昼休憩の時間も終わり午後の部。多少は休めたおかげで、頭痛もある程度はマシになってきました。競技中に起きなかったのはタイミングが良かったと言えなくもありません。
『最終種目発表の前に予選落ちの皆に朗報だ! あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ──ありゃ?』
『何やってんだ、あいつら……?』
『どうしたA組!!?』
マイク先生と相澤先生が言っているのは間違いなくチア姿の皆さんのこと。どうやら知らなかったようですが、一体どういうことでしょうか。
しかしまぁ、すごい格好ですね。どんな罪を犯したらあんな格好をさせられるのでしょうか。まぁ、好き好んでああいう格好をする人も世の中にはいるようですが。世界は広いですね。
「峰田さん、上鳴さん! 騙しましたわね!?」
ああ、犯人はあの2人でしたか。ろくでもない事を考えますねぇ本当に。あんな辱めを受けずに済んだという点では、やはりタイミングが良かったのかもしれません。片頭痛かあの格好で晒し者になるかの二択ならまぁ、片頭痛の方がまだマシでしょう。
親指を立てながら喜んでいるバカ2人はさておき。騙されて落ち込んでいる八百万さんが不憫でなりません。
「なぜこうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」
「アホだろアイツら……」
「まぁ本戦まで時間空くし、張り詰めててもしんどいしさ。良いんじゃない!? やったろ!!」
「透ちゃん。好きね」
葉隠さん、自分だけ見えないのを良いことに。それともやはり、そういう趣味があるのでしょうか。人の趣味にとやかく言うつもりはありませんが。
『さぁさぁ、レクリエーションが終われば最終種目。進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント! 一対一のガチバトルだ!!』
ガチバトルですかぁ。急に野蛮になりましたね。……いえ、障害物競走も騎馬戦もまぁまぁ野蛮だった気もしますね。まぁいいです。去年のスポーツチャンバラは不評だったのでしょうか。
「それじゃあ、組み合わせのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!」
司会進行を始めるミッドナイト先生。トーナメント出場者はレクリエーションはやるもやらぬも自由と。これは例年通りですね。
「それじゃ1位のチームから順に──」
「あの……! すみません。俺、辞退します」
ミッドナイト先生の言葉を遮ったのは尾白さん。急にどうしたのでしょうか。皆さんも驚いているようで視線が尾白さんに集中しています。
「尾白くん、なんで!?」
「せっかくプロに見てもらえる場だというのに……!」
皆さんの疑問を代表するように問いかけるいずくんと飯田さんに、尾白さんは深刻な表情で話し始めました。
「騎馬戦の記憶が、終盤ギリギリまでぼんやりとしかないんだ。多分、奴の〝個性〟で……」
そう言って視線を向けた先に居るのは青紫髪の男子、たしか普通科の心操さんだったと思います。ふむ、他人を操る類の〝個性〟でしょうか。発動条件が気になりますね。
「チャンスの場だってのはわかってる。それをふいにするなんて愚かなことだってのも……! でもさ! 皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな……こんな訳わかんないままそこに並ぶなんて──俺にはできない」
「気にしすぎだよ! 本戦でちゃんと成果出せばいいんだよ!」
「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」
フォローしようと声をかける葉隠さんと芦戸さん。尾白さんはそんな2人にプライドの話だと、自分が嫌なのだと語り、それに追随するように同じく心操チームだったB組の人が棄権を申し出ました。
実況と解説もこれには戸惑っているようですが、どうなるんでしょうかねこれ。
