奇跡の魔法は何も起こさない   作:葉洩 陽透

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褒美と言ったら世界の半分だが、それより好きなものが欲しい

 終わった。長いゲームが終わった。本当に長かった。長くて短い試合だった。

 

 実体化されたDDDカードたちが光となって消え、元のカードに戻る。

 

 よっこいせっと、と立ち上がる。事後のような息切れを起こしながら、ククイちゃんの元へ行く。大きな穴を迂回し、茫然自失とするククイちゃんを傍で見る。

 

(やっぱり、可愛いな)

 

 白い髪。赤い瞳。長い髪は汗で額に貼り付き、細くも確かな息切れ。ちょっとばかし扇情的だが、俺はけっしてロリコンではない。……きっと。ククイちゃんだからこそ、好きになったのだ。幼女趣味とは違う。そもそも今は俺も女の子だ。30代男性ではない。10代女子だ。百合、とはいかないまでも友達としてならOKじゃないか?

 

「勝ったよ」

「……負け」

 

 見下ろしていた姿勢から、そっと屈む。ククイちゃんの顔を覗き込む。

 

「ククイちゃんは、当たり前のことだと言ったけど」

 

 感情を失うこと。ゲームに勝つこと。

 何にしても話を訊かないといけない。

 伝えたいこともある。いや、伝えなければならないことだ。

 

 ククイちゃんが頷いた。

 

「……ん。『人工天使エンス』、顕現したら、神様、現れて、願い、1つ────」

 

 ククイちゃんは、疲れたのか、それとも元からなのか、たどたどしく、喋り、ついに、倒れた。俺はそっと支えた。拍手が起こった。

 

 拍手の方を向く。一人の男が立っていた。近づいてくる。

 

 黒いスーツに白衣姿の壮年の男性。髪はオールバックで、ポマードか何かで固めているらしい。

 近づいてくる。近づくと香水の匂いがした。嫌なものではなかった。それが不愉快であった。

 

 こいつは原作を知らなくても、わかる。敵だ。それもただの敵ではない。ボスだ。この組織のボス。

 

「大変素晴らしかったよ」

「……てめぇ、誰だよ」

 

 ふむ、と男。

 

「国立Death Destiny Duel開発研究所、通称DDD研究所の所長、花芽杜源治郎。周りからはカガモリと呼ばれている。好きに呼んでくれ」

 

 そういえば、そんな設定の悪の組織があったなぁ。アニメ『Destiny Duel』の第一期に出て来る敵の組織。最初に敵対する相手だ。

 

 国立Death Destiny Duel開発研究所、通称DDD研究所。この国、というか世界中の各国は、DDDの研究を進めている。その中でも、重要なのが、「強いカードの生成」だ。

 

 前に言ったが、カードは出産とともに一緒になって生まれてくる。人によって何枚かは変わってくるが、多くのカードはここから誕生した。神秘である。

 その他、昔から続く、儀式、という方法でカードを生成する方法もある。なんのこっちゃと思われるかもしれないが、この世界の現実である。

 儀式の詳細はわからない。一子相伝での継承なので、門扉は開かれていない。当然、一般的に普及されている訳でもない。カードの数は簡単には増えない。

 

 DDD研究所は、カード生成を科学で解明しようとする機関。さらに、この日本の権威であり、世界でも認められた、というか世界を牽引するDDDの有名研究所。

 

 しかし、その実態は、非合法の薬物、人体実験、誘拐、など違法かつ倫理に悖る行為を裏で行う、闇組織。国も公に感知していなかった。一部のものだけが金を握らされて、黙って、容認している。さらにクローン人間や人造人間、人工子宮シリンダーで誕生された赤ちゃんにはカードが備わっている。生まれた赤ちゃんは実験体として扱う。ククイちゃんもその一人。

 

 ダブルD、つまり、販促用のホビーアニメ『Destiny Duel』では、第一期で主人公達によって、壊滅させられ、悪事が公になり、所長は更迭され逮捕。その、悪の親玉が、目の前のカガモリ。花芽杜源治郎。

 

「で、そのカガモリさんとやらは、俺等を誘拐して、ククイちゃんにこんなことさせて、……何がしたいんだ?」

 

 何から聞けばよいのかわからなかったが、まずそれを訊こう。

 

「ふむ……人工天使は見たかね?」

「あの水晶の天使みたいなやつだろ? 今回の実験が『人工天使降臨実験』だからよく覚えている。それに不気味だったしな」

「あれを完成させたい」

 

 意味不明だな。

 

「なぜ、人工天使を完成させる必要性があるんだ?」

「特にない」

「はぁ?」

「ただの知的好奇心だよ」

 

 一周回って、冷静になった。そういや、悪の組織ってこんなやつばかりだったなぁ、と前世のアニメや漫画を思い出す。サイコパスとも言う。狂っていて、享楽的に研究を進める。非倫理的な実験を行う。

 

「強いて言うなら、人工天使を完成させたら、人間が神になる。そうすると、奇跡が起こせる」

「……さっき、ククイちゃんが言いかけたが、願いが1つ、ってのは、奇跡のことか?」

「そうなるな。そう説明した」

 

 立ち上がる。よろよろと足腰を奮い立たせて、睨みあげる。背丈が違う。意外と背が高いカガモリ。それに近づく。

 

「そのために、少女を、いや、俺達を、誘拐して、人殺しさせて、なんで」

「誘拐したのは、991番に全力を出させるためだ。中途半端な人間では、途中で自滅してしまう。『人工天使エンス』は全力で戦った時、エネルギーを生み出す。我々ではエンジェルエネルギーと呼んでいる。それが天井の水晶に吸収され、それが満タンになると、完成する」

