空想少女のヒーローアカデミア   作:いぬはいぬ

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体育祭 トーナメント 3

 第二回戦第一試合。フィールドに姿を現した2人は所定の位置につき、お互い構えた状態で合図を待った。

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!! まさしく両雄並び立ち今! 緑谷(バーサス)轟、スタート!!!』

 

 開始と同時、轟は右足から氷塊を生成して緑谷を攻撃。対する緑谷は左手の人差し指一本を犠牲に、全力のデコピンによる衝撃波と風圧でこれを相殺する。

 砕かれた氷塊諸共吹き飛ばされそうになった轟だが、背後に氷壁を形成することで勢いを殺して場外負けを防いでいた。

 

(やっぱりそうくるか……!)

(最大威力じゃなかった! それなら──!)

 

 互いに次を構える。瀬呂に使用した最大出力の氷結は使ってこない。その前提で緑谷は両足に出力5%でOFAを使用し、轟の氷結に合わせて横っ飛びで回避。続く二撃目をあらかじめ構えておいた中指による全力デコピンで再び相殺する。

 あの轟相手に戦えている。その事実に、緑谷は内心高揚していた。跳躍で避けられる攻撃は避け、間に合わなければデコピンで相殺する。できれば左腕は使わず、指だけで済ませられれば理想的だ。腕に〝個性〟を使えば、ミサンガは確実に吹き飛んでしまうから。

 

「耐久戦か。すぐに終わらせてやるよ」

 

 こうなれば後はもう、どちらが先に撃てなくなるかで勝敗が決まる。このままでは不利だと考え、轟は先ほどまでより巨大な氷塊を生成しつつ、それを足場にして緑谷に接近しようと駆けだした。

 

(さっきより範囲が広い……!)

 

 横っ飛びでは避けきれないと判断し、薬指を犠牲に相殺。しかし轟の接近に気づいていなかった緑谷はその対応に一瞬遅れてしまう。頭上から襲い掛かった轟の拳を後ろに跳んで回避するも、OFAを発動する余裕がなかった。〝個性〟制御の未熟な今の緑谷では、息もつかせぬ連続攻撃には対応しきれない。

 轟は流れるように右手で氷結を発動させ、氷塊が一直線に緑谷目掛けて迫る。素の力だけで跳んでしまった緑谷は空中で身動きが取れず、伸びてきた氷塊が左足を巻き込んだ。

 

(間に合わない──! クッソ!)

 

 やむを得ず、緑谷はデコピンではなく左腕を犠牲に全力攻撃。虫でも払うかのように雑に振るわれた左腕は今まで以上の衝撃波と暴風を起こし、轟は背後に張った氷壁で勢いを殺してもなお大きく後退させられた。

 緑谷は左腕が壊れた痛みで絶叫する。同時に泡沫が彼に送ったミサンガも先ほどの一撃で千切れ、どこかへと吹き飛んでしまった。

 

「……さっきよりずいぶん高威力だな。近づくなってか」

 

 砕けた氷塊を押し退けて轟が姿を現した。体には霜が降り、低下した体温に自然と体が震えている。対する緑谷は右腕は健在ながら左腕は使い物にならず、守って逃げるだけでボロボロだ。壊れた左腕の痛みでもうまともに戦えないだろうと考えた轟は、白い息を吐きながら観客席の方に視線を送った。

 

「悪かったな、緑谷。おかげで──奴の顔が曇った」

 

 視線の先に居たのは轟の父親、エンデヴァー。それに気づいた緑谷は痛みに冷や汗をかきながらも顔を伏せ、奥歯を噛み締める。()()()()()()()()()()。その事実に、緑谷は明確な悔しさと苛立ちを感じていた。

 

「その怪我じゃもう戦いにならねぇだろ。終わりにしよう」

 

 再び氷結を放つ。緑谷目掛けて迫る氷塊を、

 

「どこ見てるんだ……!」

 

 彼は右手の人差し指を犠牲にしたデコピンで相殺した。

 轟は再び風圧で後退させられながら目を見開く。その瞳には、理解できないものに対する怯えと恐怖が浮かんでいた。

 

「グッ……! まだやる気か!?」

 

