さて、ヒーロー科と言っても雄英は高校なわけです。当然普通に授業があります。私たちはそれに加えてヒーロー科専用の科目もあるんですが、そんな無茶をすればとても忙しいわけです。これ制度作る時に誰も突っ込まなかったんですかね。
まぁ学生生活が忙しいこと自体は別にいいです。少なくとも満員電車で長時間揺られるのに比べれば授業の方がよほど楽で簡単ですから。いや電車通学マジできついです。死ぬ。
「おらエヴィバディヘンズアップ!!! 盛り上がれー!!!」
「うるさい……」
顔をしかめながら聞こえないよう小声でぼやきます。頭痛いです。
今英語の授業をしているこの人もプロヒーロー。例のうるさい金髪、プレゼント・マイクなわけですが。この人も大概おかしいですよね、ヒーロー免許と教員免許持っててついでにラジオもしてるとかどういう生活してるんでしょうか。
そうして午前は必修科目の授業を受け、お昼は食堂でいずくんと私、麗日さんと飯田さんの4人で学食を頂きます。午後からはヒーロー基礎学なんですが、最初は何をやらされますかね。初手実技ってことはないでしょうけど。
「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!!!」
なんだコイツ。
テレビで見飽きる程に見た持ちネタと共に教室に入ってきたのはオールマイト。我らがNo.1ヒーローの登場にクラスも盛り上がっています。皆さん好きですよねぇ、オールマイト。
私としても、彼のことは嫌いではありません。どちらかと言えば尊敬しています。人生を賭けて〝平和の象徴〟という絵を描いた人。ですが、不幸な人でもあります。強大すぎる〝個性〟を持って生まれなければ、他の生き方もあったでしょうに。
「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」
無駄に勿体ぶってBATTLEと書かれたプレートを見せつけてきます。次いでオールマイトが壁を指差すと一部がスライドし、番号が書かれたケースが入ったロッカーが出てきました。今のどうやって動かしたんです?
ケースの中身は
「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!」
「「「はーい!!!」」」
威勢のいい返事と共に、皆さん意気揚々と自分のケースを手に取っていきます。実に楽しそうです。はぁ、私も行きますか。
というわけで更衣室に向かったわけですが、このクラスの女子は私を除けば6人。そのうち名前を把握しているのは麗日さんと芦戸さんだけです。結局クラスで自己紹介みたいなのなかったので仕方ないんですが、できれば仲良くしておきたいとは思うわけです。中学時代は悪い意味で有名でしたし、私も友達作ろうとかしなかったのでボッチ生活でしたし。何より私のせいでいずくんが不利益を被るのは本意ではありません。
まぁそれは後にするとして、ケースの中身はどうなっているでしょうか。開けると中には白を基調としたモノトーンのロングワンピースと黒のパーカー、ブーツにシュシュ。ふむ、要望通りですかね。袖口のリボンは知りませんが、かわいいのでいいでしょう。
「ふむ、存外悪くないですね」
煩わしい制服を脱いで着替えましたが、肌触りや着心地は問題なし。動きやすいですし、息苦しくもありません。なかなかいい仕事をしますね、さすがに国お抱えなだけあります。
「わー夢望ちゃんのかわいい!」
「いや、てか早」
着替えの途中で麗日さんともう1人、耳からイヤホンのプラグのようなものが生えている女子が声を上げます。まぁ私は脱いで着るだけのお手軽ワンピースですしね。万が一にも見えないように対策はきちんとしてありますが。
「そういう麗日さんはそれが趣味なんですか?」
麗日さんが手に持っていたコスチュームはヒーローでは割とよく見る全身を覆うタイプのスーツ。体のラインがもろに出るあれです。
「あ、いやこれは違くて! ちゃんと要望書かんかったらこうなっただけで……!」
「なるほど……」
真偽は知りませんが、当人がそう言うならそういうことにしておきましょう。やはり細かく指定して正解だったということです。
逆にプラグの人のはオシャレな感じですね。パンク系? 私と同じで私服としても普通に使えるでしょう。
「あ、名前、聞いてもいいですか?」
「え? ああ、ウチは耳郎、耳郎響香。よろしく、泡沫、でいいんだよね」
なんで名前知ってるんですか?
