空想少女のヒーローアカデミア   作:いぬはいぬ

18 / 20
体育祭 トーナメント 4

 三回戦第一試合、轟対爆豪。

 結論から述べるのであれば、準決勝となるこの試合は爆豪の勝利で終わった。炎を使うことなく氷結のみで戦った轟だったが、迷いを抱えた状態で勝てるほど爆豪は甘い相手ではない。そしてこの試合の結果は、爆豪としても非常に不服かつ不本意なものだった。試合終了後、気絶した轟に食って掛かるほどに彼は荒れていたのだから。

 全力の轟相手に勝利するという爆豪の目的は果たされず、彼は今苛立ちを隠しもせずに観戦席に戻ってきていた。爆豪の凄まじい怒気と殺気を前に、周囲も触らぬ神に祟りなしとばかりに距離を取り、刺激しないよう静かに次の試合を待っている有り様だ。

 

『万能〝個性〟対決! 準決勝第二試合、常闇(バーサス)泡沫、スタート!!』

 

 続く三回戦第二試合、常闇対泡沫。試合開始と同時に常闇は横に跳び、先ほどまで自分が立っていた位置を撃ち抜く光線を紙一重で躱しきる。

 

「クッ──行け、黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨ!」

 

 威勢のいい返事と共に黒影(ダークシャドウ)が常闇の身体から飛び出し、泡沫に襲い掛かろうと迫る。しかし、間合いに入る手前で黒影(ダークシャドウ)は不自然に停止し、藻掻くようにのたうち始めた。さながら蜘蛛の巣に囚われた虫のように。

 

「コンナノデ、俺ヲトメラレルトォ……!」

(糸が食い込んでいきますね。これでは止められませんか)

 

 黒影(ダークシャドウ)は数多の糸で拘束されてなお、泡沫に攻撃しようと腕を伸ばした。泡沫はそれを見て糸を消し、光の足場による全周防御に切り替える。実体こそあるが、黒影(ダークシャドウ)の体はスライムのような流体に近い性質を持っている。泡沫の描いた極細の糸は影の内側へと徐々に潜り込んでいき、完全にその動きを縛り続けることはできなかった。

 防御を破ろうと爪を立て攻撃を繰り返す黒影(ダークシャドウ)だが、天色の光の壁には傷一つつかない。有効打を与えられず手をこまねいている常闇に対し、泡沫は黒影(ダークシャドウ)を無視して周囲に再び4つの光球を描く。

 

(来る──ッ!)

 

 常闇が身構えると同時に、耳鳴りのようなノイズ音と共に光球から放たれた4発の光線が襲い掛かる。直撃狙いの2発を右に跳んで避けた常闇だが、回避先に置くように左右に撃たれた残り2発のうちの1発が常闇の胴体に直撃した。

 

「フミカゲ!?」

 

 囀りの直撃を受けた常闇は体をくの字に曲げて吹き飛び、それに気づいた黒影(ダークシャドウ)が思わず動きを止めて振り返る。痛みに呻きながら立ち上がろうとする常闇に、泡沫は足場を消しながらやはり冷めた声音で言葉を投げかけた。

 

「ここまでですね。降参してください」

「ここまで……? 俺たちは、まだ、戦えるぞ──黒影(ダークシャドウ)!」

「ッ、アイヨッ!」

 

 腹部を押さえながら立ち上がる常闇。真っ直ぐに泡沫を見据える瞳には未だ闘志が灯り、それに応えるように黒影(ダークシャドウ)も攻撃を再開する。

 その返答に泡沫は即座に防御を再展開しつつ、常闇から目を逸らして前髪を弄り始めた。前髪を弄る癖、それが彼女のストレス行動だと知っているのは2人の幼馴染だけだ。

 

(どうして……)

 

 泡沫には常闇の行動が理解できない。すでに勝敗はついたはずだ。実力の差を十分に理解できたはずだ。だというのに、なぜ彼はまだ戦おうとするのか。

 分からない。常闇に自分を倒せる手札がないのは明白だし、次の攻撃を避けることすらできないだろう。こんな状況でなぜそんな顔ができるのか。

 

「──なら、仕方ありませんね」

 

 諦め混じりの呟きと共に、新たな光球が浮かぶ。黒影(ダークシャドウ)の攻撃は変わらず泡沫のバリアを破れず、常闇は身を守ろうと防御の体勢をとった。

 