 どうしてそこまでするのか、轟には理解できない。いや、恐らくはこのスタジアムにいる誰にも理解できないだろう。今の緑谷の負傷はそれほど重く、そもそも自分の肉体を壊しながら戦うなど正気の沙汰ではないのだ。

 当然、観戦席で2人の試合を見ていた泡沫にも理解不能だった。

 

「いずくん……」

 

 ぽつりと声が漏れる。震える声色、緑谷を見る瞳、表情、その全てに理解できないものへの恐怖が見て取れた。

 

(どうして……)

 

 これは試合だ。そう、命が懸かっているわけでもない()()()試合だ。それなのに、なぜボロボロになりながら戦うのか。

 緑谷は、皆一番になるために本気でやっているのだと、自分はまだ傷一つつけられてないと、全力でかかって来いと、そう轟に訴える。

 

(ああ、やっぱり──)

 

 自分はこの場には相応しくないと、緑谷の叫びを聞いて泡沫は思ってしまった。呼吸が苦しくて、服の胸元を握るように掴んで俯いてしまう。

 そうしている間にも試合は進んでいる。安易に距離を詰めようとした轟に対し、緑谷は5%での跳躍からの拳を叩き込んで殴り飛ばした。万全の状態なら反応できただろうそれも、今の体温低下で動きが鈍った轟では対応できない。

 

『モロだぁー! 生々しいの入った!!』

 

 これには会場もどよめく。あんなボロボロの緑谷が一矢報いたことに、観客たちは一様に驚きを見せていた。

 

「夢望ちゃん……?」

 

 一方で、泡沫はもう見たくないとばかりに俯いたまま手で顔を覆い、もう片方の手で胸元を押さえている。様子がおかしいと声をかけた麗日だが、聞こえていないのか反応は返ってこなかった。

 A組の他の者たちも気になったのか泡沫の方に視線を送るが、泡沫は突然立ち上がるとそのまま逃げるようにこの場を走り去ってしまう。

 

「夢望ちゃん!?」

「泡沫! どこ行くの!?」

 

 麗日と芦戸が声を上げるが、泡沫は振り向くことなく姿を消した。他の者たちも彼女の突然の行動に驚き、蛙吹は心配そうに泡沫が消えた通路の方に視線を送る。

 

「ケロォ……見るのが辛くなってしまったのかしら」

「むぅ。追いかけるべきだろうか?」

「私ちょっと行ってくる!」

 

 飯田がどうすべきか考え、芦戸が後を追おうと立ち上がると何人かが同調する様子を見せる。しかし、爆豪がそれを止めようと芦戸たちを睨んだ。

 

「ギャーギャー騒ぐんじゃねェ! ()()()()()、そっとしとけ」

 

 有無を言わせぬその言葉に皆押し黙ってしまう。渋々といった様子で椅子に座り直し、芦戸たちは通路の方をチラチラと気にしながら試合の観戦に戻った。

 周囲が見る限り普段から関わりがあるようには見えないが、一応爆豪は泡沫の幼馴染らしい。その彼が今はダメだというなら、恐らくはその判断が正しいのだと自分を納得させるしかなかった。

 その頃フィールドでは、緑谷が轟にまた拳を叩き込んでいる。氷結の勢いも弱まり、殴られたダメージも相まってこのまま行けば轟が敗北するだろう。

 

「チッ……」

 

 誰に向けられたかも分からない舌打ち。2人の試合を見ながら、爆豪はその凶悪な顔を苦々しく歪ませていた。

 

 

 

『両者場外!! ド派手なバトルを見せた二回戦第一試合は引き分けだぁ!!』

 

 プレゼントマイクの声が人気のない通路に響き渡る。どうやら試合は引き分けで終わったらしい。

 

「…………」

 

 そんな通路の隅で、泡沫は膝を抱えて蹲っていた。

 

(どうしましょうか……)

 

 意外にもというべきか、泡沫は内心ではそれなりに冷静ではあった。そもそもなぜあの場から逃げたのかは、本人にもよく分からなかったが。一つ確かなのは、あれ以上試合を見たくなかったし、あの場にも居たくなかったということだけだ。

 

(いずくんは、どうなったんでしょうか……)

 

 両者場外。具体的にどうしたかは分からないが、それなり以上の規模の攻撃を行わない限りはそんなことにはならないだろう。きちんと聞いていなかった実況の言葉や、先ほどのスタジアムの揺れからもその程度は想像できる。

 つまるところ、今の緑谷はかなりの大怪我をしている可能性が高い。リカバリーガールがいる以上大事には至らないであろう、と思いたいところではあるが。

 

 ──皆、本気でやってる!