「ね! ね! 私のはどう!」
聞こうとしたところで、そう言ってコスチュームを見せつけてくる芦戸さん。なかなか奇抜な色使いのコンビネゾン? でいいんでしたっけこれ、にファーベストとアイマスク。肌がピンク色なのでこれぐらいの方が合うのかもしれません。
「いいんじゃないでしょうか」
やたらと距離が近い芦戸さんを受け流しつつ話を聞けば、個性把握テストの後の着替えで自己紹介していたそうです。あー、私いずくんに付いて行ってたんでその時居ませんでしたもんね。あのタイミングでしたかぁ。
「もしかして自己紹介する流れ? 私は葉隠透!」
次いで話しかけてきたのは手袋とブーツを装備した透明な人。初日からずっと気になってましたけど本当にすごい透明度ですね、手袋が浮いているようにしか見えません。──ん?
「……あの、葉隠さん。非常に聞きにくいのですが、どのようなコスチュームなんですか、それ」
「あ、これ? 手袋とブーツだけだよ!」
「えぇ……」
嘘でしょう。女性としてどうなんだという点に目を瞑っても普通に危ないと思います。学校や会社側は止めなかったんですかこれ。
次は相当長い黒髪に猫背の人。なんでしょう、緑色のスーツも相まって何かに似ているような──カエル?
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「よろしくお願いします。蛙吹さんもそういう系統のスーツなんですね」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「梅雨さん」
「……私は水場が得意だからウェットスーツなのよ」
なんですか、不満そうですね。そんな親しげな呼び方なんていきなりするものでもないでしょうに。
「八百万百です。よろしくお願いしますわ、泡沫さん」
「…………えぇ、はい。よろしくお願いします」
最後は例のポニテの人。正直に言ってしまえば、この人のコスチュームが一番ヤバいです。葉隠さんは見えないのでまだギリギリ言い訳できなくもないですが、八百万さんはこれダメでしょう。
レオタードなんでしょうが、どうして胸元やお腹を見せる必要があるんです? 手足も一切隠してないですし、身長が高くてスタイルもかなりいいとはいえ、これ相当自分の体に自信ないと着れないでしょう。さもなければそういう趣味です。
「八百万さん。それ、会社側で勝手にやったんですか?」
一縷の望みをかけて聞いてみます。
「いえ、要望通りですのよ。むしろ要望より布が増えているくらい──」
「…………そうですか」
はい、ダメです。私の中で八百万さんのヤバい人ランクが急上昇しました。ですがまぁ、人の趣味に対してとやかく言うものではありません。少なくとも当人は満足そうにしています。
しかしまぁ、なんというか、皆さん揃いも揃って陽のオーラを放っています。眩しすぎて焼かれそうです。比較的合わせやすそうなのは耳郎さんと蛙吹さんですかね。
今後上手くやっていけるか実に不安ですが、とりあえずは全員着替え終わったので移動します。
「格好から入るってのも大切なことだぜ、少年少女!!! 自覚するのだ! 今日から自分は──ヒーローなんだと!!」
オールマイトはそんな事を言っていますが。ヒーロー? 私が? はっ、改めて言われるとアホらしいですね。ヒーローなんて私には似合いません。
「あっ! ゆめちゃんのコスチューム、すっごく似合ってるよ! ゆめちゃんらしい感じ」
自嘲している間に寄ってきたいずくんがそんな誉め言葉を言ってきますが、私らしいってどんな感じなんでしょうか? いずくんからは私ってどう見えてるんですかね。
「ありがとうございます。いずくんがそう言ってくれるなら何よりですよ」
「あ、う、うん──ど、どういたしまして?」
まぁいいです。耳元に顔を寄せて、お礼だけ言っておきます。これだけでまたそんな照れてしまって、いずくんはかわいいですねぇ。
そんないずくんのコスチュームは例の引子おばさんお手製改造スーツなんですが。んー……これやっぱダサ──いえ、やめましょう。世の中には言葉にしない方が良いこともあります。