「そういう青臭い話はさぁ──好み!!! 庄田、尾白の棄権を認めます!」
ぴしゃりと鞭を振るい、ミッドナイト先生はそう言いました。なんか顔が嬉しそうと言いますか、興奮してません? 大丈夫でしょうかこの人。
それはいいとして、尾白さんの肩に手を置きながら自分はやると宣言している青山さんは図太いのかなんなのか。まぁこの場合はあの2人が律儀すぎるのでしょうが。
「というわけで、鉄哲と塩崎が繰り上がって16名!! 組はこうなりました!」
くじも引き終わり、巨大モニターにトーナメント表が表示されます。色々話し合いがあったようですが、最終的に繰り上がってきたのはB組の2人です。
緑谷 対 心操
轟 対 瀬呂
鉄哲 対 切島
麗日 対 爆豪
芦戸 対 青山
常闇 対 八百万
塩崎 対 上鳴
飯田 対 私
ふむ、いずくんとは決勝戦まで当たりませんね。良かったです。一回戦でいずくんと戦う、なんてことになったらどうしたものかと頭を抱えるところでした。
しかし麗日さんは不運ですね、いきなり爆豪さんが相手とは。まぁくじ運は仕方がありません。
「一回戦は泡沫くんとか。よろしく頼む」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
飯田さんが右手を差し出してきたので、仕方なく握手をします。あまり人に触れるのは好きではありませんが、この程度は許容しなければなりません。人生で大切なのは妥協と諦めです。
それはさておき、飯田さんには騎馬戦でしてやられました。その仕返しをするとしましょう。八つ当たりとも言いますが。あれさえなければ、二連続でいずくんが1位をとれていたのですがね。はぁー本当に、あそこで油断さえしなければ……。
『よーし、それじゃあトーナメントはひとまず置いといて。イッツ束の間、楽しく遊ぶぞレクリエーション!』
そうですか、私は時間まで休みますよ。おにぎり食べないといけませんし。
さて、いずくんはどこでしょうかと探すと、いつの間にか尾白さんに連行されていました。何してるんでしょうか? 仕方がないので追いかけるとしましょう。
そうして向かった先はA組の控室。一体何事かと思えば、尾白さんはいずくんの最初の相手である心操さんの情報を持ってきてくれました。
「そんな感じで、あいつの〝個性〟は相手を操るもので間違いないと思う。条件はたぶん、あいつの言葉に返答すること」
「うっかり答えでもしたら即負けだね……」
おにぎりを食べながら話を聞いていましたが、中々優秀な〝個性〟ではないでしょうか。人とぶつかった程度の衝撃で解けてしまうのは少々強度が弱い気がしますが、初見でこれに対応するのはまず不可能でしょう。ただロボ相手には無力だったんでしょうねぇ、世の中は無情です。
んー。おにぎりがまだ4個も残っています、どうしましょうかね。何を考えて6個も用意したんでしょうか。
「おにぎり、いります?」
「泡沫さんはもういいの? もっと食べた方がいいんじゃ……」
「ゆめちゃん少食だから……」
なんですか、2人してその顔は。
「泡沫さん。その、失礼かもしれないけど、もっと食べた方がいいと思うよ」
「この前、八百万さんたちにも同じことを言われました。なんですか、皆さん揃って私を太らせたいんですか?」
「いや、太らせたいというか……今の泡沫さんはちょっと心配になる細さだからさ……」
頬を掻きながらそう言う尾白さんにいずくんも頷いています。ふむ。やはり体型がわかる服は駄目ですね。制服といいこの体操着といい、作った人は配慮が足りてないです。そもそもなぜ体操着は半袖固定なんでしょうか。アームカバーを付けているので別にいいと言えばいいのですが、やはり落ち着きません。
「そうだ、一度に食べるのがしんどいならさ。食事回数を増やしてみるってのはどう? 結構効果あるって聞いたことあるし」
「あ、いいんじゃないかな。どう、ゆめちゃん。やってみない?」
「えぇ……」
尾白さんの提案にいずくんも同意しています。そんなに食べさせたいんですか……? なぜ……?
