普通の人は勝ったら嬉しいですし、負けたら悔しいそうです。私には理解できませんが、そういうものだとは知っています。
生きていることに価値がないなら、勝敗もやはり無意味なものなのでしょう。少なくとも、私にとっては。
そんな私がこの場にいるのですから、なんとも場違いな話です。
早いもので体育祭当日、私たちは時間になるまで控え室で各々過ごしていました。
「泡沫、大丈夫?」
「だめです……」
「だめかー」
心配してくれる芦戸さんをよそに、私は机に突っ伏しています。間の悪いことに今日は朝から体調が最悪です。死にそう……。
「緑谷」
「轟くん……何?」
「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
「へ!? う、うん……」
突然喧嘩を売られたいずくんと売った轟さん。急になんでしょうか。
私の背中を擦っていたいずくんの手が止まり、私も突っ伏したまま視線だけを轟さんに向けます。
「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが、おまえには勝つぞ」
宣戦布告、ですか。なぜいずくんなのでしょうか。オールマイトが気にかけているから?
「急にケンカ腰でどうした!? 直前にやめろって……」
「仲良しごっこじゃねえんだ。なんだっていいだろ」
突然の事に周囲の注目を集めています。仲裁に入ろうとした切島さんはあえなく袖にされていました。
言うだけ言って離れていった轟さんの背中に、いずくんは俯きがちに声をかけます。
「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかは分かんないけど……そりゃ、君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う」
「緑谷もそういうネガティブな事言わねぇほうが」
ネガティブと言いますか、現実的と言いますか、いずくんの自虐的な言葉に切島さんがフォローを入れていました。苦労人ですねぇ、彼も。
でも、とそれを遮っていずくんは言葉を続けます。椅子から立ち上がり、一瞬だけいずくんが私の方を見て、覚悟を決めたように。
「僕だって、後れを取るわけにはいかないんだ。──僕も本気で、獲りに行く!」
何を思っていずくんはそう言ったのでしょうか。私には分かりませんが、きっと理由があるのでしょう。恐らくは轟さんにも。
まぁなんにせよ、私には縁のない話ですが。
『雄英体育祭!!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!』
相変わらずうるさい人です……。奇跡の新星だのなんだの好き放題言っているマイク先生の実況を聞き流しつつ、私たちはスタジアムへと入場していきます。
スタジアムに入るとドン引きするレベルで客席に客がひしめいています。隣を歩いている麗日さんは会場を見回し、緊張からかぎこちない笑顔で私に話しかけてきました。
「すごい数の人……やっぱり緊張するね、夢望ちゃん」
「緊張とは少し違いますね。一言で言うなら──不快、です」
「っ……!?」
麗日さんがぎょっとした顔でこっちを見ていますが、まぁいいでしょう。しかし本当に人が多いですね。イルカショーのイルカもこんな気分なのでしょうか、そりゃあストレスになるわけです。
薬が効いてきたのか体調も幾分かマシになってきました。とりあえず午前中は持つといいのですが。
「選手宣誓! 代表、1-A爆豪勝己!!」
1年生全員が整列したところで、主審を務めるミッドナイト先生がムチを振るいます。相変わらず凄い格好です、控えめに言って痴女ですね。人の趣味にとやかく言うつもりはありませんが。
名前を呼ばれた爆豪さんはズボンのポケットに手を入れたままだるそうに歩いていき、壇上に上がります。さて……
「せんせー。俺が1位になる」
「絶対やると思った!」
爆豪さんの宣誓、宣誓? と共に切島さんを始めとしたA組メンバーの叫びと他クラスからの大ブーイングが巻き起こりました。
まぁらしいというかなんというか。爆豪さんはそれを聞き流して追撃の煽りをかましつつ、壇上から降りていきます。
「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう。いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が
ミッドナイト先生は爆豪さんの暴挙を無視して進行を続けます。なるほど、これも自由な校風というやつなのでしょう。多分。
先生の背後の空中投影ディスプレイがルーレットのように動き出し、障害物競走で止まりました。
11クラスの総当たりレース。スタジアム外周の約4㎞を走るそうです。そしてコースさえ守れば何をしても構わない、と。
「さあさあ、位置につきまくりなさい」