そんな会話をしていると、麗日さんがこちらに気づいて近づいてきました。
「あ、デクくん!? かっこいいね! 地に足ついた感じ!」
「麗日さ……うおお……!?」
……本気で言ってます? え、私がおかしいんですか? そんなバカな。いずくんもいずくんで麗日さんの格好に驚いて赤面しています。ああいうのがいいんですか? やっぱりいずくんも男子なんですね。……なんでしょうか、このモヤモヤした感覚。不快です。
ジトっとした目でいずくんを見ていると、パンと柏手を打ってオールマイトがクラスの注目を集めました。
「さぁ始めようか、有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!!!」
というわけで、初めてのヒーロー基礎学が始まったわけですけど。内容としては屋内での対人戦闘訓練をするそうです。いきなり? こういうのって普通順序があると思うんですけど。
私の疑問を余所にオールマイトは説明を続けます。詳細としては2人組でヒーローと
ヒーロー側は時間内に核を回収するか敵2人を確保しなければいけないのに対し、敵側はタイムアップまで粘るだけで勝てます。できれば楽をしたいものですね。
くじ引きの結果、私とコンビになったのは6本腕の人──障子目蔵さんだそうです──でした。ちなみにいずくんは麗日さんとコンビ。運とはいえ隣をとられました。いえ、別にいいですけど。ただの訓練ですし、気にしてませんし。
「泡沫、どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません。よろしくお願いしますね、障子さん」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
挨拶を交わしている間にオールマイトが対戦の組を発表。1戦目はヒーローがいずくんと麗日さん、敵が爆豪さんと飯田さんの組み合わせです。まるで狙ったようなカードですが、どうなりますかねこれは。
訓練を行う4人を残し、残りのメンバーは地下のモニタールームに移動します。そして始まった訓練の状況ですが、まぁ一言で言うと大分酷いものでした。
訓練そっちのけの私情丸出しでいずくんに襲いかかる爆豪さん。いずくん相手だと普段から大概アレな爆豪さんですが、今日は輪をかけて酷いです。オールマイトにも怒られた大爆発なんて、一歩間違えれば怪我では済まなかったでしょう。あなた本当にそういうところですよ。
で、最終的にどうなったかと言えば。核のある部屋の真下まで移動したいずくんが〝個性〟で天井をまとめてぶち抜いて、それで作った隙で麗日さんが飯田さんを攻撃。核を回収して勝利といった流れです。いずくんは見事に右腕を壊しました。はぁー、これほんと早くどうにかしないとダメですね。
さて、講評も終わり2戦目。敵側が私と障子さんで、ヒーロー側が紅白頭の轟さんと尻尾の尾白さん──障子さんに教えてもらいました──の組み合わせです。男子の方も早く名前を把握したいところですね。
「とりあえず、情報共有からしましょうか。私の〝個性〟は
ビルの5階。私たちは核の置かれた部屋で話をしていました。実演として右手にナイフを1本2本3本と出して見せ、そのまま放り投げて空中に浮かべてみます。
「ああ。俺の〝個性〟は複製腕、こうして──口や手、目や耳といった器官を複製できる」
障子さんが実演してみせた腕の先から口や目が生えている、という光景はまぁなんとも奇妙な感じです。複製した器官の方が高性能だとのことなので、索敵面ではこちらが有利とみていいでしょう。
傍にあった机に腰掛けつつ、次は相手の話へと移ります。
「尾白さんは見たまんまなのでいいとして、問題は轟さんです。テストの時、氷を生み出していたのとそれを溶かしていたのは見ましたか?」
「ああ」
「私が思うに轟さんの〝個性〟は熱量の双方向操作。まぁ、超強力な人間エアコンといったところでしょう」
原理は知りませんが、あの量の氷を一瞬で生み出せるなら間違いなく〝強個性〟です。出力、範囲、精度、いずれも分からない以上、最悪このビルは放棄する必要があります。冷やされるにせよ熱されるにせよ、人が活動できる環境には限度がありますから。
