善意で助けてるけど、場違いな気がする。   作:しん

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不穏

 

扉で外界を隔絶された会議室。そこに並ぶのは、オラリオでも名が知れ渡っている者たち。だが、その中にあるのは安堵ではなく、拭い切れぬ重い空気だった。

 

「――『人ならざる怪物』、『人が別人に変えられた』、『謎の少女が闇派閥を狩っている』という目撃情報。これについて皆の意見を聞かせてくれるかな」

 

定列の闇派閥(イヴィルス)対策会議。その会議の議長を務める【勇者(ブレイバー)】であるフィンはそう口を開き、周囲を見渡す。

 

「……少女らしき人物が、闇派閥を狩っているという情報ならば、こちらでも挙がっている」

 

シャクティは眉を寄せ、短く頷いてから口を開いた。

 

「複数の目撃情報をまとめると、『少女が怪物らしき何かを連れ、闇派閥を狩っている』……といった結論になる」

「――なるほど、『人ならざる怪物』と『謎の少女が闇派閥を狩っている』の間に関係があるかもしれない、と」

 

うーん、と悩むかのようなフィン。

 

「少女と怪物、だけじゃ何も分からないな。その少女自身に関する情報は何かあるのか?」

 

それを見兼ねたリヴェリアが、シャクティにそう聞く。

 

「その少女は――恐らく手練だろう」

 

シャクティはきっぱりと言い切る。その瞳には、冒険者としての経験がそう告げる確信があった。

 

「手練、か」

 

誰かが呟くと、彼女はさらに言葉を重ねる。

 

「少女が手を掛けたと思われる、そのどれも()()を一撃だ。それも強い力によって打ち抜かれたように、な」

 

その場に一瞬、戸惑いとも言えぬ空気が広がった。心臓を狙う――急所を理解し、迷いなくそれを遂行する。それはただの偶然や思い付きでできる所業ではない。

 

それも少女と呼ばれる存在が成し遂げているとすれば、ただの偶然や虚言では済まされない。

 

「……その少女が闇派閥(イヴィルス)である可能性は? 怪物を連れているらしいというが」

 

リヴェリアが静かに問いかける。

 

「……仮に仲間割れだとしても、不確定要素が多い。闇派閥(イヴィルス)だけを標的にしている模様だが、その矛先がいつ変わるか分からない以上は何も言えない」

 

シャクティは眉を寄せながらそう答える。少女の手口だと思われるものは全て闇派閥であったことの確認が取れている。

 

闇派閥(イヴィルス)ではないとしても、怪物らしき何かを連れているというのは気になる。どちらにしろ警戒は必要だね」

 

確実な情報がない以上は、話はここまでとなる。そして、残った一つの情報について話は移る。

 

「『人が別人に変わる』……儂も耳にしているとは言え、意味が掴めん」

 

ここに集まるのは都市の要を担う猛者たちだ。その声色に含まれる“本気の戸惑い”を、誰も茶化そうとはしなかった。

 

「へっ、くだらねぇな。“人が別人に変わる”だぁ? 妄想もほどほどにしやがれ」

 

アレンが肩をすくめ、にやりと笑った。

 

「“別人に変わる”など、荒唐無稽だが……複数の目撃証言がある以上、全てを妄言と片付けるのは早計だろう」

 

その言葉に数名が小さく頷く。耳にした瞬間は荒唐無稽に思える。だが、“複数の目撃証言がある”という事実がその馬鹿げた話を現実のものとして迫ってくる。

 

理知的なリヴェリアの声は、その重さをさらに際立たせていた。フンッ、と鼻を鳴らすアレンを横にフィンは。

 

「こればかりは、何とも言えないね。幻を見せる魔法や外見を変えるような魔法と考えると、あり得なくはない。だが、もし人を別人に変えるような魔法等があるとしたら……」

 

この場にいる者の中で、口を開く者は少ない。何せ、情報の内容が内容だからであった。

 

「……“人が変わってしまったよう”という比喩的表現もあるかもしれません。それにしても“別人に変わった”というのはいささか違和感があると言わざるを得ないかと」

 