その言葉と共に全員が動き出し、スタート地点の前に集まっていきます。私は集団から離れた最後尾で待機していると、なぜか峰田さんがこちらに近付いてきました。
「泡沫、頼みがあるんだけどよ」
「……なんですか」
「オイラも乗せてくれよ、なんでもするからさ!」
「えぇ……何してもいいとはいえ、それはどうなんですか」
とんでもない事言いだしましたよこの人。そもそもこの人普段の言動がアレなのであまり近づきたくないのですが。
「オイラの持久走の順位知ってるだろ!? この競技オイラめちゃくちゃ不利なんだよ!」
「あなたを乗せて私になんのメリットがあるんですか」
「だからオイラにできる事ならなんでもするから! なぁ頼むよ泡沫!」
近づかれた分だけ後ずさりして距離を取ります。必死過ぎて引きます。いえ、本人は大真面目なのかもしれませんが。
そうまでして勝ち残りたいのでしょうか。なりふり構わないにも程があると思います。
「どんなに頼まれても嫌なものは嫌です。他を当たることですね」
「ぐぅ、やっぱダメかぁ……!」
諦めたのか峰田さんはゲート前に群がる集団に混ざっていきました。峰田さんの身長だと始まると同時に踏まれそうですけど、大丈夫なんでしょうか。
「スタート!」
それはいいとして。合図とともにゲートが開き、皆さんが一斉に狭い通路目掛けて走っていきます。
私も箒を出して飛ぶとしましょう。どんな障害物があるかは知りませんが、飛べない人間がクリアできる設計になっている時点で負けはありません。
『さーて実況していくぜ! 解説アーユーレディ!? イレイザー!』
『無理やり呼んだんだろうが』
マイク先生は相変わらず賑やかしをするそうです。巻き込まれた相澤先生はご愁傷様ですね。
すし詰め状態の通路の上を飛んでいると冷気を感じ、あっという間に地面が氷漬けになっていきます。初っ端からやってますね轟さんは。
「そう上手くいかせねえよ、半分野郎!」
先頭を走る轟さんを爆豪さんをはじめA組の皆さんが追いかけていきます。いずくんと麗日さん、芦戸さん、皆さんちゃんと避けられたようです。
ふむ、他クラスの人たちも案外残っていますね。ここからはどうなるでしょうか。下を見つつ先に進んでいくと見覚えのあるロボットが配置されています。
『さぁいきなり障害物だ! 第一関門はロボ・インフェルノ!!』
随分多いですね、0Pの足元にも入試で見たロボがたむろしています。しかし安直なネーミングですねぇ、どうでもいいのですが。
轟さんは一瞬だけ足を止め、正面の0Pを氷漬けにするとそのまま走り出していきます。後続もそれに続こうとして、倒れてくる氷漬けロボに阻まれました。
「……今、誰か潰されたように見えましたね」
私の見間違えでなければ1人か2人、0Pの下敷きになったと思われます。入試の時といい、この学校の安全対策意識には疑問が残りますね。
倒れたロボを見下ろしていると、装甲を突き破って誰か出てきます。切島さんと、もう1人は知りません。
『A組切島とB組鉄哲が潰されてたー! ウケる!!!』
ウケるじゃないんですよ。ほんとに大丈夫なんでしょうね、この体育祭。
切島さんともう1人はそのまま駆け出し、爆豪さんと常闇さん、瀬呂さんの3人が0Pの頭上を越えていきます。いずくんはどうしているかと探すと、いつのまにか0Pの隙間を抜けて突破していました。本当にいつの間に。
いずくんはそのまま屈むと両足に〝個性〟を発動させ、立ち幅跳びの要領で跳んでいきます。走るのはまだ無理なようですが、あれでも中々速いです。しかしなんでロボの装甲板を背負ってるんでしょうか。
まぁいいです。残りのメンバーもロボを処理しつつ先に進んでいるようですね。まぁ入試で戦った相手ですし、ここで詰まることはありませんか。私も行くとしましょう。
「これはまた凄いですね」
進んだ先に見えたのは異様にデカくて深い穴と孤島にように伸びる岩の柱、そして柱同士を繋ぐロープ。どうやってこんなの用意したんでしょうか、謎です。
ザ・フォールとかいうこれまた安直な名前の第二関門ですが、私にとっては脅威ではありません。
「……退屈ですね。まぁ、変に苦労するよりはいいですが」
頭痛いので、あまり頑張りたくはないですしね。
先頭は変わらず轟さんです。器用にロープの上を滑っていますが、そろそろ爆豪さんが追いつきます。あの2人はまだしばらくゴールできないでしょうね。
「さあ見てできるだけデカい企業ー! 私のドッ可愛いベイビーを!!」
「ん……?」
なんですか今の。変な機械を装備した女子が変な事を叫びながら飛び降りをしていました。企業? ベイビー? 何を言っているんでしょうかあれは。
彼女は落下しながら岩壁に刺したワイヤーを巻き取り、器用に壁面に着地すると滑るように上っていきます。B組? いえ、八百万さんみたいなのが2人もいるとは思えません。となるとサポート科でしょうか、サポート科って装備の持ち込みありなんですか?