「具体的にはどう対応する?」
「一先ずは様子見ですが、私が前に出ましょう。最低でも轟さんは抑えるので、障子さんはここで待機し尾白さんが抜けて来るようなら相手をしてください」
一応両方あしらうつもりでやりますが、二手に分かれて外壁を上られたりしたらいささか厳しいです。尾白さんはどうとでもなりますが、轟さんは結構強そうな感じしますしねぇ。
「それは構わないが……泡沫の負担が大きすぎないか?」
「問題ありませんよ。どのみちあなたの〝個性〟で轟さんの相手はできないでしょう」
「それは、そうかもしれないが……」
煮え切らない様子の障子さんですが、こればっかりは仕方がありません。相性と
「別段気にする必要もないでしょう。人には得手不得手と相性があります。少なくとも私の〝個性〟は索敵には使えませんし、くじにしては私たちはいいコンビだと思いますよ」
「──ああ、そうだな。分かった、よろしく頼む」
「ええ、どうせやるなら勝ちましょう」
納得して頂けたのであれば良かったです。個人ならともかくチーム戦ですし、せいぜい障子さんに迷惑をかけない程度には働くとしましょう。めんどうですが。
しかし障子さんが付けてるマスク、あれなんでしょうね。苦しくないんでしょうか。制服の時も付けてましたし、私が思うにファッションではないと思いますが。
「どうかしたか」
「いえ。そのマスク、息苦しくないんですか?」
「通気性はいいんだ。問題ない」
まじまじと見過ぎたのか気付かれました。まぁわざわざ触れる必要もありませんか、誰しも隠したい事の一つや二つあるものです。
そう思いながらふと、無意識に腕を擦っていたのに気づいて、何事もなかったように袖口のリボンを弄ります。対策はしていますし、血が滲んでもアームカバーがあるので気付かれることはないでしょう。
『それでは屋内対人戦闘訓練、START!』
うるさ。オールマイトから通信がきました。
「それでは障子さん、手筈通りに」
「ああ」
さて、まずは障子さんが複製した耳で相手の出方を伺います。向こうはどう動きますかね。氷を使って屋上や上階に直接、なんてされたら少々厄介ですが。
「正面玄関から入ってくる。──っ! 泡沫、轟が何か仕掛けてくるぞ!」
「おや、早速ですか」
中に入ってすぐにということは、本当にビルごとやるつもりですか? まったく、〝強個性〟は怖いですねぇ。
「これは……! ビルが凍っていく!?」
障子さんの警告からすぐにビル内の温度が急速に低下し、室内が凍り付いていきます。冷気攻めできましたか。
「──
「これは……」
私と障子さんの周囲を天色の光の壁で覆います。これで氷漬けは避けられるでしょう。
光の足場。元々は文字通り足場として描いて、より便利な魔女の箒ができてお払い箱になっていた絵でしたが。攻撃を防ぐ壁としては使えそうですね、結構なことです。
「おお寒い。障子さん、向こうの様子はどうですか?」
「あ、ああ、待ってくれ。──轟は階段へ、まっすぐ5階を目指すようだ。尾白は1階から順に探索している」
「ふむ。それでは、私は予定通りに轟さんをあしらいます。障子さんはここで待機し、情報は適時伝えてください」
腰掛けていた机から立ち上がって体を伸ばし、深呼吸をします。あー、寒い。あまり長居はしたくないですね。寒いのは嫌いです、いい思い出がありませんから。
「分かった。だが、無茶はしないでくれ。ダメそうならすぐに下がって体勢を立て直そう」
「大丈夫ですよ。少なくとも純粋な〝個性〟の撃ち合いでは負けないでしょう」
さっきのやり取りで轟さんの〝個性〟の出力の程は大体理解しました。押し負けることはないでしょう。
心配する障子さんを余所に扉を開けようとしますが、凍っているせいで動きません。仕方ないので二度三度と蹴りつけるとどうにか開きました。手間をかけさせます。
「さて、やりますか。めんどうですが」
階段に向かいながら独り言ちます。が、そういえばオールマイトは通信常に聞いているんでしたっけ。今の発言マイナス評価されませんよね?