(私は──)

 

 あれが自分に向けられた言葉でないことは分かっている。緑谷なら、ゆめちゃんは頑張ってると言うだろう。彼は優しいし、泡沫には特に甘いから。だからこれは、泡沫が勝手に傷ついているだけだ。

 

「行かない、と……」

 

 座り込んでいた泡沫が緩慢な動きで立ち上がり、おぼつかない足取りで歩きだす。向かう先は医務室だ。顔を見たい気持ちと見たくない気持ちで半々だったが、ここで蹲っていても仕方がないことだけは確かだった。

 そうして特に誰とも会わずに医務室付近まで辿り着くが、通路の先から声が聞こえて泡沫は反射的に身を隠した。

 

「しかし、大事に至らなくて本当に良かった」

「うん。ステージも大惨事だったし、2人とも吹き飛んじゃうし」

「さすがにやり過ぎだぜ、あれはよ」

「そうね──ケロ、三奈ちゃんからよ。夢望ちゃん、まだ見つかってないみたい」

 

 飯田と麗日、峰田に蛙吹の4人だった。丁字路でちょうど死角になっていたため、4人は泡沫に気づかずそのまま直進していく。フィールドの補修でしばらく時間が空くし、自分たちも捜索に加わろうと4人は話していた。しかし泡沫は気まずさから声をかけられず、そのまま身を隠して居なくなるのを待っていた。

 そうして彼らが立ち去ったのを確認し、医務室前まで行くと扉の横に見覚えのある男性が佇んでいた。

 

「……八木さん」

「……! 泡沫しょ──んん! 泡沫くんじゃないか」

 

 名前を呼ばれ、驚いたように八木が振り向く。やせ細った体は相変わらず不健康そうだ。

 声をかけられるまで彼女の存在に気付かなかった。八木は内心で考え込み過ぎていたかと反省しつつ、先ほど行方不明になったと聞いた泡沫が見つかったことに安堵していた。

 

「急にいなくなってしまったそうだね。クラスメイトの皆が心配していたよ」

「……悪いとは、思っています。それより、どうしてここにいるんですか」

 

 様子のおかしさを感じ、八木は気遣うように身を屈めて話す。それに泡沫は気まずそうに目線を逸らし、長い前髪を弄りながら話題を逸らした。

 

「あー、前に事務員をしていると言ったろう? 職場がここなんだ」

「……そうですか」

 

 会話が途切れる。八木はなんとも言えない表情で泡沫を見ながら、緑谷と轟の2人の現状を語り出した。

 曰く、試合の最後はお互いに全力の攻撃をぶつけ合って盛大に吹き飛んだらしい。舞台は大惨事で、緑谷はもう少し酷ければ外科手術が必要なほどに酷い怪我を負ったそうだ。幸い今回は治癒だけでどうにかなるものの、これ以上の試合はNGを出された。試合そのものは引き分けだったが、事実上の敗北ということだ。

 轟は緑谷に比べれば軽いが、それでも治癒による疲労で万全とはいえない状態で次に臨むことになる。

 

「──とまぁ、そんな感じかな。そろそろ怪我の手当ても終わると思うんだが」

 

 そう言って医務室の扉に視線を送る八木。そこで丁度扉が開かれ、中から轟が姿を現した。

 

「来てたのか。緑谷の見舞いか?」

「ええ、まぁ……」

 

 今までと違い、轟が纏う雰囲気がなんとなく良くなったように泡沫は感じた。試合中に何かがあったのだろう。

 歯切れが悪そうに答える泡沫に、轟はやや不思議そうにしながらも会話を続ける。

 