不服そうな私の様子を察したのか、2人揃って曖昧な表情で笑っていました。尾白さんの太い尻尾が気まずさを誤魔化すように揺れています。
「ほら、健康に気を使ったら体調不良もマシになるかもしれないしさ。痩せすぎは良くないよ、やっぱり」
「簡単に言いますね、まったく」
世の中の女子はやれ体重が増えただのダイエットだのと盛り上がるそうですが、私から言わせればどうすれば太れるかの方がよほど疑問です。太るにも才能が必要ということなんでしょう。
ただまぁ、皆さんから揃いも揃ってこう言われるのであれば、一考の余地はあるのでしょう。はぁ、仕方がありませんね。
「はぁ、分かりました。このおにぎりはまた後で食べるとします。……食べきれなかった時は緑谷さんが食べてください」
「分かった」
私の言葉にいずくんは表情を明るくして頷き、尾白さんはほっと胸を撫で下ろしています。本当になんなんでしょうかねこの2人。
そうして尾白さんはすっと椅子から立ち上がると、いずくんに向けて拳を向けました。
「緑谷。すごい勝手なこと言うけどさ、俺の分も頑張ってくれな」
「うん! ありがとう、尾白くん」
尾白さんの拳にいずくんが自分の拳を合わせます。これが男同士の友情というやつなのでしょうか、知りませんけど。
そうして尾白さんも去り、2人きりになりました。椅子に座ったいずくんを見ると、左手首に巻かれたボロボロのミサンガを弄っています。
「それ、もうボロボロですね。まぁ今までよく持ったと言うべきですか」
いささか頑丈に作りすぎてしまったようです。入試に向けたお守りのつもりだったというのに、まだ切れていないのですから。
「うん。ねぇ、ゆめちゃん。轟くんさ、本当にエンデヴァー……お父さんを否定するためにヒーローを目指し始めたのかな」
「本人がそう言っていたのですから、そうなんじゃないですか」
そうなんだけど、とどこか煮え切らない様子です。いずくんは天井を見上げるように上を向いて、ぽつぽつと話し始めました。
「ゆめちゃんも言ってたけど、そもそも否定するのが目的なら最初から目指さない、と思うんだ。だから、その、他に何か理由があったんじゃないかって」
「そうは見えませんでしたけどねぇ」
「例えば、いつの間にか目的がすり替わっちゃった、とか。最初は否定するためとか関係なくヒーローに憧れてたけど、途中からエンデヴァーへの復讐が目的になっちゃった、みたいな」
そうでしょうか。そもそも轟さんの生まれでヒーローに憧れるとかあるんですかね? 一番身近なヒーローがろくでなしの父親だというのに。
「仮にそうだとしても、今の目的が復讐ならそこを気にしても仕方ないと思いますが」
「そうなんだけど……」
言い淀んで俯いてしまいます。本当に、あなたはそうやって誰彼構わずに手を差し伸べようとするんですから。……きっと、いずくんは皆を救けるヒーローになるのでしょう。私ではなく、皆のヒーローに。別に、それに不満などあるはずもありません。それがいずくんの夢なのですから。
「それで、いずくんはどうしたいのですか?」
「分からない……けど、負けたくはない、かな」
そうですかと、適当に相槌を打って机に突っ伏し、寝る態勢に入ります。マシになっただけで、まだ体調は良くなったわけでもありません。少しでも休んでおきましょう。
正直ここまで残った時点で十分頑張ったとも思いますが、わざと負けると恐らくは今後の学校生活に響きます。少なくとも爆豪さんがブチ切れるのは確定なので、負けるまでは頑張りましょう。なに、最大でも4人ぶちのめせばそれで終わりです。
横目でいずくんの様子を窺えば、なんとも言えない表情をしていました。いずくんは、どうするのでしょうか。まぁ、どうしようといずくんの自由ですし、私がとやかく言うことではないのですが。
レクリエーションも終わり、いよいよトーナメントが始まります。いずくんは既に選手の控室に向かい、私たちは割り当てられたA組用の席で試合の開始を待っていました。
「夢望ちゃん、体調はどう?」
「ん。大分マシにはなりましたよ」
良かったぁ、と麗日さんは朗らかに笑います。純粋すぎて眩しいです。
「ところで、泡沫くんはさっきから何をしているんだい?」
「見ての通りですが。少しできるんですよ、あやとり。ほら」
「おぉすごい」
いやだからなぜ? という飯田さんの疑問を受け流しつついくつか技を見せてあげます。麗日さんの賞賛に少し気分を良くし、もう少し見せてあげようと思ったところで邪魔が入りました。
『ヘイガイズ! アーユーレディ!? 色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ! 心技体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!!』
マイク先生のやかましい実況が再開されました。どうやら始まるようですね。それではイメトレを続けながら見物するとしましょう。
『オーディエンス共、待ちに待った最終種目がついに始まるぜ! 一回戦第一試合!! 成績の割になんだその顔。ヒーロー科、緑谷出久!!
