空想少女のヒーローアカデミア   作:いぬはいぬ

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体育祭 幕間

 騎馬戦終了後。

 

「飯田くん、あんな超必持ってたなんてずるいや!」

「ズルとはなんだ! あれはただの誤った使用法だ!」

 

 麗日は飯田に文句を言いながら頬を膨らまし、飯田はそれに若干ズレた訂正を行う。その横では〝個性〟の使い過ぎで限界の上鳴が親指を立て、ウエーイと言葉にならない声を上げていた。

 試合を終えて休憩時間になり、各自が悔しがったりクラスメイトと称え合っている中、急に緑谷の慌てた声が響いた。

 

「ゆめちゃん? 大丈夫──!?」

「だ、め……」

 

 それに最初に気づいたのは飯田と麗日の2人。次いで蛙吹や芦戸を始めとしたA組の者たちが次々と異変に気づいて視線を向ける。

 

「夢望ちゃん、どうしたの!?」

「具合が悪いのかい!? すぐにリカバリーガールのところへ!」

 

 騒ぎの中心となった泡沫は手で頭を押さえながら蹲り、苦痛に表情を歪めていた。その横では緑谷が身を屈めながら声をかけ、彼女の背中を擦っている。

 

「あっと、大丈夫、2人ともありがとう。たぶん片頭痛だと思う。ゆめちゃん、運ぶよ。ごめんね」

 

 駆け寄ってきた2人を制し、緑谷は泡沫を抱き上げた。泡沫を横抱きに抱えて歩き出し、医務室へと向かっていく。飯田と麗日は、それをなんとも言えない心配そうな表情で見送っていた。

 

「頑張りすぎて体調が悪化してしまったのかしら。心配ね」

「うん。泡沫、大丈夫かな……」

 

 一連のやり取りを見ていた蛙吹と芦戸はそう言って顔を見合わせる。爆豪は先ほどまで悔しがっていたのが嘘のように神妙な顔で緑谷と泡沫を睨みつけ、切島はそんな爆豪に声をかけた。

 

「どうした爆豪? もしかして心配してるのか?」

「黙れクソ髪、殺すぞ」

 

 舌打ちと共に立ち上がった爆豪はそのまま歩きだし、食堂へと向かって行った。切島はその後を追いかけ、他のA組メンバーも泡沫を心配しつつも動き出す。

 ただ一人、轟だけが無言のまま、緑谷の見えなくなった背中を見つめていた。

 

 

 

 その後、医務室へと着くと泡沫はベッドに寝かされ、リカバリーガールによる検診を受けていた。本当にただの片頭痛ならばいいが、万が一危険な頭痛だった場合は最悪命に関わる。少し前に生死を彷徨っていたこともあって、リカバリーガールは慎重にならざるを得なかった。

 

「確かに、緊急性のある頭痛ではなさそうだね。この子はあたしが見ておくから、あんたはお昼を食べに行ってきなさい」

「はい。……あの、僕も傍に居ちゃだめですか?」

「はぁ、仕方がないね。ランチラッシュに頼んで持ってきてもらうよ」

 

 ため息と共に棚へと向かい、リカバリーガールは片頭痛に効く薬と冷蔵庫に常備された水入りペットボトルを取り出す。泡沫が普段使っている薬は緑谷も把握しているため、この辺りはスムーズだった。

 ベッドの上で胎児のように身を丸め、痛みに呻く泡沫の身体を一度起こす。リカバリーガールは薬と水を緑谷に手渡し、泡沫に薬と水を飲ませたのを確認するともう一度寝かせて声をかけた。

 

「しばらく安静にしていなさい。すぐに薬が効いてきて楽になるからね」

「……は、い」

 

 一言だけ返事をして、泡沫は再び身を丸めた。少しでも刺激を減らすために遮光カーテンを引き、彼女の周囲を暗くしておく。緑谷はただ黙って泡沫に寄り添い、そっと手を握りながらベッド脇の椅子に腰掛けていた。

 

「それで、お昼のリクエストはあるかい? 一緒にその子の分のおにぎりも頼んでおくよ」

「あ、じゃあ、カツ丼でお願いします。ゆめちゃんには──おかかと鮭で」

 

 緑谷の返答を聞き、リカバリーガールは内線でランチラッシュに連絡を取る。これでやる事は終わったとリカバリーガールは椅子に腰掛け、カーテン越しに緑谷に声をかけた。

 