まぁいいでしょう、実況もノーコメントですし。変なのに気を取られてしまいましたが、いずくんはどこでしょうかね。
「ああ、いました」
地道に頑張って綱渡りをしています。まだ鉄板背負ってますけど、何に使うつもりなんでしょうかあれ。
ざっと見た感じ、ここまでで随分と人数が減ったようです。A組メンバーはまだ全員残ってますが、どうなりますかね。
大穴の上空を何事もなく通過して次に行きます。
『さぁ早くも最終関門! かくしてその実態は、一面地雷原! 怒りのアフガンだ!!』
マイク先生のやかましい実況の声。視線の先では先頭2人が仲良く足の引っ張り合いをしながら最終関門に向かっていきます。
抜こうと思えば抜けそうですが、それをやるとあの2人を同時に敵に回すことになります。それはさすがに厳しいです。
それに、
「抜いたところで、だからどうしたという話ですしね……」
抜いて、仮に1位になったとして、それにどんな意味があるのでしょうか。私にはこの体育祭に懸ける思いも熱意もないというのに。
先頭2人を追う後続を見下ろしながら飛んでいると、突然森からミサイルが打ち上げられました。ミサイル……? ミサイル……!?
「は?」
咄嗟に光の足場を描いて防御します。着弾したミサイルは爆発と共に無駄にカラフルな煙を撒き散らしていました。
『言い忘れてたが、地雷を飛んで回避しようとすると対空ミサイルが飛んでくるぜ! 威力は大したことねぇが体勢は崩されちまうぞ! 直撃したら地雷原に真っ逆さまだ!!』
「クソですね……」
やかましい実況に思わず口が悪くなってしまいました。最後の最後で私をピンポイントで対策してくるとは、なんの嫌がらせですか全く。爆豪さんに反応してないのも解せません。高度ですか? 高い位置を飛ぶのがNGだとでも?
そうしている間にも次々とミサイルが発射されていきます。発射台に使われてるのもロボですね、ミサイル積んでるせいか形状が少し違いますけど。
「はぁー」
仕方がありません。先に掃除しないと危なくて仕方がないです。足元に足場を描いて立ち、箒を消します。ほんとこの箒の燃費の悪さは如何ともしがたいです。穴の開いたバケツに水入れ続けてるようなものなので仕方がないんですが。
周囲に光球を4つ展開。囀りでミサイルを撃ち落として、そのまま発射台になっているロボの群れも破壊します。またカラフルな煙をまき散らしながら爆発四散したロボを見下ろしていると、下の地雷原で突然大爆発が起こりました。
「今度はなんですか……」
さっきから爆発音ばかりでうるさいですね全く。頭に響くんですよ。
爆発のした方に視線を向けると、いずくんが空を飛んでいました。
「え……?」
なぜ!? 何をしたらそんな事になるんですか一体。さっきの大爆発で飛んだ……? そんなバカな、無茶しすぎでしょう。
『後方で大爆発!!? なんだあの威力!? A組緑谷、爆風で猛追──つーか抜いたあああ──!!!』
装甲板に腹ばいで乗ったままいずくんは凄い勢いで飛んでいき、なんと先頭の2人の頭上を追い越していきました。
「デクゥ!! 俺の前を行くんじゃねぇ!!!」
執拗に轟さんを狙っていた爆豪さんが即座にターゲットを切り替え、いずくんに襲いかかろうとします。轟さんも地面を凍らせて2人を追いかけようと走り出しました。
『元先頭の2人、足の引っ張り合いを止め緑谷を追う! 共通の敵が現れれば人は争いを止める、争いはなくならないがな!!』
『何言ってんだおまえ』
実況の戯言はさておき。いずくんは2人を抜いてすぐに失速し、体勢を崩して落下していきます。あれ頭から落ちません……?