さて、この最終種目のルールですが内容はいたってシンプル。真っ平なフィールドで真っ向からのタイマン。相手を場外に出すか、行動不能にする、あるいは降参させれば勝ち。当然〝個性〟もありですが、命に関わるようなのはNGと。曰く、ヒーローは敵を捕まえるために拳を振るうそうです。これ匙加減はどうやって判断するんでしょうね。
『そんじゃ早速始めよか! レディィィィィ、スタート!!』
マイク先生の合図の直後、
「なんてこと言うんだ!!」
いずくんの怒鳴り声がここまで聞こえてきました。恐らく煽られたんでしょうね。分かっていても反応してしまうのがいずくんらしいと言えばらしいですが。
「ああ緑谷、折角忠告したってのに!」
思わず立ち上がった尾白さんが頭を抱えています。不憫ですね、まぁ許してあげてください。これがいずくんです。
「おいおいどうした!? 緑谷、開始早々完全停止!!? アホ面でビクともしねえ! 心操の〝個性〟か!?」
実況なのに選手の〝個性〟把握してないんですね、どうなんでしょうかそれは。まぁいいですけど。
恐らく命令されたのでしょう。いずくんは心操さんに背を向け、場外に向けて歩いていきます。
「デクくん、どうして!?」
「このまま場外に出たら、試合に負けてしまうぞ……!?」
戸惑う麗日さんと、また奇怪な動きを披露している飯田さん。そうしている間にもいずくんは場外のラインへと近づいていきます。これはいずくんの負けですかね。
場外のライン際、あと一歩で敗北。その瞬間に、ここまで届く突風が吹き荒れました。
『これは──!? 緑谷! 止まったぁああ!!』
荒い呼吸を繰り返しながら、いずくんは心操さんの方に顔を向けます。左手の人差し指と中指は〝個性〟の反動でまた酷く腫れあがっていました。自爆で支配から逃れたのでしょうが、無茶をします。
観客たちも盛り上がり、歓声が響き渡っています。本当にやかましいです、黙ってほしい。
「すげぇ……無茶を……!」
ええ本当に。尾白さんは驚きと安堵の入り混じった表情でそう呟き、椅子に座り直しました。
心操さんに向き直ったいずくんに対し、心操さんはまた何か話しかけているようです。さすがに二度目はないでしょう。何を話しているのか聞こえないの不便ですねこれ。
「誂え向きの〝個性〟に生まれて、望む場所に行ける奴らにはよ!!!」
駆け出したいずくんに対する、心操さんの叫び。……彼はきっと、ヒーローになりたかった人なんでしょうね。焦がれて、届かなくて、それでも諦められなかった人。私のような人間が
その後はいずくんが心操さんに掴みかかり、ライン際まで押した後に背負い投げで場外に押し出しました。無事、と言っていいかは疑問ですが、いずくんの勝利です。
「心操くん場外!! 緑谷くん、二回戦進出!!」
ミッドナイト先生の宣言にまた会場が沸き立ちます。麗日さんは安堵の表情を浮かべ、飯田さんはまたいずくんの評価を上げていました。
『イヤハ! 初戦にしちゃ地味な戦いだったが、とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』
試合が終わり向かい合う2人に拍手が送られ、第一試合は終わりを迎えました。
いずくんに背を向けて去ろうとした心操さんに、クラスメイトと思わしき人たちが声をかけています。会場では心操さんを称賛する声、〝個性〟の有用性を評価する声も聞こえてきます。一定の評価は得られたようです。
その後2人は会場から去り、二試合目が始まろうとしています。いずくんは怪我の手当てをしてもらっていたのでしょう、指に包帯を巻いた状態で戻ってきました。
「おつかれ!」
「隣、空けてあるぞ」
麗日さんと飯田さんに迎えられ、いずくんは私と飯田さんの間の空けていた席に座ります。
「とりあえずは一勝ですね。おめでとうございます」
「うん。ありがとう、ゆめちゃん」
ネタが割れている〝個性〟にまんまと引っかかるのはどうかと思いますが……。まぁとやかくは言いません。
『お待たせしました、続きましてはこいつらだ! 優秀! 優秀なのに拭いきれぬその地味さはなんだ! ヒーロー科、瀬呂範太!!