「泡沫。昼休憩の時は、悪かった。俺を気遣ってくれたってのに」

「いえ、私は……何もしていません」

 

 本心だった。泡沫自身はあの会話で何かが変わったとは思っていないし、純粋な善意で話したわけでもない。ただなんとなく、口を挟みたくなっただけだ。

 言葉を交わし、やはり様子がおかしいと轟も気付き始める。思えば、先ほど会ってから泡沫は一度も目を合わせていない。試合の途中で突然いなくなったという話も合わせて、何かがあったのは間違いないだろう。

 

「……大丈夫か?」

「何が、ですか?」

「いや……緑谷はまだ中にいるぞ。──ありがとうな」

 

 轟は少し悩んだ後、怪訝そうな顔をしつつも礼を言ってその場を立ち去っていく。下手に自分が深入りするより、緑谷に任せた方がいいだろうという結論だった。

 そんな2人の会話を見守っていた八木だが、轟が去ってもいつまでも中に入ろうとしない泡沫を心配して声をかける。

 

「入らないのかい?」

「…………」

 

 八木の問いには答えず、泡沫は胸を押さえるように手を当てもう片方の手で手首を掴む。

 俯いたまま石のように固まる彼女に八木はどうするべきかと考え、一先ずはもう少し様子見しようと静観することにした。

 

(泡沫少女……一体何が……?)

 

 先ほど見舞いに来た飯田たちの話を聞いた限り、2人の試合に何か思うところがあったのだろうとは推測できる。その何かが何なのかは、八木には分からないが。

 そうして何もせぬまま時間だけが過ぎていくが、それも治療が終わった緑谷が医務室から出てくることで強制的に終わってしまう。

 泡沫と八木は扉が開いたことで揃って肩を跳ねさせ、緑谷もいるとは思っていなかった泡沫が目の前に立っていたことに驚いて声を漏らしていた。

 

「ゆ、ゆめちゃん……!? 良かった、急にいなくなったって聞いて心配してたんだ」

 

 駆け寄るように近づき、泡沫の様子を窺う緑谷。彼の両腕には包帯が巻かれ、頬には湿布が貼ってあった。チラリとその姿を見た泡沫は、俯いたままごめんなさいと謝って再び沈黙してしまう。

 困った緑谷は傍に佇んでいた八木に視線を送るが、彼もなんとも言えない顔で気まずそうに頬を掻くばかりだった。

 

「えーっと……とりあえず、皆の所に戻らない? 皆も心配してると思うし」

「…………」

 

 そう言いつつ泡沫の手を取る。拒絶されないのであればとりあえずは大丈夫だろうと、緑谷は八木に軽く挨拶をして歩き出した。

 泡沫の手を引いて歩く傍ら、緑谷はグループチャットで泡沫を見つけたことを報告。捜索に動いていた者たちもそれを見て安堵し、各自観戦席へと戻ることになった。

 

「ゆめちゃん。言いたくないなら、いいんだけど……何があったの?」

 

 努めて優しい声音で問いかける。緑谷としても、こうなった原因にはあまり心当たりがない。強いて言うなら自壊前提の戦い方ぐらいだが、それが原因にしてはどうにも様子がおかしい気がしてならなかった。

 ふと、足が止まる。泡沫が立ち止まったにつられて緑谷も足を止め、振り返って様子を窺うも相変わらず泡沫は俯いたままで、長い前髪が彼女の視線を遮っていた。

 

「……あそこまで、する必要がありましたか」

「えっと、それは……」

 

 言い淀む緑谷。理由も言い訳もいくつかあったが、そのどれもが泡沫を納得させられるだけの理由にはならないのだろうと察して押し黙ってしまう。

 

「その──心配させちゃったよね、ごめん」

 

 結局、緑谷にできるのは謝ることだけだった。もっと強ければ、もっと上手く〝個性〟を扱えていれば、こうはならなかっただろうかと後悔する。治療中にリカバリーガールに指摘された通り、皆を心配させない方法を見つけなければならないと強く思った。

 

「いえ。私の方こそ、ごめんなさい」

 