地面に激突する直前、いずくんは器用に体をひねって装甲板を地面に叩きつけ、地雷の爆発でもう一度吹き飛びます。同時に両隣を走っていた2人に爆風を浴びせて妨害していました。
『緑谷、間髪入れず後続妨害! なんと地雷原即クリア!! イレイザー。おまえのクラスすげぇな、どういう教育してんだ!』
『俺は何もしてねぇよ。奴らが勝手に火ィ付けあってんだろう』
火を付けあってる、ですか。……きっと、ああやって本気で勝負に挑めるというのは、良い事なんでしょうね。
滅茶苦茶な方法で地雷原を突破し、体勢を立て直したいずくんは再び両足に〝個性〟を発動させて跳び、ゴールに向かっていきます。
「…………あ」
やば、見てる場合じゃないです。箒を再び描いて飛び立ちます。私も行かないといけません、さすがに予選落ちはマズいです。
『さぁさぁ、序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムに戻ってきたその男──緑谷出久の存在を!!!』
いずくんが1位、ですか。凄いですね、いずくんは。
地上を走る皆さんを抜いていって、私もそそくさとゴールしてしまいます。
『さあ続々とゴールインだ! 順位等は後でまとめるからとりあえずお疲れ!!』
着地した所で、先にゴールしていた爆豪さんと轟さんに目が行きました。2人とも息を切らしています。爆豪さんでも息切れってするんですね。
「また、くそっ……! くそがっ……!!」
とても、悔しそうです。昔は事あるごとに私に勝負を仕掛けては負けて悔しがってましたっけ。懐かしいですね、勝つまでやるので付き合わされる身からすればたまったものではありませんでしたが。
──なんだかんだで、あの頃の日々は嫌いではありませんでした。私たちの関係が拗れ始めたのが何歳の頃だったか、何がきっかけだったのかはもう分かりませんけど。
あまり過去を振り返っていても仕方がありません。悔しがる爆豪さんを横目にいずくんに近づいていきます。
「この〝個性〟で後れを取るとは。やはりまだまだだ、僕──俺は……!」
その途中で、悔しそうに震える飯田さんが視界に映りました。まぁ長距離走ならともかく障害物競走ですしねぇ、仕方がないです。
飯田さんから視線を外して、背後からいずくんに声をかけます。
「1位おめでとうございます。また随分と無茶をしましたね」
「あ、ありがとう、ゆめちゃん。いや、あれはその、あれくらいしか思い付かなくて……」
気まずそうに笑ういずくん。装甲板で地雷を掘り出して爆風で飛んだそうですが、ほんとよくやろうと思ったものです。
呆れたようにいずくんを見ていると、麗日さんが近づいてきました。
「デクくん……! 1位すごいね、悔しいよちくしょー!」
「いやぁ……ありがとう」
また麗日さんの距離が近いです。いえ、別にそれが悪いわけではないですけど。
相変わらずドギマギしているいずくんですが、そんな事をしている間に順位が確定したようです。私は8位のようですね。
「予選通過は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心なさい、まだ見せ場は用意されてるわ!」
ふむ。A組の名前は全員分ありますね、青山さんギリギリですけど。42人ということはヒーロー科40人に他2人の想定なんでしょう。
「そして次からいよいよ本番よ! 第二種目は──これ!」
ミッドナイト先生の背後に浮かぶ騎馬戦の文字。
長い1日はまだ、始まったばかりです。
お久しぶりです。
終わりが見えないのでこれも上げてしまいます。
思った以上に体育祭編が書けないです。文才が欲しい。
しかしこんなにモチベのない状態で体育祭に出るオリ主も珍しいじゃないでしょうか。主人公の姿か? これが。