一週間ぶりの登校で疲れたんだと思う。僕の家に着くなり、ゆめちゃんはさっと着替えてベッドで横になってた。
「少し寝る?」
「──30ぷん……」
「うん、分かった。ゆっくり休んで」
呟くようにそう言って、ゆめちゃんは身体を丸める。胎児みたいな体勢で眠るゆめちゃんに毛布をかけて、僕はそっとベッド脇に腰掛けた。
やっぱり不調のせいか顔色は良くないけど、ちゃんと息はしてる。ちゃんと
「…………」
──なのに、ずっと、不安が消えてくれない。あの時のゆめちゃんの姿が、脳裏にこびりついて消えない。怖かった、ゆめちゃんを失うのが。今もまだ、怖い。
プロはいつだって命懸け。オールマイトはそう言って秘密まで晒してくれたのに、僕はそれを分かってなかった。分かっているつもりで、ちっとも理解してなかった。
ヒーローと
「ゆめちゃん……」
何が守るだ、何が強くなるだ、肝心な時に僕は何もできなかったじゃないか。相澤先生の言う通りだ。たった1人を救けることすらできないデクの坊、それが今の僕だ。
一番大切な幼馴染すら守れないのに、最高のヒーローになんてなれるわけない。──ううん、違う。最高のヒーローだとか、そんなの関係なく。僕はただ、ゆめちゃんを守りたいんだ。
「だから──強くならなきゃ」
次は守れるように、救けられるように。僕がすべきなのは過去を悔いることじゃない。今日、オールマイトにもそう言われたじゃないか。
まずは〝個性〟を、
「どうすれば──」
そうやって悩み続けて、時間はあっという間に過ぎていた。気付けばゆめちゃんに言われた30分はとうに過ぎていて、とりあえず一旦起こしてみようと声をかける。
「ゆめちゃん、遅くなってごめん。起きる?」
声をかけながら体を揺すると、ゆめちゃんは酷く緩慢な動きで目を開いて体を起こした。
「ん……」
「具合はどう?」
僕の言葉が届いているのかいないのか。僅かに頷いたように見えたけど、気のせいかもしれない。ゆめちゃんは体を起こしたまま、ぼーっとした虚ろな目で虚空を眺めていた。
これは動けるようになるまで時間がかかるなと思って、ココアを用意することにした。ゆめちゃんは時々こうなる時がある。早ければ、戻ってくる頃には意識がはっきりしてると思う。
台所に行って必要な物を揃える。ココアパウダーと砂糖に牛乳、鍋とマグカップ。お母さんが買い物から戻ってくる前に終わらせよう。
「作るのも久しぶりだな」
最後に作ったのはいつだったっけ、結構久しぶりな気がする。いつもはお母さんが用意してくれるから。
鍋にパウダーを入れて火にかける。次に砂糖を入れてかき混ぜて、弱火にして牛乳を少し入れてペースト状に。そして残りの牛乳を少しずつ加えながらかき混ぜて、中火で温めれば完成。
「うん、ちゃんとできてる」
作ったココアをマグカップに入れて部屋に戻る。ゆめちゃんはまだぼーっとしてるみたいだったから、とりあえず一声かけてみることにした。
「ゆめちゃん。ココア用意したけど、飲む?」
ぼんやりとした目で僕の方を見て頷いたから、隣に座ってマグカップを手渡す。ゆめちゃんは僕の身体に寄りかかりながら、ゆっくりとココアを飲んでいた。
ゆめちゃんの体温と重みを感じながら僕もココアに口を付ける。こんな穏やかな時間も好きだけど、今はあまりゆっくりしてもいられないな。
意識がはっきりしてきたのか、ゆめちゃんはローテーブルにマグカップを置いて軽く伸びをしていた。
「調子はどう?」
「へいき、です」
「そっか。良かった」
まだちょっと怪しいけど、喋れるようになったならもう少し待てば大丈夫。お母さんも帰ってきたみたいで、玄関で物音がしてる。
また僕に寄りかかりながら、ココアをちびちび飲む姿に安堵する。じろじろと見過ぎていたせいか、ふとゆめちゃんと目が合った。宝石みたいに綺麗な、それでいて吸い込まれてしまいそうな虚ろな瞳と。