 緑谷の言葉を聞き、泡沫は俯いたまま再び謝罪の言葉を口にする。その様子に緑谷は内心で焦りを感じていた。今の泡沫は精神的に不安定になっていて、試合に出られるか怪しい状態だろうと。

 泡沫の試合まではまだ時間があるが、場合によっては棄権せざるを得ないだろう。そしてその原因が自分なのだから緑谷は頭を抱えてしまう。誰かを救けようとして別の誰か──それも一番大切な人を傷つけてしまったのでは話にならない。

 

「次の試合は、できそう?」

「…………」

 

 返事はなかった。人気のない通路は静寂に包まれ、ただ時間だけが過ぎていく。棄権させていいのか、どうするべきかと悩みに悩んだ末、緑谷は彼女を誘導することにした。

 

「僕は……ゆめちゃんの試合、見たいな」

 

 緑谷は軽く言ったつもりだったが、その表情は後ろめたさを隠しきれていない。卑怯なお願いだとは自覚している、こうすればきっと泡沫は嫌とは言わないだろうと。試合を見たいというのは本心でもあるが。

 

「……わかりました。あなたがそう、望むなら」

 

 そうして泡沫は、緑谷の予想通りの返事をした。本当にこれでよかったのかと問いかける自分もいたが、このまま棄権するよりはきっといいはずだと緑谷は自分を納得させる。

 結局言ってからも悩む緑谷をよそに、泡沫は握られていた手を急に離すと観戦席とは別の方向に歩きだしていた。

 

「ゆめちゃん? どこ行くの?」

「少し、1人にしてください」

 

 泡沫を呼び止めようと手を伸ばすも、緑谷の中の後ろめたさがそれを止めてしまう。結局1人で観戦席に戻ることになり、緑谷は気まずそうにしながらA組の面々からの質問攻めにあったのは余談である。

 

 

 

 時は少し遡り、轟が泡沫と別れたすぐ後。

 A組の観戦席に戻る気にはなれず、適当に試合が見られる場所に移動しようとしていた轟は先ほどの出来事を思い返していた。

 

 ──いいのよ、血に囚われることなんかない。なりたい自分に、なっていいんだよ。

 

 緑谷との試合で思い出した母の言葉。オールマイトに憧れて、ヒーローになりたいと思っていた幼き頃の自分。いつの間にか忘れてしまっていた記憶を。

 

 ──君の、力じゃないか!!

 ──そうやって父親に執着するよりもすっぱりと捨ててしまった方が、私は楽だと思いますよ。

 

 緑谷と泡沫が自分に言ってくれた言葉を思い返し、本当にそれでいいのかと自問する。

 

(親父も、血も、これまでの事も全部捨てて。それで俺は、俺のなりたいものになれるのか……?)

 

 それでいいのか、どうするのが正しいのか、今はまだ分からない。一つだけ確かなのはあの試合の最中、轟は父親を意識していなかったことと、全力を出すのは存外気分が良かったことだけだ。

 

「俺の力、か」

 

 左手を見つめながら呟く。これまで轟は氷結と炎熱をそれぞれ母と父の〝個性〟として認識していた。半冷半燃という一つの〝個性〟として再定義するのはまだ難しいだろう。

 通路を抜けて観客席に辿り着き、柵に寄りかかる。兎にも角にも、今の轟には考える時間が必要だった。

 

 

 

 そうして始まった二回戦第二試合。切島対爆豪の戦いは大規模爆破で地面ごと吹き飛ばされた切島が場外負け。

 続く第三試合、芦戸対常闇は10分弱にも及ぶ鬼ごっこが繰り広げられた。黒影(ダークシャドウ)の攻撃を掻い潜りつつ常闇に接近しようとする芦戸と逃げる常闇の戦いは、最終的に芦戸の判断ミスによって黒影(ダークシャドウ)に捕まりそのまま場外に放り投げられたことで決着した。芦戸は心底悔しがっていたが、泡沫との訓練の成果は間違いなく出ていただろう。

 そして迎えた第四試合。そもそも試合に出られるのか心配していた緑谷たちだったが、泡沫がフィールドに姿を現したことで一旦は胸を撫で下ろしていた。

 

『塩崎(バーサス)泡沫、スタート!!』

 

