穴の下に来た。研究室みたいな廊下を進み、地下に行き、洞窟を通って、大きな穴の下へ。暗い。明かりが点けられる。懐中電灯で照らされる。
天井を見上げる。丸い水晶のようなものがはまり込んでいる。地面を見る。夥しい数の子供の死体があった。
「ゔ」
臭気。初めて嗅ぐ異臭。これが死体の腐った臭い、血の乾いた臭い、なのだと知った。俺は今まで死臭を嗅いだ訳ではなかったのだ。ただ、嗅いでいると勘違いしていたのだ。
吐き気を堪える。ここで吐いては死体が汚れてしまう。我慢しろ。これ以上、彼ら彼女らの尊厳を破壊してはいけない。
「これらを保存すればいいのだな?」
「ああ、……丁寧に、1体ずつ」
「しかし、バラバラになったものもある。そもそも、死体すら残らなかった者もいる。意味があるのか?」
意味は、ある、はずだ。
神が誕生したとしても、死者蘇生ができるとは限らない。最悪死体が動き出すだけで、そのまま苦痛で死んでしまうかもしれない。
それでも、まずはご家族の元に戻してあげたい。それができるのは、今の俺だ。直接は無理でも、組織を通して、ご遺体を送ることはできる。それが今の俺。それが俺のへの褒美となる。
「それくらいは許されるよな?」
カガモリに訊く。無理だと言われても縋ってやる。
しかし、覚悟した割には、カガモリは呆気なく頷いた。
「まぁ、いいだろ」
「……一応訊くが、バレたりしないのか? こんな研究していること」
「この研究所は、世界的にも素晴らしい結果を残している。数百体の死体など、その出処を誤魔化すくらいの方法くらいある」
そっか。まぁ、バレたりしないのか、残念だ。しかし、無理難題でなくてよかった。これで無縁仏も成仏できる。俺が名前を聞いた子供は100人くらいいるが、ここにある死体の一部でしかない。そこは研究所に調べてもらうことになるだろう。無縁仏が有縁仏になる。
「あ、そうだ。赤髪の少年を見たら、呼んでくれ。確認したい」
構成員が死体を運んでいる。研究員か? 慣れたように運んでいっている。そこに声をかける。研究員は頷いて、また運び出す。
そういえば、祭祀服を着た審判の姿が見当たらなくなった。途中、試合に熱中していたから、存在を気にしていなかった。どこにいったのか。仮面を被っていたので、顔もわからない。会っても気が付かないだろう。……まぁ、知ったことないが。殺してやりたいとは思っているが。
「赤髪の、というと6番だな」
「知ってるのか?」
「ああ、地元では負け知らずだったらしい。実際に、かなりの実力者だ。だが、プレイスタイルを見て、思った。速攻型では『人工天使エンス』を出させるには適していない、とな。だから、お前が生き残って、助かった」
……くっそ
「見つかりました」
向かった。
「こちらです」
赤髪だった。赤眼だった。しかし、アツキではなかった。特徴的なトゲトゲした髪ではない。滑らかにカールしている。表情も生気がないのは事実だが、そもそも生きていたのか不明なくらい、感情が抜けている。苦悶の顔も恐怖の表情もない。ただの人の形をした肉塊。
「? 他にも赤髪はいたのか?」
「おい? いたか?」
「はい、いました」
「じゃあ、違うやつだな。こいつはアツキじゃない」
「服についているタグは何番だ?」
「えっと、6番です」
「!?」
じゃ、じゃあ、これがアツキ? まったくの別人に見える。損傷は少ないから、形が変形したり、潰れたりしていない。つまり、はっきりと別人だとわかる。
「死体の損傷が少ないな。この高さを落ちたというのなら、どこか折ってもおかしくないが、骨折はない。どこか潰れている様子もない。つまり、誰かが、死体を入れ替えたようだ」
「誰か、って……誰だよ?」
「おそらくこの研究所の裏研究を知っていて、反対している奴だろう。1人心当たりがある」
なんで、アツキ1人を入れ替えたんだ? そもそもこの死体はどこから出て来たんだよ? 死体愛好家とかだったら、怖いな。
「死体はおそらく、人工子宮シリンダーで生まれた廃棄品だろう。死体を入れ替えたのは、おそらく強いプレイヤーを保護して、この研究所の研究を明るみに出そうと思っている、という所だろう。そうすると、他の死体も入れ替えられた可能性があるな」
(なんで心の中で思った疑問に回答してんだよ……)
カガモリの洞察力にゾッとしながら、あたりを見渡す。
俺は少し考える。原作展開では、どうなったか。
そもそも俺は原作をあまり見ていない。それでも、アツキが日常生活を送る中、友達とデュエルをして、その中で、戦いの渦に巻き込まれていく、という形だった気がする。
その中で、記憶喪失という設定があった。これはそういうことなのだろうか? 過去はこういった施設にいたから、胸を刺されたから、出血多量か何かで脳に損傷か何かが起きて、記憶を失った。よくある設定。ドラマやアニメに見られるテンプレの一つ。
もちろんここは現実になったアニメ世界だ。アニメそのままの出来事が起こるとは限らない。俺がいる時点で原作は変わっているだろう。
それでも、希望が見えた気がする。確証じゃないし、死体愛好家が持ち去っただけかもしれない。持ち帰った所で、生き返る、あるいは、死んでなかったとしても日常生活に復帰できるかどうかもわからない。
それでも確かな、希望。その時まで、俺も備えておかないといけない。実力をつけて、体力を回復させて、主人公たちと共闘するために。正義の世界へと入るために。
~~~~~
部屋に通された。広い空間。白い部屋。何もない簡易なベッドと、カードが散らばる床。そして、ベッドで寝るククイちゃん。俺がこの間まで住んでいた牢屋が白く清潔に綺麗になった感じだ。掃除は行き届いているようだ。
隣に並んで立っているカガモリに目を合わせず訊く。
「あの……この部屋で寝れと?」
「ん? ああ、そうだ」
色々と突っ込みたい。突っ込みたいが、まず言いたいことがある。
「すぅー。……この部屋は、殺風景すぎます」
「?」
「これでは、感情を芽生えさせるどころか、消えてしまいます」
「ふむ……どうすればいい?」
大の大人がこんなこともわからんとは。呆れてしまう。わざとらしく溜息をつく。カガモリは何も反応しない。気分を害した感じもしない。一歩俺は進み、カガモリを背にする。
「それについては後日話し合いましょう」
「そうか。それではな」
「ちょっと待ってください。ククイちゃんと同じ部屋なんですね?」
「言っただろ? 感情の多様性が重要だと。効率的にお前が常に一緒のほうがいいだろ」
そう言って、部屋を出ていった。カガモリ。
カガモリがたしかに出ていったのを確認して、俺はククイちゃんに振り向いた。
俺は前世30歳童貞である。こんな幼子であっても、女の子だと思うと緊張してしまう。これはそれだけこじらせている証拠かもしれない。
諦めよう。
よろよろとベッドに近づく。
そして、ベッドに頬杖をつき、ククイちゃんの寝顔を見る。
すぅー、すぅー、と寝息が規則正しい。まぶたが時々動いて、レム睡眠だとわかる。あまり、騒がしくすると起こしてしまうかもしれない。
とりあえず、今日は色々あった。牢屋から、この部屋で住めるようになったのは進展だ。このまま生活をとりあえず豊かにしていこう。
まずは、ククイちゃんの感情というより、ククイちゃんに色々体験させてあげたい。そう、思って、俺はやっと、意識を失った。