「ゆめちゃん……?」
僕の呼びかけには答えずに、ゆめちゃんはマグカップを置くと僕の胸に身体を預けるように倒れ込んでくる。慌てて抱き留めて背中に手を回すと、ゆめちゃんはそのまま顔を僕の胸元に埋めて、背中に手を回していた。
「どうしたの?」
「辛そう、だったので」
その言葉にドキリとして、思わず視線を彷徨わせる。顔に出したつもりはなかったけど、気づかれてたみたいだ。
「そっか。ありがとう、ゆめちゃん」
「ん……」
ゆめちゃんの体を引き寄せて、抱きしめる。ゆめちゃんは脱力してされるがまま、僕の背中を優しく撫でてくれた。
細くて、軽くて、温かい。ちゃんと生きてる、ここに居る。僕の大切な幼馴染。
「…………」
無言のまま、ゆめちゃんの体を強く抱きしめる。放さないように、失わないように。
ゆめちゃんの為ならなんだってできる、どんな事でもしてあげたい。それぐらい、僕にとっては大切な存在だから。
──だから、どこにも行かないで。僕のそばにいて。
しばらくの間そうやって抱きしめ合って、なんとなく不安は軽くなった気がした。
冷静になるとどうにも気恥ずかしくなってくる。何か話題でもと思って、力の調整のことが頭をよぎった。
前にも話したことあったけど、また聞いてみようかな。とにかく今はなんでもいいから、解決の糸口が欲しい。
「ねえ、ゆめちゃん。ゆめちゃんは〝個性〟の威力の調整ってどうやってるの?」
「ん……絵の具」
「絵の具?」
「絵を描く時、使う分だけ、取り出すでしょう? それと同じ、です」
「あー、なるほどね」
必要な分だけ取り出す。それができれば苦労は──いや、待って、そうか! 分かったかもしれない!
「ココアと同じだ!」
急に大きな声を出してびっくりさせちゃったみたいで、ゆめちゃんは怪訝な表情で僕を見てた。謝りつつハンドグリップを取り出して、何度も握って感覚を確かめる。
ゆめちゃんの言う通りだ。そもそもあの巨大ロボを殴り飛ばした時のイメージを使うのが間違ってた。参考にするのはパンチよりも筋トレだ。筋トレだって一気に最大の力を出したりしないでゆっくりやるんだから少しずつ力を上げていけばいいんだ。
「よし。やるぞ」
鍋に少しずつ牛乳を足したみたいに、OFA全体から力を少しだけ取り出す。10%──いや、1%でいい。大丈夫、いける、できる、きっと上手くいく。
ハンドグリップに少しずつ力を込めて、同じ要領でOFAを発動させる。するとハンドグリップは簡単に握り込まれた。折れてない、痛みもない!
「いける! いけるぞ!」
「どうしたんですか、急に」
「〝個性〟の制御、できるかもしれない!」
僕の言葉にゆめちゃんも驚いてて、さっきの説明をしながらもう一回試してみる。2%、3%と上げていって、7%あたりから痛みが感じ始めてきたから中断。
何度も試して分かったのは、今の僕が安全に扱えるのは5%ぐらいが上限。それ以上は体に負担をかける。10%でも折れはしないけど、暫く痛みが残る。
「存外簡単に解決しましたね。まぁ良かったです」
「うん。でも今はまだ意識を集中しないと扱えない。これじゃ実戦での使用は現実的じゃない」
「それはもう慣れるしかありませんね」
「うん」
戦闘中に〝個性〟の制御に気を取られてたら戦いになんてならない。とにかく今はOFAを使うことに慣れないといけない。明日オールマイトにも報告しないと、これでやっと良い知らせができる。
今は1アクションの度に意識しないと無理だけど、OFAを使えるようになれば5%でもかなり動けるようになる。けど、これはかなり難しそうだ。例えば、走る時は右足で地面を蹴る時にOFAを、次に左足で地面を蹴る時に──慣れるまで大変そうだ。
でも、これで光明は見えた。後はもう僕の頑張り次第だ。やるぞ!
