空想少女のヒーローアカデミア   作:いぬはいぬ

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いずくのゆめ

 ゆめちゃん。僕に縋りつくように眠っている大切な幼馴染。

 物静かで面倒くさがりな、絵や工作が得意で水族館が好きな女の子。

 僕をヒーローだって言ってくれた。僕が守りたいと思った、救けたい人。

 

「ゆめちゃん……」

 

 ゆめちゃんの手をそっと撫でると、僕のシャツを掴む力が少しだけ弱まった。僕はこの細い腕に包帯が巻かれているのを知っている。その包帯の下にいくつもの切り傷があるのも。

 本音を言えば、止めさせたい。けれど、ただ止めさせるだけじゃダメだから。ゆめちゃんの自傷に気づいてからもう何年も経つけど、未だに解決策は分からないままだった。

 ネットで調べたりもしたけど、いわゆる特効薬みたいなものはなかった。僕にできることは、ただゆめちゃんに寄り添うだけ。昔からずっと、僕にはそれしかできなかった。

 

「……ゆめちゃん」

 

 小声で呼びかけても起きる様子はなかった。さっきまで片頭痛で辛そうにしていたけど、今は僕に身を寄せたまま穏やかな寝息を立てている。

 ゆめちゃんはいつも気怠げで、眠そうにしてる。こうしているとそうは見えないけど、実際あまり眠れていないと、1人だと寝付きが悪いって言っていた。

 最近は平気みたいだけど、以前は泊まりの時もなかなか寝付けなかったり、夜中に起きてしまうこともよくあった。そんな時は今みたいに、僕の隣だと安心して眠れるみたいだった。そのせいでお母さんにあらぬ誤解をされたこともあるけれど。

 ゆめちゃんと出会ってもう10年以上経つけど、出会った日の事は今でも鮮明に思い出せる。あの日がなかったら僕は、ゆめちゃんはどんな人生を歩んでいたんだろうって、時々考える。

 

 当時の僕はまだ4歳だった。かっちゃんに爆破の〝個性〟が出て、僕はどんな〝個性〟だろうと夢見ていた頃。

 その日は朝から曇り空で、お母さんに傘を持たされて遊びに出かけた。案の定お昼を過ぎたぐらいから雨が降り出して、早々に解散したその帰り。公園のベンチで俯く、白い髪の女の子を見つけたのが始まりだった。

 雨の中、ずぶ濡れで座っているその子が心配で声をかけた。家に帰れないと言っていたから、僕の家に連れて行った。当時の僕には分からなかったけど、ゆめちゃんは母親から虐待を受けていた。

 ゆめちゃんを連れて帰ってきた僕を見て、当たり前だけどお母さんはびっくりしてた。慌ててお風呂を沸かして、ゆめちゃんを脱衣所に連れて行って。ゆめちゃんは怯えた様子だったけど、されるがままだった。

 お風呂から出て、話を聞いて、この日はお母さんがゆめちゃんを家に送り届けることになった。僕も付いて行ったけど、ゆめちゃんの母親は若くて美人な優しそうな人って印象で。とても自分の子どもを虐待しているようには見えなかった。

 母親に手首を掴まれたゆめちゃんが家に入っていく時。僕を見て『ありがとう』って言っていたけど、その目は救けを求めている様に見えた。実際、その通りだった。

 

 この日以降、僕はゆめちゃんと遊ぶようになった。ゆめちゃんとは幼稚園が違った──正確にはそもそも通ってなかった──けど、かっちゃんや当時一緒に居た子たちにゆめちゃんを紹介したりもした。

 ゆめちゃんは凄い子だった。あんまり積極的に遊ぶ方じゃなくて、僕のそばに居ることが多かったけど。やれば本当になんでも出来た。かっちゃんがしょっちゅう勝負を挑んでは、毎回返り討ちにされていた。

 水切り、かくれんぼ、ボール遊び、ゲームでの勝負、本当に色々やってたけど、そのほとんどでゆめちゃんが勝って、その後かっちゃんが勝つまで続けるのがお決まりだった。

 これは僕の推測だけど、ゆめちゃんの空想はイメージを現実にするだけの〝個性〟じゃない。正確に言うと、凄くできる事の幅が広いんだと思う。例えば体の動きを補助するだとか、ボールの動きを操るだとか。かっちゃんとの勝負に勝ってたのも多分、無意識に〝個性〟を使ってたからだと思う。少なくともゆめちゃんに自覚はないみたいだし。