陣取るのは4階の5階の間の踊り場。この建物の構造ならば階段を抑えるだけで簡単に上への侵攻を阻めます。天井を粉砕したり外から侵入されなければ、ですが。
私がポジションに着いてすぐ、下から上がってきたのは左半身を氷で覆った轟さん。お早い到着です。わざわざ自分の半身を凍らせてるのは何故でしょうね。
「ようこそ、ヒーロー。いきなりやってくれましたね」
「おまえ、凍ってなかったか」
一応役作りぐらいはしておきます。私を見上げる轟さんですが、あまり驚いているようには見えませんね。
私を見ているようで見ていない、あなたのその眼が睨んでいる相手は一体誰でしょうか。
「まあいいさ。すぐに終わらせてやる……!」
右足を起点に冷気。私目掛けて一直線に凍結させていきますが、それでは無理ですよ。
「
階段の途中で光の足場を展開し凍結を止めれば、轟さんが僅かに目を見開きました。
「──ッ! 初撃もそうやって防いだのか。なら……!」
再び冷気での攻撃。いえ、今度は氷塊が伸びてきます。ずいぶんと容赦のないことです、慣れてますねこの人。
迫る氷塊は私が描いた壁に衝突して広がり、そして停止しました。
手を伸ばして目の前の
「存外大したことありませんね。ほら、防いでください」
「──チッ!」
小鳥の囀り。雪色の光球を4つ描き、光線を放ちます。予想通りに轟さんは氷壁を形成して防御に回ったので、このまま囀りの連射で磨り潰すとしましょう。
「持久戦でもしてみますか? それでそちらが勝てるとは思えませんが」
囀りを撃ちつつ煽ってみますが、残念ながら返答はありません。
轟さんは次々と氷塊を生み出して壁を張っていますが、こちらの連射性能を上回る程ではありません。じりじりと通路に後退を余儀なくされています。そう時間をかけずとも、もう2つほど追加すれば押し切れるでしょう。
そう思った瞬間、先ほどとは段違いの規模の氷塊がこちらに迫ってきました。文字通り、通路を全て埋め尽くす勢いです。
「おお怖い」
とはいえ、これでは私には届きません。足場の全周防御で問題なく防げてしまいます。
んー、これ
『泡沫、大丈夫か!?』
「問題ありません。そちらはどうですか?」
随分慌てた様子で連絡してきた障子さんに応答しつつ、正面の氷に触れて破砕します。いやはや、随分と派手にやったものです。本当に階段も通路も全部埋まってそうですねこれ。
『そうか、こちらも問題は──いや、尾白が外壁を伝って上に登ってきている』
「おや、なかなか器用ですね。そっちは任せても構いませんか?」
『ああ、泡沫も無理はしないでくれ』
この人も大概心配性ですね。会ったばかりの、それも訓練でそこまで気にする必要もないでしょうに。まぁいいです。
「あーやっと出られました。加減というものを知らないのですか?」
「……無傷で出てきて言う台詞じゃねぇな。今度は捕らえたと思ったんだが」
渋い顔で忌々しげに吐き捨てる轟さん。その体は寒さのせいか震えています。──はて、周囲の熱を奪って冷却し、必要に応じて奪った熱を放出する〝個性〟だと予想していたのですが、違うっぽいですねこれは。周囲を冷やせば体温が下がるなら、熱すると上がるのでしょうか? 便利なんだか不便なんだか分かりません。
まぁそれはいいとして、どうしましょうか。尾白さんが上がってきているならさっさと片付けたほうがいいですかね。
「さて、随分と寒そうですが。まだ続けられそうですか?」
「──うるせぇ」
苛立ちながらも再び氷塊。先ほどの一撃に比べれば規模も速度も目に見えて落ちていますが、氷の形状が殺意に溢れています。凍らせての拘束ではなく物理打撃に切り替えてきましたか。
「分かりませんね。なぜ冷気での攻撃に拘るのです?」