復帰してから2日目。本日の授業が終わり放課後になった後、私たちは屋内の訓練場にやってきていました。
視線の先ではいずくんが〝個性〟を使って色々と試しています。文字通り飛んだり跳ねたりしていますが、1アクションするたびに一旦停止するのが現状の課題ですね。
「あっ……」
着地に失敗して背中を強打しました。痛そうです。
「大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……」
駄目そうですね。痛みに呻くいずくんに近づいて顔を覗き込みますが、打ち所が悪かったのか中々起き上がれないようです。
暫く悶えた後でようやく立ち上がり、いずくんは再び特訓へと戻っていきました。
「スマッシュ!」
威勢のいい掛け声とともに右ストレートを放ちます。的がないので威力の程は不明ですが、少なくとも折れてはいません。結構なことです。
今はひたすらに〝個性〟を使うのに慣れるよう、体育祭の日まで繰り返すことになります。私は病院に行ったり授業に遅れた分の対応をしたりで付きっきりというわけにはいきませんが。
「おー、ほんとにデクくん骨折しなくなったんだね」
良かったー、と朗らかに笑う麗日さん。特訓を始めてからは、麗日さんも訓練場に来たり。
「よ、よし。行くよ切島くん!」
「おう! いつでも来い!」
なぜかいずくんが切島さんを殴ってみることになったり。
「よっ、ほっ! あっ!?」
「その避け方じゃダメですよ」
なぜか芦戸さんと模擬戦をすることになったり。まぁ、色々とありました。
芦戸さんって結構動けるんですよね。それでも囀りの連射を躱しきれるほどではありませんが。
「うがー! 悔しい!」
「そんなのたうち回るほどですか」
仰向けのままジタバタしていた芦戸さんが上半身を起こし、勢いよく私を指差してきます。
「そりゃ悔しいよ! 10回だよ、10連敗! しかも泡沫に触ることすらできないし!」
「そ、そうですか」
えらい剣幕で捲し立ててきます。まぁ、実際には触るどころか距離を詰めることすらできていないのですが。開始時の距離が15m、一番近づけたときで大体7m程接近できています。
もう少し囀りの密度を下げましょうか。どのみち光の足場を破れる火力がないので接近できたところで、という話になってしまいますが。
「芦戸さん、少し付き合ってくれませんか?」
「え、何に?」
これ以上やるのも不毛ですし、違うことでもして息抜きしましょう。
「おぉー、飛んでる!」
「あまり動かないでくださいね、落ちるので」
というわけで、芦戸さんを乗せて飛行実験です。万が一があると嫌なのであまり高度は上げません。多分芦戸さんはこの程度の高さならうまく着地できるでしょう。
「人は乗せられないんじゃなかったの?」
「その辺りを少し改良しようと思いまして。今はまだ調整中です」
今はとりあえず箒の柄を伸ばして乗せるスペースを確保しています。現状だと乗せた相手にバランス感覚を要求するのと距離が非常に近いのが欠点です。つまり私が許容できる相手しか乗せることができません。これでは救助活動には使えませんね。
いやはや、本当にどうしましょうかねぇ。触るのも触られるのも無理なので救助活動はできません、はさすがに通らないでしょう。除籍されかねません。
まぁそれはとりあえずいいでしょう。結局のところ、世界はなるようにしかならないのですから。
「ところで、どうして急に模擬戦なんて言い出したんです?」
「え? えっーとね……強く、なりたいんだ」
「体育祭があるからですか?」
それもあるけど、と言い淀んだ芦戸さんはしばし視線を泳がせ、揺れる瞳で私の方を見ます。
「皆、戦ったんだよ。……なのに、私だけ何もできなかった」
なんの話かと一瞬悩んで、USJの件が思い当たりました。芦戸さんはまた視線を落としながら続けます。
「階段の下で泡沫が戦ってるのを見た時、私は立ち尽くしてるだけだったんだよ」
「それは……」
「もう、あんな思いはしたくない。から、強くなるって決めたんだ」
落としていた視線を戻し、今度はちゃんと私を見てきました。
「泡沫。今度は私、一緒に戦うから! 体育祭も、私が勝つからね!」
「そうですか」
「あっさりしすぎじゃない……!? もっとこう、あるじゃん!」
「そういうノリはよく分からないもので」