 今でもそうだけど、僕にとってかっちゃんは凄い人だったから衝撃だった。かっちゃんに勝てる子なんて周りにはいなかったから皆も驚いてた。この時、ゆめちゃんを仲間外れにする方向に行かなくて本当に良かったと思う。

 学区が違ったから小中と一緒に学校に行くことはなかったけど、僕とゆめちゃんの付き合いはずっと続いてた。かっちゃんも勝つまで何回でも──ゆめちゃんがうんざりするぐらいに──挑みかかってた。

 

 そんな生活が続いてたけど、事件が起きたのが小学5年生の時。かっちゃんたちと軽い山登りに行った日、ゆめちゃんが()()()()()()。事故とか、足を滑らせたとかじゃなくて、自分から。

 崖の下には沢があって。ゆめちゃんが立ち止まってずっと下を見ていると思ったら、まるで吸い込まれるみたいに足を踏み出していた。僕は慌てて止めに行ったけど間に合わなくて、2人仲良く崖から落ちた。

 かっちゃんや一緒に来てた子たちの悲鳴が聞こえて、僕はここで死ぬんだと思った。けど、ゆめちゃんの〝個性〟のおかげでお互いなんとか無事に着地できた。その後はまぁ、色々大変だったけど。あの時のゆめちゃんの顔は一生忘れないと思う。

 どうしてこんな事をしたのかと聞けば、『ここから落ちたら楽になれると思った』とゆめちゃんはそう答えた。

 あの時は僕も必死で、ゆめちゃんに死んでほしくなくて、お願いだから生きて、いなくならないで、一緒にいてって、泣きながらゆめちゃんを抱きしめてた。

 ゆめちゃんの虐待が判明したのもこの時。思い返せば、前々から違和感はずっとあった。ゆめちゃんは夏場でも絶対に肌を見せなかったし、何かに怯えるみたいな様子を見せたり、自分は悪くないのに何度も謝ったり。それ以外にもいくつもおかしな点があったのに、僕は虐待という真実にちっとも気付かなかった。

 この事実を知ってかっちゃんはブチ切れてたし、僕も当然怒ってた。ゆめちゃんだけが、自分を虐待する母親を庇ってた。

 『私が悪いの、私が悪い子だから』ってゆめちゃんはそう言って、何度もごめんなさいと繰り返しながら泣いていた。

 その後はお母さんとかっちゃんの両親もこの話を聞いて、親同士で話し合うことになった。詳しい事は分からないけど、かっちゃんのお母さんが凄かった、らしい。

 少なくともこれ以降、虐待はされてないみたい。ゆめちゃんのお母さんは今病院に通ってるって、お母さんは言ってた。

 

 この一件以降、今まで以上にゆめちゃんは僕にべったりになった。この頃のゆめちゃんは酷く不安定で、僕に縋りついて捨てないでと懇願したり、過呼吸やパニックを起こすこともよくあった。放っておくと自分の事すらやらなくなっちゃうから、常に気にかけるようにしてた。

 僕がゆめちゃんを守らなきゃって、強くそう思った。正直に言えば、ゆめちゃんに必要とされることに僕は喜びを感じてもいた。〝無個性〟のデク(ぼく)にも出来ることがある、必要とされているって。共依存だったと思う。

 ゆめちゃんは昔から、ふと気づいたら幻みたいに消えてしまいそうな、そんな儚げな印象の子だったけど。当時は目を離したら、その隙に今度こそ死んじゃうんじゃないかって、僕もかっちゃんも気が気じゃなかった。実際にそうなりかけた事も、何度かあった。

 それでも僕の家とかっちゃんの家総出でゆめちゃんの面倒を見て、少しずつだけど回復しているように見えた。

 今では随分と安定したと思っていたけど、それは間違いだった。自分で自分を傷つけながら、ゆめちゃんは必死に取り繕ってただけだった。僕やお母さんたちに迷惑をかけないようにって。