「フミカゲッ!」

 

 白い閃光が放たれ常闇に迫る。反射的に目を閉じそうになった常闇だが、突然視界一杯に広がった黒色に目を見開くことになった。

 

黒影(ダークシャドウ)……!?」

 

 間に割って入った黒影(ダークシャドウ)が盾になり、囀りの光が四方八方に拡散する。強い光を致命的な弱点とする黒影(ダークシャドウ)は、それでも常闇を守り切ったのだ。

 

「ゴメン、フミカゲ……」

 

 その言葉を最後に、力を使い果たした黒影(ダークシャドウ)は常闇の中に引っ込んでいった。数秒呆けるように固まっていた常闇だが、我に返ると身を震わせながら降参を宣言する。

 

「俺たちの、負けだ……」

「常闇くん降参! 泡沫さん、決勝戦進出!」

 

 ミッドナイトの宣言で試合が終了する。常闇は自分の弱さへの怒りを呑み込み、静かに礼をしてフィールドから去って行った。

 そんな常闇の姿から目を逸らすように、泡沫は俯き続けていた。

 

 

 

 試合が終了後。泡沫は選手用の控室で椅子に腰掛け、机に突っ伏していた。

 決勝戦前の小休憩。彼女の傍にはストローが噛み潰され、使い物にならなくなった紙パックのリンゴジュースが転がっている。しばらくそうしていた泡沫は頭を起こし、押さえるように顔に手を当てながら長くため息を吐いた。

 

「おかしいのは私でしょうか。それとも皆さんでしょうか」

 

 独り言を呟きながらも、恐らく前者だろうと結論付ける。そんな事は分かり切っている、自分はおかしいのだから。異常な自分が異常だと感じるなら、必然的に常闇や塩崎、緑谷は正常だということになる。

 この場に相応しくない自分が、とうとう決勝まで来てしまった。これはまさしく世の不条理の証明ではないだろうかと、そんな下らない考えが頭をよぎり、もう一度ため息が漏れる。

 

「……なんで、こんな事してるんでしたっけ」

 

 緑谷が試合を見たいと言ったから、というのはただの責任転嫁だ。別に断っても良かったのだから。学校の行事だから、負けるタイミングがなかったから、というのも違うだろう。緑谷の傍にいたかったからという不純な動機とはいえ、雄英ヒーロー科を選んだのは自分の選択なのだから。

 腕を動かした拍子に痛みを感じ、泡沫は左腕に視線を送る。アームカバーが外された左腕には新しい包帯が巻かれ、切ったところからはまだ血が滲んでいる。加減に失敗したかとも思うが、別段どうでもいいかと泡沫は思考を切り捨てた。

 

『よーしトイレはもう済ませたよな! それじゃあいよいよ決勝戦を始めようか!』

 

 プレゼントマイクの声がスピーカー越しに響く。どうやらもう時間のようだった。

 気怠そうに立ち上がる泡沫。アームカバーを付け直すとゴミ箱に紙パックを投げ捨て、控室を出てフィールドへと歩きだした。

 

 

 

 決勝戦。スタジアムは熱狂に包まれ、まさに盛り上がりも最高潮に達していた。

 実況のプレゼントマイクは試合開始を前に、隣に座る相澤へ最後の試合について話題を振ろうと声をかける。

 

『さて解説のイレイザーさん。いよいよ決勝ですがこの試合、どんな展開になるとお考えかな?』

『急になんだそのキャラ。そうだな──爆豪にせよ泡沫にせよ、戦闘能力()()ならプロと比較しても引けを取らない。それ以外は未熟もいいところだがな』

 

 それは相澤の掛け値なしの評価だ。とはいえ、戦闘能力が高いというのは単純に褒められる要素かと言われるとそうでもない。精神的に未熟、あるいは不安定な人間が強力すぎる凶器を持っている。それがどれほど危険かはわざわざ語らずとも明白だろう。

 特に問題児の多い今年の生徒をどう導くか、相澤としては頭の痛い話だった。

 

『試合展開だが、爆豪が泡沫をどう攻略するかだな』

『ほうほう。そりゃまたなんで?』

『泡沫は典型的な砲撃型の戦闘スタイルだが、強固な防御手段に接近対策まで持ってる。対する爆豪の強みは火力と機動力なんだが、俺の知らない隠し玉でもない限り中距離の撃ち合いじゃ泡沫には勝てないだろう。必然的に攻めるのは爆豪側になる』