素朴な疑問。既にこの攻撃が有効でないのは分かっているはずし、こちらとしても熱での攻撃の方が何かとやりにくいです。私は暑いのも熱いのも嫌いですし、酸欠を狙われたらさすがにめんどうですしねぇ。
足場で防ぎつつ問いかければ、元々何かを睨んでいたその目に明確な憎悪が見て取れました。
「うるせぇ! 俺は
「おっと」
キレられました、地雷だったようです。その怒りは、憎しみは誰に向けられているのでしょうか。トラウマで使えない、という感じではありません。そもそも初日のテストで氷を溶かすのに使っていましたから。顔の火傷も単なる〝個性〟の制御ミスかと思いましたが、この様子だと違うのかもしれません。
怒りと共に放たれた二度目の大規模氷結も、一度目と比べれば随分と弱いです。やはり出力が落ちてきているのでしょう。そろそろキャパシティの限界でしょうか。
「──ッ!」
「怖い顔です。さて、次はどうします?」
忌々しげにこちらを睨んでくる轟さんですが、恐らくもう使える手札はないでしょう。そろそろ時間でしょうし、どうしましょうかね。
通信機越しの殴り合いの音を聞きながら、煩わしい氷を砕いていきます。冷たいのであまり触りたくないんですが。
向こうは結構いい勝負してるっぽいんですよねぇ。場合によってはここから負けるかもしれません。
『
うるさ。声がデカいんですよ声が、そんな大声で言わなくても聞こえますが。まぁそれはともかく、終わりですね。やっとこの冷蔵庫から解放されます。
ですが、戻る前にもう少し。未だにこちらを睨んでいる轟さんに近づいていきます。これは嫌われましたかね。
「すみません、無遠慮に踏み込み過ぎましたね。許してくれませんか?」
「……いや、俺も気が立ってた。わりぃ」
向けていた敵意を霧散させて、轟さんは俯いてしまいました。嫌われるのはできる限り避けたいので、こういうのは大切です。多分。やり方がこれで合っているかは分かりませんが。
微妙な空気が場を支配しますが、オールマイトが階段を上ってきたことでそれも終わりました。
「轟少年、この氷溶かせるかい? 障子少年と尾白少年が降りてこられないんだ」
「あ、はい。今やります」
さっきは使わないと言っていたのに普通に使うんですね。判断基準がよく分かりません。
ビルの壁に触れた轟さんが左手から熱を放出し、ビル内の氷が解けて温度が見る見るうちに上昇していきます。しかしまぁ、やっぱりこれ出力は凄まじいものがありますね。そのスペックが完全に活かされることはなさそうですが。
5階から降りてきた2人を確認し、オールマイトは親指を立てました。
「OKだ。では戻ろうか少年少女、講評の時間だ」
その後はモニタールームに戻り、皆己の〝個性〟を活かしてよく頑張ったという内容の講評をいただいて私たちの番は終了しました。続く組でも特に大怪我もなく──そうそう怪我人が出たらヤバいですけど──戦闘訓練は進行し、最初のヒーロー基礎学は終わりです。疲れました。
「お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなく、皆真摯に取り組んだ! 初めての訓練にしちゃ上出来だったぜ!」
「相澤先生の後でこんな真っ当な授業。……なんか拍子抜けというか」
蛙吹さんはこんなこと言ってますけど、言うほど真っ当ですかね。いきなり対人戦やらされていずくん大怪我してるんですけど。相澤先生が初手除籍とか言ったせいでまともの基準が地面の下に埋まってしまったようです。
「真っ当な授業もまた私たちの自由さ! それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!」