なんて失礼な実況でしょうか。一試合目もそうでしたが好き放題に言っています。
まぁいいでしょう、スタートの合図と同時に瀬呂さんが先制。轟さんにテープを巻き付け拘束し、そのままテープを巻き取りつつ振り回して場外にぶん投げようとします。
『場外狙いの不意打ち! この選択はコレ最善じゃねえか!!? 正直やっちまえ瀬呂ォ──!!!』
下剋上があるのかと、そんな会場の空気が一瞬だけ感じられましたが。当然そう上手くいくはずもありません。現実はいつだって非情です。
轟さんが〝個性〟を発動させ、瀬呂さんに向かって氷結を放った瞬間──
「──ッ!?」
反射的に、正面に光の足場を展開してしまいました。過剰にもほどがある出力でぶっ放された氷結は巨大な氷塊を形成し、私たちの席まで迫ってきていました。これ防御していなかったら当たっていたのでは……?
轟さんの過剰攻撃は会場を揺らし、あれだけ盛り上がっていた観客たちも沈黙してしまいます。
「あっぶねぇ! やりすぎだろ轟の奴……!」
上鳴さんの抗議の声。ええ、私もそう思います。何かあったのでしょうか? この規模の攻撃は今までの訓練でも見たことがありません。
「びっくりしたぁ……。ありがとう夢望ちゃん」
「いえ……」
足場を消すと、そこには視界一杯に広がる巨大な氷塊。何も見えませんが、瀬呂さんはどうなったでしょうか。とりあえず死んではいないと思いますが。
意識が逸れたせいであやとりの紐も消えてしまいました。仕方がないので描き直してもう一度出します。
「瀬呂くん……動ける?」
ミッドナイト先生の声がスピーカーから聞こえてきました。声が震えていますが、巻き込まれたんですかね。
当然と言えば当然ですが、瀬呂さんは行動不能で敗北。あまりに不憫だったせいか会場はどんまいコールに包まれました。
「そろそろ控室行ってくるね」
麗日さんが立ち上がります。何か言うべきでしょうか。何を? 頑張ってください? どう考えても勝てない相手に? 無理をしないで、も違う気がします。ふむ……。
結局何も言えないまま、いずくんと飯田さんの応援を受けながら麗日さんは選手の控室に向かって行きました。
氷山の後片付けも終了し、次の試合は切島さん対鉄哲さんです。
「ごめん。ちょっと行ってくる!」
「ん? はい」
試合開始早々、そう言ってどこかに走り出すいずくん。一体どこに行くんでしょうか? 帰ってきたら聞きましょうか。
「恐ろしく不毛ですね……」
どちらも防御型の〝個性〟持ち。そんな2人がひたすら正面から殴り合っています。どちらもやたらと頑丈なので有効打にならず、非常に虚無な時間が続いてます。
いつ終わるのかと思いながら眺めていると、尾白さんが後ろから話しかけてきました。
「でもさ、ああいう拳と拳でぶつかり合う、みたいなのって燃えない?」
「残念ですが、その感性は私には理解できませんね」
男子はああいうのが好きなのでしょうか? バトル系の創作物でも格闘キャラは鉄板なのでそうなんでしょうね。私としては魔法使いのバトルの方が見ごたえがあって好きですが。
それに、そもそも戦う上で殴り合いを選択する意義を私は感じません。〝個性〟的に飛び道具がないにしても、石投げるぐらいはできるでしょう。まぁあの2人の場合、石投げ合っても結局不毛なのは変わりませんが。