漫画とか小説では時折見かけるやりとりですが、リアルでやる人は初めて見ました。芦戸さんは不服そうに頬を膨らませて、こちらをじっと見てきます。
「むー……。絶対ぎゃふんと言わせるから」
「その言葉リアルで使う人初めて見ましたよ」
ぎゃふんて。まぁ言いたい事は伝わるのでいいですけど。高度を下げて着地し、箒を消すと芦戸さんがもう一回模擬戦を要求してきたので付き合ってあげます。
いずくんといい芦戸さんといい、残りの猶予でどこまで強くなれますかねぇ。
そんなここ数日の昼間の出来事を思い返しつつ、私は寝る準備を整えてのんびりしていました。
私が退院してから一つ、変わった事があります。
「ゆめちゃん。そろそろ寝ようか」
「そうですね」
今日も今日とて、いずくんの部屋で過ごしています。それはまぁ別にいいのですが。退院してからずっとこっちで生活しているのはどうなんでしょうか。
いずくんに手を引かれて、ベッドに横になります。いずくんも隣で横になって、腕を回して抱きしめてきました。
「ん……」
「苦しくない?」
「大丈夫ですよ」
入院していた時も思いましたが、いずくんが傍に居るとちゃんと眠気が来るのがいいです。今日は嫌な夢を見ないといいのですが……。
夜中にいずくんを起こしてしまうのは忍びないです。そもそも一緒に寝なければ解決するんですが、そういう訳にもいかないんですよね。
「ごめんね、ゆめちゃん」
「いえ。私はむしろ、嬉しいですよ」
いずくんの胸に顔を埋めて、抱きしめられながら眠る。それが退院してからの日課です。懐かしいですね、私が飛び降りた後もこんな時期がありました。まぁ、あの頃の記憶は割と曖昧なのですが。
そもそもの原因はUSJの一件でいずくんにトラウマを植え付けてしまったこと。あれ以来、私が死ぬ夢を見るとかでこうしていないと安心して眠れないそうです。……本当に、私はあなたに迷惑をかけてばかりですね。
「ゆめちゃん」
「なんですか?」
「……どこにも、行かないでね」
腕の力が強まって、いずくんは震える声で縋るように言います。これは私が思っているよりも深刻な状態なのかもしれません。
なら、私はいずくんが安心できるようにすべきなんでしょうね。本来は。
「ん。心配しなくても、あの日にした約束──覚えてるでしょう?」
「……うん」
──わかった。なら、捕まえてて。私が、どこにも行かないように。
投身自殺を図ったあの日、泣きながら私に縋るいずくんとした約束。私が
きっと、私といずくんは出会うべきではありませんでした。出会わなければ、私は未練がましく終わりを先延ばしにしないで済みましたし、忌々しいこの不出来な体に苦しめられ続けることもなかったですし、もしかしたらなんて希望を持つこともなかったのに。
いずくんも、私なんかのために時間を使って、労力を割いて、こんな風に傷つくこともなかったのです。私がいなければ、いずくんはもっと自由に生きられて、きっと今よりも幸せな人生を生きられたはずなのに。
「…………」
私はどうして生まれてきたんでしょうか。そもそも生まれてこなければよかったのに。あの人の言う通り、私の存在は迷惑でしかないのですから。
いずくんは優しいですから、たまたま見かけただけの捨て猫を見捨てられなかった。私はそれに縋って、付け入って、縛り付けてしまった。私がいずくんの人生を歪めてしまった。
「ゆめちゃん」
「……ッ。……なん、ですか」
「大丈夫、大丈夫だよ。だから、そんな辛そうな顔しないで」
さっきまで自分が不安そうにしていたのに、今は優しい声音で私の背を撫でてくれました。私を安心させるために。
──止めです。しょっちゅうこんな事考えてるから夢見も悪いのでしょう。私の悪い癖です。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「うん。おやすみ、ゆめちゃん」
目を閉じて、ただいずくんに身を委ねます。
私の命に価値はなく、私の人生に意味はない。それなら──こんな無価値なものを欲しがる物好きがいる間は、息をしていましょう。
残業とコロナに全ての予定を破壊されました。
あと体育祭編を書くのが難しくて難航しています。
なので生存報告代わりにこの話だけ先に投稿します。
お互い激重な緑谷とオリ主、そして一方通行な芦戸の話。