着替えて教室にお戻り!! と言い残して、オールマイトはあっという間に走り去っていきます。何をそんなに急いでいるのやら。まぁいいです、言われた通りに戻るとしましょう。
そうして放課後。いずくんがなかなか戻ってこないので、私はクラスメイトとの雑談で時間を潰していました。男子陣とも自己紹介をして、クラスの皆と連絡先を交換して。私はこの集団の中で上手くやっていけますかね。正直自信はありませんが。
まぁ、我関せずの姿勢を貫く爆豪さんと轟さんを除けば全体的な雰囲気はいいと思います。強いて言うなら飯田さんが些か口煩いのが難点ですね。
「なんだそれ!? 最強じゃねぇか!」
「チートだ! チート〝個性〟だ!」
そして今の話題は私の〝個性〟に関して。この話をすると大体同じような反応をされます。そこまでサンプル数が多いわけではありませんが。
どうしようかと考えて、ふと視線を感じたので横目で確認すると轟さんがこっち見てました。気になるなら会話混ざればいいでしょうに。
「そうでもありませんよ。ぱっと見の印象ほど万能ではありませんし、何かと不便な点も多いので」
「そうは言ってもよ、攻撃も防御もお手の物で空まで飛べるんだろ。すっげぇヒーロー向きの〝個性〟じゃねえか!」
赤髪が特徴の切島さんの言葉に、周りも同意するように頷いています。何をもってヒーロー向きと評しているのかは知りませんが、能力があるだけでヒーローになれるなら誰も苦労なんてしないと思いますよ。
「そういえばさ、泡沫と緑谷ってどんな関係なの? 初日からずっと一緒に居るよね! もしかして付き合ってるとか!?」
「違いますよ、緑谷さんとは幼馴染なんです。正確には私と緑谷さん、爆豪さんの3人ですが」
「そっかー、恋バナ聞けると思ったのに」
残念そうにしている芦戸さんには悪いですが、私たちはそういうんじゃありません。いずくんも私なんかが相手じゃ嫌でしょう。本当に、いずくんはなんで私なんかにここまでしてくれるんでしょうか。
そうして話が盛り上がっていくクラスを余所に、爆豪さんはいきなり立ち上がったかと思うと無言のまま教室から出ていきます。何人かが引き留めようとしましたが、当然無駄に終わりました。
「帰っちまった」
「──なぁ、泡沫。爆豪っていつもあんな感じなのか?」
「口と態度が悪いのはそうですが、あんな露骨にショックを受けているのは珍しいですよ」
なんとも言えない顔で廊下を見つめる切島さん。一緒に爆豪さんを止めようとしていた金髪に黒メッシュの上鳴さんが聞いてきたので、適当に対応します。
戦闘訓練でいずくんに負けたの原因でしょうけど。様子がおかしいのは気付いていましたが、周りに噛み付く余裕すらないとはかなり重症です。まぁ、あの2人は色々ありますし、仕方のない事かもしれません。
若干空気が悪くなってしまいましたが。気を取り直してさっきの授業の反省会、という名の雑談を再開します。いずくんはいつになったら帰ってきますかねぇ。
「おお緑谷来た! おつかれ!!」
そろそろ帰りたいと思っていると扉が開いて、いずくんが戻ってきました。そして切島さんを始め複数人に一斉に話しかけられています。これはまだまだ帰れませんね。ああ、しんどい。
私の事はさておき、いずくんは自己紹介やら戦闘訓練の感想やらを一気に言われてキョドっています。目でこっちに助けを求めてきたので、軽く手を振って微笑んでおきました。私はもう疲れたので、自力で頑張ってください。
しかし怪我は治してもらえなかったのでしょうか、まだボロボロのようですが。
「あれ!? デクくん、怪我治してもらえなかったの!?」
「あ、いや。これは僕の体力のアレで……」
麗日さんも気付いたようで、慌てたように駆け寄っていきました。そういえば治癒の〝個性〟が具体的にどう治しているのか知りませんね、体力?