「身体能力依存の〝個性〟は大変ですね。〝個性〟と身体で両方鍛えないといけないんですから」
「すごい他人事みたいな言い方……。でも、泡沫さんも身体鍛えたらもっとできる事も増えるんじゃ?」
「尾白さん、現実を見てください。私のような貧弱で虚弱なもやしが体を鍛えたところで意味はありません」
この貧相なボディを鍛えてどんな効果があるのでしょうか。そんな無駄なことに時間とリソースを使うなら〝個性〟で新しい作品制作でもしますね。
「そもそも、健康な身体は当たり前ではありませんし、筋トレにせよ何にせよ鍛えて成果が出るのは立派な才能ですよ。──私から言わせれば、ちょっと強くて便利なだけの〝個性〟より健康な身体の方がよほど羨ましいです」
「…………」
少々、喋りすぎましたね。余計な事を言ったせいで微妙な空気になってしまいました。どうにも私は喋りすぎると失敗するようです。どうしてでしょうね?
「であればやはり、健康改善から始めるべきですわね」
「そうね。とりあえず食事の改善から始めてみるのはどうかしら? 普段の体調不良が軽くなるだけでも、楽になると思うの」
八百万さんと蛙吹さんが会話に交じってきます。藪蛇になってしまいました、やはり喋りすぎは良くありません。周りの皆さんも同意するみたいに頷くのは止めてください。
そこに、芦戸さんが良いことを思いついたとばかりに声を上げました。
「あ、そうだ! ねぇ泡沫、ダンスとか興味ない? 楽しいよ?」
「私に死ねと……?」
楽しいのに、と不服そうな芦戸さん。ダンスが得意なのは知っていますが、あんな動き私にできるはずないでしょう。あれを真似しろと言われてもできる気がしません、よって無理です。想像できないものは現実にできない、当たり前の話。
「じゃあストレッチからやろうよ! 後は軽い運動から少しずつさ」
「そんなにやらせたいんですか。……前向きに、検討しましょう」
「それしないやつじゃ……」
尾白さんが何か言っていますが知りません。気が向いたら考えます。
そんな会話をしている間も殴り合っていた2人ですが、ようやく限界が来たのか同時に倒れました。本当に長い試合でしたね。まぁ、おかげでイメトレは順調です。覚悟しておくといいですよ、飯田さん。
「両者ダウン、引き分け!!」
判定は引き分け。この場合はまた後で簡単な勝負をして勝敗を決めるそうです。
さて、次は麗日さんの番ですが。んー、あまり見たくありませんねぇ、この試合。
「次、ある意味最も不穏な組ね」
「ウチ、なんか見たくないなー」
蛙吹さんと耳郎さんの声。ええ、私もそう思いますよ。本当に。
憂鬱な気分になっていると、やっといずくんが帰ってきました。
「ただいま」
「どこ行ってたんですか?」
「あ、うん。ちょっと麗日さんのところに行ってた」
「そうですか」
ふーん。応援か何かでしょうか。いいですけどね、別に。
さて、どうやら始まるようです。麗日さんと爆豪さんが姿を現しました。
『一回戦第四試合!! 中学からちょっとした有名人! 堅気の顔じゃねえ。ヒーロー科、爆豪勝己!!