『なるほどなぁ。それじゃ、準備も整ったところで選手の登場だ!』

 

 プレゼントマイクの言葉と共に、泡沫と爆豪がフィールドに姿を現した。指定位置についた爆豪はいつも通りの凶悪な人相で泡沫を睨みつけるが、泡沫の方は無表情のままどこ吹く風だ。

 

「泡沫! てめェのことだ、どうせまた考えても仕方のねぇ事をウダウダと考えてんだろ。どうでもいいから、本気で来いや!」

 

 爆豪はそんな泡沫の様子に苛立ちを隠しもせず食って掛かる。そこでやっと爆豪と目を合わせた泡沫は長く長くため息を吐き、今まで纏っていた気怠げな雰囲気を一変させた。

 

「相変わらず、あなたは勝手な人です。──いいでしょう、あなたと私の仲です。()()()あげますから、昔のように悔しがるといいですよ」

「ハッ、上等だ。今日こそ俺の方が上だって証明してやっからよォ!」

 

 泡沫の返答に満足したのか爆豪は牙を剥き、凶暴な笑みを浮かべながら試合開始の合図を待つ。

 空気を読んで黙っていたプレゼントマイクも会話が終わったようだと判断し、遂に決勝戦のゴングが鳴らされようとしていた。

 

『よし、もう言葉は不要だな!? それじゃあラスト! 雄英1年の頂点がここで決まる!! 決勝戦、爆豪(バーサス)泡沫──スタート!!!』

 

 試合開始と同時、爆豪は右斜め上方向に跳んだ。ほぼ同時に先ほどまで爆豪が立っていた位置とその左右、そして頭上を計4発の光線が通り過ぎていく。

 

(読み勝ったッ!)

(外れです)

 

 泡沫の初撃を躱し、連続で爆破を繰り返し高度を上げていく爆豪。そのまま準決勝でも見せた必殺技、榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)の構えを取る。

 その隙だらけの爆豪を撃ち落とそうと泡沫は次を構え、

 

「あっ──」

()()()()()()()()()()よなァ、てめェは!!」

 

 声を漏らした泡沫は光球を消し、爆豪が錐揉み回転しながら突撃を開始する。()()()()()()()()。この位置と角度では、囀りはどうやっても爆豪の背後にいる観客たちを撃ち抜いてしまう。

 舌打ちをしながら光の足場による防御に切り替える。泡沫は全周防御で自身を覆い、爆豪の必殺技を真正面から受ける構えだった。

 

「──()()()()

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!!」

 

 爆豪がバリアと衝突し、巨大な爆発がフィールドを襲う。爆風と轟音がスタジアムを揺らし、爆炎と煙によって着弾地点は何も見えない有様だった。

 

『爆豪! 轟を打ち破った必殺技を叩きつけたァ! 開始早々これで決着かぁ!?』

『上手いな、泡沫の長射程を逆手に取って迎撃を封じた。よく考えてるよアイツは』

 

 大技の反動で体勢を崩しながらも着地し、爆豪は油断なく爆煙の先を睨みつけていた。業腹だが、あれでは仕留め切れていないという確信が爆豪にはあったのだ。

 

「ッ──チッ!」

 

 かくしてその予感は的中する。煙の向こうから聞こえたノイズ音を認識し、爆豪は放たれた光線を身を屈めて避ける。出鱈目に乱射された囀りはフィールドの地面やスタジアムの壁を破損させ、爆豪は距離を取りつつそれらを回避しきった。

 光線によって煙が切り裂かれ、天色のバリアで覆われた泡沫が姿を現す。

 

『姿を現した泡沫、まさかの無傷! アレ喰らってもノーダメとかどうなってんだぁ!?』

 

 プレゼントマイクの驚きの声に伴って会場が沸く。試合を見ていたA組の者たち──早退した飯田と別の場所で見ている轟を除く──もこれには驚きを隠せなかった。

 

「うわマジかよ、泡沫のバリア硬すぎねぇか?」

「アレでも破れんとは……」

 