教室内を見回し、いずくんは何かに気づくと麗日さんに焦った様子で問いかけます。
「あの、麗日さん。かっちゃんは……?」
「爆豪くん? さっき黙って帰っちゃったよ。みんな止めたんだけど」
「あっ……ありがとう、ごめん! 僕行かないと!」
「あ、デクくん!?」
一瞬固まった後、いずくんは慌てた様子で走っていきます。腕吊ってますけど、あれだけ走れるなら見た目ほど酷くはないのでしょうか。それはともかく、置いて行かれるのも嫌なので私も行きますか。
「すみません、今日は私も帰りますね」
「お、おう。気を付けて帰れよ」
「また明日ね!」
自分のバッグといずくんのリュックに制服を持って撤収します。
さて、十中八九爆豪さんを追いかけに行ったんでしょうが、はたして追いつけるでしょうか。まだ敷地内に居るといいのですが。
「しかし重いですね、このリュック。こんな大きいの、中に何を入れているのやら」
結構長いこと使ってますよねこれ。その割には状態はいいので、いずくんの物持ちの良さが窺えます。そして常々思いますが無駄にデカいんですよこの学校は。校門が遠いです。だるい。
随分歩かされて、ようやく昇降口に辿り着くと爆豪さんの声が聞こえてきました。
「──こっからだ!! 俺は……! いいか!? 俺はここで、
爆豪さんの宣言、決意表明。どういう流れでこの言葉が出たのかは知りませんし、爆豪さんは人としては割とアレですが、勝利への執念と上昇志向だけは間違いなく本物です。
まぁ、私も人をとやかく言えるような人間ではありませんが。靴を履き替えて、爆豪さんを見送るいずくんに近づこうとして、
「いたーーーー! 爆! 豪! 少年!!」
「──ッ!?」
背後から凄まじい勢いで何か──オールマイトが通過して、爆豪さんの両肩を押さえていました。……反応できませんでした、今殴られてたら死んでましたね。
オールマイトは爆豪さんを慰めようとしていましたが、先ほどの決意表明で吹っ切れたのか空振りに終わります。
「いずくん」
「あ、ゆめちゃん。リュック持ってきてくれたんだ、ありがとう」
リュックと制服を受け取ろうとしますが、その状態じゃ背負えないでしょうに。
「今日は私が持ちますよ。そもそも背負えないでしょう?」
「いや、でも──」
「いいですから」
「……うん。ありがとう、ゆめちゃん」
リュックを持とうとするいずくんですが、断固拒否です。こういう時ぐらい役に立たないといけません。しかしまだ不服そうないずくんに妥協案として、私のバッグを左手で持たせることにします。これは片手で持てますからね。
さて帰りましょうといったところで、オールマイトの邪魔が入りました。
「あー、御2人さん。いちゃついてるところ悪いんだけど、緑谷少年はちょっとこっち来てくれるかい?」
「いちゃ──!? あいや、これはそういうのじゃなくて……!」
いずくん顔真っ赤です、かわいいですねぇ。しかしなんでしょうか、私はいい加減帰りたいのですが。
「何か御用ですか?」
「コスチュームを着たまま帰るのはマズいからね。ちょっと着替えさせてくるから、泡沫少女は待っていておくれ」
「分かりました」
そういう事なら仕方がありません、大人しく待つとしましょう。制服を受け取ったオールマイトがいずくんを連れて校舎に戻っていくのを見送ります。
ちらほらと下校していく人たちを眺めつつしばらく待って、制服を着崩した状態のいずくんが戻ってきました。
「ごめん、お待たせ」
「いえ、帰りましょうか」
うん、と頷いたいずくんの横に並んで帰路につきます。いずくん怪我してますし、手が塞がってるので手を繋げないのが残念です。引子おばさんびっくりするでしょうねぇ、これ。
「ところで、爆豪さんと何話してたんですか?」
「えっ……!? あ、えっと、その、僕まだ〝個性〟を制御できないから、ちゃんと〝個性〟をものにしてかっちゃんを超えるって、そんな感じの話を……」
「ふーん……」
分かりやすく目が泳いでいます、挙動不審です。
また、何か誤魔化されました。まぁいいです、無理に聞こうとはしませんよ。ずっと私にしている隠し事、爆豪さんには言ったのでしょうか、それとも別の話でしょうか。もし、言っていたのだとすれば。なんだか嫌ですね。
戦闘描写をどう書けばいいのか分からない。
光の足場
空中を散歩するための足場です。形状は自在に変更できます。
バリアとしても使えます、いわゆる魔力障壁というやつですね。