スタートの合図と同時、麗日さんが駆けだします。爆豪さんは迎撃の構えですね。
「よし、それでいい! 事故でもなんでも、触れさえすれば浮かせられる!」
いずくんが食い入るように見ています。さっき出ていったのはアドバイスでもしに行ったんでしょうか。
「麗日さんにアドバイスしに行ってたんですか?」
「あ、いや。そのつもりだったんだけど、断られちゃって」
断られた? なぜに?
私の疑問をよそに、試合は進行しています。麗日さんの間合いに入る手前で爆豪さんが爆破の直撃を浴びせ、突進を阻みました。次いで二撃目の爆破を浴びせたかと思いきや、そこにあったのは体操服の上着だけ。体操着を囮に背後へと回り込み、麗日さんは爆豪さんに触れようとします。
後もう少しで触れられる、というところで爆豪さんの対応が間に合い、振り向きつつの爆破で麗日さんが吹き飛ばされました。
「……ここまでですね」
今の策が通じなかった以上、もう麗日さんには手札がないでしょう。ここが引き際ですよ、麗日さん。
しかし麗日さんは諦めず、突進を繰り返します。その度に爆豪さんは爆破で迎撃し、麗日さんを吹き飛ばしていました。爆破するたびにステージが削れ、瓦礫が飛び散ります。
それを幾度となく繰り返し、スタジアム全体を嫌な空気が包み始めました。
「おい!! それでもヒーロー志望かよ! そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!! 女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」
「そーだそーだ!!」
『一部からブーイングが……』
誰か1人が声を上げれば、それはすぐに連鎖していきました。次々とブーイングが巻き起こり、実況のマイク先生も困惑しています。
『今遊んでるっつったのはプロか? 何年目だ? 素面で言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』
相澤先生の、怒気を含んだ声。爆豪さんは麗日さんの力を認めているから警戒しているのだと、本気で勝とうとしているから手加減も油断もできないのだと、そう言います。
……爆豪さんは、そうなのかもしれません。ですが、麗日さんがあそこまでする理由は、一体なんでしょうか。何が、麗日さんにあそこまでさせるのでしょうか。
ふらふらで、ボロボロで。そんな麗日さんは距離を離して立ち止まると、両手を合わせます。それは麗日さんの〝個性〟解除の動作です。
「勝ぁぁああつ!!」
叫びと共に駆け出す麗日さん。それと同時に、上空から無数の瓦礫が降り注ぎました。
捨て身の特攻。頭上からの瓦礫と本人の同時攻撃で、爆豪さんの対処能力を飽和させる作戦だったのでしょう。発想は、悪くありません。ただ……
『爆豪、会心の爆撃!! 麗日の秘策を堂々正面突破!!!』
上空から降り注いだ瓦礫は爆豪さんの本気の爆破で悉く消し飛び、爆風を食らった麗日さんもついでのように吹き飛ばされました。現実は、いつだって残酷です。
渾身の策も通じなかった麗日さんはそれでも立ち上がり、立ち向かおうとします。ここに来てとうとう自分から仕掛けに行った爆豪さんですが、反対に麗日さんは倒れてしまいました。
それでもまだ這いずって進もうとする麗日さんにミッドナイト先生が近づき、
「麗日さん……行動不能。爆豪くん、二回戦進出!」
試合の終わりが、宣言されました。
急に伸びたと思ったらランキングに乗っていました、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
本当は一回戦終わるまで書くつもりだったのですが、この時点で文字数が1万を超えてしまったので切りのいいここで上げます。
そして余談。ヒロアカ世界の身体能力問題ですが、手首のスナップで5㎏の印鑑ぶん投げて巨漢を吹き飛ばすサーは一旦脇に置くとしても、無個性の出久ですら一年足らずのトレーニングでかなり伸びてるんですよね。これがあるんでよく鍛えてないって言われるんだと思いますけど。
ちなみに夢望が真面目に身体トレーニングした場合、趣味に使える時間が減るストレスと引き換えに多少健康的になる効果を得ることができます。