 若干引き気味の上鳴に常闇も同意するように呟く。それと同時に、あれだけの強度があるなら昼間の黒影(ダークシャドウ)では壊せないはずだと納得もしてしまう。

 一方、蛙吹は口に指を当てながら冷静に戦況を分析していた。

 

「これで爆豪ちゃんが一気に不利になったわね。どうするのかしら」

「正面からはどうやっても有効打にならねぇってことだもんな。なぁ緑谷、泡沫って何か弱点とかねぇのか?」

 

 蛙吹の言葉に反応した切島が腕を組みながら緑谷に話題を振る。振られた側の緑谷は若干考え込むような仕草を見せ、試合中の2人に視線を戻しながら語り始めた。

 

「弱点──って言っていいかは分からないけど。多分、ゆめちゃんの攻略方法は大雑把に考えて三つ。一つは大火力で無理やり突破する方法で、これはさっき失敗した。もう一つは飯田くんみたいに速度で隙を突く方法だけど、これも難しいと思う。そして三つ目、これが一番現実的なんだけど、カウンターを狙う方法」

「カウンター?」

「うん。ゆめちゃんの〝個性〟は意識的にもリソース的にも、何かに集中すれば他が疎かになる。攻撃に意識と〝個性〟のリソースを割かせた上で上手く反撃を当てられれば──」

「防御が間に合わなくなる、か」

 

 後ろの席から身を乗り出した尾白が緑谷の言葉を引き継ぎ、緑谷もその回答に頷いて返す。周囲は納得する者もいれば、どうすればその状況に持っていけるかを考えこむ者もいた。

 そうしている間に試合も再び動き出し、爆豪は再び爆破の反動で上空へと飛び上がっていく。それをただ見送った泡沫はバリアを消して再び光球を描き、そして撃った。

 

(撃ってきやがっ──ッ!?)

 

 驚きつつも爆豪は直撃狙いの2発を連続して避け、続いて()()()()()()()()()()()左右の2発をその超人的な反射神経と身体能力で躱しきる。

 

「おや、避けますか。できれば今ので仕留めたかったのですが、実に残念でなりません」

 

 やれやれと首を振る泡沫だが、言葉とは裏腹にその表情に驚きや悔しさはない。淡々と次を構え、光球を描いていく。爆豪から狙いを外して次々と放たれる光線は途中でその軌道を変えて襲いかかり、最後は地面か何もない空へと消えていった。

 空想の光は物理法則に囚われない。事前に軌道を曲げて描いておけばどんな角度、どんな軌道であろうとそれは現実になる。

 

「よく避けます。では、少し数を増やしてみましょう」

 

 言葉と共に同時展開数を倍の8発に。少しなどと軽く言いながら、泡沫はその圧倒的な手数で爆豪を圧殺しにかかった。

 

『爆豪、泡沫の猛攻を避けて避けて避けまくる!! いやマジですげぇな、どうなってんだ!?』

 

 プレゼントマイクの驚きの言葉をよそに、爆豪は密度を増した弾幕を爆破による変則機動で躱し続ける。小鳥の囀りは銃弾のような点ではなく線の攻撃だ。たとえ先端部を避けようと、照射中の光線に飛び込めば当然巻き込まれてしまう。直撃こそ食らっていないが、距離を詰めようとすれば読まれているかのように光線がそれを遮り接近を許さなかった。

 

「ガッ──」

 

 光線が爆豪の肩を掠める。衝撃で体勢を崩したところに追撃の光が迫り、爆豪はその状態のまま爆破の反動で下方向に吹き飛ぶことで難を逃れた。

 かなりの勢いで吹き飛んだ爆豪は地面に叩きつけられる寸前で強引に体勢を整えて着地し、両手を大きく広げる。

 

「クソがッ! 発煙弾(スモークグレネード)!」

 

 不発したかのような不自然な爆発と共に大量の煙がまき散らされ、爆豪の姿が消えた。この技は不完全燃焼のような形で爆破を起こし、大量の煙で視界を潰す泡沫対策の技だ。自分の視界も潰れる上に煙の中では呼吸も困難だが、基本的にその場から動かない泡沫相手であれば視界不良は問題にならない。

 煙幕の中に身を隠しつつ、爆豪は泡沫に向かって走っていく。爆豪の位置を特定できない泡沫は勘で乱射せざるを得ず、そんな状態で命中は期待できない。

 

(視界潰し。先ほどといい、さすがに考えていますね。──全くもって、めんどうくさい)

 

 観客を盾にした迎撃封じに視界潰し、明らかに対策している動き方。今までの相手のようにはいかないと認識を改め、泡沫は煙目掛けて囀りをばら撒いた。当たればよし、当たらなくても別によし。その程度の軽いノリで牽制を繰り返す。

 数度の掃射の後、左前方で不自然に煙が揺らめいた。即座に複数の光線が周囲ごと撃ち抜き、その正体に泡沫は目を見開く。

 

(体操着だけ。──ッ!)