「頼んでおいたよ。それと、ちょっとこっちに来なさい」

「あ、はい」

 

 リカバリーガールに呼ばれ、緑谷は一体何用かと疑問に思いながらも泡沫から離れ、彼女が用意した椅子に腰掛け直す。もっと近づけとリカバリーガールに手招きされ、彼女は声量を落として話し始めた。

 

「あの子、自傷してるだろう。あんたは知ってるのかい?」

「あ……はい。いつ、気づいたんですか」

「治癒するときにね。あれは相当な回数やってるだろう」

 

 リカバリーガールの言葉に頷く。泡沫は見られるのを嫌がるが、自傷の手当てを緑谷がすることは度々あったため、彼女の腕や脚がどうなっているかは把握していた。

 それを思い出して緑谷は悔しげに目を伏せ、無意識に拳を握って力を込める。しかしリカバリーガールにぺちぺちと拳を叩かれ、ハッと力を緩めた。

 

「そう思い詰めるんじゃないよ。それともう一つ、あの子の古い傷跡についてさね。あれは虐待の痕じゃないかい?」

「……はい。ゆめちゃんの、お母さんが……」

「──そうかい。今は?」

「それは、大丈夫です」

 

 その言葉に頷き、リカバリーガールは顔を離した。これ以上聞くつもりはないという合図だろう。緑谷に目配せをすると彼女は机に向き直り、緑谷も再び泡沫の眠るベッドへと向かう。

 椅子に座り、泡沫の手を握る。骨っぽい細く冷えた手を温めるように包み、緑谷は静かに彼女の回復を祈った。暫しそうしているとリカバリーガールが誰かと話している声を耳にし、次いでカーテン越しにこちらに話しかけてきた。

 

「悪いけど少し席を外すよ。そろそろロボがお昼を持ってくるはずだから、来たら受け取りなさい」

「あ、はい。分かりました」

 

 緑谷が返事をするとリカバリーガールは部屋から出ていき、医務室は静寂に包まれた。薄暗い中で泡沫に視線を戻すと、いくらか表情が和らいだ様子で呼吸も落ち着いていた。薬が効いてきたのだろう。

 ほっと胸を撫で下ろし、緑谷はスマホで時間を確認する。既に休憩時間は半分を切り、午後の部が迫り始めていた。時間までに体調が戻るかは分からないが、例年通りならこの後始まるのはレクリエーションだ。勝ち残った自分たちは自由参加のはずなので、まだ余裕はあるだろう。

 

「あ、来たかな」

 

 扉をノックする音を聞き、立ち上がる。緑谷が医務室の扉を開けると、そこに居たのは昼食を載せたロボと──その後ろで佇む轟だった。

 

「え、と、轟くん? どうしたの、もしかして体調不良?」

「いや。少し話がある、いいか?」

 

 突然の事に驚きつつも頷くと轟は医務室へと入り、緑谷はロボから昼食を受け取って、それを机に置いた。

 医務室の真ん中で向かい合い、緑谷は一体どんな話かと若干身構える。轟は遮光カーテンで遮られたベッドに一度視線を送ってから、話を切り出した。

 

「泡沫は、大丈夫なのか?」

「あ、うん。今は寝てる。それで……話って何?」

「おまえ、泡沫とは幼馴染らしいな。……あいつも、親がヒーローか何かだったりするのか?」

「へ?」

 

 轟の予想だにしていない質問に間の抜けた声が漏れる。深刻な顔でそんな事を聞いてくるとは、緑谷は予想だにしていなかったからだ。そして驚きつつも轟のあいつも、という言い回しが引っ掛かっていた。

 

「えっ、違うけど。なんでそんな事」

「──俺の親父は、エンデヴァーだ。あの万年No.2のヒーローのな」

 

 緑谷はその言葉に即座に返事をできなかった。父親がNo.2ヒーローのエンデヴァー、それは緑谷からすれば自慢したくなるような話のはずだ。それこそ兄を誇りに思っていた飯田のように。

 なのに、轟の声には、表情には、明確な怒りと憎しみが籠っていた。それが緑谷には理解できなかったのだ。

 

「こう言っちゃなんだが、俺は自分の実力には自信があったんだ。あのクソ親父に散々仕込まれたし、自分でも鍛えてきた。それがどうだ。最初の戦闘訓練じゃ、あいつに手も足も出なかった。騎馬戦もそうだ。飯田の切り札が噛み合っただけで、あれがなけりゃ1位は取れなかった」