 自傷を始めたのは中1の冬頃だって、ゆめちゃんは言ってた。ずっと一緒にいたのに気付けなかった自分が不甲斐なかったし、相談すらしてくれなかったのも正直悔しかった。迷惑だなんて、そんな事気にしないでいいのに。僕は頼ってほしいって思ってるのに。

 

「ゆめちゃん──」

 

 ゆめちゃんの背中に手を回して、軽く抱きしめる。僕とは違う、折れちゃうんじゃないかって心配になるぐらい華奢な体を。

 僕には今、秘密がある。ゆめちゃんにも、お母さんにも、誰にも言えない秘密。憧れの人(オールマイト)から〝個性(ちから)〟を受け継いだなんていう、コミックみたいな話。

 ヘドロのヴィランに襲われたあの日、僕はオールマイトに出会った。どうしても聞きたい事があって、跳び去ろうとするオールマイトにしがみ付いて、結果的に大勢の人に迷惑をかけた。

 〝無個性〟でもヒーローになれるか、オールマイトはこの問いに無理だと答えた。分かってはいたけれど、それでもやっぱり悔しかった。けれど、この言葉のおかげでこの時は諦めもついた。オールマイトみたいなヒーローにはなれなくていい、ゆめちゃんだけのヒーローになろうって決めることができたから。

 でも、結局この決意はすぐにひっくり返った。僕のせいで逃げ出したヘドロヴィランにかっちゃんが襲われて、僕が無謀にも駆け出して、またオールマイトに救けられた後。

 『君はヒーローになれる』とオールマイトは僕にそう言った。僕に秘密を明かして、〝個性〟を授けて、雄英に合格できるように鍛えてくれた。まだ全然扱えないけど、僕をスタートラインに立たせてくれた。

 ゆめちゃんにもたくさん助けられた。受験勉強にも付き合ってもらって、何かと気遣ってくれて、ゆめちゃんがいたから過酷なトレーニングも全然苦じゃなかった。

 今の僕が目指すのは、両取りだ。オールマイトみたいな最高のヒーローになって、ゆめちゃんのヒーローにもなる。笑顔で皆を救けて、ゆめちゃんを守れるヒーローに。

 ゆめちゃんもヒーローを目指すって聞いた時は驚いたけど、今はそれでよかったって思ってる。一緒にヒーロー活動っていうのもいいし、ゆめちゃんには目標があった方がいいと思うから。それに、ゆめちゃんは本当は凄いんだって、僕はちゃんと知ってるから。

 

 これからの生活に胸を膨らませる。僕がずっと憧れて、そして諦めていた夢を叶える機会に恵まれた。僕は〝個性(さいのう)〟には恵まれなかったけど、人に恵まれた。オールマイトに、ゆめちゃんに、お母さんに、実技試験の時に助けてくれた麗日お茶子(いい人)に。僕は皆に助けられて、雄英に合格できた。

 人の夢と書いて儚い、夢も人生も泡のように消えてしまう幻みたいなもの。いつだったか、ゆめちゃんは何もかもを諦めたような笑顔でそう言ってた。この時の僕はその言葉に何も返せなかったけど、そんな事はないんだって、夢は叶うものだってゆめちゃんに証明したい。

 そうすれば、ゆめちゃんも前を向けるようになるんじゃないかって、そう思うから。

 

「ねぇ、ゆめちゃん」

 

 僕、頑張るから。君を守れるぐらい強くなるから。そばに居て、僕の事を見ていてほしい。なんて、さすがに気持ち悪いから直接は言えないけど。

 もし、もしもお互い大人になって、ゆめちゃんがちゃんと自分の人生を生きられるようになったら。それでもまだ僕と一緒に居たいって思ってくれたなら。その時は──

 

 

 




出久から見た夢望の話。
出久は特定の相手ができたら凄く重いと思います(偏見)。ましてや自分がいないとダメな子だったら尚更。原作でも爆豪やオールマイトにあれなんだから間違いない。
それと勝己は勝とうと足掻いてる時が1番輝いてると思います。なので頑張ってもらいましょう。
後書くタイミングがなかったですが、この二次創作ではワンチャンダイブは言われてません。夢望の飛び降りがトラウマになってるので。
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