()った!」

 

 その直後、泡沫の右側面から放たれた巨大な爆発が泡沫を呑み込んだ。

 

『あぁーっと!? 爆豪、麗日戦で使われた戦術を今度は自分が使ったぁ! 今度こそ決まったかぁ!?』

 

 奇襲に成功した爆豪だが、その瞳は油断なく爆炎を見つめている。今のでは遅かったという彼の直感は的中し、再び光線が爆豪に襲いかかった。サイドステップと同時に爆破の反動で距離を稼ぎ、泡沫との距離を維持しつつ囀りの加害範囲から離脱する。

 爆煙が晴れ、再びバリアに覆われた泡沫が姿を現した。黒いタンクトップ姿の爆豪を感情の読めない瞳で眺めながら、泡沫は皮肉気に口を開く。

 

「見覚えのある戦術です。小細工とは、らしくもない」

「ハッ。てめェ相手に勝ち方を選べるとは思ってねぇよ!」

 

 凶暴な笑みを浮かべながら駆けだす爆豪。距離を取っても勝ち目がない以上、勝利のためには前進あるのみ。4つの光球から放たれる光線を紙一重で躱しながら接近し、ついにあと数歩で光の足場に手が届く距離まで近づいた。

 

「──紅蓮の蝶」

 

 防御の内側で、泡沫が口元に笑みを浮かべながら呟いた。その瞬間、デフォルメされた複数の紅い蝶が爆豪の周囲で舞い始める。爆豪は気づくと同時になりふり構わず後ろに跳び、一瞬遅れて手のひらサイズの蝶たちが爆発して直径2m程の火球となった。

 

「綺麗でしょう? これを見せるつもりはなかったのですが、気が変わりました。あなたの得意で遊んであげましょう」

 

 紅蓮の蝶──これは初日のボール投げの時にトレパクした爆発、それをきちんとした作品として仕上げ直したものだ。まるで自慢するように泡沫は問いかけ、防御を解くと自身の周囲に十数匹の蝶を羽ばたかせる。

 爆豪は再び距離を取らされたことに舌打ちしつつも、内心では高揚していた。不利な状況であるにも拘らずその表情から笑みは消えず、あの泡沫をその気にさせている事実がさらに戦意を高めていく。

 

「相変わらず性格の悪い野郎だな、てめェは」

「あなたにそう言われるのは些か心外ですが。まぁいいでしょう」

 

 泡沫の周囲を飛び回っていた蝶たちが消え、新たに描き直された蝶が群れを成して爆豪に襲いかかった。

 

(見た目の印象より速ぇ──!? 羽ばたきと実際の動きが一致してないせいか!)

 

 次々と爆発していく紅い蝶を避けながら、爆豪は冷静に攻撃の特性を分析をしていく。小鳥の囀りより変則的な挙動に加え、爆発するため加害範囲も広がっている。回避のためには大きく動かざるを得ず、次々と蝶が飛んで来るせいで距離を詰めることは先ほどよりも困難になった。

 

「バカスカ撃ちやがってよぉ。芸がねえなァてめェも!」

「負け惜しみでしょうか。飽和攻撃は軍隊でも採用されている基本戦術ですよ」

 

 爆豪の煽りも意に介さず、泡沫は十数匹にも及ぶ蝶による爆撃を繰り返す。相手の対処能力を上回る規模で攻撃を行えばいずれは当たる道理。泡沫は膨大な出力と容量(キャパシティ)でそれを実現していた。

 正面に割り込んできた蝶を後ろに跳んで避け、背後に回り込んでいた蝶が爆発する。爆豪は地面に叩きつけられるように吹き飛ばされるも、即座に身を起こすと爆破でその場から離れて追撃の蝶を回避した。

 

「クッソがァ!」

 

 怒りに任せて吠える爆豪だが、このままでは削り殺されて終わるという確信が焦りを積もらせる。蝶の爆発が煙を吹き飛ばしてしまう以上、先程のような煙幕による目眩ましも難しい。

 

(これだけ派手にやってんだ! ぜってぇどこかで綻ぶ!)