「えっと……つまり、何が言いたいの」

「なんで泡沫はあんな強いんだ? ただ〝個性〟が強いからってだけじゃ説明がつかねぇ」

 

 理由がなければ納得できないと、そう目が訴えかけてきていた。

 緑谷はそこでようやく轟が聞きたい事を理解し、これはあくまで僕の予想だけど、と前置きした上で話し始める。

 

「ゆめちゃんは〝個性〟を使って遊ぶのが趣味の一つみたいなところがあって、調子がいい日は色んな使い方を試してるんだ。たくさんの魚を出して泳がせてみたり、後は傘とか、日常で使う道具だとかを〝個性〟で用意してみたりとか。普段からそうやって色々試してるから、ぐらいしか思いつかないかな」

 

 これは理由の半分だけど、と緑谷は内心で呟く。もう半分は泡沫の〝個性〟が事実上の常時発動型で、起きている間は実質〝個性〟を使いっぱなしだからというものだが、これは緑谷自身も確証がなかったため口には出さなかった。

 

「そんなんで、あそこまでやれるようになるのか」

 

 緑谷の言葉に轟はそう吐き捨てる。どこか忌々しげに呟く様子に、緑谷はなんとも言えない表情でカーテンの向こうで眠る泡沫に視線を向ける。今の言葉を彼女が聞いたら、どう返すだろうか。

 人は生まれながらに平等ではない、それは緑谷が4歳の頃に導き出したこの世界の真実だ。轟も同じように感じているのだろうかと、緑谷は彼に視線を戻した。

 

「なら、泡沫はそれでいい。さっきの話の続きだ」

 

 そう言って轟が話し始めた内容は、緑谷にとっては衝撃的なものだった。

 曰く、上昇志向の強いエンデヴァーは自分の力ではオールマイトを越えられないと悟り、冷気の〝個性〟を欲して轟の母に個性婚を強いた。そして自分を超える〝個性〟を持った子として、轟を産ませたのだと。

 

「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げて、自分の欲求を満たそうってこった。うっとうしい……! そんなクズの道具にはならねえ」

 

 轟の記憶の中で、彼の母はいつも泣いていた。轟の左側が醜いと煮え湯を浴びせたのだと、彼はそう語る。顔の火傷はその時のものだった。

 

「ざっと話したが、俺がおまえにつっかかんのは見返すためだ。おまえとオールマイトがどんな関係かは知らねえが、クソ親父の〝個性〟なんざなくたって。……いや、使わず()()()()()ことで、奴を完全否定する」

 

 そう話を締めくくった轟に、緑谷は何も言えなかった。泡沫の母親のこともあって、世の中にはろくでもない親がいるのは分かっていた。それを踏まえても、轟の話は壮絶だったのだ。

 無言のまま目を伏せる緑谷に、轟は言うべき事は言ったとばかりに背を向け立ち去ろうとする。しかし、その背に待ったをかける声があった。

 

「──分かりませんね」

「ゆめちゃん……!? ごめん、起こしちゃった?」

「……聞いてたのか」

 

 すみませんと謝罪を述べ、泡沫は体を起こすとカーテンを引いて2人の前に姿を現す。ベッドに腰掛けた彼女はまだ頭痛が続いているのか片手で頭を押さえ、その表情はしんどそうだった。

 

「盗み聞きしてしまったことは、謝ります。その上で言いたいのですが、そもそもヒーローを目指す必要があるようには思えませんが」

「ッ、おまえに何が分かるんだ」

 

 怒気を含んだ声で返す轟。泡沫を睨みつける轟の険悪な雰囲気を感じ、緑谷は轟を刺激しないようにそっと、万が一に備えて守れるように泡沫の傍に近づいていた。

 

「分かりませんよ、私はあなたではありませんから。ただ、私から見てあなたはまだ、父親に期待しているように見えます」

「はっ? 俺が、クソ親父に期待……? 何を言ってやがる、ありえねぇ!」

「だって、あなたはまだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」

 

 泡沫の言葉に、轟は頭を殴られたかのような衝撃が走った。親なんてすっぱり見限ってしまえばいいのだと、彼女は言外にそう言っているのだ。

 今まで思いつきもしなかった発想に動揺する轟に、泡沫は畳み掛けるように話を続ける。

 