己の思う可能性を示す輝夜。その冷静な指摘に、場の空気がわずかに落ち着く。だが、油断や安堵ではなく、むしろ“確証のなさ”ゆえの緊張だった。

 

「うんうん、比喩でも何でも……“悪者”になったら、もう別人ってことよね!」

 

そんな場の空気関係なく、ハッキリとした声でそう口にするアリーゼ。そんな彼女を横目に、険しい表情でお腹をさするアスフィもいた。

 

そんな様子に苦笑をこぼす者もいたが、少しだけ空気が軽くなった気もした。

 

――こうして、闇派閥対策会議は進んでいく。工場の襲撃。Lv6以上という【猛者(おうじゃ)】を越す戦士が闇派閥側にいる可能性。

 

しかし、この日交わされた数々の情報も、やがて訪れる“善意”という厄災の序章に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩れた路地裏。石畳に染み込む血の匂いと、煤けた壁にへばりつくように倒れる少年。まだ幼さを残した顔。肩で息をして、今にも消えそうな命を抱えていた。

 

そんな少年に、闇派閥の一人が歩み寄る。その表情には勝ち誇りなどなく、ただひたすらに沈鬱な影が落ちていた。

 

ナイフを握る手が震える。

 

「すまない……すまない……」

 

呟きは懺悔のそれであった。まだ闇派閥に染まりきっていない者。冒険者を殺せば、家族に会わせるという甘い言葉に駆られた哀れな被害者の一人でもあった。

 

冒険者とはいえ、子どもだ――己が口にすべき言葉ではないと分かっていても、それでも言わずにはいられなかった。

 

――ナイフが振り下ろされる。少年の胸を突き破り、その手は血に濡れた。

 

「家族に、会いたいんだ……許してくれ……」

 

罪悪感と安堵がないまぜになった声。少年をここまで追い詰めたのは、自分ではなかった。だが、今にも息絶えそうな姿を目にしてしまった時点で、もう選択肢は残っていなかった。

 

冒険者であるか否かは確かではない。装備や服装からそう判断したに過ぎないし、違っていたかもしれない――だが、もはや確かめる冷静さなど残ってはいなかった。

 

恩恵を授かりながら更新すらしていない身であっても、常人よりは遥かに強い。だからこそ、自分が下す“罪”に、どうにか意味を見出そうとしたのだ。

 

冒険者を殺せば家族に会えるという、絶望に沈む中で一つだけ垂らしている希望の糸に縋る想いもあって。

 

最後のあがきと言わんばかりに少年の手は、ナイフを握る闇派閥の手を掴む。その力は今にも振りほどけそうなほどに弱かった。

 

それを見て、どうしようもない罪悪感に襲われる。なぜこうなったのだろうか。いつから己はこんな少年に手をかけるようになってしまったのだろうか。

 

ああ、でも家族に――

 

()()()()

「は――――」

 

気がついたら、少年は既に立っておりこちらを観察するかのような目で見ていた。

 

崩れ落ちるはずの身体は、しかし捻じ曲がるように筋肉が隆起し、骨が鳴り、皮膚が波打つ。

 

己の予知もせぬ変貌を前に、恐怖と絶望が入り混じる。

 

少年――いや、既にその姿をしていない存在が、静かに微笑んだ。

 

「……君はすごいね」

 

優しくも、背筋が冷たくなる声。

 

「だって、罪悪感があるってことは――君はまだ“人間”なんだ。良心を残している証拠だよ」

 

変貌しかけている腕を掴み直して。

 

「だったら、その痛みを消してあげる。苦しまなくていいように、もう悩まなくていいように」

 

優しげな声音。それが逆に恐怖をかき立てられるものだった。闇派閥の口から絶叫が漏れる。肉体がさらにねじれ、別人のようなモノへと変えられていく。しまいには、恐怖という感情すら別の何かに塗り替えられていくように。

 

「じきに、家族にも会わせてあげるよ。君が望んでる“再会”を叶えてあげるから、安心してね」

 

優しい笑顔。だがそれは、“善意”と名付ける無邪気な笑みだった。変貌が進むのをじっくりと眺め、それでも満足げに頷き、まるで良いことをしたかのように。

 

 

 

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