 

 〝個性〟とは身体機能の一部だ。全力疾走をいつまでも続けられる人間などいないように、〝個性〟を使えば当然消耗は避けられない。

 今はとにかく焦るなと回避に徹する爆豪。泡沫はそんな爆豪を見据え、未だに消えないあの凶暴な笑みに疑問を抱く。

 

(なぜ、仕留められないのでしょうか。どうして、この状況で笑っていられるのですか……?)

 

 火力も、射程も、手数も、圧倒的に自分の方が優っている。だというのに、未だ致命打を与えられていない。優勢なのは明らかに泡沫であるにも拘らず、その理解できないものへの恐れと苛立ちが──彼女に選択を誤らせた。

 

「なら、これならどうです」

 

 今まで描いていた蝶たちを全て消すと自分を全周防御で覆い、泡沫は自分の頭上に巨大な──開張3mを上回る紅い蝶を描き出す。

 それを見た爆豪は反射的に突っ込んでいった。爆破の反動で跳躍し、高度を確保すると両腕を泡沫に向ける。これは賭けだ。手のひらサイズの蝶でもあの規模の爆発だったのだから、あの巨大な蝶が爆発すればどれ程の規模になるか予測もできない。もしフィールド全体が加害範囲なら、退けば確実に負けてしまう。

 

「遅い」

 

 泡沫の言葉と共に蝶が爆発した。巨大な火球がフィールド全体を焼き払い、それと同時にもう一つの爆発音が会場に響き渡る。

 

『泡沫! ここに来てさらなる大技を繰り出したぁ!! 爆豪はどうなったぁ!?』

 

 爆風と熱がスタジアムを襲う中、爆豪は唯一の逃げ道である上空へと逃れていた。大火力の爆破で威力を相殺しつつ、自分は反動で上に吹き飛ぶ。フィールド全体を呑み込んだ火球を見下ろしつつ、爆豪はここが最後の勝機だと理解していた。ダメージの蓄積に加えて、爆豪自身も〝個性〟を使い過ぎている。ここを逃せばもはや勝ちの目はない。

 火球が消え、焼け爛れたコンクリートの地面とバリアに覆われた泡沫が姿を現す。直後に光の足場がひび割れて砕け散るように掻き消え、同時に爆豪は錐揉み回転しながら泡沫に突撃した。

 

榴弾砲(ハウザー)──!」

(まだ!? 見えない……!)

 

 爆発音に反応して上空を見上げた泡沫だが、爆豪が太陽を背に突撃してきたことで目を眩ませてしまう。もはや迎撃は間に合わず、再び全周防御による守りに切り替えた。

 どの道、あの技でこちらの防御は貫けない。そう高を括っていた泡沫に、爆豪は技を途中でキャンセルして滑るように正面に着地し、

 

閃光弾(スタングレネード)──!」

「ッ──!?」

 

 爆破によって両手から強烈な光を浴びせかけた。ここまで隠し通してきたもう一つの泡沫対策。〝個性〟の使用を視覚に強く依存している泡沫は、潰された目が回復するまでの間はまともに動けない。

 

(視界を……!? ですが防御を抜く手段は──)

 

 本当に、ないのだろうか? あの爆豪が何の策もなしにこんな事をするだろうか。自分の知る幼馴染(かっちゃん)なら──

 

(何かある……!)

 

 1秒にも満たない時間で泡沫は結論を弾き出す。そうして今の足場の内側にもう一枚防御を張ろうとして、()()()()。今まで枯渇しないよう意識して運用していた泡沫だが、先ほどの巨大な紅蓮の蝶と全周防御2回で、〝個性〟のリソースを一時的に使い果たしたのだ。

 爆豪が泡沫の右側面に回り込み、攻撃の構えを取った。泡沫に右の手のひらを向け、右手の前で左手で筒の形状を作る。そうして牙を剥いて笑った爆豪は、その場にいる全員に宣言するかのように吠えた。

 

「俺の、勝ちだァァァアア──!!!」

 

