体に手をかざす。肉が動く。骨が鳴る。魂が引きずり出され、男の望むがままに変換されていく。
それをリネは、ただ見ていた。
その光景を、恐れもせず。ただ、じっと――