「これは私見ですが、怒るだとか、恨むだとか、そういうのって疲れるじゃないですか。──それに、その父親の完全否定という目標を達成したとして、その後はどうするのですか?」

「その、後……」

「別に、轟さんの人生ですから。どうするもあなたの自由です。目的を果たして、それでようやく自分の人生を始められるというのなら、それもいいと思います。ただ、そうやって父親に執着するよりもすっぱりと捨ててしまった方が、私は楽だと思いますよ」

 

 あくまで私の私見ですがね、とそう締めくくった泡沫はぶり返し始めた頭痛に表情を歪めた。

 

「あ、ゆめちゃん、無理しないで。安静にしてないと……」

 

 緑谷は慌てて泡沫の身体を倒して横にさせ、無言で立ち尽くす轟を見やる。今の轟の様子に、まるで迷子の子どもみたいだと思いながら。

 轟は少しの間、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。反論はあった、それこそ一度言葉にすれば止まらなくなるほどに。しかしそうやって当たり散らすのは違う気がして、口を閉ざすしかなかったのだ。

 

「おまえは──捨てたのか。親を」

 

 ようやく口を開き、言ってから自分の言葉に驚く。轟は泡沫の身の上など知らないが、きっとそうなのだろうと感じていた。

 ベッドに横になった泡沫が痛みに眉を寄せながら目を開く。どこを見ているのか分からない、虚ろな瞳だった。あるいは、何も見てなどいないのか。

 

「……どうでしょうね。ただ、捨てられるなら、捨てた方が楽です」

 

 ぽつりと発せられたその言葉は、誰に向けたものだったのか。轟に向けてか、それとも自分か。

 緑谷は2人を交互に見やって、しかし口を閉ざしてしまう。普通の家庭に生まれた自分が何を言えばいいのか、分からなかった。

 無言の時間が続く。数十秒か、数分か、轟が背を向けたことで、緑谷はその背に反射的に声をかけてしまった。

 

「轟くん……! その」

「捨てられるわけねえだろ。そんな簡単に──!」

「…………」

 

 緑谷の言葉を遮り、轟は吐き捨てるようにそう言って奥歯を噛みしめる。緑谷は結局何も言えず、轟の酷く不安定な背中を見送るしかなかった。

 バタン、と医務室の扉が閉まる音が響き、再び静寂が戻ってきた。残された緑谷は呆然と扉を見つめていたが、ふとスマホの着信音が響いて我に返る。自分のではなく泡沫のものだ。

 

「ゆめちゃん、芦戸さんからだけど」

 

 泡沫のスマホを手に取ると、表示されていたのは芦戸の名前。代わりに出るように泡沫はジェスチャーし、頭痛と吐き気を堪えるようにまた丸くなった。

 

「あ、もしもし。芦戸さん?」

『あれ、緑谷? 泡沫はまだダメ?』

「うん。わざわざ電話で、何かあったの?」

『そうなんだよ。なんか女子はこの後チアをするんだって!』

「チア? それってあの、チアリーダーのこと?」

『そう! そのチア』 

「……あー、ごめん。無理だと思う」

『ん、分かった。ヤオモモたちには私から伝えとくね。泡沫に無理しないでって、伝えといて。それじゃ!』

「うん。わざわざありがとう」

 

 通話を切り、スマホを戻す。スピーカーで会話を聞いていた泡沫は、横になったまま目だけは緑谷の方に向けていた。

 

「仮に、調子が悪くなくても、やりませんでしたよ」

「知ってる。だから断った」

「ん。いずくんはご飯、食べちゃってください。私は、寝ます」

 

 うんと頷いて、遮光カーテンを閉める。緑谷は競技をしていた時とは別に疲労を感じながら、既に若干冷たくなったカツ丼を食べ始めた。

 轟の告白も、泡沫の自論も。どちらも緑谷には縁遠いもので、どう踏み込めばいいのか分からなかった。

 

(でも──)

 

 きっと、何もしないのは違うと、緑谷はそう感じていた。

 

 

 




 あけましておめでとうございます。
 筆は遅いですが今後もよろしくお願いします。

 うちのオリ主は脱がないのでチアなどあるはずもなく。
 しかしその辺の一般人から化物能力持ちが生まれるこの世界は二次創作には便利ですが恐ろしいですね。ほんとなんで滅んでないんだろうかこの世界。
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