 向かい合う両者。プレゼントマイクの合図を聞いた塩崎は〝個性〟のツルを伸ばそうとし──彼女の周囲を4発の光線が通り過ぎていった。

 

「なっ……」

 

 泡沫の足元から塩崎目掛けて薙ぎ払うように放たれた囀りはフィールドのコンクリートを削り取り、伸ばそうとしたツルもまとめて吹き飛ばしている。

 抉られた地面を見つめる塩崎は動揺を隠しきれていない。〝個性〟の発動速度があまりにも違い過ぎる。今の攻撃が直撃狙いなら既に終わっていたことを理解し、塩崎は無意識に唇を噛み締めていた。

 

「……次は、当てます。退いてください」

 

 感情の籠っていない声音で警告する泡沫。あの虚ろな紫の瞳は自分を欠片も脅威とは認識していないと、塩崎は悔しげに泡沫を睨み返していた。

 今ので実力の差は嫌というほど理解したが、塩崎はそれでも退くことはできない。今の自分がこの場に立てているのは、B組の仲間が進出の権利を譲ってくれたからだ。それを無駄にはできない。

 それに──

 

「ヒーローを志す者が、敵を前に自ら退くことなど──!」

 

 そう、ヒーローを目指す者が尻尾を巻いて逃げることなどできない。ましてや、塩崎の性格を考えればこうなるのは必然だった。

 塩崎は膨大な量のツルを泡沫に差し向ける。自身を呑み込んで余りある量のツルの濁流を前に、泡沫はやはり無感情のまま平坦な声音で呟いた。

 

「──そうですか。残念です」

 

 直後、泡沫の眼前に巨大な光球が現れ、光が放たれる。眩い雪色の光線は塩崎もろともツルの濁流を呑み込み、彼女を場外まで吹き飛ばしてしまった。

 

「塩崎さん場外! 泡沫さん、三回戦進出!」

 

 一瞬呆気にとられたミッドナイトが宣言し、スタジアムに歓声が響き渡る。実況のプレゼントマイクもさらに盛り上げようと騒いでいるが、泡沫は冷めた瞳で気絶した塩崎を見下ろしていた。

 無意識に右手でアームカバーに覆われた左腕を擦り、泡沫は湿った感触に不快感を覚える。見れば右手に赤色が滲んでいた。

 

「…………」

 

 一瞬だけ顔をしかめた泡沫は無言のまま振り返り、フィールドを後にする。

 試合を見ていたA組メンバーは泡沫の様子に不穏さを感じながらも、思い思いに感想を口にしていた。

 

「あの子を瞬殺かぁ。やっぱ強いな泡沫」

 

 そう呟いたのは上鳴だ。一回戦で塩崎に完封された彼としては、思うところもあるのだろう。

 一方瀬呂は後ろから身を乗り出し、常闇に話しかけていた。

 

「次泡沫とだろ? ぶっちゃけどうよ」

「厳しいな。あの弾幕をどう凌ぐか……」

 

 腕を組んだまま渋い顔で答える常闇。口には出さないが、泡沫には黒影(ダークシャドウ)の弱点も知られている。もし仮にそこを突かれなかったとしても勝ち目は薄いだろう。

 1人で戻ってきてから落ち着きなく座っていた緑谷も、今の試合を見ていよいよ表情を取り繕えなくなっていた。

 

(ゆめちゃん、機嫌悪そうだなぁ……)

 

 やはり無理に試合に出させたのは失敗だっただろうか。緑谷の内心を後悔が蝕むが、全ては後の祭りだ。

 とにかく、この後どうフォローするかが大切だと気持ちを切り替える。問題はまず取り合ってくれるかどうかだが。

 頭を抱える緑谷をよそに、トーナメントもあと3試合。体育祭は大詰めを迎えようとしていた。

 

 

 




評価がガクッと落ちてショックを受けている筆者です。
もしよろしければ高評価、感想、お気に入り登録をよろしくお願いします。
亀の歩みですがこれからも頑張ります。

補足
緑谷と轟が相打ちになったのは殴られたダメージで轟の攻撃が下振れしたのと緑谷が軽傷(原作比)で威力が上振れたのが原因です。
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