 眩い閃光が走り、爆炎と轟音がスタジアムを揺らした。左手を砲身として使うことで圧縮された爆破は泡沫を呑み込み、反動で爆豪を大きく吹き飛ばす。

 受け身も取れずに地面を跳ね、うつ伏せに倒れながらも爆炎の先を睨む爆豪。そして起き上がろうとして、両手から発せられる激痛に表情を歪めた。無茶な大火力の運用で両手はズタズタになり、血を流している。とはいえ、下手をすれば指どころか手ごと吹き飛んでいてもおかしくなかったのだ。この程度で済んだのはむしろ僥倖だろう。

 

『爆豪! 至近距離でさっき以上の大爆発をかましたぁ! こりゃ今度こそ決まったんじゃねぇか!?』

『片手を砲身にすることで爆発を圧縮、威力を増大させたか。無茶しやがる』

 

 プレゼントマイクの言葉で会場に更なる歓声が沸き起こるが、相澤は呆れ気味だ。やはり今年のクラスは問題だらけだと、うっすら頭痛を感じていた。

 未だ晴れぬ爆煙。息を乱しながら立ち上がった爆豪だが、耳鳴りのような独特の高音を聞くと同時にしゃがみ込んで身を伏せる。その直後、煙の向こうから横一線に薙ぎ払うように雪色の光線が走った。

 煙を切り裂いて姿を現した泡沫。境界線──先ほどの攻防でラインそのものは消えているが──のライン際に立っている彼女の右腕は爆破を食らったことで焼け爛れ、体操着もボロボロになっている。一歩、二歩と歩き出した泡沫は皮肉気に口を開き、

 

「全く、やってくれます。ですが惜しかっ、た……」

 

 爆豪の姿を見て、言葉に詰まった。泡沫の瞳は動揺に揺れ、視線は爆豪の両手に注がれている。

 一方、アドレナリンの過剰分泌でハイになっている爆豪はそんな泡沫の様子にも気づかず、牙を剥いて彼女に吠えかかった。

 

「ああ、そうだよなぁ! てめェがあのぐらいでやられる訳がねぇよなァ! こっからだ! 行くぞ泡沫ァ!!」

 

 走り出す。もはや〝個性〟は使えない状態だが、そんなものは関係ない。()()()()()()()()()姿()()()()()爆豪に、退くなどという選択肢はないのだから。

 

「──いいえ。ここまでです」

 

 対する泡沫は、それを拒絶した。自ら後ろに跳び、ラインを越えて場外に出る。その行動に、爆豪も、審判(ミッドナイト)実況(プレゼントマイク)も、観客たちも唖然として、会場は異様な静けさに包まれた。

 

(アイツ……体より先に精神(こころ)に限界が来たか)

 

 異様な空気に包まれるスタジアムの中で唯一、相澤だけが泡沫の状態を正しく認識していた。

 

「う、泡沫さん場外! よって、爆豪くんの──」

「ふっざけんじゃねえぞ!!!」

 

 我に返ったミッドナイトの宣言を爆豪が遮る。俯く泡沫に走り寄った爆豪はそのまま体操着の襟を掴んで引っ張り、俯く彼女を睨みつけた。

 

「こんな……こんな勝ちじゃ何の意味もねぇんだよ! 全力のてめェに勝たなきゃ、そうでなきゃ俺は……!」

「ごめんなさい。でも、これ以上はできません──やりたく、ないです……」

 

 泡沫は決して目を合わせないまま、謝罪の言葉を口にした。無抵抗のまま掴みかかられ、泡沫の体操着が爆豪の血で汚れていく。

 慌てて止めに入ったミッドナイトが2人を引き剥がし、間に割って入ると爆豪を制するように片手で押さえた。

 

「止めなさい爆豪くん! 不本意かもしれないけど、もう試合は終わったの」

 

 ミッドナイトの言葉に爆豪は奥歯を噛み締め、やり場のない怒りをぶつけるかのように叫ぶ。

 

「クッソがぁぁぁぁああああ!!!」

 

 こうして、雄英体育祭トーナメントの決勝戦は終わりを迎えた。

 

 

 




 たくさんの高評価を頂きとても嬉しく思っています。ありがとうございます。

 ようやくトーナメントまで終了しました。ここまで時間がかかるとは予想できなかった。
 今後もよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。