「……今どのくらい溜まったんだ?」

「これから計測するが、おそらくかなり溜まったのではないだろうか。何分、『人工天使エンス』は初めて召喚された。今後の解析と研究が待たれるな」

 

 少しホッとする。初めてなのか。それじゃ、ククイちゃんが感情を失ったことはないのか。ここに来て一番の嬉しいニュースだ。

 

 そして、重要なことを訊く。

 

「……『人工天使エンス』のスキル【人工の奇跡】……あれの効果については?」

「研究段階だな」

「じゃあ、〈感情を1つ失う〉ってのは」

「知ってはいたが、それも含めて研究段階だ。何分、DDD実体化現象……君たちの言う、闇のゲームすら研究初期の段階だからな」

「……この子は人間だ。人体実験は禁止されているはずだけど?」

「その子は人工子宮シリンダーで生まれた。人間のようで、人間に近い、何かだよ」

 

 研究。これがサイコパス。ここで殺してやりたい。それでも、負けると判っている。DDDで挑んでも、負ける気がする。少なくとも今は。俺は賢い。弱虫で情けないが、ここは反抗しないでおこう。

 

 回復して実力を付けたら、殺す。

 

「そうだ。褒美を与えよう」

「……褒美?」

「そうだ。初めて『人工天使エンス』を実体化させた功労者だ。褒美、あるいは何か欲しいもの、して欲しいこと、があれば言ってくれ。できるだけ叶えよう」

 

 なんか褒美をくれるらしい。しかし

 

「対価は?」

「……この組織で一生飼われること、かな。モルモットとして」

 

 モルモット。あいつ可愛いよな。普通のネズミのような貧相な体ではなく、ふさふさのふっくらした体型。愛くるしい。でも実験動物なんだぜ。なんか悲しくなるよな。彼ら彼女らの犠牲が人間の生活を豊かにしてくれているんだ。情けなくなる。

 虐待されないだけ、よい、と思うしかない。俺にはどうしようもないことだ。

 

「いいぜ。その代わり、この人工天使の研究は中止してくれ」

「それは無理だな。それではお前を飼い殺す意味がない」

 

 だろーね。

 

「じゃあ、家に帰らせてくれ」

「無理だな」

「どうして? 怪我の痕とか服装とかか?」

「服は買い与えよう。傷跡も綺麗さっぱりなくそう」

「じゃあ、通報されるリスクや逃げるリスクとかか?」

「それもある。が、本題ではない。お前には、991番と一緒に過ごしてもらう」

 

 ……ん? ……え

 

「ククイちゃんと1つ屋根の下で暮らす??」

「そうなるな」

 

 え、めっちゃ嬉しい。それ自体が褒美だわ。いやいや、騙されるな。考えろ。

 

「そっちのメリットがない」

「さっきもお前が言っただろう。『人工天使エンス』のスキル【人工の奇跡】」

「……〈感情を1つ失う〉」

「そうだ。まだ研究段階だが、仮説がある」

「聞こう」

「全ての感情がなくなった時、おそらくDDD実体化現象、つまり闇のゲーム。これが発生しなくなる、というものだ」

 

 わからん。

 

「闇のゲームは、おそらく感情を元にして発生していると思われる。脳波計測で、そういった仮説が出ているのだ」

「つまり、『人工天使エンス』を使って、勝ち続けたら、闇のゲームができない?」

「そう。そして、エンジェルエネルギーを採取できなくなる」

「……俺に勝ち続けろって言うのかよ」

「現実的に考えて無理だ」

 

 そりゃそうだ。今回もギリギリ、というか普通に戦われていたら負けていたからな。勝てたのは、『人工天使エンス』を念頭に置いた方針でククイちゃんが戦っていたからだ。

 

「そこで、991番が勝った時用に、感情をストックさせておく必要がある」

「ストックって……で、どうすんだ?」

「感情に多様性を持たせる。そうすれば、感情の数も増えるだろうとこちらは思っている。まぁ、これも仮説だがな」

 

 ……

 

「今回のゲーム。短期間というのにもかかわらず、991番は色々な表情をするようになった。表情とは、感情の発露だと考えると、君は必要な人材なんだよ」

「……仮説が多いな」

「研究初期の段階だからな」

 

 ちょっと現代ファンタジー感があって、現実と空想の境界があやふやになりそうだ。

 TCG販促用のアニメって、こんな感じなの? 俺、知らないよ? 途中で見るの止めて、ネタバレサイト少しググっただけだから。

 

「褒美……って言ったな」

「ん? そうだな」

「褒美、ねぇ。……じゃあ、人を蘇らせる方法とかはあるか? あんたんとこ、不思議現象取り扱ってんだろ? 何かないか?」

 

 まぁ、期待はしていないが、一応訊く。

 アツキ。火野温紀を蘇らせる方法があれば、原作はハッピーエンドだ。というか、死んだ子供たちを蘇らせることができたら、悲しいことにはならない。親たちは心配しているだろう。きっと。

 まぁ、無理だろうが。

 

「死者蘇生か……神が誕生したら、それも可能かもしれない」

「!? 本当か!?」

「仮説段階だから、確約はできないがな」

 

 それでも、蘇らせる方法があるのか。なら、挑んでみる価値はありそうだ。悪の組織に加担してしまうかもしれないが、それでも罪を背負うよりも数倍よい。目標ができるのもよい。

 

「とりあえず、今日は疲れただろう。寝ると良い。991番もこちらで運ばせよう」

「……その前にやることがある」

「なんだね?」

 

「穴の下の死体を、腐らないように、保存してくれ。全て」

 

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